60 / 157
59話 甘いもの命
しおりを挟む
勝手に扉が開いた。
またしても敵か!? と不安の波に襲いかかられる。が、その不安は、一瞬にして消えた。
ベルンハルトの姿が視界に入ったからである。
しかし、それから数秒して、彼の顔色がおかしいことに気づく。無表情であることは珍しいことではないが、顔つきがいつもの彼のそれとは少し違っているのだ。
「ベルンハルト!」
すぐに彼へ駆け寄る。
どことなく体調が悪そうな彼を、放ってはおけなかったから。
「顔色が悪いわ。どうしたの?」
「……気にするな」
声をかけてみたが、ベルンハルトは小さく返しただけだった。
「あの女の子にまた襲われたのでしょう? 怪我はない?」
すると、ベルンハルトは黙った。気まずそうな顔をしている。
「ベルンハルト?」
「……少しだけ」
「少しだけ、って……どういう意味?」
そこへアスターが口を挟んでくる。
「少しだけ負傷した、ということかね?」
彼は言いながら、ベルンハルトの方へ歩み寄っていく。
「ふむ。なるほど。確かに負傷しているね」
アスターの視線はベルンハルトの背中へと注がれていた。
何だろう? と思い、私もベルンハルトの背中へ目を向ける。すると、彼の背中に大きな傷があることが分かった。
「ベルンハルト! これは何!?」
服が破れ、身も抉れている——そんな光景を見て、私は思わず声を発してしまった。
「怪我してるじゃない! それも、結構酷いわ!」
「……たいした怪我ではない」
「何を言っているの。とても軽傷には見えないわよ。早く手当てしなくちゃ」
だが、ベルンハルトは首を左右に動かす。
「たいした怪我ではない」
こんなところで頑固さを発揮するのは止めていただきたい。
「貴女は他人の心配より自分の心配をするべきだ」
——イラッ。
私は、日々穏やかに過ごすよう心がけているつもりだ。
だがしかし、こればかりは苛立ちを覚えてしまった。
「そういう話じゃないの!」
自然と口調を強めてしまう。
「手当てしなくちゃ駄目でしょ!」
またしても強く言ってしまった。だが仕方ないではないか、ベルンハルトが状況を分かっていないようなことを言うのだから。
とはいえ、いきなりこんな風に強く出たら、少し引かれてしまったかもしれない。そう思い、近くにいるアスターを一瞥する。すると、彼は口を開いた。
「お、おぉ……。イーダくん、君はなかなか……気が強いのだね」
アスターは引いたような顔をしていた。
そこへ、リンディアが口を挟んでくる。
「ま、手当てしなきゃならないことは確かよねー」
「やっぱりそうよね?」
「傷を放置するのは感心しないわー」
良かった。彼女は私が言おうとしていることを理解してくれそうだ。私がおかしいのではない、と分かり、自信が持てた。
「爆発音がしたわけだし、まー放っておいても人は来るでしょーけど? 取り敢えずフロントに電話かけましょーか」
「賢明な判断だね、リンディア。さすがは私の弟子だけある」
「アンタに言ってるんじゃないのよねー」
「そうかね。それは実に残念だ」
リンディアは、客室内に設置されている電話の方へと、流れるように歩いていく。一つに束ねた赤い髪が、ふわりと宙を舞っていた。
「その……さっきはきつく言ってしまってごめんなさい。でもね、ベルンハルト。私は貴方に、無理をしてほしくないのよ」
利口なリンディアがフロントに電話をかけている間、私はベルンハルトに話しかける。
「無理などしていない」
「本当に?」
「僕は嘘はつかない」
「……そうね。疑って悪かったわね」
ベルンハルトはパッと嘘をつけるほど器用な人間ではない。それは十分理解している。
「一旦座るといいわ。立っていると辛いでしょう?」
「辛くなどない」
「もう! またそうやって強がる!」
「……すまない」
それから私は、負傷しているベルンハルトを、室内のソファへ座らせた。強がってばかりいた彼だが、ソファに座った時には、少しホッとした顔をしていた。
それからしばらくは、騒々しかった。
小規模とはいえ爆発が起きたのだ、騒ぎになるのも無理はない。爆発が起きた原因を調査する者、周囲の客室に影響がないか確認する者などが、あっちへこっちへ、バタバタと行き来していた。
アスターのランプによる打撃で沈んだ女性は、アスターが星王へ直接引き渡した。
その時彼は、「シュヴァルには渡さないように」と言っていたのだが、その理由はよく分からない。
その後、私は、一階にある喫茶店へ移動。
ベルンハルトは傷の手当てがあるため抜けた。それによって、今は、リンディアとアスターと私という妙な三人での行動だ。
私はストレートのアイスティー。リンディアはホットコーヒー。そして、アスターはこのホテル名物のマアイパフェ。
一人一品、それぞれ注文した。
「アスターさんは本当に甘いものが好きなのね」
「うむ、その通り。甘いものがあれば、他には何も要らない」
パフェを注文することができたアスターは、幸せそうな顔をしている。注文した、という事実だけでも嬉しいのだろう。
「そんなに好きなのね」
