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77話 少女との契約
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「けど、合流するって言っても、簡単ではないでしょー?」
「確かにそうね。父さんがどこにいるかも分からないし……」
「取り敢えず、受付へ行って確認するのが懸命だろうな」
「そろそろ綿菓子が食べたくなってきたのだがね」
そんな風に話しつつ歩き出すイーダたち四人の後ろ姿を、壁の陰からそっと見ている者がいた。
一人は少女。一人は男性だ。
「ふ、ふわぁぁぁ……」
ネージア人の男が幾人も倒れている光景を目にし、少女は、困りと驚きが混ざったような声を漏らす。
「みんなやられてしまいましたぁ……」
「見ましたか? オルマリン人の残虐な本性を」
少女に語りかける男声は——シュヴァルのものだ。
「彼らは極めて凶悪です。逆らう者は誰であろうと、今のように、蹴散らしてしまうのです」
そんなシュヴァルの言葉に、少女は困った顔をする。
琥珀色の美しい瞳が、動揺に色を映しながら揺れていた。
「こ、殺してはいませんよね……?」
「さすがに全員を殺すほどの余裕はなかったようでしたね」
「なら、まだましなのでは……?」
少女がイーダらを擁護するような発言をした瞬間、彼女を見下ろすシュヴァルの目が一瞬にして色を変える。
「……あっ」
シュヴァルの機嫌が変わったことを察したようだ。少女の顔が強張る。
彼女のはそれまでより少し硬めの表情で言う。
「ご、ごめんなさい。それで……頼みっていうのは、何でしたっけ」
流れる空気は冷たい。それはもちろん、外が寒いというのもあるのだろうが、それだけの冷たさだとは思えないような冷たい空気が流れている。血まで凍りつきそう、という表現が相応しいような冷たさだ。
「そうでした。その件でしたね」
「……はい」
「貴女には、王女つきの侍女として働きに来ていただきたいのです」
少女は目を見開き、体を大きく仰け反らせる。
「えええ!」
「しっ。静かにしなさい」
「は、はいぃ……」
少女は胸に手を当てて、心を落ち着かせるように、ふう、と息を吐く。
彼女なりに動揺を緩和しようと努めている様子だ。
「何も侍女として一人前になれとは言いません。そもそも、不器用な貴女が一人前になれるわけがありませんから」
シュヴァルは淡々と述べる。
「貴女には、ただ、王女様が一人になる時間を作っていただきたいだけなのです」
「おうじょさまがひとりになるじかん?」
「そう。つまり、従者が王女様から完全に離れる時間を作れれば、それだけで良いのです」
赤みを帯びた柔らかな髪の少女は、シュヴァルの話を聞き、小さく「えぇぇ……」と漏らしている。
「まさか、やりたくないのですか」
「い、いえ! そんなことはありません! ……ただ」
「ただ?」
「王女様をお一人にするなんて、危険ではありませんか……?」
少女が放ったまさかの発言に、シュヴァルは思わず顔をしかめる。
「貴女は馬鹿ですかね」
「へ?」
「王女様を確実に仕留めるために、一人にするのです」
「えええ!」
またしても大声をあげる少女。その口を、シュヴァルは片手でパッと塞いだ。
「いちいち騒ぐのは止めなさい」
イーダたちの背は遠ざかっていく。
「で、協力していただけますか? いただけますよね?」
「はわわ……王女様を仕留めるために協力なんてできませんよぉ……」
少女は首を左右に動かす。
するとシュヴァルは、「おや」と言いながら、彼女に顔を近づける。
「ご家族がどうなっても良いのですか」
「……へ? あの、え?」
「貴女が協力してくれるのならば、貴女のご家族への労働をすべて免除します。ただ、協力していただけない場合は、貴女のご家族の労働を今の二倍量に増やします」
