イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
84 / 157

83話 勝負

しおりを挟む
 私を含む何人もが見守る中、カッタッタとベルンハルトの勝負は幕を開けた。


 地面を蹴り、先に仕掛けていくのはカッタッタ。

 彼は素早くベルンハルトへ接近すると、拳を大きく振る。しかしベルンハルトは、片腕を使い、その拳の勢いを殺した。

「くそっ!」

 思わず声をあげるカッタッタ。

「まだまだ!」

 カッタッタはもう一方の手で、もう一度殴りかかる。

 しかし、ベルンハルトは読んでいた。

 今度は、襲いかかる拳に対処するのではなく、その手首をがっと掴む。
 そして、カッタッタを放り投げる。

「ぎゃっ!」

 地面に叩きつけられたカッタッタは、短い悲鳴を漏らした。

 しかし、十秒も経たないうちに、カッタッタは起き上がってきた。根性で、という感じの起き上がり方である。

「勝ったと思うなよ!」

 カッタッタは、そう叫びながら、ベルンハルトの方へ再び突っ込んでいく。

 素人の私がこんなことを言うのも問題かもしれないが、正直、「もう少し考えて仕掛けていけばいいのに」と思ってしまった。

「……この程度で勝った気になるほど脳内花畑ではない」

 カッタッタはまたしても殴りかかる。
 攻撃が完全にワンパターンだ。

 ただ、私は内心ほっとしていた。
 攻撃がワンパターンな相手なら、ベルンハルトも戦いやすいだろう。そんな風に思ったからである。

 ベルンハルトは眉ひとつ動かすことなく、カッタッタの拳を、防ぎ、受け流していっている。連続パンチも、ベルンハルトの前には無力だ。

「とぅお! とぅお! ふぁー! とぅおとぅお! とぅお! ふぁー!」

 それでもカッタッタは、拳を繰り出し続けている。
 よほどパンチに自信があるのか。あるいは、それ以外の攻撃方法を知らないのか。そこは分からないが、明らかに効いていないと分かる状況でその攻撃を続けるというのは、ある意味才能かもしれない。

「とぅお! とぅお! ふぁー! とぅお! とぅおとぅお! とぅとぅとぅっふぃー! てぃお! てぃお! ふぁー!」

 妙な声を発しながら、両の拳を交互に突き出す。が、ベルンハルトにダメージを与えるには至らない。

 ——数秒後。

 パンチの隙を掻い潜り、ベルンハルトは蹴りを繰り出した。

「ぐしっ!」

 ベルンハルトの脚は、カッタッタの脇腹を強打する。
 脇腹を蹴られた彼は、その場でしゃがみ込んだ。唇が微かに震えているのが見て取れる。

「……早く終わらせないか」

 カッタッタを見下ろしながら、ベルンハルトはそう言った。
 静かに放たれる冷淡な声は、刃のような鋭さをはらんでいる。その鋭さといったら、どんなものでも切り裂いてしまいそうなくらいである。

「無益な行為に時間を費やすのは、人生の無駄遣いとしか思えない」
「なっ! この勝負を人生の無駄遣いだと言うのか!?」
「……僕からすれば、だがな」

 その瞬間、カッタッタの目の色が変わった。

 活発な雰囲気をまといはしているものの、いたって平凡だった彼の瞳。そこに、熱く燃える炎が宿った。

「俺にとっては重要な勝負なんだ!!」

 目の色を変えたカッタッタは、突如ガバッと起き上がり、ベルンハルトに飛びかかる。

「っ!?」
「どりゃあッ!」

 カッタッタはベルンハルトを床へ押し倒す。いきなりのことに反応しきれず、ベルンハルトは、俯せの状態で押さえ込まれてしまった。

「せい!」

 彼はそれから、床に押し付けたベルンハルトの片腕を強く掴み、捻りつつ引っ張る。ギシギシと音が鳴っていた。

 今のベルンハルトは、見ているだけでも痛みを覚えるような体勢だ。

 途中までは圧倒的な強さを十分に発揮していたベルンハルトであったが、ここに来て、形勢逆転されかかっている。

「悪いが一気に決めさせてもらう!」

 カッタッタは必死だ。
 よほど、自身の強さを誇示したいのだろう。

「ギブアップしてくれさえすれば、すぐに終わるぞ!」
「断る」

 完全に押さえ込まれる体勢に持ち込まれているが、それでも、ベルンハルトはベルンハルトだった。彼は微塵も慌てることなく、カッタッタを鋭く睨んでいる。

「おぉ!」
「カッタッタ、今日は気合い半端ねぇな」
「ボクはうつくしい……」
「おぅ! しっかりしろや!」

 懸命に戦うカッタッタに向けて、応援の声が飛び始める。

「ガンバレクイナ!」
「いけやいけや! 今さら負けんなよ!」
「ボクはやはりうつくしい……」
「しっかりー! 勝てー! やー!」

 凄まじい応援だ。
 いや、もちろん、いつも一緒に鍛え合っている仲間ならば、応援するのは当然といえるのだが。

 ——しかし、相手だけが応援されている状況というのは、複雑な心境だ。

 とはいえ、ベルンハルト側で今ここにいるのは私だけ。リンディアやアスターがいてくれたならもっと応援できたのだろうが、私一人で激しく応援するというのは厳しめである。

「うぉりゃ!」
「……く」
「いい加減ギブアップしてくれよ!」
「……断る」

 パッと見た感じではベルンハルトばかりがやられているようだが、案外そうでもないのかもしれない。というのも、カッタッタも意外と汗をかいていたのだ。

「頼む! ギブアップしてくれ!」
「断る」
「後でロックンロールパフェ奢るから! なぁ?」

 謎の説得が始まった。
 が、ベルンハルトはまったく応じない。

「……そんなことを言うなら、なおさら断る」
「うおい! 何でだ!」
「不愉快だからだ」
「はぁ!? そんなにはっきり言わなくてもいいだろ!」

 俯けに床に押さえ付けられ、しかも片腕をがっちり固められているにもかかわらず、ベルンハルトは涼しい顔をしている。

 厳しく拘束されることに慣れているから——かもしれない。

「くそっ……なら、もういい! こうしてやる!」

 カッタッタはベルンハルトの腕をさらに強く捻る。しかし、ベルンハルトの顔つきが変わることはなかった。

「何をしようが無駄だ。僕は屈しない」
「ぐ……くそ……」

 悔しげに歯軋りするカッタッタ。

「僕を折りたいならば、本気で潰しにかかれ」
「き、きぇぇぇ!」

 ベルンハルトの言葉に刺激されてか、カッタッタは叫ぶ。そして、押さえ付けていたベルンハルトの体を持ち上げた。

 刹那、ベルンハルトの瞳に一筋の光が宿る。

「……かかったな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...