イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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78話 視察を終えて、帰路につく

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 ネージア人らを退けた後、私たちは父親と合流。
 そして帰路につく。


「この二日間、色々あったわね」
「そうだな」

 帰りの浮遊自動車の中で、私は、右隣に座っているベルンハルトへ話しかける。

「厄介なことが多々あったな」

 帰り道も、行きと同じで、父親は別の浮遊自動車だ。
 父親はやはり、シュヴァルと乗っていた。彼はよほど、シュヴァルのことを気に入っているのだろう。

「そーねー、疲れちゃったわー。王女様と出掛けると、こーんな大変なのねー」
「リンディア。そういうことは言わない方が良いと思うのだがね」

 リンディアの発言に対し、アスターが注意を加える。

「は? ジジイは黙っていてちょーだい!」
「ジジイ、は余計だよ」
「なーによ、事実じゃなーい。実際、一人二人にてこずるくらい、ジジイ化してたでしょー」
「心外だよ。確かに年老いてきつつはあるが、そこまで弱ってはいない。それに、私の本来の専門は狙撃だからね」
「はー、ヤダヤダ! かっこつけてんじゃないわよー!」

 決して若くはない年でありながら、あれほどの戦いを見せてくれたアスターだ。若い頃ならもっと強かったものと思われる。

 そう考えると、リンディアが言っていることもあながち間違いではないのだろう。

「それにしても、アスターさんが接近戦もいける人だったなんて、驚きだわ」
「お。そうかね?」
「狙撃手って、狙撃だけじゃないのね」

 アスターが接近戦でもあれほど戦えるというのは、正直意外だった。狙撃特化のイメージが強かったからである。

「若い頃、『もしもに備えてある程度訓練しておけ』と言われていたものでね」
「へぇ。さすがだわ」
「ま、たいしたことではないよ。しかし……『さすが』だなんて照れてしまう」

 すると、ベルンハルトがすかさず口を挟む。

「勘違いするなよ、アスター」

 ベルンハルトがアスターに向ける視線は、見ているだけでも痛みを覚えたかのように錯覚するほど、冷ややかだ。

 例えるならば、氷で作られた剣のよう。いかにも冷たげで、鋭さのある視線である。

「イーダ王女はお人好しで優しい。だから、そうやって、心地よいことを言ってくれる。ただそれだけのことだ」

 ベルンハルトにそう言われたアスターは、きょとんとした顔をした。唐突なことで、話についていけなかったのかもしれない。

「ん? 一体何の話をしているのかね?」
「いや。ただ、イーダ王女の優しさに勘違いするなよ、と警告しておいただけのことだ」
「警告? どういう意味だね、それは」

 アスターの言動は謎に満ちている。

 ベルンハルトの心を察していながら何も分かっていないふりをしているのか。あるいは、本当にまったく何も分かっていないのか。どちらもあり得そうな気はする。しかし、実際のところを知る方法は、今の私にはない。彼の言動から想像する——それ以上のことはできないのだ。

「もういい」

 呑気に似たようなことばかり尋ねるアスターの相手をするのが嫌になったからだろうか。
 ベルンハルトはそう小さく呟いて、ぷいとそっぽを向いた。

「おぉ……そうかね」

 そっぽを向かれてしまったアスターは、残念がっているような声色で、そんなことを言う。しかし、表情からは、残念そうな感じは伝わってこなかった。

 アスターの謎がまたしても深まる。

 ……もっとも、絶対に解き明かさなくてはならない謎なわけではないのだが。

「あららー。もしかしてベルンハルト、妬いてるのかしらー?」

 それまでは窓の外を眺めていたリンディアだったが、いきなりそんなことを言い始めた。
 実に愉快そうな顔をしているあたり、本当にシュヴァルの血を引いているのだな、という感じだ。

「な。僕が嫉妬していると言いたいのか」
「そーなんでしょー?」
「わけが分からない。誰の何に僕が嫉妬するというんだ」

 ベルンハルトはそっぽを向いたまま、ぽそりと放つ。
 それに対してリンディアは、ニヤリと笑みを浮かべたまま返す。

「アスターと王女様が楽しそーな感じなのが、悔しかったんじゃないのー?」

 刹那、ベルンハルトの表情が固くなる。
 彼はその後もしばらく、何も返さぬまま、眉を寄せていた。

「そう……なのだろうか?」
「少なくともあたしにはそー見えたわー」
「なるほど。リンディアがそう言うなら、ある意味ではそうなのかもしれないな」

 ベルンハルトは意外と素直だった。

 リンディアに刺激するようなことを言われたにもかかわらず、怒ることなく、しっかりと受け止めている。

 彼もそろそろ、リンディアに刺激されることに慣れてきたのかもしれない。
 そう思わせてくれる光景だった。


 私たちがこうやって話している間も、浮遊自動車は走り続けている。

 いや、浮遊しているのだから「走り」という表現は相応しくないのかもしれないが。ただ、とにかく進み続けているのである。

 時が経つにつれ、窓の外の景色も、その姿を変えていく。

 第一収容所に近い辺りは、あまり都会という雰囲気ではなく、木々を始めとする自然の物が目立っていた。
 だが、徐々に街の面影が露わになってくる。

 その変化は、私たちを乗せた浮遊自動車が星都に近づきつつあることを、私に教えてくれた。


「ねぇ、ベルンハルト」

 浮遊自動車は、もうあと少しで、星都へと入りそうだ。

「何だ」
「久々に戻ってみて、どうだった?」

 沈黙は嫌なので、私は車内でも、ベルンハルトにちょくちょく話しかける。一応「迷惑かな?」と思いはするのだが、しんとしてしまうと過ごしづらいのだ。

「第一収容所に、か」
「えぇ」

 どんな答えが返ってくるだろう、と少し期待していたのだが、ベルンハルトから返ってきたのは非常にあっさりとした言葉だった。

「特に何も思うことはなかった」

 まさか、という感じだ。

「逆に、貴女はどう感じたんだ」
「私?」
「初めて行ったのだろう。感想が……少し聞いてみたい」

 ベルンハルトは気まずそうな顔をしながら尋ねてくる。

 私としては、正直、かなり意外だった。
 彼が私の心について問うことなんて、ありはしないと思っていたから。

「見たことのないものがたくさん見られて、勉強になったと思うわ」

 私は、内心戸惑いつつも、そう答えた。
 せっかく私に興味を抱いて質問してくれたのだ。敢えて答えない理由なんて存在しない。

「……嫌なところだろう」
「え、そう?」
「あそこは、ろくに掃除もしていない不潔なところだからな。イーダ王女、貴女みたいな人にはとても似合わない」

 そんな風に話すベルンハルトの表情は、微かに陰っていた。
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