イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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66話 片言ルンルン

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 第一収容所の入り口付近。
 肌がじんと痛むような寒い風が頬を撫でてゆく中、私たちは話を続けている。

 正直、少し寒くなってきた。口から出すことはなかなかできないが、本音を言うなら、「早く屋内に入りたいなぁ」という気分である。

「シュヴァル、彼が今の所長なのか?」
「そうです。ルンルン・クリタヴェールという名です」
「確か、前は違うやつだったような?」
「はい。元々所長はダンダという男でした。が、襲撃に巻き込まれて命を落としたため、クリタヴェールに変わりました」

 父親とシュヴァルはそんな風に話していた。

 どうやら父親は、事情を何も知らなかったようだ。シュヴァルの発言を「ふん、ふん」と頷きながら聞いていた。その顔は真剣そのもの。シュヴァルの発言を疑うことは一切ないのだろう。

「トコロデシュヴァル!」
「何ですか」
「イツマデモクォコニイルノハサムイデショウ。オティツケルタテモノヘアンナイシマスヨ」

 ルンルンは安定の独特な調子で長文を発する。

 私は、その独特なイントネーションのせいで、ルンルンが何を言っているのか聞き取りきれなかった。まったく理解不能というわけではないのだが、彼の発言のすべてをしっかりと理解するには、結構な時間がかかってしまうのだ。

 しかしシュヴァルは困っていないようだった。

「そうですね。ここは少し寒いですし、できれば屋内へ移動したいところです」

 ルンルンと話すことに慣れているシュヴァルは、彼の珍しいイントネーションにも慣れているのだろう。聞き取りづらい、ということはないようである。

 慣れてしまえば問題なし、ということか。

「ですが、その前に一つ、クリタヴェールに頼みがあります」
「エェッ! ナンデツカー!?」

 シュヴァルの言葉をうけ、ルンルンは、戸惑ったように目をぱちぱちさせる。

「一人、預かっていただきたい者がいるのです」
「オォ! ソウナンディスネ!」

 ルンルンの顔に、明るめの笑みが浮かぶ。

「シュヴァルノツァノミナラ、カマイマセンヨ!」

 彼は、右手で三つ編みをくるくるといじりながら、左手をパタパタさせていた。

 かなり不思議な動き。
 しかも、男性が行っているにもかかわらず可愛らしさがあるところが、意外だ。

 いくら愛らしい小鳥のような動作でも、男性がやれば、可愛らしいという雰囲気にはならないものだと、そう思っていた。けれど、今のルンルンからは愛らしさが溢れている。とても不思議である。

「デ? ザイニンデスカ、アクニンデスカ、ソレトモ……オルマリンジンデナイヒトデスカ」
「初老です」

 シュヴァルが落ち着きのある声で答えると、ルンルンは小さく首を傾げる。

「ショ、ロウ……?」

 彼は初老の意味が分かっていないようだった。

「そして、嘘つきです」
「ショロウノウソトゥキ、デスカ?」
「はい。そのような感じであっています」

 恐らくアスターのことなのだろう。それは分かる。
 が、「初老の嘘つき」はさすがに言いすぎではないだろうか、と内心思った。

 いや、そもそも、アスターが嘘つきである証拠はまだない。

「デ、ソノヒトヲドウツレバイイノデスカ?」
「預かって下さい。他の罪人らと同じよう、拘束しておいて下されば構いません」

 そこまで言ってから、シュヴァルはパチンと指を鳴らした。
 私が「何だろう?」と思っていると、背後から、二人の男性と彼らに拘束されたアスターが現れる。

 先ほどシュヴァルが指を鳴らしたのは、恐らく、「アスターを連れてこい」という合図だったのだろう。

「アスターをここに置いていくのか? シュヴァル」
「はい。そのように考えております」
「大丈夫なのか?」
「星王様が『駄目』と仰るのであれば、他の方法を考えさせていただきますが……」
「いや。シュヴァルに任せる」

 父親はやはり、シュヴァルを完全に信じきっている様子だ。

「ありがたきお言葉。感謝致します」

 シュヴァルは胸元へ手を添えると、仰々しくお辞儀をする。

 不気味なほどに丁寧な動作を見たせいか、私は鳥肌がたつのを感じた。もっとも、これといった理由があるわけではないけれど。

「ではクリタヴェール、この男を頼みます」
「ハイ! オマカスェクダサイ! ……ア、ダンセイノオナマエヲキカセテイタダイテモ、カマイマテンカ?」
「アスター・ヴァレンタインです」
「ショウチイタチマシタッ!」


 ルンルンはやる気に満ちた顔つきで、ビシッと敬礼する。
 肘をしっかり張れているため、キビキビ感の伝わる敬礼になっていた。

 そんな様子を眺めていた私に、隣のベルンハルトがそっと話しかけてくる。

「このままで良いのか、イーダ王女」

 私は一瞬、ベルンハルトの言おうとしていることを掴めなかった。しかし、数秒考えてみるうちに、アスターのことを言っているのだと察することに成功する。

「アスターさんのこと?」
「このままでは、離れ離れになってしまうが」
「そうね。それは問題だわ。待っていて、ベルンハルト。少し言ってみる」

 順調に話を進めている人に対して批判的なことを言うのは、とても勇気がいる。
 だが、アスターのためだ。口を挟むしかない。

「待って! シュヴァル!」

 アスターには、これといった恩があるわけではない。特別気に入っているというわけでもない。しかし、彼はリンディアの師であり、彼女の大切な人である。

「アスターさんを収容所へ置いていくなんて、本気?」
「はい」

 シュヴァルは落ち着いた声で短く答えた。淡々とした調子を崩さないあたり、彼らしい。

「アスターさんを罪人扱いするのは止めてちょうだい」
「他人を悪人に仕立てあげようとしたのですよ? もう完全に罪人でしょう」
「それはそうかもしれないけれど……でも! 彼の発言が嘘だという証拠はないわ!」

 シュヴァルが嘘をついている、という可能性が皆無なわけではない。
 アスターが嘘をついたと広めることで、自分の身を守ろうとしている——その可能性だってあるのだ。

「では王女様。貴女は、このシュヴァルが裏切り者だと、そう仰るのですね?」
「他人を罪人扱いをするならば、証拠が必要。そう言っているだけのことよ」

 すると、シュヴァルは黙った。

 沈黙の後、数秒経ってから、小さく唇を動かす。

「……貴女の発言には力などありません」

 吐き捨てるような言い方だった。しかも、煩わしいものを見るような目で私を見てくる始末だ。

「デハツレテイキマトゥネ!」
「頼みます」
「ハイッ! オマクァセクダタイ!」

 ルンルンは歩き出す。
 拘束されたアスターも、その後ろに続いて進み始めてしまった。
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