イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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59話 甘いもの命

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 勝手に扉が開いた。

 またしても敵か!? と不安の波に襲いかかられる。が、その不安は、一瞬にして消えた。
 ベルンハルトの姿が視界に入ったからである。

 しかし、それから数秒して、彼の顔色がおかしいことに気づく。無表情であることは珍しいことではないが、顔つきがいつもの彼のそれとは少し違っているのだ。

「ベルンハルト!」

 すぐに彼へ駆け寄る。
 どことなく体調が悪そうな彼を、放ってはおけなかったから。

「顔色が悪いわ。どうしたの?」
「……気にするな」

 声をかけてみたが、ベルンハルトは小さく返しただけだった。

「あの女の子にまた襲われたのでしょう? 怪我はない?」

 すると、ベルンハルトは黙った。気まずそうな顔をしている。

「ベルンハルト?」
「……少しだけ」
「少しだけ、って……どういう意味?」

 そこへアスターが口を挟んでくる。

「少しだけ負傷した、ということかね?」

 彼は言いながら、ベルンハルトの方へ歩み寄っていく。

「ふむ。なるほど。確かに負傷しているね」

 アスターの視線はベルンハルトの背中へと注がれていた。
 何だろう? と思い、私もベルンハルトの背中へ目を向ける。すると、彼の背中に大きな傷があることが分かった。

「ベルンハルト! これは何!?」

 服が破れ、身も抉れている——そんな光景を見て、私は思わず声を発してしまった。

「怪我してるじゃない! それも、結構酷いわ!」
「……たいした怪我ではない」
「何を言っているの。とても軽傷には見えないわよ。早く手当てしなくちゃ」

 だが、ベルンハルトは首を左右に動かす。

「たいした怪我ではない」

 こんなところで頑固さを発揮するのは止めていただきたい。

「貴女は他人の心配より自分の心配をするべきだ」

 ——イラッ。

 私は、日々穏やかに過ごすよう心がけているつもりだ。
 だがしかし、こればかりは苛立ちを覚えてしまった。

「そういう話じゃないの!」

 自然と口調を強めてしまう。

「手当てしなくちゃ駄目でしょ!」

 またしても強く言ってしまった。だが仕方ないではないか、ベルンハルトが状況を分かっていないようなことを言うのだから。

 とはいえ、いきなりこんな風に強く出たら、少し引かれてしまったかもしれない。そう思い、近くにいるアスターを一瞥する。すると、彼は口を開いた。

「お、おぉ……。イーダくん、君はなかなか……気が強いのだね」

 アスターは引いたような顔をしていた。

 そこへ、リンディアが口を挟んでくる。

「ま、手当てしなきゃならないことは確かよねー」
「やっぱりそうよね?」
「傷を放置するのは感心しないわー」

 良かった。彼女は私が言おうとしていることを理解してくれそうだ。私がおかしいのではない、と分かり、自信が持てた。

「爆発音がしたわけだし、まー放っておいても人は来るでしょーけど? 取り敢えずフロントに電話かけましょーか」
「賢明な判断だね、リンディア。さすがは私の弟子だけある」
「アンタに言ってるんじゃないのよねー」
「そうかね。それは実に残念だ」

 リンディアは、客室内に設置されている電話の方へと、流れるように歩いていく。一つに束ねた赤い髪が、ふわりと宙を舞っていた。

「その……さっきはきつく言ってしまってごめんなさい。でもね、ベルンハルト。私は貴方に、無理をしてほしくないのよ」

 利口なリンディアがフロントに電話をかけている間、私はベルンハルトに話しかける。

「無理などしていない」
「本当に?」
「僕は嘘はつかない」
「……そうね。疑って悪かったわね」

 ベルンハルトはパッと嘘をつけるほど器用な人間ではない。それは十分理解している。

「一旦座るといいわ。立っていると辛いでしょう?」
「辛くなどない」
「もう! またそうやって強がる!」
「……すまない」

 それから私は、負傷しているベルンハルトを、室内のソファへ座らせた。強がってばかりいた彼だが、ソファに座った時には、少しホッとした顔をしていた。


 それからしばらくは、騒々しかった。

 小規模とはいえ爆発が起きたのだ、騒ぎになるのも無理はない。爆発が起きた原因を調査する者、周囲の客室に影響がないか確認する者などが、あっちへこっちへ、バタバタと行き来していた。

 アスターのランプによる打撃で沈んだ女性は、アスターが星王へ直接引き渡した。
 その時彼は、「シュヴァルには渡さないように」と言っていたのだが、その理由はよく分からない。


 その後、私は、一階にある喫茶店へ移動。

 ベルンハルトは傷の手当てがあるため抜けた。それによって、今は、リンディアとアスターと私という妙な三人での行動だ。

 私はストレートのアイスティー。リンディアはホットコーヒー。そして、アスターはこのホテル名物のマアイパフェ。

 一人一品、それぞれ注文した。

「アスターさんは本当に甘いものが好きなのね」
「うむ、その通り。甘いものがあれば、他には何も要らない」

 パフェを注文することができたアスターは、幸せそうな顔をしている。注文した、という事実だけでも嬉しいのだろう。

「そんなに好きなのね」
「本来、一番好きなものは綿菓子なのだよ。しかし、それ以外は駄目というわけではない。甘くて美味しければ、大体のものは食べられる」

 アスターが幸せそうな目つきで話していると、リンディアが口を挟んでくる。

「肥えるわよー」

 確かに、糖分の摂りすぎは体に良くないかもしれない……。

「いきなり失礼だね、リンディア。私とて馬鹿ではないよ。ちゃんと考えて食べているとも」
「けどアンタのご飯、大体甘いものじゃなーい?」
「そんなことはない。バランスのとれた食事だよ」
「嘘ねー。綿菓子だけで済ますところ、何度も見たわよー」
「……う」

 リンディアの発言に、アスターは言葉を詰まらせていた。
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