イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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124話 弱い心を捨てる時

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 幸運なことに、入り口は開いていた。そのため、ただ体をぶつけるだけで部屋の外へ出ることができた。

 背後からは、ベルンハルトの声が聞こえた気がする。
 でも、私は何も返さなかった。

 こんな勝手なことをしたのだ、怒られるに決まっている。もし今、彼に返事をしたりなんかすれば、怒られ、連れ戻されるに違いない。

 そんなことをされたら、たまったものじゃない。

 せっかく勇気を持てたのだ、今さら止まるのは嫌だ。

 無謀かもしれないけれど。
 でもどうか、私にも何かさせてほしい。


 廊下へ出る。
 そこはとにかく狭かった。無機質な壁のせいで圧迫感が凄まじい。

 人の気配はなく、かなり不気味だ。

 頬を一筋の汗が伝う。

「……どこへ行けば」

 答えてくれる人なんていないけれど、私は一人呟いた。
 静寂の中で佇み続けるくらいなら、自分のものであっても声が聞こえる方がいいから。

「……よし!」

 リンディアを探そう。

 ——けど、どこを探せばいいのだろう?

 散々偉そうなことを言っておいてなんだが、私は、こういった類いの経験はしたことがない。そんな私が、いきなり一人でリンディアを探すなんて、可能なのだろうか。

 胸の内は不安でいっぱいだ。

 ……いや、これはもはや、「不安でいっぱい」などという次元ではない。「不安しかない」という表現の方が相応しいくらいだと思う。

 でも、今さら引き返すことなんてできないのだ。
 これは私が選んだ道だから。

「行かなくちゃ」

 私は自身を鼓舞するようにそう呟き、頬を手のひらで二度軽く叩き、真っ直ぐ前を見つめる。

 今こそ、弱い心を捨てる時だ。

 弱くても無力でも、いつまでも護られるだけでいるわけにはいかない——そう思うことができたのは、リンディアのおかげかもしれない。

 私は歩き出す。
 前だけを見つめて。


 時折、風が窓を揺らす。
 恐らくもう使われていないからだろう、このビルの窓は、よくガタガタと揺れる。怪物でも出てきそうな雰囲気だ。

 そんな不気味な廊下を、しばらく歩いた時だった。

 目の前に現れた一室。その扉は、全開になっていた。不思議なくらい、完全に開いている。

「……え」

 ここへ来るまでに、いくつもの部屋の前を通り過ぎてきた。それらの部屋にも扉があったが、すべてきちんと閉まっていたように思う。私の記憶によれば、数センチほど開いている、という扉さえなかった。

 なら、どうして?
 なぜ、ここだけ扉が開いているの?

 すぐに脳内で繋がった。
 私は、その部屋の方へと走る。

「誰かいるの!?」

 開いている扉を通過し、室内に入る。

「……やっぱり」

 そこにはリンディアと思われる女性の姿があった。
 殺風景な室内には、掛け布団のないベッド一つだけが置かれている。彼女はそこに横たわっていた。

「リン……ディア?」

 ベッドの上に横たわる、脱力した女性の体。
 こんなに艶めかしいものはない。

 ……って、そうじゃなかった。

 私がしなくてはならないのは、ベッドの上にいる彼女がリンディア本人かどうかを確認すること。そして、もしそれが本人であったなら、怪我をしていないかどうかであったり体調が悪いことはないかであったりを、聞いてみなければならない。

 私はゆっくりとベッドの方へ歩み寄る。

 そして、数メートルも離れていないくらいの位置まで行って、初めて顔を覗き込んだ。

「リンディア!」

 やはりだ。やはり、彼女はリンディアだった。

 やればできるじゃない、私! ……なんてね。

「……王女、様?」
「私よ。イーダ! 分かるでしょう?」
「ん……そーね。……分かるわよー」

 正常な意識があるようだ。返答もおかしさはない。まともな会話になっている。

 だが、どうしてだろう。
 彼女は体を動かすことはあまりしない。

「起きられる? リンディア」
「……それは、まだ無理ねー……」

 ベッドの脇にしゃがみ込み、彼女の片手をそっと掴む。
 彼女の手は、ちゃんと握り返してきた。

「無理? 無理ってどういうこと?」

 そう尋ねると、リンディアは元々細くしか開いていなかった目をさらに細める。

「……なーんか打たれたのよー」
「打たれたって……注射?」
「……そー」
「リンディアは同意したの? それとも勝手に?」
「……無理矢理、ねー」

 そこで私は、思わず叫んでしまった。

「無理矢理!? 何よそれ! おかしいじゃない!」

 リンディアが望んだのならいい。同意したというなら、まだいい。しかし、無理矢理なんて論外だ。許可なく他人に注射を、なんて、どうかんがえてもおかしな話ではないか。

「……あまり騒がないほーが……いーわよ」
「どうして?」
「敵に……気づかれたりなんかしたら、ややこしーもの……」

 言われてみれば、と、私は納得。

 起き上がることさえままならないリンディアと、戦闘能力ゼロの私。
 二人でいる時に敵に遭遇したら、とんでもないことになってしまうだろう。

 何もできぬまま、二人揃って死。そういう展開だけは避けたい。

「確かにそうね。気をつけるわ。……ところで」
「……なーに?」
「リンディア、武器は持っていないの?」

 私……は何一つ持っていない。
 一つでも持っておいた方が安心なのだが。

「……武器、ですってー……?」
「そうそう」
「……あるわよ、拳銃」

 ベッドに横たわったまま肘から先だけを持ち上げ、少し離れたところを指し示すリンディア。
 彼女が示す方へ視線を向ける。

 するとそこには、赤い拳銃が落ちていた。

「あ。あれ、リンディアがいつも持っているやつね」
「……そーよ」
「拾ってくるわ!」

 小走りで赤い拳銃に寄る。そして、それを拾い、リンディアの方へと戻った。

「はい、これ!」

 ベッドの上のリンディアは、弱々しい声質で「どーも」などと言いながら赤い拳銃を受け取った。

 リンディアは動けない。でも、肘から先くらいは動かせるみたいだ。
 闇の中で煌めく、唯一の救いの星である。

「これで少しは安心ね」
「……そーね。けど王女様、どーやって……一人でここへ来たの?」

 その言葉を聞いて気づいた。
 彼女はアスターやベルンハルトが来てくれたことをまだ知らないのだと。

「実はね、アスターさんとベルンハルトが来てくれたの。それで、向こうは二人に任せてきたのよ。だから、ここへ来ることができたのは私だけ」

 するとリンディアは、怪訝な顔をする。

「……どーやってここを、突き止めたのかしらねー……」
「そこまでは分からないわ」
「……そーよね」
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