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90話 傍にいて
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「ところで。イーダ王女は、夜中に、こんなところへ何をしに来たんだ」
話が一段落したところで、ベルンハルトが尋ねてきた。
「……目が覚めたの」
「夜中に一人で自室の外を出歩くなんて、危険すぎる」
「不気味だったのよ……部屋が」
この場所へ来なければ、ベルンハルトとフィリーナが一緒にいるところなど見ずに済んだ。が、もしあのまま自室にいたら、間違いなく胃を痛めていただろう。少なくとも精神的に疲労したことは確かだし、ろくに眠れなかった可能性も高い。
そう考えると、まだこちらの方がましだったような気がする。
「不気味、だと? 物音でもしたのか」
「いえ……」
「なら、なぜ不気味なんだ」
「何かがあったわけじゃないの。ただ何となく……嫌な感じがしたのよ」
本当にそれだけだ。
あの時は、至って普通の静けさすら、恐怖の対象になっていた。
単に私がおかしいだけなのかもしれないけれど。
「そうだったのか」
「えぇ……ちょっとどうかしているわよね、私」
夜は相変わらず静かだ。
けれど、今は怖いとは思わない。
それはきっと、ベルンハルトがいてくれるから。信頼できる人が近くにいて、声をかけてくれるからだと思う。
「部屋まで送ろう」
ベルンハルトがそう言ってくれた。
その言葉に、私は、天に昇りそうなほどの嬉しさを感じた。喜びと安堵が、胸の奥で混ざり合う。
「……いいの?」
「構わない。従者の勤めだ」
「……あんなに一方的に当たり散らしたのに?」
すると、ベルンハルトは黙った。
私の胸に緊張が走る。
また不快にしてしまっただろうか、なんて思って。
しかし、数秒の沈黙の後、彼はそっと口を開いた。
「叫ばれることには慣れている」
発されたのは、意外な言葉。
しかし、発した彼の顔つきが穏やかなものだったから、嫌みではないのだと判断することができた。
「そうなの?」
「収容所にいた頃は、よく怒鳴られていたからな」
「そっか。そういえば、フィリーナも怒鳴られていたわね」
「……あれは別物だが」
まぁ、そうよね。ベルンハルトはフィリーナほどどじっ子ではなかっただろうし。
「とにかく、部屋まで送ろう」
「……ありがとう。お願い」
「よし」
ベルンハルトは淡々とした声を発しつつ、くるりと振り返る。彼の瞳がフィリーナを捉えた。
「もういい。解散だ」
「は、はいぃー……すみませんー……」
短く述べた後、ベルンハルトは再び私の方へと体を向ける。
「行こう」
私とベルンハルトは歩く。
目的地は、私の自室。
「フィリーナに悪いことしてしまったかもしれないわね……」
彼女のことだ、悪意などなくベルンハルトと話していたのだろう。なのにいきなり私に怒鳴られ、驚いたに違いない。
申し訳ないことをしてしまった。
「いや、気にする必要はない」
「案外冷たいのね」
「あの女は、夜にいきなり訪ねてきたうえ、半ば無理矢理部屋に入り込んできた。話をしたい、と」
「……冷たくない?」
「そしてずっと帰らない。仕方がないから話していたが、あのままでは睡眠時間がゼロになってしまうところだ」
ベルンハルトの口から溢れるフィリーナに対する言葉は、意外にも、かなり冷たいものだった。
「だから、イーダ王女が来てくれて、ある意味では助かった」
「……何だか冷たいのね、ベルンハルト」
「問題か?」
「いいえ、べつに」
私たちは歩き続ける。
目的地は、私の自室だ。
しばらくして、自室に着く。
二人でいるからか、今度は、不気味だとは感じなかった。
「ゆっくり眠ってくれ」
「えぇ、ありがとう」
ベッドに上り、横たわって、掛け布団を被る。
「その……ベルンハルト」
「何だ」
「今夜は傍にいてくれない?」
こんなこと、異性の従者に頼んでいいことだとは思えない。が、今さら他の人を呼びに行くというのも面倒だ。
「僕が、か」
「駄目?」
