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52話 襲撃者は逃走し
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シュヴァルのまばたきと少女の逃走。
そこに何らかの関係があるのかどうかは分からないけれど、なんとなく、無関係ではないような気がする。
私一人が考えたところで何も分からないに決まっている。それは一応理解しているつもりだ。ただ、一度気になり始めてしまうと、気にしないことはかなり難しくなってしまうものである。
「王女様!」
立ち上がりもしないまま関係性について考えていた私は、リンディアの声で正気に戻った。思考の世界から現実の世界へ引き戻された、という感じである。
「大丈夫だったー?」
少女に逃げられたリンディアは、堂々とした足取りでこちらへ歩いてきた。
「リンディア!」
「へーき?」
「えぇ、おかげさまで無事よ」
彼女はずっと戦っていた。にもかかわらず、私たちの前で疲労の色を見せたりはしない。そこは尊敬するべきところだと思う。
「それよりリンディアは? 怪我はない?」
「問題なしよー」
一つに束ねた赤い髪を揺らしながら爽やかな笑みを浮かべる彼女は、凛々しくてかっこよかった。
「ま、逃げられちゃったけどねー」
そこへ、ベルンハルトが口を挟む。
「逃がしたのか」
「何よ、その目は?」
ベルンハルトとリンディアの視線がぶつかる。火花が散りそうなぶつかり方だ。
「あまり優秀ではないな」
「……は?」
「なんだかんだといつも偉そうに言うが、僕とさほど変わらない。そう思ってな」
その言葉を聞いた瞬間、リンディアが目の色を変える。
「ちょっと、アンタ。それはどーいうことよ?」
みるみるうちに気まずい空気になってきた。もはや喧嘩になる気しかしない——そう思ったのだが。
「落ち着きたまえ、リンディア」
近くにいたアスターが、そんなことを言いながらリンディアの肩に手を乗せる。
「すぐにカッとなるのは良くないのだよ」
「……触らないで」
「小さなことで怒ると、肝臓にも胃にも、悪影響しかないと思うのだが」
アスターはリンディアを落ち着かせようと述べる。しかし、その発言がリンディアを苛立たせてしまっていた。完全に逆効果だ。
「アンタと一緒にしないで!」
「まさか。リンディアを私と同じだなんて、言えるわけがない」
「不愉快だから、年寄りは出てこないでちょーだい!」
リンディアは顔をしかめながら言い放つ。
かつての師に対してとる態度とは、とても思えない。
「おぉ……厳しい……」
一方アスターはというと、アンタだの年寄りだの言われたにもかかわらず、さほど怒っていない。慣れているようだ。
「さて。では王女様」
「シュヴァル?」
「足の手当て、させていただきます。どうぞこちらへ」
リンディアとアスターのやり取りを観察していたところ、シュヴァルが手を差し出してきた。その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。不気味と感じてしまうほどに穏やかで優しげな笑みだ。
しかし、だからといって断るわけにもいかない。
そんなことをしたら、何を言われるか分からない。
だから私はその手を取った。
「もしもの時のために医師を連れてきていますので、手当てさせます。こちらの自動車へ」
十分後。
「これでいかがですかな? 王女様」
「ありがとう」
「どういたしまして。大事なくて何よりです」
シュヴァルが案内してくれた先——オルマリン号でない方の浮遊自動車内にて、怪我した足を手当てしてもらった。
処置を施してくれた医師によれば、出血はさほどないため体調に影響が出ることはない、という状態らしい。
周囲を心配させるのは嫌なので、たいしたことがなくて良かった。
「もう平気か」
しばらくして、浮遊自動車内へ様子を見に来たベルンハルトは、包帯を巻いた左足を見て、そんな風に声をかけてきた。
日頃と大差ないあっさりした表情ではあるが、一応心配してくれてはいるようだ。
「えぇ。平気よ」
「そうか……それなら良かった」
「心配してくれたのね。ありがとう、ベルンハルト」
私が礼を述べると、ベルンハルトは視線を逸らす。
「貴女のために心配したわけではない。僕の地位が失われたら困る、それだけだ」
「それは嬉しい言葉! ベルンハルトは、今の『イーダの従者』という地位を、気に入ってくれているのね」
