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73話 まずは身を護る
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それまでほとんど口を開かなかった案内役の男性が、唐突に私の名を確認した。
極めて不思議な現象だ。
何のために? という疑問が、今、私の胸を満たしている。
「あ、あの、ここは?」
「…………」
勇気を出して男性に尋ねてみる。
しかし、彼は何も答えてくれなかった。彼はただ、黙ったまま、その場に立っているだけ。
実に謎だ。
これはもう、不気味と言っても過言ではない。
「ねぇ、ベルンハルト。ここは何なの」
男性から聞くことは諦め、私はベルンハルトに問う。ここで生まれ育った彼なら少しは知っているだろう、と思ったから。
「ここは人を収容しておく施設だ。入っているのは、主にネージア人だな。ただし、昼間はあまりいない」
「そうなの?」
「昼間は工場なんかで働かされている人が多いからな」
「そう……」
ベルンハルトの話が真実ならば、今はまだ人の少ない時間であるはずだ。だとしたら、なぜその時間に見学させるのか、不思議で仕方がない。
「あの、少し構わないかしら」
「……何でしょうか」
案内役の男性は、今度は言葉を返してくれた。
「ここで一体、何を見せてくれるの?」
こんなことを言うのは、正直気が引ける。嫌な感じで伝わらないかどうか、不安だからだ。
だが、聞かなければ気になって仕方がない。だから尋ねてみた。
「何を見せてくれるのか、ですか」
案内役の無口な男性は、私の問いに対し、そんなことを返してきた。
そして、暫し沈黙。
それから十秒ほど経過して。
彼はそっと口を開く。
「終わりの幕開け……なんていうのはどうですか」
男性の口から零れたのは、意味深な言葉。私には、その言葉の意味が、よく分からなかった。
——が、その直後、ただならぬ殺気を感じる。
「イーダ王女!」
耳に飛び込んできたのは、ベルンハルトの鋭い叫び声。
そして、突き飛ばされる。
「きゃっ!」
ベルンハルトに突き飛ばされた私は、一メートルほど離れたところへ倒れ込む。身構えていない時に押されたため、転倒してしまったのだ。
彼が私を突き飛ばしたのには、何か理由があるのだろう——そう思い、私は顔を上げる。
すると、大柄な男に襲いかかられているベルンハルトが見えた。
「ベルンハルトッ!?」
突如現れた大柄な男は、ベルンハルトの両手首をがっちりと掴んでいる。
両手首を掴まれてしまっているベルンハルトは、ナイフを抜けないため、反撃することができないようだ。
「大丈夫? 王女様」
「リンディア。私は平気。それよりベルンハルトを……」
「なーに言ってんのよ! 王女様ゆーせんに決まってるじゃない!」
何よりも私を優先してくれる従者というのは、非常にありがたいものだ。
ただ、ベルンハルトのことが心配でならない。そもそも負傷しているうえ、ナイフを取り出せない状況なのだ、放っておくなんてできるわけがないではないか。
私としては、今は私よりベルンハルトを優先してほしい、という気分だ。
「で、でもっ……」
「あいつは従者よ!」
リンディアの声は鋭かった。
こんな鋭く言われてしまっては、これ以上言い返すことはできない。
私が言い返すのを諦めた、刹那。
「また来たよ!」
今度はアスターの声が聞こえてきた。いつものんびりマイペースな彼にしては緊迫感のある声だ。
「また来た、ですって!? 何がよー!?」
「敵と思われる人間が、だよ」
アスターは指差しながら答えた。
「ちょっ、ホントにー!?」
リンディアは素早く、アスターが指差している方へ目をやる。そして、その整った顔面に焦りの色を滲ませた。
私も彼女と同じように視線を動かす。すると、通路の向こうから、何人かの男が駆けてくる様子を捉えることができた。
