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4話「ウィクトルの猛烈な圧力」
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「ウタくん!」
名を呼ばれて目が覚めた。
寝起きのまともに開かない目で声を主を見る。
まだ狭い視界に入ったのは、暗い色の髪と琥珀色の瞳——どうやらウィクトルがやって来たようだ。
この薄暗い閉鎖空間の中では、昼も夜も判断できない。それゆえ、時間を目安として眠ることは不可能。寝るも起きるも、自身の体内時計に頼る外ないのである。
「起きたか」
「えぇ……」
簡易ベッドの上に横たわって眠っていた私は、上半身を起こしながら「何かあったの……?」と尋ねる。すると彼は「いや、そうではない」と返してきた。そして、数秒間を空けて、「まもなく星に到着する」と続ける。
「星って……貴方たちの生まれた星?」
「そうだ」
「で、ここを出る準備を始めろ、ということ?」
「話が早くて助かる」
ついに来た、この時が。
いよいよ見たことのない世界へ踏み出さねばならない。
「そこは、地球人でも普通に暮らせるようなところ?」
「問題はない。私たちが地球で普通に動けたのだから、逆も平気だろう」
確かに、彼らは地球人ではないけれど、容姿的には地球人によく似ている。いや、もはや「よく似ている」などという次元ではない、か。もし仮にウィクトルから「私は地球人だ」と言われれば、何の躊躇いもなく信じただろう。そのくらい、彼らは地球人と同じ見た目の肉体を持つ。
その時、ふと、ウィクトルの胸元に意識が向いた。
己の意思で注目したわけではない。
なぜ彼の胸元へ注目したかというと、そこに美しいブローチが輝いていたからである。
植物のようにうねる金の枠に、青い宝石が囲まれている。
幻想的な輝きに満ちたブローチ。
「綺麗な色ね、そのブローチ」
気づけば私はそんなことを言っていた。
美しい色をしている。その青は、まだ母親が生きていた頃にいつも見上げていた空の青にそっくり。懐かしさを感じさせる色だ。
「これが気になったのか?」
「えぇ。なぜかとても懐かしい気分になるわ」
率直な気持ちを述べると、彼は驚いたように目を開く。
「……どうしたの?」
「いや、少し驚いてな。このブローチは、私がまだ小さかった頃、地球人から貰ったものだ」
「じゃあ、地球産?」
「そうだ。……やはり、生まれ育った星とは切っても切れない縁があるということか」
確かな根拠はない。でも、生き物とはそういうものなのかもしれないと思うことはある。というのも、私は村での孤独な生活がそれほど好きではなかったが、今は少し恋しさもあるのだ。平凡という言葉が一番似合うようなつまらない村ではあったが、今から引き返して帰れたなら、多少は嬉しく思うだろう。たとえ、一人ぼっちであっても。
「では君に贈ろう」
ウィクトルは胸元のブローチを外し始める。
そして、十秒ほどで漆黒のマントから離れたそれを、彼は私の胸元へと持っていく。
「せっかくだ、この辺りにでもつけておくか」
彼は慣れた手つきで私の白いワンピースの胸元にブローチをつけた。
それからこちらをまじまじと見つめて。
「美しい。よく似合う」
何の躊躇いもなくそんなことを言ってきた。
「……よく褒めてくれるわね」
「そうか。不快か」
「いえ、嬉しい。けど……ちょっと不気味さは感じるわ。だって私たち、出会ってからまだ一日も経っていない関係なのに」
リベルテは「サンプル」なんて言葉を使っていた。
それはつまり、地球人サンプルとして連れ帰られた者もいるということなのだろう。
異星人の研究をしよう、などと考える者がいるのだろうが、だとしたら、彼らはかなり心ない人たちではないか。「サンプル」などという名称を使っているのだから、なおさら。
でも私には優しくするの? 私だって地球人なのに。
サンプルじゃないから?
いや、それなら、そもそもサンプルか否かはどこで決まるの?
