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3話「フーシェの棘発言」
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お菓子みたいな甘い香りのお茶を飲みながら、私はリベルテと話をした。
リベルテが問いを放ち、それに私が可能な範囲で答える。ひたすらそれの繰り返し。でも嫌な気はしなかった。私が答えたことを彼が熱心にメモしているのが恥ずかしくはあったけれど。
投げかけられる問いはそこまで難しい問いではなく、それゆえ、考えればある程度答えられる。
だからまだ良かった。
「色々質問させていただけてありがたかったです! 感謝致します!」
十、二十、と質問は続き、やがて終わりが訪れる。
「ウタ様からの問いは何かございますか?」
「質問……」
不明なことはいくらでもある。
その中で一番聞きたいこと探すのには、多少時間を要する。
「地球はどうなったの?」
パッと思いついた疑問の中から取り敢えず尋ねてみたいことを考える。
そして、問いを放った。
リベルテは何やら考え込んでいるような顔つきになる。視線は斜め上。片手を口もとに近づけている。その様は、まるで考え事をする少女だ。いや、実際には少年なのだが。
それから十数秒ほどが経過して、リベルテは述べる。
「地球は今後、キエルの支配地となるかと思われます」
「……支配地」
「ただ、我々が関与することはもうないかと思われます」
「じゃあやっぱり、もう地球には戻れないのね」
花畑にいるかのような香り。脳までとろけそうな甘み。喉を通り過ぎるそのお茶は、ユートピアへ誘ってくれそうなほどに美味。安物だと聞いたけど、不満は一切生まれないくらい良い味わいだ。
優しさ、温もり、幸福。
そういった、今はもう決して手が届くはずのないようなものを、私に与えてくれる。
でも、それはあくまで仮のもの。幻想に過ぎない。すべての人が幸福であれる理想郷なんてどこにもないのと同じくらい、私がそれらを手にできる可能性も低い。
「はい。……し、しかしですね! ウタ様はサンプルではございませので、今後も、待遇は良い方かと思われます!」
リベルテは慌てた様子でそんなことを言ってきた。
もしかしたら、ある日突然平穏な人生を失った私に同情して、励ましてくれているのかもしれない。
「故郷に戻れぬということは不安かもしれませんが……どうか、そんな悲しげな顔をなさらないで下さい」
「……私、悲しそうな顔なんてしてた?」
「え。あ、い、いえ! すみません、いきなり失礼なことを!」
「違うのよ。そうじゃないわ。ただ、私ってそんなに分かりやすかったのかなーって、少し思ってしまったの」
今は美味しいお茶が気を紛らわせてくれる。だから、悲しげな顔をしているつもりはなかった。
「ごめんなさいね、ややこしいことを言って」
「いえ!」
「気を遣ってくれてありがとう」
「もしお力になれることがあるなら、申し付けて下さいませ! 可能なことならば、何でもすぐに致しますので!」
リベルテは親切だった。
ウィクトルもさりげなく優しい。
それを思うと、ここは案外過ごしやすいところなのかもしれない。
私は地球人で彼らは異星人。でも翻訳機があるから言葉を交わせる。意思疎通は可能だ。それはつまり、共に過ごすとしてもさほど困りはしないということ。何ならここに住み着いてもいいかもしれない、なんて、今は少し思ってしまったりする。
やはりここにも時計がないから、今が何時なのかが分からなかったが、ある時突然扉が開いた。
現れたのはフーシェ。
彼女はあどけなさの残る愛らしい顔をしているけれど、そこに表情らしきものは一切見当たらない。目もとも、口もとも、僅かにすら動かない。とことん無表情な女性だ、フーシェは。
「あ、フーシェさん」
「……食べ物」
小さく呟いて手の届く距離まで接近すると、フーシェはチューブのようなものを一本押し付けてきた。
渡してきた、ではない。
押し付けてきた、なのである。
「これが食べ物なの?」
「……文句があるなら食べなくていい」
氷剣のような視線を突き刺される。
「ち、違うの! そういう意味で聞いたわけじゃなくて」
「……なら何」
フーシェの口から出る言葉は、その一つ一つが冷ややかで、薔薇の茎のように棘に覆われている。
聞いているだけで心が段々チクチクしてきそうだ。
「食べ方が分からないのよ。見たことがないから」
するとフーシェは、食べ方だというチューブのようなものを、私の手から素早く奪い返した。そして、パキッと固い音を立ててから回転させて、蓋を外す。蓋が取れた状態で、私の方へと差し出してくる。
「……これで食べられる」
「絞るみたいにして食べたらいいのかしら」
「……そういうこと」
良かった、予想が当たっていて。
これでさらに間違えてしまっていたら、フーシェはますます不機嫌になったことだろう。
「ありがとう。フーシェさん」
「……これはボナ様の命令、礼は要らない」
それだけ言って、フーシェはあっという間に出ていってしまった。
彼女とまともに会話できるようになるのは、まだだいぶ先だろうか。簡単なことではないようだ。リベルテとは色々話すことができたから、フーシェとも少しくらいは喋ることができるかと、若干期待してはいたのだが。
でも、うじうじするのは時間の無駄。
冷ややかな接し方をされたからといっていちいち落ち込んでいるようでは、生きてはゆけない。
それに、本当は、フーシェの態度が一番普通なのだ。
数時間前に知り合ったばかりの相手を信頼できないというのは、当然のこと。
だから焦って仲良くなろうとする必要はない。
