イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜

四季

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155話 たとえ未練があったとしても

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 私が問うと、カッタッタは瞳を輝かせながら話し出す。

「俺、星王様に仕える中で一番偉い地位になったんだ!」

 詳しいことまでは不明だが、恐らく、シュヴァル絡みで再編でもあったのだろう。そして、カッタッタが父親に一番近い位置についた、といったところだろうか。

「そうだったの?」
「シュヴァルと繋がりがあったことが分かった先輩が何人かいたので!」

 カッタッタはウインク。
 なんてお茶目。

「な。そうだったのか」

 驚きを露わにしつつ口を開いたのは、ベルンハルト。
 彼の瞳は、微かに揺れていた。

「では、あの時お前が僕を相手に選んだのも、意図してだったのか? イーダ王女の関係者である僕を叩き潰すために?」

 ベルンハルトはカッタッタのことさえも警戒しているようだ。
 警戒心が強いというのも、良いような悪いような、である。

「まさか! それはない!」
「……本当か?」
「そう、あれは偶々! それは絶対だ! 誓える!」

 カッタッタは懸命に訴える。
 嘘をついているとは、とても思えない。

「ベルンハルト。疑ってばかりも良くないわ」
「……イーダ王女」
「彼はきっと、嘘なんて言っていないわ」

 本当は口を挟むべきではないのかもしれない、と思いながらも、私は口を挟んだ。また言い合いが始まったら困るからである。

「ね?」

 するとベルンハルトは、唇を結び、視線を私からずらす。そのまま五秒ほど黙った。そしてその後、小さく発する。

「……貴方がそう言うなら」

 そこへ大きな声を挟んでくるのはカッタッタ。

「王女さんナイスゥ!!」

 急にハイテンション。
 その勢いといったら、理性を失った酔っ払いのよう。

「助かったァ!!」
「え、えぇ……」

 反応に困ったため、取り敢えず苦笑いしておいた。
 それから私は視線を動かし、父親へ目を向ける。

「新しい側近ができて良かったわね」

 だが、返答はない。
 父親はぼんやりしているようだ。

「……父さん? 父さん!」

 少し調子を強めると、それまではぼんやりしていた父親が、急にくるりとこちらを向いた。

「何だぁ? イーダ」

 妙に笑顔で気持ち悪い。

「ぼんやりしていたわね」
「すまん!」
「ま、べつにいいわ。それより、新しい側近ができて良かったわね」

 先ほど言ったことだが、聞いていなかったものと思われるため、もう一度言っておく。

「新しい側近?」
「カッタッタよ」
「あぁ、そういうことかぁ……」

 父親は何やら浮かない顔。

「父さん、どうしたの? 嬉しくないの?」

 シュヴァルはいなくなってしまった。が、その代わりとなるかもしれない存在が現れたのだ。それは多分、嫌なことではないはず。特に星王という立場にある父親にとっては、相談できる相手がいることは何よりありがたいことのはずなのだ。

 なのに、父親は嬉しくなさそうな顔をしている。

 私には彼の心が分からない。父娘の関係であっても、どうも理解できない。

「……嬉しいぞぅ」
「ならどうしてそんな顔をしているのよ」
「もちろん嬉しい。が……シュヴァルの代わりにはならないんだぁ……」

 本当はまだ未練があるのかもしれない。父親の顔つきを見ていると、ふとそんな風に思った。

 だが、無理もない。
 あれだけ頼りきっていた人間がいなくなったのだから。

「って、あ! ち、違!」

 父親は、目を見開き、慌てたように首を左右に動かす。

「すまんイーダ! あんなやつのことを言ったりしてぇ!」

 今にも泣き出しそうな父親に対し、私は小さく述べる。

「……いいのよ、父さん」

 この言葉に偽りはない。

 頼っていた人がいなくなったら、誰だって、しばらくは喪失感を覚えるだろう。たとえ、いなくなった原因が、その人が罪を犯したからであったとしても。

「誰だって、本音を漏らしたい時はあるわ」

 そう言って笑う。
 すると父親は、瞳に涙の粒を浮かべる。

 ——直後。

「イーダあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 父親は抱きついてきた。

 薄々予感してはいたものの、まさかそれが現実になるとは思っていなかったため、正直驚きだった。

「ありがとうぅぅぅぅ!!」
「と、父さん……」

 苦しいから離してほしい。
 本当のところを言うなら、そんな気分だ。

 でも、今は本心を言おうとは思わなかった。

 彼はこんな性格だが、悪人ではない。それに、私を育ててきてくれた。私が弱っていた時も、常に気にしてくれていて。ベルンハルトと出会うことができたのだって、彼の計らいのおかげだ。

 だから。

 たまには好きにさせてあげても問題はないだろう。

「可愛いぃぃぃぃぃぃ!!」

 父親が叫ぶ。

 ……鼓膜が破れるかと思った。

「それは止めて、父さん。さすがに耳が痛いわ」
「好きだぁぁぁぁ!」

 耳元で、しかも驚くべき大きさで叫ばれ、耳どころか頭まで痛い。震動が凄まじい。

「や、止めて! さすがにうるさいわ」
「な! 何でだあぁぁぁ!?」

 ベルンハルトを一瞥する。

 彼は呆れに満ちた表情をしていた。

 できるなら、助けてほしい。だが、ベルンハルトは助けてくれそうにない。恐らくは、いつものことだから、とでも考えているのだろう。

「耳が痛いの!」
「嘘だろぅぅぅっ!? 可愛いイーダがそんなことを言うわけがないッ!!」

 何なんだ、この人は。
 今、無性にそう言いたい。

 そもそも、いくら実の娘相手だとはいえ、いきなり抱き締めるなんておかしいだろう。しかも、抱き締めたうえに騒ぐ。もはや謎でしかない。さらに、平気で「可愛いイーダ」なんて言ってのける。

 父親の言動は、私には到底理解できそうにない。

「止めて、本当に」
「何でだぁ……!」
「うるさいからよ。耳が痛いの」
「酷いぞぅぅぅぅ!」
「……まったく」

 基本的には善良。素直で真っ直ぐ。

 だから嫌いというわけではないのだけれど。

 ただ、騒ぎ出すと収拾がつかなくなる。そこだけは、父親の悪いところだ。私は今まで、それに何度も振り回されてきた。

「ふっ。仲良しだな、イーダ王女」
「ベルンハルト! 見ていないで助けて!」

 でも、こうして呑気に騒いでいられるようになったこと自体は、悪いことではない

「助けてだってぇ!? 何を言っているんだぁぁぁ!」
「父さんは黙ってちょうだい!」

 騒がしいのは苦手で。
 だけど、平和に過ごせる時間は好き。

 そういう意味では、今みたいなこんな時間も、悪くはないのかもしれない。そう思わないこともなかった。

 もっとも、父親が叫ぶと耳が痛いけれど。
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