イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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40話 嵐の再来?

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 先日私を誘拐したばかりの男性——アスター・ヴァレンタイン。
 彼は、何の前触れもなく、私たちの前へ現れた。

「今度は何しに来たのかしら」

 リンディアは太もものホルスターから拳銃を取り出すと、その銃口をアスターへ向ける。それに対しアスターは、苦笑しながら、両手を肩の高さくらいに掲げた。

「銃口は勘弁してくれたまえ」
「よく平気でここまで来れたわね。馬っ鹿じゃないの」
「馬鹿に見えるかもしれんが、案外馬鹿でもないのだよ。それより、入れてはくれないかね?」

 飄々とした態度で部屋に入れるよう頼まれたリンディアは、鋭い目つきのまま叫ぶ。

「入れるわけないじゃない!」

 叫ぶと同時に、リンディアの指は引き金を引いていた。銃口から、緑色に発光する弾が飛ぶ。

 ——しかし、それがアスターに命中することはなかった。

「おっと」
「……避けるとはね」
「引き金へ意識を向けたのがバレバレだったが、それが君の本気かね?」

 アスターは余裕の笑みを浮かべている。

「うっさいわ!」
「匿ってくれるならば、黙ろう」
「残念だけど、それは無理よー。アンタ、ついこの前自分が何をしたか、分かってないの?」
「分かっているとも。しかし、あれは依頼主との契約によって行ったことにすぎない」

 その時、外からパタパタという足音が聞こえてきた。その足音に反応し、アスターは無理矢理室内へと入ってくる。

「ちょ、何なのよ……?」
「少し失礼」

 止めようとするリンディアを押し退け、室内へ無理矢理入ってきたアスターは、速やかに扉を閉めた。

 アスターが入ってきたのを見たことで、ベルンハルトの表情はますます険しいものへと変化する。

「それ以上近づけば命はない」
「ははは。実に物騒だね、君は」

 ベルンハルトが脅すような発言をしても、アスターは顔色を変えなかった。警戒することさえせず、呑気に笑っている。ベルンハルトには負けない、という自信があるのだろう。

「だが残念。私はそちらへ近づかざるを得ないのだよ」

 ナイフを構えているベルンハルトがいるというのに、まったく躊躇わずに歩み寄ってくる。

「来るな」
「来るな、と言われると、行きたくなってしまう。人の心とはそういうものでね」

 アスターは黒い布をまとっていない。それゆえ、紫のスーツがよく見える。その影響か、今日のアスターはいつもより怪しげな雰囲気だ。

「動くな!」

 私から一メートルも離れていないくらいの距離まで彼が来た時、その首に、ベルンハルトがナイフを突きつけた。これまでは適当に流し続けていたアスターだったが、この時ばかりは足を止める。

「邪魔をするのは止めてくれたまえ。……なに、安心していい。危険なことをするつもりなど、微塵もないのだから」

 だがベルンハルトは、納得できない、というような顔のまま。元より警戒心の強い彼は、少しの言葉でアスターを信頼するほど甘い人間ではなかったようだ。

「そんな言葉で他人を騙せると思うな」
「待って、ベルンハルト。本当に何か用かもしれないわよ?」
「イーダ王女はそんな調子だから狙われるんだ」

 ベルンハルトを宥めようと声をかけたのだが、逆効果になってしまった。彼を余計に苛立たせてしまったかもしれない。

「そーよ、王女様。こればかりはベルンハルトに一票だわ」

 リンディアまでそんなことを言い始めた。

「アスター、アンタねー……。さすがに空気読めていなさすぎでしょ!」
「おや? そうかね」
「そーよ! 信用しろっていうのは無理があるわ! この状況でアンタを信用する人間なんて、普通いないわよ!」