「ち、違う!」
ベルンハルトは即座に首を左右に動かした。
動作はもちろん、表情からも、慌てていることがひしひしと伝わってくる。
敵に襲われた時でさえ冷静さを失ってはいなかったというのに、こんなただの会話で慌てるなんて。
彼の慌てる基準がよく分からない。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「な。慌ててなどいない!」
「本当? 明らかに落ち着きがないわよ」
「うっ……」
そんな風に話す私とベルンハルトを、医師は微笑みながら見つめていた。
……いや、温かく見守ってくれていた、という方が正しいかもしれない。
手当てを終えた私は、医師のいた浮遊自動車から出る。
その時には、既に、私とベルンハルト以外のみんなが集合していた。父親にシュヴァル、リンディアやアスター。大集合である。そして、彼らは何かを話しているようだった。
「何を話しているの?」
一瞬入っていくことを躊躇いかけたが、勇気を出して参加していってみる。
「あら、王女様じゃなーい」
一番に応じてくれたのはリンディア。
彼女は、私の存在に、誰よりも早く気づいてくれた。
「おぉ。イーダくんにベルンハルトくん」
続けて、もうすっかり馴染んでいるアスターが声を発する。
「イーダぁ! 手当て、終わったのかぁっ!?」
そして、さらに続けて父親。
声の大きさでは彼が一番だった。
「今、この後の予定について話し合っていたところです」
最後に述べたのはシュヴァル。
彼だけはちゃんと、私の問いに答えてくれていた。
「そうだったのね。それで、どういう結果になったの?」
「王女様はどうなさいますか」
「え、私?」
「視察を予定通り続けるか否か、ということです。一旦中止にすることも可能ですが、いかがいたしましょう」
私が足を負傷したから、継続不可能になるかもしれない、と考えてくれているのだろうか。気を遣ってくれているのだとしたら、ありがたいことだ。
ただ、私は視察を中止する気はない。
襲撃者は去った。
この足の傷も、さほど深くはない。
それゆえ、視察を止めるほどの大変な状態ではないと思うのだ。
「続けるで良いと思うわ」
「そうですか?」
私がはっきり答えると、シュヴァルは微かに眉を持ち上げた。
「えぇ。たいした怪我でもないし。ちゃんと歩けるわ。もし可能なのなら、このまま予定通りに進めましょう」
そこに何らかの関係があるのかどうかは分からないけれど、なんとなく、無関係ではないような気がする。
私一人が考えたところで何も分からないに決まっている。それは一応理解しているつもりだ。ただ、一度気になり始めてしまうと、気にしないことはかなり難しくなってしまうものである。
「王女様!」
立ち上がりもしないまま関係性について考えていた私は、リンディアの声で正気に戻った。思考の世界から現実の世界へ引き戻された、という感じである。
「大丈夫だったー?」
少女に逃げられたリンディアは、堂々とした足取りでこちらへ歩いてきた。
「リンディア!」
「へーき?」
「えぇ、おかげさまで無事よ」
彼女はずっと戦っていた。にもかかわらず、私たちの前で疲労の色を見せたりはしない。そこは尊敬するべきところだと思う。
「それよりリンディアは? 怪我はない?」
「問題なしよー」
一つに束ねた赤い髪を揺らしながら爽やかな笑みを浮かべる彼女は、凛々しくてかっこよかった。
「ま、逃げられちゃったけどねー」
そこへ、ベルンハルトが口を挟む。
「逃がしたのか」
「何よ、その目は?」
ベルンハルトとリンディアの視線がぶつかる。火花が散りそうなぶつかり方だ。
「あまり優秀ではないな」
「……は?」
「なんだかんだといつも偉そうに言うが、僕とさほど変わらない。そう思ってな」
その言葉を聞いた瞬間、リンディアが目の色を変える。
「ちょっと、アンタ。それはどーいうことよ?」
みるみるうちに気まずい空気になってきた。もはや喧嘩になる気しかしない——そう思ったのだが。
「落ち着きたまえ、リンディア」
近くにいたアスターが、そんなことを言いながらリンディアの肩に手を乗せる。
「すぐにカッとなるのは良くないのだよ」
「……触らないで」
「小さなことで怒ると、肝臓にも胃にも、悪影響しかないと思うのだが」
アスターはリンディアを落ち着かせようと述べる。しかし、その発言がリンディアを苛立たせてしまっていた。完全に逆効果だ。