「本来、一番好きなものは綿菓子なのだよ。しかし、それ以外は駄目というわけではない。甘くて美味しければ、大体のものは食べられる」
アスターが幸せそうな目つきで話していると、リンディアが口を挟んでくる。
「肥えるわよー」
確かに、糖分の摂りすぎは体に良くないかもしれない……。
「いきなり失礼だね、リンディア。私とて馬鹿ではないよ。ちゃんと考えて食べているとも」
「けどアンタのご飯、大体甘いものじゃなーい?」
「そんなことはない。バランスのとれた食事だよ」
「嘘ねー。綿菓子だけで済ますところ、何度も見たわよー」
「……う」
リンディアの発言に、アスターは言葉を詰まらせていた。
またしても敵か!? と不安の波に襲いかかられる。が、その不安は、一瞬にして消えた。
ベルンハルトの姿が視界に入ったからである。
しかし、それから数秒して、彼の顔色がおかしいことに気づく。無表情であることは珍しいことではないが、顔つきがいつもの彼のそれとは少し違っているのだ。
「ベルンハルト!」
すぐに彼へ駆け寄る。
どことなく体調が悪そうな彼を、放ってはおけなかったから。
「顔色が悪いわ。どうしたの?」
「……気にするな」
声をかけてみたが、ベルンハルトは小さく返しただけだった。
「あの女の子にまた襲われたのでしょう? 怪我はない?」
すると、ベルンハルトは黙った。気まずそうな顔をしている。
「ベルンハルト?」
「……少しだけ」
「少しだけ、って……どういう意味?」
そこへアスターが口を挟んでくる。
「少しだけ負傷した、ということかね?」
彼は言いながら、ベルンハルトの方へ歩み寄っていく。
「ふむ。なるほど。確かに負傷しているね」
アスターの視線はベルンハルトの背中へと注がれていた。
何だろう? と思い、私もベルンハルトの背中へ目を向ける。すると、彼の背中に大きな傷があることが分かった。
「ベルンハルト! これは何!?」
服が破れ、身も抉れている——そんな光景を見て、私は思わず声を発してしまった。
「怪我してるじゃない! それも、結構酷いわ!」
「……たいした怪我ではない」
「何を言っているの。とても軽傷には見えないわよ。早く手当てしなくちゃ」
だが、ベルンハルトは首を左右に動かす。
「たいした怪我ではない」
こんなところで頑固さを発揮するのは止めていただきたい。
「貴女は他人の心配より自分の心配をするべきだ」
——イラッ。
私は、日々穏やかに過ごすよう心がけているつもりだ。
だがしかし、こればかりは苛立ちを覚えてしまった。
「そういう話じゃないの!」
自然と口調を強めてしまう。
「手当てしなくちゃ駄目でしょ!」
またしても強く言ってしまった。だが仕方ないではないか、ベルンハルトが状況を分かっていないようなことを言うのだから。
とはいえ、いきなりこんな風に強く出たら、少し引かれてしまったかもしれない。そう思い、近くにいるアスターを一瞥する。すると、彼は口を開いた。
「お、おぉ……。イーダくん、君はなかなか……気が強いのだね」
アスターは引いたような顔をしていた。
そこへ、リンディアが口を挟んでくる。
「ま、手当てしなきゃならないことは確かよねー」
「やっぱりそうよね?」
「傷を放置するのは感心しないわー」
良かった。彼女は私が言おうとしていることを理解してくれそうだ。私がおかしいのではない、と分かり、自信が持てた。
「爆発音がしたわけだし、まー放っておいても人は来るでしょーけど? 取り敢えずフロントに電話かけましょーか」
「賢明な判断だね、リンディア。さすがは私の弟子だけある」
「アンタに言ってるんじゃないのよねー」
「そうかね。それは実に残念だ」
リンディアは、客室内に設置されている電話の方へと、流れるように歩いていく。一つに束ねた赤い髪が、ふわりと宙を舞っていた。
「その……さっきはきつく言ってしまってごめんなさい。でもね、ベルンハルト。私は貴方に、無理をしてほしくないのよ」
利口なリンディアがフロントに電話をかけている間、私はベルンハルトに話しかける。
「無理などしていない」
「本当に?」
「僕は嘘はつかない」
「……そうね。疑って悪かったわね」
ベルンハルトはパッと嘘をつけるほど器用な人間ではない。それは十分理解している。
「一旦座るといいわ。立っていると辛いでしょう?」
「辛くなどない」
「もう! またそうやって強がる!」
「……すまない」
それから私は、負傷しているベルンハルトを、室内のソファへ座らせた。強がってばかりいた彼だが、ソファに座った時には、少しホッとした顔をしていた。
それからしばらくは、騒々しかった。
小規模とはいえ爆発が起きたのだ、騒ぎになるのも無理はない。爆発が起きた原因を調査する者、周囲の客室に影響がないか確認する者などが、あっちへこっちへ、バタバタと行き来していた。
アスターのランプによる打撃で沈んだ女性は、アスターが星王へ直接引き渡した。
その時彼は、「シュヴァルには渡さないように」と言っていたのだが、その理由はよく分からない。
その後、私は、一階にある喫茶店へ移動。