駆けてきている者たちは、皆、黒に近い髪色をしている。
また、シャツと半ズボンだけという、みすぼらしい格好だ。
「作戦通りいくぞー!」
「ゲッ! 護衛がいるじゃないか」
「護衛なんか気にするなー!」
「数で押せば余裕どす!」
「作戦通りいくぞー!」
「おい、お前それしか言えないのかよ……」
男たちは、威勢よくそんな言葉を発しながら、私たちを目がけて走ってきている。結構な速度だ。このままだと、一分もしないうちに、私たちがいるところまでたどり着いてきそうである。
「……男とは厄介ね。それに、けっこーな数じゃなーい」
「どうする? リンディア」
「ちょ、どうするも何も、今からじゃ逃げようがないでしょー?」
言いながら、リンディアは拳銃を抜く。
「迎え撃つしかないわねー」
水晶のように透き通った水色の瞳に、凛々しい輝きが宿る。
「アスター。アンタも働きなさいよ」
「いや、何を言っているのかね? 私はあくまで狙撃手。あんな屈強な男どもを倒すような技術は持っていないのだが」
「はい嘘ー」
「なっ。なぜバレたのかね!?」
敵意を抱いている男たちが迫ってきている、という危機的な状況下にあっても、リンディアとアスターの会話はいつも通りだった。
「昔、敵を叩きのめすところを見た記憶があるわよー」
「そんなことを覚えていたのかね!? 記憶力が良すぎると思うが!?」
「ま。とにかく、ちゃーんと働いてちょーだいね」
「……仕方あるまい」
ベルンハルトのことが心配で仕方ない。
辛いことをされていたら、痛い目に遭わされていたら。そんな風に考えるたび、胸が苦しくなる。私のせいでベルンハルトが……なんて、考えたくない。
けれど、危機的な状況にあるのは、彼だけではなくて。私も、リンディアも、アスターも、何か危害を加えられる可能性がある状況にあるということを、失念してはならない。
ベルンハルトは気になるが、今は自分の身を護ることが最優先事項。
私は、改めて、自分にそう言い聞かせた。
極めて不思議な現象だ。
何のために? という疑問が、今、私の胸を満たしている。
「あ、あの、ここは?」
「…………」
勇気を出して男性に尋ねてみる。
しかし、彼は何も答えてくれなかった。彼はただ、黙ったまま、その場に立っているだけ。
実に謎だ。
これはもう、不気味と言っても過言ではない。
「ねぇ、ベルンハルト。ここは何なの」
男性から聞くことは諦め、私はベルンハルトに問う。ここで生まれ育った彼なら少しは知っているだろう、と思ったから。
「ここは人を収容しておく施設だ。入っているのは、主にネージア人だな。ただし、昼間はあまりいない」
「そうなの?」
「昼間は工場なんかで働かされている人が多いからな」
「そう……」
ベルンハルトの話が真実ならば、今はまだ人の少ない時間であるはずだ。だとしたら、なぜその時間に見学させるのか、不思議で仕方がない。
「あの、少し構わないかしら」
「……何でしょうか」
案内役の男性は、今度は言葉を返してくれた。
「ここで一体、何を見せてくれるの?」
こんなことを言うのは、正直気が引ける。嫌な感じで伝わらないかどうか、不安だからだ。
だが、聞かなければ気になって仕方がない。だから尋ねてみた。
「何を見せてくれるのか、ですか」
案内役の無口な男性は、私の問いに対し、そんなことを返してきた。
そして、暫し沈黙。
それから十秒ほど経過して。
彼はそっと口を開く。
「終わりの幕開け……なんていうのはどうですか」
男性の口から零れたのは、意味深な言葉。私には、その言葉の意味が、よく分からなかった。
——が、その直後、ただならぬ殺気を感じる。
「イーダ王女!」
耳に飛び込んできたのは、ベルンハルトの鋭い叫び声。
そして、突き飛ばされる。
「きゃっ!」
ベルンハルトに突き飛ばされた私は、一メートルほど離れたところへ倒れ込む。身構えていない時に押されたため、転倒してしまったのだ。
