イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
75 / 157

74話 アスターとリンディアと、複雑な痛み

しおりを挟む
 緊迫した空気がぴりぴりと肌を刺す。
 そんな中に、私たちはいた。

「いくどー!」

 迫ってくる男のうちの一人が、両手で担いでいる太いホースのようなものの口を私たちの方へ向け、威勢よく叫んだ

 すると、ホースのようなものの口から白い煙が放たれた。
 一気に視界が悪くなる。

「アスター! しっかりしてちょーだいよ!」
「あぁ、もちろんだとも!」

 放たれた煙のせいで、視界がかなり狭くなってしまった。おかげで、近くしか見えない。これでは、敵がどこから仕掛けてくるかも、直前まで分からないではないか。

 そんな状況に、私は個人的に「どうしよう」と焦っていたのだが、リンディアとアスターは冷静だった。

「今のうちに仕留めるどすー!」
「来たね」

 煙の中から一番最初に現れたのは、木製の太い棍棒を二本持った男。どうやら筋肉がかなり発達しているようで、太い棍棒に負け劣らないくらいたくましい腕をしている。

「いくどすー!」

 男は棍棒を握った二本の腕を同時に振り下ろす。

 しかし、棍棒が完全に振り下ろされるより早く、アスターは男の懐へ潜り込んでいた。

 アスターが敵の懐へ潜り込むスピードといったら、獲物に飛びつく蜘蛛といい勝負になるくらいの、凄まじい速さである。

「遅すぎやしないかね?」

 低い姿勢を保ちつつ、アスターはそんなことを言った。
 そして、男の鳩尾付近を、拳で突き上げる。

「ゲホォッ!!」

 男は派手にむせた。

 しかも、衝撃がかなり大きかったのか、両手に持っていた棍棒を落としている。

 アスターは、まともに呼吸することさえままならない男の腹部を両手で掴んで抱え上げると、大きく振り被ってから地面へ叩きつけた。ずぅん、と重苦しい音が響く。

「やれやれ、関節が痛む」

 男を地面へ叩きつけたアスターは、ふぅ、と溜め息をつく。いつの間にか、表情に穏やかさが戻ってきていた。

 ——しかし、その背後から、もう一人迫ってきている。

「アスターさん!」
「何かね、イーダく——ん!?」

 言いかけた瞬間、アスターはようやくもう一人の敵に気がついたようだった。

「まったく! まだいたのかね!」
「……多様性を認めないオルマリン人は死ね」

 アスターは一瞬にして振り返る——が、今度は敵の男の方が速い。

「ぐうっ!」

 男の回し蹴りが、アスターの脇腹にもろに突き刺さる。これには、さすがのアスターも顔をしかめていた。

 横側からの蹴りを決められたアスターは、よろりと数歩後退する。

「他人をいきなり蹴るとは! 君たちには礼儀というものがないのかね!?」

 蹴られた部分を手で押さえながら、アスターは抗議する。

 しかし、敵の男がそんな言葉を聞くわけもなく。

 男はアスターに更なる攻撃を加えるべく、地を蹴る。その勢いに乗り、アスターがいる方へと一気に近づいていく。

「……多様性を認めないオルマリン人には、存在価値がない」
「存在価値がない、なんて言わないでいただきたいものだがね」

 この時になって、初めて、アスターの顔に焦りの色が滲む。
 一撃叩き込まれたことで、かなり呑気なアスターにも、ようやく危機感というものが生まれたようだ。

 もっとも、それが良いことなのか悪いことなのかは、よく分からないけれど。

「……ここで消えろ」
「多様性を認めない、というのは、君も当てはまると思うのだがね——ぐっ!」

 男が宙から放った蹴りを、アスターは片腕で防ぐ。
 疾風のごとく放った蹴りを防がれたからか、男は眉を寄せ、一旦距離をとる。アスターを少し警戒している様子だ。

「こんな乱暴なこと、もう止めたらどうかね? 無意味な戦いを続けたところで、何も変わりやしないのだから」
「……黙れ、オルマリンの手下め」

 なぜだろう——よく分からないけれど、敵の男から、ベルンハルトと同じようなものを感じた。

 オルマリン人を憎む心。
 オルマリン人を悪と信じ疑おうとしない心。

 今アスターと交戦中の彼は、出会った頃のベルンハルトに、どことなく似ている。

「……消えろ、オルマリン人」
「退いてはくれないようだね。実に、残念だ」

 男は再びアスターへと迫る。

 どことなくかつてのベルンハルトに似た雰囲気のある男が傷つくところは、個人的にはあまり見たくない。ベルンハルトが傷つくところを見てしまったような感覚に陥る気がするから。

 けれど、男を応援するわけにもいかない。
 そんなことをしたら、アスターを見捨てるも同然だからである。

 私はどうすれば……。

 そんな風に揺れていた時、一筋の閃光が男の背中を貫いた。

 男は前向けに、ドサリ、と音をたてながら倒れ込む。

「ぼさーっとしてんじゃないわよ! アスター!」
「すまなかった。助かったよ、リンディア」

 どうやら、男を撃ったのはリンディアだったようだ。

 胸の奥がじわりと痛む。
 けれども、これはやむを得ない痛みだ。

 アスターの無事と引き換えなのだから。

「助かったよ、なんて言ってる場合じゃないでしょーよ! アンタ、一人二人にてこずるって、どーいうこと!?」

 アスターの情けなさに、リンディアは憤慨していた。

 彼女は荒々しい足取りでこちらへ歩いてくると、水色の瞳でアスターを鋭く睨み、はっきりと言い放つ。

「こんな素人相手に苦戦してるよーじゃ、アスター・ヴァレンタインの名が泣くわよー」
「相変わらず厳しいね、リンディア」
「アンタが役立たずなおかげで、あたしが何人も片付けることになっちゃったじゃなーい」

 リンディアはそう言ってから、かっこつけるように、片手で赤い髪を背中側へと流す。
 その動作は、そこらの男性に負けず劣らないくらいかっこよく、同時に色っぽくもある。

 かっこいい、と、色っぽい、が同時に存在することがあるなんて、私は知らなかった。だから、正直かなり驚いている。

「ま、でもいーわよ。あたしがみーんな片付けたからー」
「さすがはリンディア。素晴らしい強さだね」
「ふん。褒めてもいーわよ。ま、ジジイに褒められても、さほど嬉しくないけどねー」

 それから、リンディアは私に顔を向けてくる。

「王女様、怪我はない?」
「えぇ。無事よ」
「それは何よりー」

 アスターもリンディアも、大きな怪我をせずに済んで良かった。

「じゃ、あとは——」
「リンディア?」
「ベルンハルトの方を手伝うとしよーかしらー」

 そうだった。色々あったせいで忘れてしまっていたが、ベルンハルトも敵と対峙していたのだった。

「よし。では私も……」
「アスター、アンタは王女様についててちょーだい」
「な!?」
「ベルンハルトのサポートは、あたし一人でじゅーぶんよ」

 リンディアはきっぱり言い、ベルンハルトの方へと歩み出す。

 よほど自分一人で片付ける自信があるのだろう——彼女の背中からは、余裕の色さえ感じ取ることができた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...