「怪しまれるのも無理はないな」
「本当に」
「……ここまではっきり言われたのは初めてだ」
三呼吸するほどの沈黙の後、彼は話を変える。
「ひとまず今後の予定だが。到着し次第、車で十五分ほど移動し、キエルの皇帝のところへ挨拶に行く。そこで私は成果報告を行う。リベルテとフーシェも共に行く、君も一緒に来い」
なぜに私が! と突っ込みたい衝動に駆られた。
皇帝と呼ばれているのだ、偉い人なのだろう。その人の前に、何の功績もない異星人が登場するなんて、怒られるに決まっている。
「私なんかが出ていって怒られないかしら」
「それは心配要らない。皇帝は昔から音楽が好きだ」
……って、まさか。
「ちょっと待って。もしかして、歌わせる気?」
「天井の高い部屋ゆえ、よく響くはずだ」
「むっ……無理よ! そんなの!」
堪えきれず叫んでしまった。
「偉い人の前で歌うなんて! できるわけがないわ!」
母親ならできたかもしれないけれど。
「君は普通に歌うだけで良い。曲もいつもの曲で問題ない。それなら可能だろう」
「無理! できないわ」
「なぜだ」
「慣れないことをするなんて、緊張するもの!」
喉が強張れば伸びやかな声は出ない。そして、その状態では、普通に話すことはできても歌唱は厳しいだろう。緊張して歌えば、音程には制限がかかるわ声が震えるわで、みっともない結果になる可能性が高い。
新たな世界でいきなり恥をかくなんて、辛すぎる。
「いや、しかし、この前も上手かったではないか。リベルテもフーシェも実に感心していた」
「褒めても頷くとは限らないわよ」
「お世辞を言っているように受け取るのは止めてくれ。私は大抵本当のことしか言わない」
そんなこと言われても……。
「歌で皇帝に気に入られれば、君の人生は薔薇色だ。間違いない」
「う……。でも私は」
「取り敢えず、挨拶兼報告には同行してくれ」
この後も長時間にわたって歌うよう説得され続けた私は、結局折れ、皇帝の前で歌うことを約束してしまったのだった。
名を呼ばれて目が覚めた。
寝起きのまともに開かない目で声を主を見る。
まだ狭い視界に入ったのは、暗い色の髪と琥珀色の瞳——どうやらウィクトルがやって来たようだ。
この薄暗い閉鎖空間の中では、昼も夜も判断できない。それゆえ、時間を目安として眠ることは不可能。寝るも起きるも、自身の体内時計に頼る外ないのである。
「起きたか」
「えぇ……」
簡易ベッドの上に横たわって眠っていた私は、上半身を起こしながら「何かあったの……?」と尋ねる。すると彼は「いや、そうではない」と返してきた。そして、数秒間を空けて、「まもなく星に到着する」と続ける。
「星って……貴方たちの生まれた星?」
「そうだ」
「で、ここを出る準備を始めろ、ということ?」
「話が早くて助かる」
ついに来た、この時が。
いよいよ見たことのない世界へ踏み出さねばならない。
「そこは、地球人でも普通に暮らせるようなところ?」
「問題はない。私たちが地球で普通に動けたのだから、逆も平気だろう」
確かに、彼らは地球人ではないけれど、容姿的には地球人によく似ている。いや、もはや「よく似ている」などという次元ではない、か。もし仮にウィクトルから「私は地球人だ」と言われれば、何の躊躇いもなく信じただろう。そのくらい、彼らは地球人と同じ見た目の肉体を持つ。
その時、ふと、ウィクトルの胸元に意識が向いた。
己の意思で注目したわけではない。
なぜ彼の胸元へ注目したかというと、そこに美しいブローチが輝いていたからである。
植物のようにうねる金の枠に、青い宝石が囲まれている。
幻想的な輝きに満ちたブローチ。
「綺麗な色ね、そのブローチ」
気づけば私はそんなことを言っていた。
美しい色をしている。その青は、まだ母親が生きていた頃にいつも見上げていた空の青にそっくり。懐かしさを感じさせる色だ。
「これが気になったのか?」
「えぇ。なぜかとても懐かしい気分になるわ」