 そういうものなのか。
 実は信じかけてしまっていたことは、黙っておこう。

「ま、確かにそれも一理ある。信用されるには功績が必要、というものだね」

 いやいや。それ以前に、何を話しに来たのかを言ってほしいのだが。

 そんなことを考えていると、アスターの首へまだナイフの先を突きつけていたベルンハルトが、口を開く。

「目的は何か、その場で言え。できないなら、生かしてはおけない」

 ベルンハルトの顔つきは、いつになく険しい。それはまるで、敵を全力で威嚇する小動物のようだ。

「君は実に良い従者だね。よほど彼女を大切にしていると見た」
「ごまかすつもりか」
「まさか! 私もそこまで卑怯者ではないよ」

 アスターの口から、一体、どのような言葉が出てくるのだろう。それを考えるだけで、胸の鼓動が速まる。彼の表情から察するに、あまりシビアな話ではなさそうだが、真実は聞くまで分からない。

「アスターさん……何か用なら言っていいのよ?」
「では、言わせていただくとしようかね」

 彼の言葉を待つ。
 なぜか少しワクワクしながら。

「先日断っておきながらこういうことを言うのも何だが……私を雇ってはくれないかね?」

 予想外の言葉が出てきたことに驚き、思わずまばたきを繰り返してしまった。つい先日あんなことがあったばかりで、「雇ってくれ」だなんて、衝撃。

「論外だ」

 私が答えるより先に、ベルンハルトがそう答えた。

 ベルンハルトがナイフを握る手に力を加える——その瞬間。
 アスターはベルンハルトを、凄まじい威圧感の漂う目つきで睨んだ。

「君に言ってはいないのだがね」

 声があまりに冷たくて、私は半ば無意識のうちに身震いしてしまっていた。

 その言葉は私へ向けられたものではない。それを理解していないわけではないのだ。なのに、氷の刃を突きつけられたかのような、凄まじい恐怖感を覚えてしまった。

 わけもなく、脚が震える。

 なぜこんなにも恐ろしいのだろう——。



「……じょ」

 誰かの声が聞こえる。

「……ダ王女」

 声の主は分からない。ただ、その声が私を呼んでいることは確かなようだ。

 私を呼ぶのは誰? 私を呼ぶこの声は、誰のもの?

 曖昧な意識の中、私は頭を巡らせる。しかし、これといった答えは見つからない。答えは私の中にはないのかもしれない——そう思った辺りで、ふと意識が戻った。

「アスターさんっ!?」

 目を開いた瞬間、視界にアスターの姿が入った。そのことに驚き、私は思わず叫んでしまう。王女らしくない品のない行動をしてしまったことを、若干後悔した。

「目が覚めたかね」
「どっ、どうしてっ!? ……って、あれ?」

 この時になってようやく、自分がベッドの上に寝ていたことに気がついた。
 もっとも、ベッドで寝た記憶はないのだが……。

「私、どうしてここに」

 理解し難い状況に戸惑い、キョロキョロしていると、聞き慣れた声が聞こえてくる。

「起きたのねー、王女様」

 リンディアだ。
 彼女もいる。ということは、また誘拐されたのではなさそうだ。

「急に倒れるから、びっくりしたわよー」
「そ、そうだったの……」

 倒れた記憶など、私の頭には残っていない。ただ、この状況でリンディアが嘘をつくとも思えないので、彼女が言っていることは多分真実なのだろう。

「貧血かね?」

 ベッドの脇に佇んでいたアスターが尋ねてきた。

「覚えていないわ……」
「なるほど。疲れていたのだろうね」

 刹那、リンディアの声が飛ぶ。

「アンタのせいでしょ!?」
「そうかもしれんね」
「せめてちゃんと謝りなさいよ!」
「一理ある。では」

 アスターは私を、真剣な顔で、真っ直ぐに見つめてくる。

「先日は色々とすまなかったね。謝罪しよう」
「い、いえ。気にしないで」

 真っ直ぐな眼差しを向けて謝られるというのは、どこか気恥ずかしいものだった。しかも、年上の男性にだから、なおさら。

「さて、では本題といこう。改めて……私を雇ってはくれないかね」
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