29 / 209
28話「ウタの宴参加」
しおりを挟む
広間には、ビタリーと彼の部下たちが集まっている。そして私は、彼らの視線を一番浴びる場所に立って、口を開く。歌を歌う。
「歩いてきた旅路、君はいつか振り返り——出会ったすべての人たちに、『ありがとう』言えるでしょう」
最初こそ唇が強張り固くなってしまったものの、歌が二番に達する頃にはその固さは消え去って。心が、視線が、徐々に前を向き始める。
室内にいる誰もが、今は私を見ていた。
きっと普段の私なら緊張していただろう。
だが、歌を歌っている時だけは、緊張を跳ね返すことができる。だから、多くの人から注目されても、心が乱れることはない。むしろ心地よくなるくらいで。
「いつか、またね、手を振ろう過ぎゆく昨日には」
ふと近い過去を振り返る時、私はおかしな気分になる。こんな生活をすることなんて微塵も想像していなかった、平凡に生きてゆくだけだと思っていた私が、今はこうして人の前に立っていること。それが不思議でならないのだ。
しかも、母親と同じ形で人前に出ているのだから、なおさら運命とは不思議なもの。
「日向へと伸ばす手に、触れるものが涙でも」
ただ私が気づいていなかっただけで、最初からこうなると決まっていたのだろうか……?
「永遠に寄り添い生きてゆくわ、闇へと続く道と知っていても——」
遠い昔、母親と共に歌った光景は、今でも蘇る。
懐かしい、特別な思い出。
歌い終わると、大きな拍手が起きた。
たった一曲だけ。でも、皆、とても熱心に聴いてくれていた。途中妨害するような者はいなかったし、彼らの視線はとても温かかった。だから、私も比較的自由に歌うことができた気がする。
ここからどうすれば良いのだろう?
そんなことを考えていたら、一人の中性的な青年が立ち上がった。
そう、ビタリーだ。
「なるほど。確かに素晴らしい歌だね」
若干上から抑え込んできている感じはあるものの、ビタリーは私を褒めてくれていた。
一応納得してもらえたようだ。
多少見下されているように感じるくらい、ずっとまし。叱られたり怒られたりするよりかは、見下しつつであっても褒められる方が良い。あくまで、個人的には、だが。
「あ……ありがとうございます」
「気に入ったよ。美しい歌声だ」
広間にいるビタリーの部下たちは、ビタリーと私を交互に見ている。
熱心に話を聞いている子どものようだ。
「ウタ。これから我々は宴を行う予定なんだ。参加してはもらえないだろうか?」
歌唱に続き、宴会への参加。
これはまた長引きそうな雰囲気だ。
でも、ビタリーの部下たちは悪人ではなさそうだし、共に時間を過ごすというのも悪いことばかりではないかもしれない。
宴など経験したことがないから、不安は大きい。でも、良い経験にはなるだろう。
幸い、今日はウィクトルが近くに控えてくれている。リベルテとフーシェも、ウィクトルよりかは遠いところにだが待機してくれている。彼らなら、もし何か問題が起こったとしても、力を貸してくれるはず。一人ぼっちでなら挑めないことにも、仲間がいれば挑んでゆける。
「分かりました。よろしくお願いします」
宴会へのお誘いは予想外だったが、私はその場で頷いたのだった。
広間で宴会が始まる。
私が歌っていた時は黙って聴いてくれていたビタリーの部下たちは、宴会が始まるや否や、別人のように騒ぎ出した。席が近い者同士、各々がしたい話をしている。そのため、全体的に騒がしくなってしまっていた。
宴とはこういうものなのだろうか? という疑問を抱きつつも、私はその中に交じる。
ウィクトルが付き添ってくれていた。
「いやー! さっきの歌、上手かったっすねー!」
「ありがとうございます」
「もうもう! 敬語とか要らないっすよー!」
「じゃあ……ありがとう」
私が最初に言葉を交わしたのは、茶髪の青年。齢二十くらいだろうか。
彼の方が私よりいくつかは年上のはずなのに、彼は私が丁寧な言葉で接するのを嫌がっていた。
……キエルの人間が考えることはよく分からない。
「あ! アッポージュース飲むっすか?」
丁寧に接されることが嫌いな彼は、楽しそうな表情で、クリーム色の液体が入ったグラスを差し出してくる。
「いえ。私はいいわ」
「そう言わず! 飲んで飲んで! アルコールじゃないから平気っすよ!」
妙に押しの強い青年を相手にして、私は断りきれず、グラスを受け取ってしまった。
飲み物を貰おうなんて微塵も考えていなかったのだが。
その後、私は一旦青年から離れた。賑やかな空間を楽しんでいる人々から距離をおき、ついてきてくれていたウィクトルに確認してみる。
「ねぇウィクトル。これって、飲んでも大丈夫なの?」
「どういう意味だ、その問いは」
「無条件に貰ってしまって良かったのかな、って」
「毒見が必要か?」
いや、そこまで疑っているわけではない。
「いえ。飲んでも大丈夫なら、それでいいの」
「だから、その意味が分からないんだ。何を言おうとしている?」
今、私とウィクトルの間には、大きなずれが生まれている。意思疎通が上手くいっていない。そして、そのせいでお互い困ってしまっている。
険悪な空気になっていないのは救いだが、このままでは駄目だ。
何とか、己の思考を上手く伝えられる方法を考えなくては。
「部隊の人間でもない私が部隊の宴会に参加させてもらったりして大丈夫なのかなって思ったの」
思いが上手く伝わらない、困った時こそ、冷静さを欠いてはならない。
私は「落ち着いて話せ」と自分に言い聞かせる。
「なるほど。そういうことか。それなら即答できる、気にすることはない」
「そうなの?」
「君は遠慮しすぎだ」
「歩いてきた旅路、君はいつか振り返り——出会ったすべての人たちに、『ありがとう』言えるでしょう」
最初こそ唇が強張り固くなってしまったものの、歌が二番に達する頃にはその固さは消え去って。心が、視線が、徐々に前を向き始める。
室内にいる誰もが、今は私を見ていた。
きっと普段の私なら緊張していただろう。
だが、歌を歌っている時だけは、緊張を跳ね返すことができる。だから、多くの人から注目されても、心が乱れることはない。むしろ心地よくなるくらいで。
「いつか、またね、手を振ろう過ぎゆく昨日には」
ふと近い過去を振り返る時、私はおかしな気分になる。こんな生活をすることなんて微塵も想像していなかった、平凡に生きてゆくだけだと思っていた私が、今はこうして人の前に立っていること。それが不思議でならないのだ。
しかも、母親と同じ形で人前に出ているのだから、なおさら運命とは不思議なもの。
「日向へと伸ばす手に、触れるものが涙でも」
ただ私が気づいていなかっただけで、最初からこうなると決まっていたのだろうか……?
