イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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67話 私の従者だもの

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 斜め後方に立っているリンディアを一瞥する。

 彼女は何も言わない。眉ひとつ動かさず、そこに立っているだけだ。

 今、彼女はどう思っているのだろう。アスターが拘束され連れていかれるのを、嫌とは思っていないのだろうか。

 ……もっとも、いくら考えようとも彼女の心を察することはできないわけなのだが。

 私はそれから、視線をベルンハルトに移す。
 すると、彼も偶然こちらを見ていたらしく、ばっちり目が合った。

「どうする?」
「え」
「アスターを放っておいていいのか」

 ベルンハルトはかなり小さな声で尋ねてきた。
 五メートルでも離れていれば聞こえないだろうな、と思うような小声だ。

「良くはないけれど……もはや手の打ちようがないわ」
「いや、方法はある」

 こんな風に話している間にも、アスターは遠ざかっていってしまっている。

「方法?」

 この状況でアスターを取り戻す方法があるというのか。そんなことができるとは、とても思えないのだが。

「貴女が命じるならば、僕がアスターをここへ連れてくるが」
「……そんなことができるの?」
「可能だ」

 どんな手を使うつもりなのかは不明だ。が、正直なところ、ベルンハルトを働かせることはあまりしたくない。負傷している彼に無理をさせたくないのである。

「……無理しない方がいいわ」
「どうなんだ」
「私だって、アスターさんをこんなところに置いていくのは嫌よ。けれど、ベルンハルトに無理させるのはもっと嫌」

 すると彼は、眉間にしわをよせた。

「それは、放っておいていいということか」

 その問いに、私はすぐには答えられなかった。
 放っておいていい、と、はっきり答える勇気はなかったのである。

「…………」
「後から悔やんでも遅いが」

 ベルンハルトの言う通りだ。
 いつでもアスターを取り戻せるわけではない。

「……そうね」

 ひんやりとした風が、頬を撫で、髪を揺らす。

「……じゃあ、お願い」

 ベルンハルトを無理させたくはない。けれど、アスターを罪人として収容所へ置いていくというのも嫌だ。それはリンディアだって同じのはず。

「分かった」

 私の発言に、彼はそっと頷いた。
 その後、彼は、狩りをする肉食動物のような鋭い目つきになる。

 ——そして、駆け出した。

「ちょっ……ベルンハルト!?」

 突然駆け出したベルンハルトを目にして驚きの声をあげたのはリンディア。
 しかし当のベルンハルトはというと、リンディアの言葉に何かを返すことはしなかった。彼はただ、一直線に、アスターの方へと走っていく。かなりの速さだ。

「ナッ!?」

 接近する彼に一番に気づいたのは、ルンルン。

「イ、イッタイナンデツカ!?」
「そちらに用はない」

 刃のように鋭い視線を放つベルンハルトの瞳。それが捉えているのは、ルンルンではない。アスターを拘束する男たちだ。

「失礼」

 ベルンハルトはそう呟くと、アスターの右腕を掴んでいる男性の鳩尾へ膝蹴りを放つ。真正面からの、まるで突くかのような膝蹴りである。

「ケホッ!」

 対応が遅れた男性はかわすことも防御することもできず、ベルンハルトの膝蹴りをもろに受け、むせていた。苦痛に顔を歪めている。鳩尾を膝で強打されたのだから、無理もない。

「いきなり何をする!」

 その様を見ていたもう一人の男性は、素早くアスターの左腕を離すと、拳銃を取り出す。そして、その銃口をベルンハルトへ向ける。

 しかし、ベルンハルトは怯まない。
 男性の手首を掴んで強く捻ると、その手が握っている拳銃を奪い取った。

「ぐ……くそっ!」

 拳銃を奪われた男性は、次の手を打とうとしているようだ。拳銃を持っていたのと逆の手を、自分の腰元へと伸ばす。恐らく、他の武器を取り出そうとでもしているのだろう。

 だが、そう易々と二度目を許すベルンハルトではなかった。

 彼は男性の脇腹へ回し蹴りを食らわせる。そして、男性が一瞬息を詰まらせた瞬間に、その体を放り投げた。

「がっ!」

 男性の体は刹那だけ宙に浮き、次の瞬間には砂だらけの地面へ叩きつけられる。

 見ているだけの私でさえ、「痛そうだな」と思った。

「チョット! イクィナリデテクィテ、ナンナンデスカ!」
「答える必要はない」
「ベルンハルトくん!?」
「何も言うな、アスター」

 戸惑った顔で固まっているアスターの片手首を掴むベルンハルト。

「戻る」
「い、一体どうなっているのかね……?」
「イーダ王女の命だ」

 アスターはまだ状況を飲み込めていないようだった。何が起きたのか、理解が追いついていない様子である。

 そんな彼を、ベルンハルトは無理矢理引っ張る。

「エエエッ! ナニボーットシテルンデスカ!?」

 驚きの声を大きく発するのはルンルン。

 場が混乱に包まれる。

 しかしベルンハルトは、そんなことは気にしない。アスターの手首を掴んだまま、私やリンディアの方へと戻ってきている。

 これはまたややこしいことになりそう——な気がしないこともない。
 だが、アスターが罪人として収容されてしまうよりかはましだ。

「完了だ」

 アスターを連れて帰ってきたベルンハルトは、私のすぐ近くまで戻ってくると、そう言った。

「体は大丈夫?」
「問題ない」

 さらに負傷する、なんてことにならなくて良かった。私がそんな風に安堵していると、ベルンハルトの後ろにいるアスターが口を開いた。

「これは一体……どういう展開なのかね?」

 彼はまだ状況を飲み込めていないようだ。

「アスターさん、一つだけ聞かせて」
「何かね」
「貴方、嘘はついていないわよね?」

 すると彼は、静かな声で答える。

「……もちろんだとも」

 嘘つきがこんな顔をするとは思えない。私はやはり、アスターを疑う気にはなれなかった。残念なことに、彼の発言が真実であることを証明できるものは何もないけれど。

「分かったわ、ありがとう」
「……私を信じてくれるというのかね?」
「もちろんよ」

 たとえ始まりが敵であったとしても、今の彼は私の従者だ。

 だから、信じないなんていう選択肢はない。
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