彼が私を突き飛ばしたのには、何か理由があるのだろう——そう思い、私は顔を上げる。
すると、大柄な男に襲いかかられているベルンハルトが見えた。
「ベルンハルトッ!?」
突如現れた大柄な男は、ベルンハルトの両手首をがっちりと掴んでいる。
両手首を掴まれてしまっているベルンハルトは、ナイフを抜けないため、反撃することができないようだ。
「大丈夫? 王女様」
「リンディア。私は平気。それよりベルンハルトを……」
「なーに言ってんのよ! 王女様ゆーせんに決まってるじゃない!」
何よりも私を優先してくれる従者というのは、非常にありがたいものだ。
ただ、ベルンハルトのことが心配でならない。そもそも負傷しているうえ、ナイフを取り出せない状況なのだ、放っておくなんてできるわけがないではないか。
私としては、今は私よりベルンハルトを優先してほしい、という気分だ。
「で、でもっ……」
「あいつは従者よ!」
リンディアの声は鋭かった。
こんな鋭く言われてしまっては、これ以上言い返すことはできない。
私が言い返すのを諦めた、刹那。
「また来たよ!」
今度はアスターの声が聞こえてきた。いつものんびりマイペースな彼にしては緊迫感のある声だ。
「また来た、ですって!? 何がよー!?」
「敵と思われる人間が、だよ」
アスターは指差しながら答えた。
「ちょっ、ホントにー!?」
リンディアは素早く、アスターが指差している方へ目をやる。そして、その整った顔面に焦りの色を滲ませた。
私も彼女と同じように視線を動かす。すると、通路の向こうから、何人かの男が駆けてくる様子を捉えることができた。
駆けてきている者たちは、皆、黒に近い髪色をしている。
また、シャツと半ズボンだけという、みすぼらしい格好だ。
「作戦通りいくぞー!」
「ゲッ! 護衛がいるじゃないか」
「護衛なんか気にするなー!」
「数で押せば余裕どす!」
「作戦通りいくぞー!」
「おい、お前それしか言えないのかよ……」
男たちは、威勢よくそんな言葉を発しながら、私たちを目がけて走ってきている。結構な速度だ。このままだと、一分もしないうちに、私たちがいるところまでたどり着いてきそうである。
「……男とは厄介ね。それに、けっこーな数じゃなーい」
「どうする? リンディア」
「ちょ、どうするも何も、今からじゃ逃げようがないでしょー?」
言いながら、リンディアは拳銃を抜く。
「迎え撃つしかないわねー」
水晶のように透き通った水色の瞳に、凛々しい輝きが宿る。
「アスター。アンタも働きなさいよ」
「いや、何を言っているのかね? 私はあくまで狙撃手。あんな屈強な男どもを倒すような技術は持っていないのだが」
「はい嘘ー」
「なっ。なぜバレたのかね!?」
敵意を抱いている男たちが迫ってきている、という危機的な状況下にあっても、リンディアとアスターの会話はいつも通りだった。
「昔、敵を叩きのめすところを見た記憶があるわよー」
「そんなことを覚えていたのかね!? 記憶力が良すぎると思うが!?」
「ま。とにかく、ちゃーんと働いてちょーだいね」
「……仕方あるまい」
ベルンハルトのことが心配で仕方ない。
辛いことをされていたら、痛い目に遭わされていたら。そんな風に考えるたび、胸が苦しくなる。私のせいでベルンハルトが……なんて、考えたくない。
けれど、危機的な状況にあるのは、彼だけではなくて。私も、リンディアも、アスターも、何か危害を加えられる可能性がある状況にあるということを、失念してはならない。
ベルンハルトは気になるが、今は自分の身を護ることが最優先事項。
私は、改めて、自分にそう言い聞かせた。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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