シュヴァルは脅すような口調でそんなことを言い、顔を近づけながら、ジリジリと圧をかけていく。
こんな圧のかけられ方をすれば、誰だって折れざるを得ないだろう。
「そ、それは止めて下さいぃぃー! 今でも一日十時間以上なのに!」
「では、協力していただけますね」
「うぅ……」
少女は元々小さい体をさらに縮めた。その琥珀のような瞳には、うっすらと、涙の粒が浮かんでいる。
「協力していただけますか」
「う……は、はいぃ……」
シュヴァルの口角が持ち上がる。
「これで成立ですね」
そう言った時、既に、シュヴァルは笑顔になっていた。冷ややかな目つきも、半ば脅しのような声色も、今はもうない。
「あの、でも、本当に……たいしたことはできません……」
「大丈夫ですよ。心配せずとも、このシュヴァルがサポートします」
「そ、それにぃ……王女様を仕留めるのは無理ですよ……」
「仕留めるのは他の者の役割です」
静かな空間の中、シュヴァルと少女、二人だけの話し合いが進んでいく。
「まずは星都へ出てきて、一週間ほどで、その暮らしに慣れて下さい。その間に、侍女として何とか働けるようなところまで、教育させます」
「で、でも、あまり向いていないかもしれませんっ!」
「貴女は今も配膳係でしょう? その経験がきっと役に立つはずです」
「そうでしょうか……」
彼女が配膳係であることは事実。
もっとも、まともに配膳できない配膳係ではあるが。
「そうです。このシュヴァルの言葉に間違いなどありはしません」
「は、はいっ! では、よ、よろしくお願いします!」
少女はペコペコとお辞儀を繰り返す。その度に赤みを帯びた髪がふぁさふぁさと揺れるのが、見る者に、彼女を幼く感じさせる。
「あ、それと一つ」
「はいっ。何ですか?」
「このシュヴァルと話したことについては、決して口外しないよう頼みます」
「わ……分かりましたっ!」
こうして結ばれた、シュヴァルと少女の契約。
それがイーダたちにどのような影響を与えるのかは、まだもう少し先の話であろう。
「確かにそうね。父さんがどこにいるかも分からないし……」
「取り敢えず、受付へ行って確認するのが懸命だろうな」
「そろそろ綿菓子が食べたくなってきたのだがね」
そんな風に話しつつ歩き出すイーダたち四人の後ろ姿を、壁の陰からそっと見ている者がいた。
一人は少女。一人は男性だ。
「ふ、ふわぁぁぁ……」
ネージア人の男が幾人も倒れている光景を目にし、少女は、困りと驚きが混ざったような声を漏らす。
「みんなやられてしまいましたぁ……」
「見ましたか? オルマリン人の残虐な本性を」
少女に語りかける男声は——シュヴァルのものだ。
「彼らは極めて凶悪です。逆らう者は誰であろうと、今のように、蹴散らしてしまうのです」
そんなシュヴァルの言葉に、少女は困った顔をする。
琥珀色の美しい瞳が、動揺に色を映しながら揺れていた。
「こ、殺してはいませんよね……?」
「さすがに全員を殺すほどの余裕はなかったようでしたね」
「なら、まだましなのでは……?」
少女がイーダらを擁護するような発言をした瞬間、彼女を見下ろすシュヴァルの目が一瞬にして色を変える。
「……あっ」
シュヴァルの機嫌が変わったことを察したようだ。少女の顔が強張る。
彼女のはそれまでより少し硬めの表情で言う。
「ご、ごめんなさい。それで……頼みっていうのは、何でしたっけ」
流れる空気は冷たい。それはもちろん、外が寒いというのもあるのだろうが、それだけの冷たさだとは思えないような冷たい空気が流れている。血まで凍りつきそう、という表現が相応しいような冷たさだ。
「そうでした。その件でしたね」
「……はい」
「貴女には、王女つきの侍女として働きに来ていただきたいのです」
少女は目を見開き、体を大きく仰け反らせる。
「えええ!」
「しっ。静かにしなさい」
「は、はいぃ……」