「アンタと一緒にしないで!」
「まさか。リンディアを私と同じだなんて、言えるわけがない」
「不愉快だから、年寄りは出てこないでちょーだい!」
リンディアは顔をしかめながら言い放つ。
かつての師に対してとる態度とは、とても思えない。
「おぉ……厳しい……」
一方アスターはというと、アンタだの年寄りだの言われたにもかかわらず、さほど怒っていない。慣れているようだ。
「さて。では王女様」
「シュヴァル?」
「足の手当て、させていただきます。どうぞこちらへ」
リンディアとアスターのやり取りを観察していたところ、シュヴァルが手を差し出してきた。その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。不気味と感じてしまうほどに穏やかで優しげな笑みだ。
しかし、だからといって断るわけにもいかない。
そんなことをしたら、何を言われるか分からない。
だから私はその手を取った。
「もしもの時のために医師を連れてきていますので、手当てさせます。こちらの自動車へ」
十分後。
「これでいかがですかな? 王女様」
「ありがとう」
「どういたしまして。大事なくて何よりです」
シュヴァルが案内してくれた先——オルマリン号でない方の浮遊自動車内にて、怪我した足を手当てしてもらった。
処置を施してくれた医師によれば、出血はさほどないため体調に影響が出ることはない、という状態らしい。
周囲を心配させるのは嫌なので、たいしたことがなくて良かった。
「もう平気か」
しばらくして、浮遊自動車内へ様子を見に来たベルンハルトは、包帯を巻いた左足を見て、そんな風に声をかけてきた。
日頃と大差ないあっさりした表情ではあるが、一応心配してくれてはいるようだ。
「えぇ。平気よ」
「そうか……それなら良かった」
「心配してくれたのね。ありがとう、ベルンハルト」
私が礼を述べると、ベルンハルトは視線を逸らす。
「貴女のために心配したわけではない。僕の地位が失われたら困る、それだけだ」
「それは嬉しい言葉! ベルンハルトは、今の『イーダの従者』という地位を、気に入ってくれているのね」
「ち、違う!」
ベルンハルトは即座に首を左右に動かした。
動作はもちろん、表情からも、慌てていることがひしひしと伝わってくる。
敵に襲われた時でさえ冷静さを失ってはいなかったというのに、こんなただの会話で慌てるなんて。
彼の慌てる基準がよく分からない。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「な。慌ててなどいない!」
「本当? 明らかに落ち着きがないわよ」
「うっ……」
そんな風に話す私とベルンハルトを、医師は微笑みながら見つめていた。
……いや、温かく見守ってくれていた、という方が正しいかもしれない。
手当てを終えた私は、医師のいた浮遊自動車から出る。
その時には、既に、私とベルンハルト以外のみんなが集合していた。父親にシュヴァル、リンディアやアスター。大集合である。そして、彼らは何かを話しているようだった。
「何を話しているの?」
一瞬入っていくことを躊躇いかけたが、勇気を出して参加していってみる。
「あら、王女様じゃなーい」
一番に応じてくれたのはリンディア。
彼女は、私の存在に、誰よりも早く気づいてくれた。
「おぉ。イーダくんにベルンハルトくん」
続けて、もうすっかり馴染んでいるアスターが声を発する。
「イーダぁ! 手当て、終わったのかぁっ!?」
そして、さらに続けて父親。
声の大きさでは彼が一番だった。
「今、この後の予定について話し合っていたところです」
最後に述べたのはシュヴァル。
彼だけはちゃんと、私の問いに答えてくれていた。
「そうだったのね。それで、どういう結果になったの?」
「王女様はどうなさいますか」
「え、私?」
「視察を予定通り続けるか否か、ということです。一旦中止にすることも可能ですが、いかがいたしましょう」
私が足を負傷したから、継続不可能になるかもしれない、と考えてくれているのだろうか。気を遣ってくれているのだとしたら、ありがたいことだ。
ただ、私は視察を中止する気はない。
襲撃者は去った。
この足の傷も、さほど深くはない。
それゆえ、視察を止めるほどの大変な状態ではないと思うのだ。
「続けるで良いと思うわ」
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