ベルンハルトは傷の手当てがあるため抜けた。それによって、今は、リンディアとアスターと私という妙な三人での行動だ。
私はストレートのアイスティー。リンディアはホットコーヒー。そして、アスターはこのホテル名物のマアイパフェ。
一人一品、それぞれ注文した。
「アスターさんは本当に甘いものが好きなのね」
「うむ、その通り。甘いものがあれば、他には何も要らない」
パフェを注文することができたアスターは、幸せそうな顔をしている。注文した、という事実だけでも嬉しいのだろう。
「そんなに好きなのね」
「本来、一番好きなものは綿菓子なのだよ。しかし、それ以外は駄目というわけではない。甘くて美味しければ、大体のものは食べられる」
アスターが幸せそうな目つきで話していると、リンディアが口を挟んでくる。
「肥えるわよー」
確かに、糖分の摂りすぎは体に良くないかもしれない……。
「いきなり失礼だね、リンディア。私とて馬鹿ではないよ。ちゃんと考えて食べているとも」
「けどアンタのご飯、大体甘いものじゃなーい?」
「そんなことはない。バランスのとれた食事だよ」
「嘘ねー。綿菓子だけで済ますところ、何度も見たわよー」
「……う」
リンディアの発言に、アスターは言葉を詰まらせていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻は従業員に含みません
夏菜しの
恋愛
フリードリヒは貿易から金貸しまで様々な商売を手掛ける名うての商人だ。
ある時、彼はザカリアス子爵に金を貸した。
彼の見込みでは無事に借金を回収するはずだったが、子爵が病に倒れて帰らぬ人となりその目論見は見事に外れた。
だが返せる額を厳しく見極めたため、貸付金の被害は軽微。
取りっぱぐれは気に入らないが、こんなことに気を取られているよりは、他の商売に精を出して負債を補う方が建設的だと、フリードリヒは子爵の資産分配にも行かなかった。
しばらくして彼の元に届いたのは、ほんの少しの財と元子爵令嬢。
鮮やかな緑の瞳以外、まるで凡庸な元令嬢のリューディア。彼女は使用人でも従業員でも何でもするから、ここに置いて欲しいと懇願してきた。
置いているだけでも金を喰うからと一度は突っぱねたフリードリヒだが、昨今流行の厄介な風習を思い出して、彼女に一つの提案をした。
「俺の妻にならないか」
「は?」
金を貸した商人と、借金の形に身を売った元令嬢のお話。
伝える前に振られてしまった私の恋
喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
第二部:ジュディスの恋
王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。
周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。
「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」
誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。
第三章:王太子の想い
友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。
ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。
すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。
コベット国のふたりの王子たちの恋模様
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
皇帝とおばちゃん姫の恋物語
ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。
そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。
てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。
まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。
女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。
愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する
紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。
私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。
その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。
完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる