イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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87話 恋か否か

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 リンディアやフィリーナと会話していると、洗面所の方から、ベルンハルトがやって来た。
 濡れたタオルを持っている。

「……イーダ王女!」

 ベルンハルトは、すぐに私に気づいた。

「おはよう、ベルンハルト。働いてくれていたの?」
「いや、少し手伝っただけだ」
「もしかして、フィリーナの手伝い?」

 すると彼は、ほんの少し黙った後、静かな声で「そうだ」と言った。

「助かるわ、ありがとう」
「……貴女に不快な思いをさせるわけにはいかないからな」
「いい人ね!」
「いや、べつに。そんなことはない」

 言いながら、ベルンハルトは部屋から出ていった。恐らく、濡れたタオルをどこかへ運んでいったのだろう。

 そうして、またベルンハルトがいなくなった時、フィリーナがぽつりと漏らした。

「……優しい方ですよね」

 彼女の柔らかそうな頬は、微かに紅潮している。

 しかも、それだけではない。

 彼女の瞳は、ベルンハルトが出ていった扉を、じっと捉えていた。彼が出ていってから少なくとも十秒は経っているにもかかわらず、である。

「ベルンハルトさん……」

 基本的にいろんなことに疎い私でも、この時のフィリーナの異変には、すぐに気がついた。

 ベルンハルトを見つめる彼女の瞳には、日頃の彼女の瞳にはない輝きが宿っている。そう、あれは——恋する乙女の瞳に宿る輝き。

 間違いない。
 彼女はベルンハルトに好意を抱いている。

 確信した私は、ストレートに尋ねてみることにした。

「ねぇ、フィリーナ」
「は、はいっ。何でしょうか!」

 とうに消えた男の背を眺め続けていたフィリーナは、私の問いによって正気に戻ったらしく、慌ててこちらへ視線を向ける。

「フィリーナは、ベルンハルトのことが好きなの?」

 王女がこんな下世話なことを言うなんて、と幻滅されるかもしれない。が、今はそんなことはどうでもいい、という気分だ。

「え……あ、あのっ……そんなことありませんよ……?」

 怪しい。
 明らかに不自然な言い方だ。

「た、ただ……失敗したのをフォローして下さったので、優しい方だなぁと……」
「本当に、それだけ?」

 なぜ自分がこんなにも、フィリーナがベルンハルトに好意を抱いているのかどうかを気にしているのか、よく分からない。

 ただ、はっきりさせておきたかったのだ。

 フィリーナがベルンハルトをどう思っているのかを。

「本当に……優しい人だと思っただけ? それ以上のことはないと、言い切ることができる?」
「そ、それは誰だって言い切れませんよぉ……」

 彼女はまずは逃げるだろう。それは想定していた。だから、動揺するようなことはなかった。
 が、その先で想定外のことが起こる。

「あたしは言い切れるわよー」

 リンディアがそう言ったのだ。

「アンタの目、見逃さなかったのは王女様だけじゃなーいわよー」

 予想外の発言。
 しかし、今の状況においては、心強い援護でもある。

「フィリーナがベルンハルトを見る目は、恋する女の目。そーいうことでしょ? 王女様」
「……ふと、そんな気がしたの」
「ま、あたしでも気づいたほどだものねー。王女様が気づかないわけなーいわよねー」

 ソファに腰掛けたまま、リンディアはばっさり言う。

「無能なくせに恋はするーっていうのは、侍女なんかに向いてないわー。いや、そもそも、てんけー的な無能よねー」

 今のリンディアには、遠慮なんてものは存在しない。

「こら、リンディア。さすがに失礼ではないかね? それに、無能に無能と言ったら、傷つけてしまうよ」

 アスターは注意する。

 しかし、その注意自体も遠慮がなく、かなり失礼だ。
 間違ったことは言っていないのかもしれないが、少しは柔らかな物言いをできないものだろうか。

「なーによ、善人ぶって。ジジイは黙ってなさーい」
「ジジイ!? 違う! せめて、おじさんと呼んでくれたまえ!」
「じゃ、おじじいさんにするわー」
「おじじいさん!? それはまた、おじさんなのかじいさんなのか分かりづらい!」

 リンディアとアスターの会話は、いつの間にやら、本題から逸れていってしまった。二人は恐らく、もう、フィリーナのことなど忘れているのだろう。

 ……気を取り直そう。

「それで、フィリーナ」
「は、はい……」
「ベルンハルトのこと、かっこいいと思う?」

 質問を少し変えてみることにした。

「それは……はい。いつも凛としていて、さすが王女様の従者、と思いますぅ……」
「優しい、とも思うのよね?」
「はいっ……! それはとても思います。失敗しても、何度もフォローして下さって……優しいです!」

 自覚はないが、実際のところは好意を抱いている——といったところか。

「そうよね。おかしなことを聞いて悪かったわね」
「い、いえ……」

 今は様子を探れただけで十分。

 それにしても、ベルンハルトへの好意絡みになると神経質になる私は、一体何なのだろう。

 こんなことを言っていると「自分のこともまともに分からないのか」と怒られそうな気もするが、実際、私は私を理解しきれていない。

「これからも、その……何でも聞いて下さい」

 可愛らしい顔に安堵の色を浮かべつつ、フィリーナはそんなことを言ってくれる。

「たいして役には立てないかもしれませんが、取り敢えず、答えられることは答えさせていただきますので……」
「ありがとう」
「い、いえ……。こちらこそ、ありがとうございます」

 フィリーナは善良な少女。
 素直に謝るし、純粋に笑う。

 彼女には、悪意なんてものは欠片もない。

 だからきっと、良い関係を築いていけるはずだ。お互いに歩み寄っていけたなら、いつかは仲良しになれるに違いない。

 ただ、そうなるためには、胸に立ち込めたこの薄汚いものをどうにかしなくてはならないだろう。

 そうでなくては、純粋に関わることができないから。
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