イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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55話 嫌い嫌いは好きという意味?

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 リンディアとアスターの出会いは、今から十年以上前。リンディアの父親であるシュヴァルが、彼女を、知り合いだったアスターに弟子入りさせたことがきっかけだったらしい。

「これからの時代を生きていくには、強さが必要だ! なーんて言って、可愛い娘を他人に預けるんだから、てきとーな父親よねー」

 その話を聞いて、私は妙に納得した。

 リンディアとシュヴァル。二人は、父娘という関係でありながら、とてもそうとは思えないような接し方をしていた。それがなぜなのか、ずっと不思議に思っていたのだが、その理由がやっと分かった気がする。

「ちょっと星王様を見習えーって感じ!」

 リンディアは改めて足を組み、ソファの背もたれにズッともたれかかった。

 周囲への気遣い、なんてものは彼女には存在しないのだろうか? 時折そんな風に思ったりはする。が、嫌いではない。飾り気のないところは、彼女の美点でもあると思う。

「けど、ベタベタしてくるのも面倒臭いわよ」
「大事にされてるってことよ。いーじゃなーい」
「リンディア的にはそうかもしれないけど……」
「案外そーでもないのー?」

 大事にされるのは良いのだ。感謝すべきことだとも思う。ただ、たまに面倒臭いと思ってしまうことも事実である。

「そうなの。大事にしてもらえるのは幸せなことだとは思うわ。でも、愛情表現が過剰なのは、少し困ることでもあるの」

 私がそんな風に話している間、リンディアは、ゆっくりと頷きながら聞いてくれていた。

「なるほどねー。面白いわ。育った環境が違うと、思考もここまで変わるのねー」
「ふふ。私も不思議な感じ」
「何その反応。可愛いじゃなーい」

 リンディアは笑っていた。

 こんな私が相手だと、話していても楽しくないかもしれない。そんな不安もあった。
 しかし、今の彼女の表情を見ている感じでは、退屈してはいなさそうだ。

 取り敢えず、良かった。

「あ、そーだ。王女様に言っておきたいことがあったんだけどー」
「何? リンディア」
「その……ありがとね」

 リンディアは気恥ずかしそうな顔をしながら礼を述べてきた。

「どういうこと? お礼を言うとしたら、私の方じゃない?」

 いつも傍にいてもらい、しかも護ってもらっているのだ。
 ありがとうと言わなくてはならないのは、本来、私の方である。

「アスターのこと、受け入れてくれてありがとう……って、言いたかったの」
「え?」

 思わず首を傾げてしまった。
 彼女の口から発された言葉が、想定の範囲外だったからだ。

「あいつは王女様に、処刑されてもおかしくないよーなことをしたでしょ。けど、王女様の優しさのおかげで、今もああやって普通に生活できてるじゃなーい」

 リンディアはなんだかんだでアスターのことを心配しているのかもしれない。

「あいつはあんなだけど、本当は悪人じゃなーいのよー。狙撃手なんてやってるせーで、誤解されてるけどねー」
「分かるわ」
「……そーなの?」

 なぜか眉をひそめるリンディア。

「あ……い、いえ。もちろん、私は、アスターさんのすべてを知ってはいないわ。ただ、彼が根っからの悪人ではないということくらいは分かるの」
「そーなの?」
「私を誘拐した時だって、彼は私に乱暴なことはしなかったわ。むしろ、普通に話をしてくれたぐらいよ」
「ま、そーでしょーね。アスターは狙撃以外ではあまり人を殺さないものー」

 アスターについて話すリンディアは、どこか自慢げだ。

「あいつはねー、本当は温厚な人間なの。ま、空気が読めないからか、たまにおかしな言動が出るけどねー」
「リンディアはアスターさんが大好きなのね」
「は!?」

 大きな声を出されてしまった。

 私の発言がまずかったのだろうか……。

「ごめんなさい。何か悪いことを言ってしまったかしら」
「あー……気にしないで。それより、こっちこそごめんなさーい」

 そこまで言うと、彼女は一旦言葉を切る。そして、それから数秒空けて、再び口を開く。

「けどね!」
「えぇ」
「あたしはべつに! アスターのこと! 大好きなんかじゃないわよ!」

 どうやら、それを言いたかったようだ。

「そ、そうなの?」
「そーよ!」
「けど、誇らしげに話してくれたじゃない?」
「違うって言ってるでしょー!? むしろ嫌いよ! 嫌い!」

 リンディアは嫌い嫌いと言うが、それは、大好きであることの裏返しなのかもしれない。そんな風に考えると、何だか微笑ましい気持ちになった。

「ごめんなさいごめんなさい」

 思わず笑みをこぼしてしまいながら、私は謝る。

「それ、信じてないわよねー? 言っておくけど、ほんとーに好きとかないからねー?」
「えぇ。もちろん分かっているわ」

 一応そう返しておいた。

 もっとも、リンディアがアスターを嫌っている、なんて思うことはできないのだが。

 すると彼女は話題を変える。

「あ、そーだ」

 唐突に話を変えてきたため、少しばかり驚いた。が、驚きを露わにはせず、リンディアの水色の瞳へと視線を向ける。

「王女様、何か注文するー?」
「……へ?」
「食べ物とか飲み物とか、電話で頼んだら、客室まで持ってきてくれるみたいよー」

 リンディアはそう教えてくれた。しかし、残念なことに、今はあまりお腹が空いていない。

「今はいいわ。私、あまりお腹が空いていないの」
「そ? 分かったわー」
「せっかく言ってくれたのに、ごめんなさいね」
「いーわよ、いちいち謝らなくて。べつに、王女様が悪いわけじゃなーいわー」

 彼女が心の広い人で良かった。そう思いながら、内心安堵の溜め息をつく。

「注文したくなったらいつでも言ってちょーだい。あたしが注文してあげるから」

 リンディアは後からそう付け加える。

 それにしても、彼女は何と親切なのだろう。注文してくれる、だなんて。私に手間をかけさせまいとするその姿勢には、本当に感謝しかない。

「ありがとう。リンディアは頼りになるわね」
「そりゃーねー」
「これからも色々頼っていい?」
「もちろんよー。面倒事は、あたしに任せておきなさーい」

 ソファの背もたれにはがっつりもたれ、堂々と足を組む。リンディアは、王女の従者とはとても思えない座り方をしている。しかし、その口から出てくる言葉は、「まさに頼りになる従者」といった感じのものだった。

「嬉しいわ」
「ちょっと、何にやにやしてるのよー?」
「だって、従者とこんな風に過ごせるとは思わなかったから」
「どーいう意味よ?」

 リンディアは怪訝な顔になる。

「今までの従者はね、みんな私にとても気を遣ってくれていたの。でも、そのせいで、あまり仲良しにはなれなかったのよ」

 ヘレナほどではないにしろ、誰もが私を「王女」として扱っていた。王女である私と一般人である従者たちの間には、見えない壁のようなものが存在していたのである。

「けどリンディアはそうじゃなくて、こうやって、普通の友達みたいに接してくれる。それが嬉しいの」
「あー……恐ろしく贅沢な悩みを持ってたのねー……」

 リンディアが呆れ顔でそう言った——直後。

 一度、爆発音のような大きな音が聞こえた。

「な、何の音……?」
「爆発みたいな音だったわね。この部屋じゃなさそーだけど」
「他の部屋から、ってこと?」
「避難が必要か確認してみるわー」

 穏やかな時間は決して続かない。

 また嵐が来るのだろうか。そんなことを考えると、不安の波に襲われる。
 けれど、「このくらいで負けていてはいけない」と思う心も、確かに存在していた。
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