少女は胸に手を当てて、心を落ち着かせるように、ふう、と息を吐く。
彼女なりに動揺を緩和しようと努めている様子だ。
「何も侍女として一人前になれとは言いません。そもそも、不器用な貴女が一人前になれるわけがありませんから」
シュヴァルは淡々と述べる。
「貴女には、ただ、王女様が一人になる時間を作っていただきたいだけなのです」
「おうじょさまがひとりになるじかん?」
「そう。つまり、従者が王女様から完全に離れる時間を作れれば、それだけで良いのです」
赤みを帯びた柔らかな髪の少女は、シュヴァルの話を聞き、小さく「えぇぇ……」と漏らしている。
「まさか、やりたくないのですか」
「い、いえ! そんなことはありません! ……ただ」
「ただ?」
「王女様をお一人にするなんて、危険ではありませんか……?」
少女が放ったまさかの発言に、シュヴァルは思わず顔をしかめる。
「貴女は馬鹿ですかね」
「へ?」
「王女様を確実に仕留めるために、一人にするのです」
「えええ!」
またしても大声をあげる少女。その口を、シュヴァルは片手でパッと塞いだ。
「いちいち騒ぐのは止めなさい」
イーダたちの背は遠ざかっていく。
「で、協力していただけますか? いただけますよね?」
「はわわ……王女様を仕留めるために協力なんてできませんよぉ……」
少女は首を左右に動かす。
するとシュヴァルは、「おや」と言いながら、彼女に顔を近づける。
「ご家族がどうなっても良いのですか」
「……へ? あの、え?」
「貴女が協力してくれるのならば、貴女のご家族への労働をすべて免除します。ただ、協力していただけない場合は、貴女のご家族の労働を今の二倍量に増やします」
シュヴァルは脅すような口調でそんなことを言い、顔を近づけながら、ジリジリと圧をかけていく。
こんな圧のかけられ方をすれば、誰だって折れざるを得ないだろう。
「そ、それは止めて下さいぃぃー! 今でも一日十時間以上なのに!」
「では、協力していただけますね」
「うぅ……」
少女は元々小さい体をさらに縮めた。その琥珀のような瞳には、うっすらと、涙の粒が浮かんでいる。
「協力していただけますか」
「う……は、はいぃ……」
シュヴァルの口角が持ち上がる。
「これで成立ですね」
そう言った時、既に、シュヴァルは笑顔になっていた。冷ややかな目つきも、半ば脅しのような声色も、今はもうない。
「あの、でも、本当に……たいしたことはできません……」
「大丈夫ですよ。心配せずとも、このシュヴァルがサポートします」
「そ、それにぃ……王女様を仕留めるのは無理ですよ……」
「仕留めるのは他の者の役割です」
静かな空間の中、シュヴァルと少女、二人だけの話し合いが進んでいく。
「まずは星都へ出てきて、一週間ほどで、その暮らしに慣れて下さい。その間に、侍女として何とか働けるようなところまで、教育させます」
「で、でも、あまり向いていないかもしれませんっ!」
「貴女は今も配膳係でしょう? その経験がきっと役に立つはずです」
「そうでしょうか……」
彼女が配膳係であることは事実。
もっとも、まともに配膳できない配膳係ではあるが。
「そうです。このシュヴァルの言葉に間違いなどありはしません」
「は、はいっ! では、よ、よろしくお願いします!」
少女はペコペコとお辞儀を繰り返す。その度に赤みを帯びた髪がふぁさふぁさと揺れるのが、見る者に、彼女を幼く感じさせる。
「あ、それと一つ」
「はいっ。何ですか?」
「このシュヴァルと話したことについては、決して口外しないよう頼みます」
「わ……分かりましたっ!」
こうして結ばれた、シュヴァルと少女の契約。
それがイーダたちにどのような影響を与えるのかは、まだもう少し先の話であろう。
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