イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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130話 ちゅーしゃ?

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 三人になったところで、さて、どうしよう。

 そんな風に思っていた時だ。
 またしても足音が聞こえてきた。

「足音……?」

 私はぽつりと漏らす。

 ベルンハルトの時と比べると、重さのある足音だ。音から考えると、ベルンハルトより体重のある者が駆けてきているものと思われる。

「シュヴァルだろうか」
「あのユニコーンみたいな頭の人かもしれないわ」

 ベルンハルトと私が誰の足音か予想していると、リンディアはさらりと言う。

「……これはアスターねー」

 驚きの、あっさりとした言い方だった。

「リンディア、分かるの!?」
「分かるわよー」
「そうなの! 凄い!」
「べっつにー……長年聞ーてれば、足音くらい分かるよーになるでしょー」

 そういうものなのだろうか。
 私には、足音だけで判別できる人なんていないのだが。

「この足音はアスターだというのか」
「そーよ。……恐らくねー」
「なら、攻撃の準備は必要ないな」

 ベルンハルトは、ナイフを握っている手を、構えず下ろしていた。油断してナイフを片付けたりはしない辺り、彼らしい。

 それから五秒ほどが経過し、開いた扉の向こう側を誰かが通過するのが見えた。

「アスター!」

 通り過ぎかけた誰かに、ベルンハルトはそう声をかける。
 すると、数秒経ってから、一度は通り過ぎた誰かが戻ってきた。

 誰かの正体は、リンディアの言った通り、アスター。

 彼は、部屋に入ってくると、開いていた扉を素早く閉めた。

「おぉ! ベルンハルトくん!」

 大型の銃器を片手で抱えている彼は、明るい声を発する。

 しかし、そんな陽気な声とは裏腹に、体にはダメージがある様子であった。
 いつもは意外ときっちりセットしてある白髪だが、今はかなり乱れている。それに、唇の端や服が赤く滲んでいたりもする。

「何をしていた」
「ん? それはこちらが聞きたいのだがね」
「僕は一旦あの場を離れ、イーダ王女を探した。そして、ここでイーダ王女やリンディアと合流。そして、追ってきたミストと戦い、彼女を下した」

 淡々と話すベルンハルト。

「そして今に至る」
「おぉ! そうだったのだね!」

 アスターは、ベルンハルトの説明を聞いてから、床に倒れているミストの存在に気がついたようだ。動かなくなった陶器人形のようなミストを見て、瞳を少し揺らしていた。

「アスター、お前は? シュヴァルはどうなったんだ」
「私は簡単。逃げてきたのだよ」
「逃げてきた、だと?」

 ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。

「では、シュヴァルはまだ動いているのだな」
「そう! 途中までは上手くいっていたのだがね……うっかり反撃されてしまったのだよ。だから、取り敢えず逃げてきた」

 アスターは乱れた白髪を掻き上げる。

「いやはや、やはり、近距離戦は私には向かないようだね。消耗するばかりだよ」

 掻き上げた瞬間に覗いた額には、小さな汗の粒がついていた。

「老化って怖いわねー」
「それは酷くないかね!?」
「事実じゃなーい」
「まぁ、それはそうだが……」

 リンディアは相変わらず、遠慮がない。

「余計なことを言うのは止めろ、リンディア」
「……はい?」

 ベルンハルトが制止すると、リンディアは彼を睨み返す。

「ちょーしに乗ってんじゃないわよー、ベルンハルト」
「余計なことを話している余裕はない」
「……ま、それもそーね」

 意外にも、リンディアはそこで食い下がった。それ以上何かを言うことはなかった。

「ところでリンディア。君は無事だったのかね?」
「何よジジイ」
「ジジ⁉︎ ……いや、それはいいとして。何かされたりしなかったのかね?」

 アスターは、ジジイ呼ばわりされたことに、少しばかりショックを受けているようだった。しかし、敢えてそこに触れることはしない。そういうところはさらりと流し、本題にもっていく。

「私は私なりに心配していたのだよ、リンディア。生きていて何よりだが、嫌がらせをされたりしなかったのかな?」
「ちょーっと、嫌がらせされたわよー」

 刹那、アスターの顔面が引きつる。

「ウソッ!! そうなのかね!?」

 顔面を引きつらせながら、ベッド上に座るリンディアに駆け寄るアスター。彼は、リンディアに寄るや否や、彼女の体を包み込むように抱き締めた。

「すまないね……リンディア……」

 なぜだろう。
 今のアスターは、どこか、私の父親を彷彿とさせる。

「何をされたのかね」
「べつに、たいしたことじゃなーいわよー?」
「遠慮は要らない! 言ってくれていいのだよ」

 リンディアは戸惑った顔をしながら、小さく答える。

「……ちゅーしゃ」
「チュー!?」
「は!? ふざけてんじゃないわよ!!」

 大きく離れたことを言ったアスターは、リンディアにパシンと叩かれていた。

 なんだろう、この父娘感は。
 リンディアの父親は、本当は、アスターでなくシュヴァルなのに。

「キモッ! いきなり『チュー』なんて、気持ち悪すぎよー!」
「な! べつに、気持ち悪いことを考えて言ったわけでは……!」
「いい年してそれはないわー。離れてちょーだい」

 アスターはリンディアが大切で。でも、リンディアはアスターに対して素直でない。
 だから、二人はいつもこんな感じなのだろう。

 嫌い合って離れることはなく。しかし、だからといって思いやり合える関係になれるわけでもなくて。

 そんな風に絡み合うリンディアとアスターを見ていた時。
 背後から、キィという軋むような音が聞こえてきた。


「やれやれ。少々馴れ合いが過ぎるのではありませんか?」


 その声に振り返る。

 そこには、シュヴァルが立っていた。
 片手には拳銃を持っている。

「シュヴァル……!」

 私は意味もなく、彼の名を呟いてしまった。

「よくここまで逃れましたね、王女様。しかし、ちょこまか逃げるのも、これでもうおしまいです」

 ベルンハルトが一歩前へ出る。

「……まだ逆らう気ですか? ベルンハルト」
「僕はイーダ王女の従者だ。屈服する気はない」
「威勢がいいですね」

 少し空けて、シュヴァルは叫ぶ。

「ネージア人ごときが!!」

 シュヴァルはそう叫ぶと同時に、拳銃の引き金を引いた。
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