「いや。貴女が望むのなら、それでもいい」
ベルンハルトはそんな風に言いながら、ベッドの方へと近づいてくる。
「隣にいれば良いのか」
「構わない?」
「分かった。近くにいておく」
歩いてきたベルンハルトは、ベッドのすぐ近くまで来ると、その場にしゃがみ込んだ。
「ここでいいか」
「えぇ。ありがとう」
送ってもらったうえ、傍にいてほしいという我儘まで聞いてもらって、感謝しかない。返せるものがないのが少し辛いけれど。
これでようやく心穏やかに眠れる。
——そう思ったのだけれど。
「こんな真夜中まで男とイチャイチャなんて、なかなかやんちゃな王女様やね」
瞼を閉じかけた瞬間、聞いたことのある声が耳に飛び込んできた。
「……え?」
その声がどこから聞こえてきたのか、私は、すぐには判断できなかった。
ここは私の自室だ。今、この部屋の中に、私とベルンハルト以外の人間がいるということは、あり得ないことである。
もしあり得たとしたら、それは、勝手に入ってきていたということになってしまう。
「ねぇ、ベルンハルト。今何か……声がしなかった?」
「はっ!」
「え?」
「す、すまない。ついうとうとしてしまっていた」
寝ていないんだもの、仕方ないわ。
けど、そんな呑気なことを言っていていいのだろうか。
「あはっ。見つからへんみたいやね。うちがどこにいるか当ててごらーん」
また声が聞こえた。
それを耳にしたベルンハルトの顔面が引きつる。
「……ラナか!」
「え? ちょ、あの、ラナって? 誰よそれ」
ベルンハルトの発言についていけない。
「あの危険な少女だ」
「フィリーナの他の少女にまで手を出していたの!?」
「違う! 断じて!」
なら一体……あ。
もしかして、前にも襲撃してきたあの少女の名だろうか。
「前に襲撃してきた女の子?」
「そうだ」
「やっぱり……」
「もう一度言っておくが、手を出した女の名ではないからな」
ベルンハルトは根に持っているみたいだ。
手を出していたの、は、さすがに少し可哀想だったかもしれない。
その時、ベッドの下から一人の少女が現れた。
「ちょっと! うちのこと無視せんといてくれる!?」
話が一段落したところで、ベルンハルトが尋ねてきた。
「……目が覚めたの」
「夜中に一人で自室の外を出歩くなんて、危険すぎる」
「不気味だったのよ……部屋が」
この場所へ来なければ、ベルンハルトとフィリーナが一緒にいるところなど見ずに済んだ。が、もしあのまま自室にいたら、間違いなく胃を痛めていただろう。少なくとも精神的に疲労したことは確かだし、ろくに眠れなかった可能性も高い。
そう考えると、まだこちらの方がましだったような気がする。
「不気味、だと? 物音でもしたのか」
「いえ……」
「なら、なぜ不気味なんだ」
「何かがあったわけじゃないの。ただ何となく……嫌な感じがしたのよ」
本当にそれだけだ。
あの時は、至って普通の静けさすら、恐怖の対象になっていた。
単に私がおかしいだけなのかもしれないけれど。
「そうだったのか」
「えぇ……ちょっとどうかしているわよね、私」
夜は相変わらず静かだ。
けれど、今は怖いとは思わない。
それはきっと、ベルンハルトがいてくれるから。信頼できる人が近くにいて、声をかけてくれるからだと思う。
「部屋まで送ろう」
ベルンハルトがそう言ってくれた。
その言葉に、私は、天に昇りそうなほどの嬉しさを感じた。喜びと安堵が、胸の奥で混ざり合う。
「……いいの?」
「構わない。従者の勤めだ」
「……あんなに一方的に当たり散らしたのに?」
すると、ベルンハルトは黙った。
私の胸に緊張が走る。
また不快にしてしまっただろうか、なんて思って。
しかし、数秒の沈黙の後、彼はそっと口を開いた。
「叫ばれることには慣れている」
発されたのは、意外な言葉。
しかし、発した彼の顔つきが穏やかなものだったから、嫌みではないのだと判断することができた。
「そうなの?」
「収容所にいた頃は、よく怒鳴られていたからな」
「そっか。そういえば、フィリーナも怒鳴られていたわね」
「……あれは別物だが」
