イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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39話 たまには学ぶ

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 昨夜遅くまでトランプで遊んでいたこともあってか、翌日目を覚ますと、既に昼を回っていた。
 誰も起こしに来なかったことから察するに、今日は別段これといった用はなかったのだろう。

「おはよー」

 ベッドの上で「まず何からしよう」と考えていると、リンディアの声が聞こえてきた。驚いてそちらへ視線を向ける。すると、ソファに腰掛けているリンディアの姿が視界に入った。一つに束ねた赤い髪が、朝日の下ではよく映える。

「おはよう、リンディア」

 挨拶を返し、ベッドから下りた。

「見張ってくれていたの?」
「そんな感じかしらねー。ま、寝てはいたけど」
「ありがとう」
「見張りはこれからもあたしに任せて」
「頼りにしているわ」

 言いながら、私は洗面所へと向かう。そして、鏡で状態を確認しつつ、乱れた髪を整える。

 その途中、背後から再びリンディアが現れた。

「ベルンハルト呼んできたわよー」
「え! もう!?」

 気が早すぎるだろう。
 まだ髪を整えることさえ終わっていないというのに。

「身支度はゆっくりで大丈夫よー。ベルンハルトはソファのところで待たせとくわね」
「えぇ」

 私は髪を整える作業に戻る。元より直毛ではない髪も、もうひと頑張り、というところまで綺麗にはなった。あと少しだ。

 ……それにしても、ベルンハルトがいると思うと、何だか落ち着かない。

 だが、落ち着かないからといって、彼らをいつまでも待たせるわけにはいかない。なので私は、可能な範囲内で、てきぱきと身支度を済ませた。


「ごめんなさい! お待たせ!」

 髪を整え、寝巻きから普段着へ着替えてから、私は洗面所を出る。このくらいまで支度できていればベルンハルトの前へ出ても問題ないだろう、と思えたから。

「お疲れ様ー」
「女性は朝から大変だな」

 リンディアとベルンハルトは、ほぼ同時に応じてくれた。

 ベルンハルトが立ったままなのに対し、リンディアはソファをがっつり陣取っている。パッと見るだけで二人の性格が分かるという、実に面白い状態だ。

「えぇ、少し面倒だわ」
「従者に対し気を遣うことはないと思うが」
「そうかもしれないわね。けど、私は王女だもの」

 するとベルンハルトは首を傾げた。
 彼には私の発言の意味が、あまり理解できなかったのかもしれない。

「身嗜みくらいはちゃんとしておかなくちゃ駄目だわ」

 ……いや、本当は違う。

 これまでの私は、身嗜みにこだわるような質の人間ではなかった。私は、王女だからきっちりしておかなくては、などと考えるような真面目な人間ではない。

 なのに、今はどうしてそんなことを考えているのか?
 それは多分、「ベルンハルトに見られている」という意識があるからだろう。

 恐らく私は、心のどこかで、彼に良く思われたいと願っているのだ。

「従者の前だとしても、なの」

 だから、こんなことを言ってしまっているのだろうと思う。

「……そうか」

 ベルンハルトは私の顔から視線を逸らし、小さくそう呟いた。彼らしい控えめな声で。

 その直後、ちょうど静かになったタイミングで、リンディアが口を挟む。

「イーダ王女に用事があるんでしょー? さっさと言いなさいよ」

 彼女の言葉に、ベルンハルトはハッとした顔をする。そしてそれから「そうだった」と漏らした。

「イーダ王女、これを」

 そう言いながらベルンハルトが渡してきたのは、紙の束。数十枚くらいはあるだろうか。

「え、これは……?」
「星王の側近からだ。すべての紙に記入を終えたら、僕に渡してくれ。提出してくる」

 私は手渡された紙を、一枚一枚、丁寧に捲ってみる。

 そして驚いた。
 すべての紙に、びっしりと、様々な問題が書いてあったから。

「これは……勉強?」
「よく分からない。ただ、必ず提出するようにと言われた」
「分かったわ。ありがとう」

 心の中で密かに溜め息をつく。
 まさかこのタイミングで勉強しなくてはならないことになるとは、夢にも思わなかった。

「何それ。王女様はまだ勉強なんてしているのー?」

 軽い調子で尋ねてきたのは、リンディア。

「えぇ。一般教養の課程がまだ残っているわ」
「へーっ! けど、あたし、そんなのやってないわよ? なーのに、大人になってる」
「規定の内容をマスターしなかったら、永遠に勉強させられ続けるの。星王家の人間だからなのかもしれないけれど」

 するとリンディアは、片手を頭部に添えながら述べる。

「王女様もなかなか大変ねー」

 私は王女。いずれこの星の頂点に立たねばならないこととなるかもしれない地位にある。だから、普通の人たちより色々なことを学ばねばならないのも、当然と言えば当然だ。星王家に生まれてしまった以上、勉強は決して避けられないものである。

「そうなのよ。けれど、必要なものだから仕方ないわ」
「ふーん。王女様ったら、真面目ねー」

 私が真面目なのではない。リンディアが不真面目なのだ。

 ……ほんの一瞬、そんなことを思ってしまった。


 その時。
 トントン、と、軽いノック音が聞こえてきた。

「……誰かしら」

 一番に反応したのは、リンディア。

「ちょーっと見てくるわねー」

 彼女は扉の方へと歩いていく。
 流れるような足取りが、彼女の持つ大人の女性という雰囲気を、ますます高めている。歩き方まで魅力的とは、恐るべし、という感じだ。

 私はベルンハルトと共に、その場で待機しておく。

「はーい。どちらさ——なっ!!」

 リンディアはゆっくりと扉を開け、直後、一瞬にして顔を引きつらせた。

「アスター!?」

 彼女が発した言葉を聞くや否や、ベルンハルトは腰元のケースからナイフを抜く。その動作は、光のような速さだった。

「どーしてここにいるのよ!」
「来ちゃった」
「キモいのよ! 来ちゃった、じゃないでしょ!」

 私を護るように数歩前へ出たベルンハルトは、固い表情のまま状況を窺っている。アスターが仕掛けてきた時に備えているものと思われる。

 そんな緊迫した空気が漂っているにもかかわらず、当のアスターは落ち着いた様子だ。

「いきなりで申し訳ないのだがーー少々、匿ってはもらえないかね?」
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