距離を縮めるのは、徐々に。慌てて親しくなろうとしても嫌われるだけ。少しずつ思い出を積み重ねてゆくことが、一番確実だ。
リベルテが問いを放ち、それに私が可能な範囲で答える。ひたすらそれの繰り返し。でも嫌な気はしなかった。私が答えたことを彼が熱心にメモしているのが恥ずかしくはあったけれど。
投げかけられる問いはそこまで難しい問いではなく、それゆえ、考えればある程度答えられる。
だからまだ良かった。
「色々質問させていただけてありがたかったです! 感謝致します!」
十、二十、と質問は続き、やがて終わりが訪れる。
「ウタ様からの問いは何かございますか?」
「質問……」
不明なことはいくらでもある。
その中で一番聞きたいこと探すのには、多少時間を要する。
「地球はどうなったの?」
パッと思いついた疑問の中から取り敢えず尋ねてみたいことを考える。
そして、問いを放った。
リベルテは何やら考え込んでいるような顔つきになる。視線は斜め上。片手を口もとに近づけている。その様は、まるで考え事をする少女だ。いや、実際には少年なのだが。
それから十数秒ほどが経過して、リベルテは述べる。
「地球は今後、キエルの支配地となるかと思われます」
「……支配地」
「ただ、我々が関与することはもうないかと思われます」
「じゃあやっぱり、もう地球には戻れないのね」
花畑にいるかのような香り。脳までとろけそうな甘み。喉を通り過ぎるそのお茶は、ユートピアへ誘ってくれそうなほどに美味。安物だと聞いたけど、不満は一切生まれないくらい良い味わいだ。
優しさ、温もり、幸福。
そういった、今はもう決して手が届くはずのないようなものを、私に与えてくれる。
でも、それはあくまで仮のもの。幻想に過ぎない。すべての人が幸福であれる理想郷なんてどこにもないのと同じくらい、私がそれらを手にできる可能性も低い。
「はい。……し、しかしですね! ウタ様はサンプルではございませので、今後も、待遇は良い方かと思われます!」
リベルテは慌てた様子でそんなことを言ってきた。
もしかしたら、ある日突然平穏な人生を失った私に同情して、励ましてくれているのかもしれない。
「故郷に戻れぬということは不安かもしれませんが……どうか、そんな悲しげな顔をなさらないで下さい」
「……私、悲しそうな顔なんてしてた?」
「え。あ、い、いえ! すみません、いきなり失礼なことを!」
「違うのよ。そうじゃないわ。ただ、私ってそんなに分かりやすかったのかなーって、少し思ってしまったの」
今は美味しいお茶が気を紛らわせてくれる。だから、悲しげな顔をしているつもりはなかった。
「ごめんなさいね、ややこしいことを言って」
「いえ!」
「気を遣ってくれてありがとう」
「もしお力になれることがあるなら、申し付けて下さいませ! 可能なことならば、何でもすぐに致しますので!」
リベルテは親切だった。
ウィクトルもさりげなく優しい。
それを思うと、ここは案外過ごしやすいところなのかもしれない。
私は地球人で彼らは異星人。でも翻訳機があるから言葉を交わせる。意思疎通は可能だ。それはつまり、共に過ごすとしてもさほど困りはしないということ。何ならここに住み着いてもいいかもしれない、なんて、今は少し思ってしまったりする。
やはりここにも時計がないから、今が何時なのかが分からなかったが、ある時突然扉が開いた。
現れたのはフーシェ。
彼女はあどけなさの残る愛らしい顔をしているけれど、そこに表情らしきものは一切見当たらない。目もとも、口もとも、僅かにすら動かない。とことん無表情な女性だ、フーシェは。
「あ、フーシェさん」
「……食べ物」
小さく呟いて手の届く距離まで接近すると、フーシェはチューブのようなものを一本押し付けてきた。
渡してきた、ではない。
押し付けてきた、なのである。
「これが食べ物なの?」
「……文句があるなら食べなくていい」
氷剣のような視線を突き刺される。
「ち、違うの! そういう意味で聞いたわけじゃなくて」
「……なら何」
フーシェの口から出る言葉は、その一つ一つが冷ややかで、薔薇の茎のように棘に覆われている。
聞いているだけで心が段々チクチクしてきそうだ。
「食べ方が分からないのよ。見たことがないから」
するとフーシェは、食べ方だというチューブのようなものを、私の手から素早く奪い返した。そして、パキッと固い音を立ててから回転させて、蓋を外す。蓋が取れた状態で、私の方へと差し出してくる。
「……これで食べられる」
「絞るみたいにして食べたらいいのかしら」
「……そういうこと」
良かった、予想が当たっていて。
これでさらに間違えてしまっていたら、フーシェはますます不機嫌になったことだろう。
「ありがとう。フーシェさん」
「……これはボナ様の命令、礼は要らない」
それだけ言って、フーシェはあっという間に出ていってしまった。
彼女とまともに会話できるようになるのは、まだだいぶ先だろうか。簡単なことではないようだ。リベルテとは色々話すことができたから、フーシェとも少しくらいは喋ることができるかと、若干期待してはいたのだが。
でも、うじうじするのは時間の無駄。
冷ややかな接し方をされたからといっていちいち落ち込んでいるようでは、生きてはゆけない。
それに、本当は、フーシェの態度が一番普通なのだ。
数時間前に知り合ったばかりの相手を信頼できないというのは、当然のこと。
だから焦って仲良くなろうとする必要はない。
距離を縮めるのは、徐々に。慌てて親しくなろうとしても嫌われるだけ。少しずつ思い出を積み重ねてゆくことが、一番確実だ。
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