まぁ、そうよね。ベルンハルトはフィリーナほどどじっ子ではなかっただろうし。
「とにかく、部屋まで送ろう」
「……ありがとう。お願い」
「よし」
ベルンハルトは淡々とした声を発しつつ、くるりと振り返る。彼の瞳がフィリーナを捉えた。
「もういい。解散だ」
「は、はいぃー……すみませんー……」
短く述べた後、ベルンハルトは再び私の方へと体を向ける。
「行こう」
私とベルンハルトは歩く。
目的地は、私の自室。
「フィリーナに悪いことしてしまったかもしれないわね……」
彼女のことだ、悪意などなくベルンハルトと話していたのだろう。なのにいきなり私に怒鳴られ、驚いたに違いない。
申し訳ないことをしてしまった。
「いや、気にする必要はない」
「案外冷たいのね」
「あの女は、夜にいきなり訪ねてきたうえ、半ば無理矢理部屋に入り込んできた。話をしたい、と」
「……冷たくない?」
「そしてずっと帰らない。仕方がないから話していたが、あのままでは睡眠時間がゼロになってしまうところだ」
ベルンハルトの口から溢れるフィリーナに対する言葉は、意外にも、かなり冷たいものだった。
「だから、イーダ王女が来てくれて、ある意味では助かった」
「……何だか冷たいのね、ベルンハルト」
「問題か?」
「いいえ、べつに」
私たちは歩き続ける。
目的地は、私の自室だ。
しばらくして、自室に着く。
二人でいるからか、今度は、不気味だとは感じなかった。
「ゆっくり眠ってくれ」
「えぇ、ありがとう」
ベッドに上り、横たわって、掛け布団を被る。
「その……ベルンハルト」
「何だ」
「今夜は傍にいてくれない?」
こんなこと、異性の従者に頼んでいいことだとは思えない。が、今さら他の人を呼びに行くというのも面倒だ。
「僕が、か」
「駄目?」
「いや。貴女が望むのなら、それでもいい」
ベルンハルトはそんな風に言いながら、ベッドの方へと近づいてくる。
「隣にいれば良いのか」
「構わない?」
「分かった。近くにいておく」
歩いてきたベルンハルトは、ベッドのすぐ近くまで来ると、その場にしゃがみ込んだ。
「ここでいいか」
「えぇ。ありがとう」
送ってもらったうえ、傍にいてほしいという我儘まで聞いてもらって、感謝しかない。返せるものがないのが少し辛いけれど。
これでようやく心穏やかに眠れる。
——そう思ったのだけれど。
「こんな真夜中まで男とイチャイチャなんて、なかなかやんちゃな王女様やね」
瞼を閉じかけた瞬間、聞いたことのある声が耳に飛び込んできた。
「……え?」
その声がどこから聞こえてきたのか、私は、すぐには判断できなかった。
ここは私の自室だ。今、この部屋の中に、私とベルンハルト以外の人間がいるということは、あり得ないことである。
もしあり得たとしたら、それは、勝手に入ってきていたということになってしまう。
「ねぇ、ベルンハルト。今何か……声がしなかった?」
「はっ!」
「え?」
「す、すまない。ついうとうとしてしまっていた」
寝ていないんだもの、仕方ないわ。
けど、そんな呑気なことを言っていていいのだろうか。
「あはっ。見つからへんみたいやね。うちがどこにいるか当ててごらーん」
また声が聞こえた。
それを耳にしたベルンハルトの顔面が引きつる。
「……ラナか!」
「え? ちょ、あの、ラナって? 誰よそれ」
ベルンハルトの発言についていけない。
「あの危険な少女だ」
「フィリーナの他の少女にまで手を出していたの!?」
「違う! 断じて!」
なら一体……あ。
もしかして、前にも襲撃してきたあの少女の名だろうか。
「前に襲撃してきた女の子?」
「そうだ」
「やっぱり……」
「もう一度言っておくが、手を出した女の名ではないからな」
ベルンハルトは根に持っているみたいだ。
手を出していたの、は、さすがに少し可哀想だったかもしれない。
その時、ベッドの下から一人の少女が現れた。
「ちょっと! うちのこと無視せんといてくれる!?」
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