イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

文字の大きさ
132 / 157

131話 弾丸の応酬

しおりを挟む
 放たれる弾丸。
 ベルンハルトはそれを、ナイフで弾いた。

 こんなことができるのか、と、私は内心感心する。

 だって、拳銃から放たれた弾丸なんて、目ではとても追えないものだもの。それをナイフみたいな細いもので弾き返すなんて、普通無理があるわ。

「我が野望の存在を知る者など、この世には必要ないのです。なので、ここで消えていただきます」

 淡々と述べるシュヴァル。
 彼はまだ、冷静さを保っている。

「イーダ王女」
「え?」

 緊迫した空気の中、ベルンハルトが唐突に声をかけてきた。私は戸惑いつつも、彼の方へと目をやる。

「殺害か生け捕りか、どっちだ」
「え? あの……」
「シュヴァルをどうするのか、ということを聞いている」

 そんなこと、いきなり聞かれても。
 シュヴァルをどうすべきか、というのは重大な決断だ。聞かれてパッと答えられるような、簡単なことではない。

「……生け捕りじゃない?」

 取り敢えず、そう答えておく。
 殺害はさすがにまずいだろう、と思ったからである。

「そうか。分かった」
「何を仕掛けてくるか分からないわ。無理しちゃ駄目よ」

 ベルンハルトは駆け出す。シュヴァルにかなり接近したところで大きく一歩を踏み出し、彼の背後へと回り込む。

 ほんの数秒反応が遅れたシュヴァルの背に、ベルンハルトは蹴りを加える。

「野蛮人め……!」
「何とでも言え」

 シュヴァルはベルンハルトを、鬼のような形相で睨む。
 しかし、その程度で怯むベルンハルトではない。

 恐ろしいくらいの気迫で睨まれても、ベルンハルトの表情はまったく変化していなかった。

 ベルンハルトはさらに蹴りを繰り出す。

 しかし、今度は背後からではなかったため、シュヴァルは腕で防いだ。

 シュヴァルは父親の側近。それゆえ、戦闘能力が高いというイメージはなかった。が、今の動きを見ると、シュヴァルが弱くはないということはまる分かりである。少なくとも素人ではなさそうだ。

 余裕を感じさせる、悪さのある笑みを浮かべるシュヴァル。

「そんなことで、このシュヴァルを倒せるとでも?」

 シュヴァルは恐らく、わざと刺激するようなことを言っているのだろう。

 だが、ベルンハルトは顔色を変えない。

 それを見て、私は安堵した。冷静さを保てているようだと分かったからである。

 一つ一つの発言に過敏に反応していると、その隙をつかれてうっかりやられかねない。もちろん戦闘能力そのものも関係ないことはないが、冷静さを保つこともまた、やられにくくなる方法の一つだろう。

「そんな考えは甘いのだということを、教えて差し上げましょう」

 シュヴァルはまだ余裕のある表情。そんな彼に、ベルンハルトは急接近する。そして繰り出される、遠心力を加えた横からの蹴り。ベルンハルトが放ったその蹴りは、決まったように見えた。が、シュヴァルは上手くかわしていて。蹴りをかわしたシュヴァルは、握っている拳銃の銃口を、ベルンハルトへと向ける。

 そして響く、乾いた銃声。

 私は思わず目を閉じる。

 音が宙に溶けてから五秒ほどが経ち、恐る恐る目を開けると、銃弾が壁に傷をつくっているのが見えた。
 ベルンハルトには当たらなかったようだ。

 ——刹那。

 視界に火花が散る。

 火花が散ったのは、ベルンハルトがいるのとは逆の方向。
 ベルンハルトがやったわけではなさそうだ。

「く!」

 シュヴァルの顔が引きつる。

「ははは。私のことを忘れていたかね?」
「アスター……!」
「甘いものがあればもっと元気になれるのだが、まぁ、少し休憩するだけでも復活できるのだよ」

 ベルンハルトに気を取られ、彼らの存在をつい忘れてしまっていた。

「うーむ……六十五点といったところかな! しかし、掠り傷しかつけられないとは情けない」
「ホンット情けないわねー」
「リンディア! それは酷い!」
「なーによ。事実じゃなーい」

 アスターは大型の銃器を、リンディアは赤い拳銃を、それぞれ構えていた。二つの銃口が捉えているのはシュヴァルだ。

「……アスターはともかく、リンディア。一体どうなっているのです?」
「あたし? 最期に言ーたいことでもあるのかしらー? 遺言なら聞いてあげてもいーわよー」

 緊迫した状況下にありながら、冗談めかすリンディア。

「そうではありません! 父親に銃口を向けるとはどういうつもりなのか、聞いているのです!」

 真面目さのない発言をするリンディアに苛立ったのか、シュヴァルは口調を強める。それに対しリンディアは、一瞬目を細めたが、すぐに返す。

「……今さら父親ぶってんじゃないわよー」

 彼女らしくない、静かな声色だった。

「何を言うのです! 親に孝行するのは子の努めでしょう。馬鹿な真似は止めなさい!」
「……は? 馬鹿はそっちよ! アンタは父親らしーことなんて、何一つとしてしてないじゃない!!」

 シュヴァルが口調を強めたからだろう、リンディアも鋭く言い返した。
 刺々しい空気が漂う。

「落ち着きたまえ、リンディア」
「は!? ジジイは黙ってなさいよ!!」
「怒らされていては、思うつぼだよ?」
「なーに善人ぶってんのよ。怒らずにいられるわけがないじゃない!」

 落ち着かせようとするアスターだが、リンディアは反発する。

「普通は怒るでしょー!?」
「な。そうなのかね? しかし、シュヴァルの思い通りになるというのは、悔しくないかな?」

 アスターの瞳は、リンディアの整った顔をじっと捉え続けている。

「……悔しーわよ」
「だろう? なら、相手することなどないのだよ」
「けどね! 黙ってるってのは、もっと悔しーの!」

 吐き捨てるように言い、リンディアは引き金を引いた。
 緑色の光が、シュヴァルに向かって飛んでいく。

 ——父親に向かって引き金を引くとは、どのような心境だろうか。

「ちっ!」

 シュヴァルは舌打ちをしつつ、緑に輝く光の弾をかわす。
 そして彼は反撃に回る。拳銃の引き金を引くと、弾丸が飛び出す。

 ——タァン!

 シュヴァルが放った弾丸は、リンディアの手元に見事に命中。赤い拳銃がリンディアの手から離れる。

「仕方ありませんね」

 さらに、いくつかの弾丸がリンディアに向かっていく。
 そんなことはないと思いたかったのだが——シュヴァルは本気でリンディアを仕留めるつもりのようだ。

「親孝行もできぬ馬鹿娘は、消えなさい!」

 リンディアは動けない。
 ただ、目を大きく開くだけ。

「逃げて、リンディ——」

 私は言いかけ、途中で言葉を止めた。

 止めざるを得なかったのだ。
 アスターが、リンディアを庇ったから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。

黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。 明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。 そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。 ………何でこんな事になったっけ?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...