奇跡の歌姫

四季

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28話「ウタの宴参加」

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 広間には、ビタリーと彼の部下たちが集まっている。そして私は、彼らの視線を一番浴びる場所に立って、口を開く。歌を歌う。

「歩いてきた旅路、君はいつか振り返り——出会ったすべての人たちに、『ありがとう』言えるでしょう」

 最初こそ唇が強張り固くなってしまったものの、歌が二番に達する頃にはその固さは消え去って。心が、視線が、徐々に前を向き始める。

 室内にいる誰もが、今は私を見ていた。
 きっと普段の私なら緊張していただろう。

 だが、歌を歌っている時だけは、緊張を跳ね返すことができる。だから、多くの人から注目されても、心が乱れることはない。むしろ心地よくなるくらいで。

「いつか、またね、手を振ろう過ぎゆく昨日には」

 ふと近い過去を振り返る時、私はおかしな気分になる。こんな生活をすることなんて微塵も想像していなかった、平凡に生きてゆくだけだと思っていた私が、今はこうして人の前に立っていること。それが不思議でならないのだ。

 しかも、母親と同じ形で人前に出ているのだから、なおさら運命とは不思議なもの。

「日向へと伸ばす手に、触れるものが涙でも」

 ただ私が気づいていなかっただけで、最初からこうなると決まっていたのだろうか……?

「永遠に寄り添い生きてゆくわ、闇へと続く道と知っていても——」

 遠い昔、母親と共に歌った光景は、今でも蘇る。
 懐かしい、特別な思い出。


 歌い終わると、大きな拍手が起きた。

 たった一曲だけ。でも、皆、とても熱心に聴いてくれていた。途中妨害するような者はいなかったし、彼らの視線はとても温かかった。だから、私も比較的自由に歌うことができた気がする。

 ここからどうすれば良いのだろう?
 そんなことを考えていたら、一人の中性的な青年が立ち上がった。

 そう、ビタリーだ。

「なるほど。確かに素晴らしい歌だね」

 若干上から抑え込んできている感じはあるものの、ビタリーは私を褒めてくれていた。
 一応納得してもらえたようだ。
 多少見下されているように感じるくらい、ずっとまし。叱られたり怒られたりするよりかは、見下しつつであっても褒められる方が良い。あくまで、個人的には、だが。

「あ……ありがとうございます」
「気に入ったよ。美しい歌声だ」

 広間にいるビタリーの部下たちは、ビタリーと私を交互に見ている。
 熱心に話を聞いている子どものようだ。

「ウタ。これから我々は宴を行う予定なんだ。参加してはもらえないだろうか?」

 歌唱に続き、宴会への参加。
 これはまた長引きそうな雰囲気だ。
 でも、ビタリーの部下たちは悪人ではなさそうだし、共に時間を過ごすというのも悪いことばかりではないかもしれない。

 宴など経験したことがないから、不安は大きい。でも、良い経験にはなるだろう。

 幸い、今日はウィクトルが近くに控えてくれている。リベルテとフーシェも、ウィクトルよりかは遠いところにだが待機してくれている。彼らなら、もし何か問題が起こったとしても、力を貸してくれるはず。一人ぼっちでなら挑めないことにも、仲間がいれば挑んでゆける。

「分かりました。よろしくお願いします」

 宴会へのお誘いは予想外だったが、私はその場で頷いたのだった。


 広間で宴会が始まる。

 私が歌っていた時は黙って聴いてくれていたビタリーの部下たちは、宴会が始まるや否や、別人のように騒ぎ出した。席が近い者同士、各々がしたい話をしている。そのため、全体的に騒がしくなってしまっていた。
 宴とはこういうものなのだろうか? という疑問を抱きつつも、私はその中に交じる。

 ウィクトルが付き添ってくれていた。

「いやー! さっきの歌、上手かったっすねー!」
「ありがとうございます」
「もうもう! 敬語とか要らないっすよー!」
「じゃあ……ありがとう」

 私が最初に言葉を交わしたのは、茶髪の青年。齢二十くらいだろうか。
 彼の方が私よりいくつかは年上のはずなのに、彼は私が丁寧な言葉で接するのを嫌がっていた。

 ……キエルの人間が考えることはよく分からない。

「あ! アッポージュース飲むっすか?」

 丁寧に接されることが嫌いな彼は、楽しそうな表情で、クリーム色の液体が入ったグラスを差し出してくる。

「いえ。私はいいわ」
「そう言わず! 飲んで飲んで! アルコールじゃないから平気っすよ!」

 妙に押しの強い青年を相手にして、私は断りきれず、グラスを受け取ってしまった。
 飲み物を貰おうなんて微塵も考えていなかったのだが。
 その後、私は一旦青年から離れた。賑やかな空間を楽しんでいる人々から距離をおき、ついてきてくれていたウィクトルに確認してみる。

「ねぇウィクトル。これって、飲んでも大丈夫なの?」
「どういう意味だ、その問いは」
「無条件に貰ってしまって良かったのかな、って」
「毒見が必要か?」

 いや、そこまで疑っているわけではない。

「いえ。飲んでも大丈夫なら、それでいいの」
「だから、その意味が分からないんだ。何を言おうとしている?」

 今、私とウィクトルの間には、大きなずれが生まれている。意思疎通が上手くいっていない。そして、そのせいでお互い困ってしまっている。

 険悪な空気になっていないのは救いだが、このままでは駄目だ。
 何とか、己の思考を上手く伝えられる方法を考えなくては。

「部隊の人間でもない私が部隊の宴会に参加させてもらったりして大丈夫なのかなって思ったの」

 思いが上手く伝わらない、困った時こそ、冷静さを欠いてはならない。
 私は「落ち着いて話せ」と自分に言い聞かせる。

「なるほど。そういうことか。それなら即答できる、気にすることはない」
「そうなの?」
「君は遠慮しすぎだ」
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