率直な気持ちを述べると、彼は驚いたように目を開く。
「……どうしたの?」
「いや、少し驚いてな。このブローチは、私がまだ小さかった頃、地球人から貰ったものだ」
「じゃあ、地球産?」
「そうだ。……やはり、生まれ育った星とは切っても切れない縁があるということか」
確かな根拠はない。でも、生き物とはそういうものなのかもしれないと思うことはある。というのも、私は村での孤独な生活がそれほど好きではなかったが、今は少し恋しさもあるのだ。平凡という言葉が一番似合うようなつまらない村ではあったが、今から引き返して帰れたなら、多少は嬉しく思うだろう。たとえ、一人ぼっちであっても。
「では君に贈ろう」
ウィクトルは胸元のブローチを外し始める。
そして、十秒ほどで漆黒のマントから離れたそれを、彼は私の胸元へと持っていく。
「せっかくだ、この辺りにでもつけておくか」
彼は慣れた手つきで私の白いワンピースの胸元にブローチをつけた。
それからこちらをまじまじと見つめて。
「美しい。よく似合う」
何の躊躇いもなくそんなことを言ってきた。
「……よく褒めてくれるわね」
「そうか。不快か」
「いえ、嬉しい。けど……ちょっと不気味さは感じるわ。だって私たち、出会ってからまだ一日も経っていない関係なのに」
リベルテは「サンプル」なんて言葉を使っていた。
それはつまり、地球人サンプルとして連れ帰られた者もいるということなのだろう。
異星人の研究をしよう、などと考える者がいるのだろうが、だとしたら、彼らはかなり心ない人たちではないか。「サンプル」などという名称を使っているのだから、なおさら。
でも私には優しくするの? 私だって地球人なのに。
サンプルじゃないから?
いや、それなら、そもそもサンプルか否かはどこで決まるの?
「怪しまれるのも無理はないな」
「本当に」
「……ここまではっきり言われたのは初めてだ」
三呼吸するほどの沈黙の後、彼は話を変える。
「ひとまず今後の予定だが。到着し次第、車で十五分ほど移動し、キエルの皇帝のところへ挨拶に行く。そこで私は成果報告を行う。リベルテとフーシェも共に行く、君も一緒に来い」
なぜに私が! と突っ込みたい衝動に駆られた。
皇帝と呼ばれているのだ、偉い人なのだろう。その人の前に、何の功績もない異星人が登場するなんて、怒られるに決まっている。
「私なんかが出ていって怒られないかしら」
「それは心配要らない。皇帝は昔から音楽が好きだ」
……って、まさか。
「ちょっと待って。もしかして、歌わせる気?」
「天井の高い部屋ゆえ、よく響くはずだ」
「むっ……無理よ! そんなの!」
堪えきれず叫んでしまった。
「偉い人の前で歌うなんて! できるわけがないわ!」
母親ならできたかもしれないけれど。
「君は普通に歌うだけで良い。曲もいつもの曲で問題ない。それなら可能だろう」
「無理! できないわ」
「なぜだ」
「慣れないことをするなんて、緊張するもの!」
喉が強張れば伸びやかな声は出ない。そして、その状態では、普通に話すことはできても歌唱は厳しいだろう。緊張して歌えば、音程には制限がかかるわ声が震えるわで、みっともない結果になる可能性が高い。
新たな世界でいきなり恥をかくなんて、辛すぎる。
「いや、しかし、この前も上手かったではないか。リベルテもフーシェも実に感心していた」
「褒めても頷くとは限らないわよ」
「お世辞を言っているように受け取るのは止めてくれ。私は大抵本当のことしか言わない」
そんなこと言われても……。
「歌で皇帝に気に入られれば、君の人生は薔薇色だ。間違いない」
「う……。でも私は」
「取り敢えず、挨拶兼報告には同行してくれ」
この後も長時間にわたって歌うよう説得され続けた私は、結局折れ、皇帝の前で歌うことを約束してしまったのだった。
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