「永遠に寄り添い生きてゆくわ、闇へと続く道と知っていても——」
遠い昔、母親と共に歌った光景は、今でも蘇る。
懐かしい、特別な思い出。
歌い終わると、大きな拍手が起きた。
たった一曲だけ。でも、皆、とても熱心に聴いてくれていた。途中妨害するような者はいなかったし、彼らの視線はとても温かかった。だから、私も比較的自由に歌うことができた気がする。
ここからどうすれば良いのだろう?
そんなことを考えていたら、一人の中性的な青年が立ち上がった。
そう、ビタリーだ。
「なるほど。確かに素晴らしい歌だね」
若干上から抑え込んできている感じはあるものの、ビタリーは私を褒めてくれていた。
一応納得してもらえたようだ。
多少見下されているように感じるくらい、ずっとまし。叱られたり怒られたりするよりかは、見下しつつであっても褒められる方が良い。あくまで、個人的には、だが。
「あ……ありがとうございます」
「気に入ったよ。美しい歌声だ」
広間にいるビタリーの部下たちは、ビタリーと私を交互に見ている。
熱心に話を聞いている子どものようだ。
「ウタ。これから我々は宴を行う予定なんだ。参加してはもらえないだろうか?」
歌唱に続き、宴会への参加。
これはまた長引きそうな雰囲気だ。
でも、ビタリーの部下たちは悪人ではなさそうだし、共に時間を過ごすというのも悪いことばかりではないかもしれない。
宴など経験したことがないから、不安は大きい。でも、良い経験にはなるだろう。
幸い、今日はウィクトルが近くに控えてくれている。リベルテとフーシェも、ウィクトルよりかは遠いところにだが待機してくれている。彼らなら、もし何か問題が起こったとしても、力を貸してくれるはず。一人ぼっちでなら挑めないことにも、仲間がいれば挑んでゆける。
「分かりました。よろしくお願いします」
宴会へのお誘いは予想外だったが、私はその場で頷いたのだった。
広間で宴会が始まる。
私が歌っていた時は黙って聴いてくれていたビタリーの部下たちは、宴会が始まるや否や、別人のように騒ぎ出した。席が近い者同士、各々がしたい話をしている。そのため、全体的に騒がしくなってしまっていた。
宴とはこういうものなのだろうか? という疑問を抱きつつも、私はその中に交じる。
ウィクトルが付き添ってくれていた。
「いやー! さっきの歌、上手かったっすねー!」
「ありがとうございます」
「もうもう! 敬語とか要らないっすよー!」
「じゃあ……ありがとう」
私が最初に言葉を交わしたのは、茶髪の青年。齢二十くらいだろうか。
彼の方が私よりいくつかは年上のはずなのに、彼は私が丁寧な言葉で接するのを嫌がっていた。
……キエルの人間が考えることはよく分からない。
「あ! アッポージュース飲むっすか?」
丁寧に接されることが嫌いな彼は、楽しそうな表情で、クリーム色の液体が入ったグラスを差し出してくる。
「いえ。私はいいわ」
「そう言わず! 飲んで飲んで! アルコールじゃないから平気っすよ!」
妙に押しの強い青年を相手にして、私は断りきれず、グラスを受け取ってしまった。
飲み物を貰おうなんて微塵も考えていなかったのだが。
その後、私は一旦青年から離れた。賑やかな空間を楽しんでいる人々から距離をおき、ついてきてくれていたウィクトルに確認してみる。
「ねぇウィクトル。これって、飲んでも大丈夫なの?」
「どういう意味だ、その問いは」
「無条件に貰ってしまって良かったのかな、って」
「毒見が必要か?」
いや、そこまで疑っているわけではない。
「いえ。飲んでも大丈夫なら、それでいいの」
「だから、その意味が分からないんだ。何を言おうとしている?」
今、私とウィクトルの間には、大きなずれが生まれている。意思疎通が上手くいっていない。そして、そのせいでお互い困ってしまっている。
険悪な空気になっていないのは救いだが、このままでは駄目だ。
何とか、己の思考を上手く伝えられる方法を考えなくては。
「部隊の人間でもない私が部隊の宴会に参加させてもらったりして大丈夫なのかなって思ったの」
思いが上手く伝わらない、困った時こそ、冷静さを欠いてはならない。
私は「落ち着いて話せ」と自分に言い聞かせる。
「なるほど。そういうことか。それなら即答できる、気にすることはない」
「そうなの?」
「君は遠慮しすぎだ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる