イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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エピローグ

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 また春が来た。

 私は今日、十九を迎える。

 一年前のちょうど今日、私は、人生最大の恐怖と悲しみを経験した。それでも時は流れ。無事、生きたまま誕生日を迎えることができた。


「おはよ」

 朝一番に私の自室へやって来たのはリンディア。彼女は、今日私が着るドレスを持ってきてくれていた。

「ドレス、持ってきてくれたのね」
「えぇ、そーよ。挨拶はするんでしょー?」
「そうなの」
「ならきれーな服装じゃないとねー」

 そう、私は今日、国民に向けて挨拶をする。

 昨年の悪夢がまだ消えないため、盛大な誕生祭を執り行うことは止めた。しかし、何事もなかったかのように済ますことはできない。そのため私は、国民に向けて簡単な挨拶だけ行うことに決めたのだ。

「はい。しっかりなさいよー」
「ありがとう、リンディア」

 コバルトブルー。それはまるで、この星のような色。

「……綺麗なドレス」

 こんな大人びた色のドレスを着こなせるのか、心配で仕方がない。だが、この日のためにと用意されたものだから、着ないわけにもいかないのである。

「きーっと似合うわよー」
「……そう?」
「そりゃそーよ! 王女様なら、何だって似合うわー!」

 リンディアはそう言って、私の背を押してくれた。

 ややきつい下着を着用し、コバルトブルーのドレスを身にまとい、腰のリボンを固く縛る。長く伸びた金の髪は今日もうねっているけれど、丁寧にまとめてセット。化粧は極力ナチュラル、透明感があるように。

 準備が終わり、目の前の鏡に映る自分を見て、ふと思う。

 ——私って、こんな感じだったかしら。

 鏡に映る私を、私であると認識できない。
 だって、そこに映っているのは大人の女性なんだもの。

「……ねぇ、リンディア。私……少し変じゃない?」

 隣に待機していた彼女に問う。
 すると彼女は、あっさりと答えてくる。

「変じゃないわよー」

 違和感を感じているのは、私だけ?

「どーしたのよ、いきなり」
「私……もっと子どもみたいだった気がするの」
「え?」
「こんなに大人みたいな顔ではなかった気がして」

 化粧をしているから。髪をセットしているから。その可能性だって、絶対にないことはないだろう。多少印象が変わる、ということは、よくあることだろうと思う。

 けれど、こんなに変わりはしないはず。

「きれーになったんじゃなーい?」
「……だと良いのだけれど」
「なってる! なってるわよー!」

 リンディアがそう言うなら、それが事実なのかもしれない。

「ベルンハルトも、きっとびっくりするわー」
「え、どうして!?」
「なーに言ってんのよー。分かってないわねー」

 そう言って、リンディアは笑う。

「さいこーに綺麗よ」


 身支度を済ませた私は、リンディアと共に自室から出る。するとそこには、アスターが立っていた。

「やぁ、イーダくん。約束の原稿、持ってきたよ」

 アスターはそう言って、いきなり、二三枚ほどの紙の束を差し出してくる。

「今日の挨拶の原稿ね!」
「そうそう」

 つい忘れてしまっていたが、そういえば、挨拶の原稿を頼んでいたのだった。そのことを思い出した私は、彼が差し出した紙の束を、速やかに受け取る。

「ありがとう!」

 頭を下げると、アスターは首を左右に動かす。

「いや、いいんだ。気にしないでくれたまえ。戦えなくなった今、私が君にしてあげられることは限られているからね」

 あれ以来、アスターは銃を置いたと聞いている。
 だが、負傷した体は徐々に回復しつつあるようだから、多分、体のことが理由ではないのだろう。

「しかし——実に驚いたよ。君が私に原稿を頼んでくるなんて、まったく予想していなかったからね」

 それはそうかもしれない。

 狙撃手であったアスターは、戦いに関することを頼まれることはあっても、文章を書くことを頼まれることはあまりなかっただろう。

「前から、アスターさんは文才があると思っていたの」
「んん? そうなのかね?」
「えぇ。出会って間もない頃から、そんな気がしていたの」

 彼に文才があることは知っていた。
 彼に拐われたあの日、密かに彼の日記帳を読んだ瞬間から。

「では、挨拶頑張ってくれたまえ」


 放送のための部屋に入る。
 そこには、カメラとマイクが設置されていた。

「よろしくお願いします」
「あ、王女様! こちらこそお願いしますー!」

 私は指定された位置へ移動し、先ほどアスターから受け取った挨拶の原稿に軽く目を通す。

 鼓動は徐々に速まる。
 まだ、始まってもいないのに。

 こういった経験はあまりないからだろうか。

「一分ほどで、始まりますー!」
「はい」

 頬に浮かんだ汗の粒を、手の甲で拭う。強張った体を解そうと、ふぅ、と派手に息を吐き出す。
 それでも鼓動は速まるばかり。

 だが、それに負けるほど弱い私ではない。

 今は前を向いて——。


「終わったぁ!」

 挨拶を終え部屋から出ると、緊張が急に解けた。気が緩んで、つい大きな声を出してしまう。

「お疲れ様」

 外で待っていてくれていたのはリンディア。

「これで用事はおしまいねー。あ、と、は、誕生日会だけ!」
「嬉しいわ」

 誕生日会は大規模な会ではない。内輪だけでの会だ。だから、そんなに心的疲労のあるものではない。

「さ、行きましょー」

 リンディアの言葉に「そうね」と返し、誕生日会の会場へ向かおうとした、ちょうどその時。

「ま、ま、待って下さいぃーっ!」

 背後から声。
 振り返ると、頭より大きい箱を持ったフィリーナが走ってきているのが視界に入った。

「フィリーナ!?」
「待って下さいぃー! ……ぶっ!」

 全力疾走してきた彼女は、私たちの目の前で足を滑らせ、見事に転倒。

「なーにやってんのよ」

 リンディアが呆れたように放つ。

 しばらくして、フィリーナはゆっくりと立ち上がってくる。
 そして、持っていた箱を差し出してきた。

「はいっ! プレゼントですぅ!」
「え。私に?」
「はいっ! 受け取って下さいっ!」
「あ、ありがとう……」

 いきなり大きい箱を渡されたことに戸惑いつつも、一応お礼を述べておく。すると彼女は、頬を赤らめながら「いえいえ!」と言って、走り去ってしまった。

「……行っちゃった」
「あの娘、なーにやってんのかしらねー」

 誕生日プレゼントを渡すだけのために、わざわざ来てくれたのだろうか。だとしたら、ありがたいことだ。

「さ、気を取り直して。行きましょー」


 歩くこと、二三分。
 誕生日会が開催される広間へ到着した。

 前を行っていたリンディアが、扉の前で足を止める。そのため、彼女に続いていた私も止まった。

「とーちゃくよー」

 リンディアは私に、扉を開けるよう促してくる。なので私は、扉のノブに手をかけた。

 指先に緊張が走る。
 だが、気にしない。迷うことなんて何もないのだから。


「……っ!」

 そこにあったのは、白い塔。
 純白に輝く塔のような形をしたものが、部屋の中央に置いてある。

「イーダ王女」

 塔に見惚れていた私に、ベルンハルトが真っ直ぐ歩み寄ってきた。

「……ベルンハルト」
「誕生日おめでとう、イーダ王女」

 ベルンハルトは一切迷いのない瞳で、私をじっと見つめてくる。

「……ありがとう」
「これからもよろしく頼む」
「えぇ、もちろん」

 その時、ベルンハルトの後ろにいた父親が口を挟んできた。

「おめでとぅぅぅっ!」

 相変わらずのテンションだ。

「おめでとう、イーダくん」

 父親に続いて声をかけてきたのはアスター。

「今日の誕生日ケーキはだね、前に約束した通り、私が綿菓子で作ったものなのだよ」

 そうそう、そんな約束を……って、え!?

「誕生日ケーキって……その塔みたいなやつ!?」
「そうだよ」
「そんなものが作れるの!?」
「綿菓子を使うところに少々苦労したが、ね」

 信じられない。こんな美しいものを、綿菓子で作るなんて。
 そんなことを考えていると、今度はベルンハルトが口を挟んでくる。

「手伝ったんだ、僕も」
「ベルンハルトも?」
「そうだ。そのせいで、今日は貴女に会いに行けなかった」

 ベルンハルトは何やら不満げな顔。だが、その目つきはどこか優しい。

「いいのよ、そんなの」
「……そうなのか」
「そうよ! だって、明日も明後日も会えるじゃない」

 そう、きっと来る。
 明日も明後日も、その先も。

 穏やかな日が。


◆終わり◆
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