イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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88話 呼びに行こうと

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 時の流れとは早いもので、フィリーナが私の侍女になってから、あっという間に数日が過ぎた。

 彼女のことをよく思っておらず批判ばかりしていたリンディアも、日が経つにつれて、段々、厳しいことは言わなくなっていった。

 批判しても無意味だと諦めたからなのか、フィリーナの残念さに慣れたからなのか、そこは分からない。ただ、責められ続けるフィリーナを見るのは心苦しいので、私は、リンディアが厳しいことを言わなくなって良かったと思っている。

 一時はどうなることかと思ったが、取り敢えずは上手くやっていけそうな感じだ。

 また、私の胸を満たしていた黒いものも、時の経過とともに、徐々に消えてきつつある。それは、フィリーナとベルンハルトが特に何も進展していない様子だからかもしれない。

 私の心は少しおかしい。
 王女でありながら、侍女の少女に嫉妬するなんて、どうかしている。

 当初はそんな風に思ったけれど、その黒い気持ちはすぐに小さくなっていってくれたから、いつしか忘れている時間が多くなった。

 単に少し不安定になっていただけだったようだ。


「ん……?」

 数日後の夜、私がふと目を覚ますと、まだ真夜中だった。

 窓の外は暗い。
 カーテン越しでも、そのくらいは分かるものだ。

「起きてしまっただけ……だったみたいね」

 室内には、私以外誰もいない。不気味なほどに、しん、としている。

 ——なぜこんなに、嫌な予感がするのだろう。

 私はベッドの上で、何とも言えない恐怖感に襲われた。
 既存の言葉では上手く説明できないような恐怖感が、津波のように押し寄せてくる。

 確かに、ここのところは、夜も誰かが傍にいてくれていた日も多かった。けれども、誰もいない夜だってあったはずだ。それでも私は、ちゃんと夜を明かすことができた。子どもの頃のように「夜が怖い」と怯えたことなんて、ほとんどなかったと思う。

 ただ、今夜だけは違う。
 何かが違っている。

 そう思う具体的な理由があるわけではないけれど、本能的にそう感じるのだ。

「そうだ……誰か呼びに行こう……」

 所詮予感。確実に何かが起こるという根拠があるわけではない。
 だが、何かが起こってからでは遅いのだ。

 なので私は、ベッドから下りて、人を呼びに行くことにした。

 不気味なほどに静かであることは変わらないけれど、ひとまず明かりを点けてしまえば、恐怖感は少しは緩和された。

 大丈夫。行ける。


 自室を出て、廊下を歩く。
 見慣れた光景のはずなのに、夜中だからか、いつもより不気味に感じる。

 けれども、広い自室で一人ぽつんと夜を明かすよりはましだ。

 だから私は、引き返すことなく、歩いていく。


 しばらくすると、【王女・従者】と描かれた小さな看板のついた扉の前へたどり着いた。

 よくよく考えてみると、私が従者の部屋へ行ったのはこれが初めてかもしれない。が、小さな看板に描かれた名称的に、ここで間違いないだろう。

 私は扉をノックしてみる。

 しかし、返事はない。

 いや、返事がないのは当然だ。今は真夜中なのだから。
 どうしよう、と思いつつ、私は扉のノブを捻ってみた。

「……開いてる」

 意外にも、扉は開いていた。
 これまた不気味な感じはするが、勇気を出して、扉を開けて中へ入ることにした。

 扉を開けて中へ入ると、そこはまた、廊下のようになっていた。中央に細い道があって、その両サイドに部屋がある、という造りだ。

 なるほど、だから扉は開いていたのか。

 まずは入ってすぐ右手側の扉をノックする。しかし反応はない。寝ているのだろう。

 諦めて移動しようとした刹那、扉のすぐ傍に【リンディア・リンク】と文字が刻まれた小さな札が掛けられていることに気がついた。

 どうやら、その札でどこが誰の部屋か分かるようになっているみたいだ。

 リンディアの部屋の向かいの部屋の札を確認する。

 そこは予想通り【アスター・ヴァレンタイン】だった。
 不規則な生活をしていそうな彼なら、夜中でも起きているかもしれない。そんな風に淡い期待を抱きながら、扉をノックする。

 ——が、返答はなかった。

 期待は一瞬にして塵と化してしまった。

「この時間じゃ、普通寝ているわよね……」

 仕方ない、と自分を納得させつつ、奥の部屋へ視線を向ける。
 そして、驚いた。

「えっ……あ、開いてる……?」

 リンディアとアスターの部屋はもう確認した。ということは、ベルンハルトの部屋だろうか。いや、しかし、部屋はその向かいにもあって、そこは閉まっている。ということは、その閉まっている方がベルンハルトで、扉が開いているのは空室だからなのかもしれない。

 色々考えてしまい、混乱する一方だ。

 私は、自分に、取り敢えず落ち着くよう言って聞かせる。こんなところで狼狽えても意味がない、と。

 しかし、この状況で冷静でいることは難しかった。

 不気味なところに一人でいるという状況は極力避けたい。一刻も早く、誰か信頼できる人と合流しなくては。

 私は微かに恐怖心を抱きながらも、じわりじわりと、扉の開いている部屋へ近づいていく。

 ……泥棒になった気分だ。

 扉まであと数歩、という距離まで近づいた時、何やら声が聞こえてきた。
 私は咄嗟に、開いた扉の陰に隠れる。

「……めて」
「い……ない……」

 空室だから扉が開いている、という可能性は消えた。人の声が聞こえてくるのだから、空室なわけがない。

「ほ……や……」
「……して……ば」

 何を話しているのかまでは、はっきりとは聞こえないのだが、男女の声であることは確か。

 まさか、ベルンハルトが女遊びを?

 まさか、ね。

 あんな初々しい彼が、夜中に女遊びなんて。
 やんちゃじゃあるまいし、あり得ないことだ。

 ……いや、気になる。

 ちゃんと確認しよう。そうすれば、この何とも言えない思いは消えるから。


 そう思っていたの。

 ベルンハルトとフィリーナが二人でいるところを、見てしまうまでは。
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