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29話「ビタリーの怪しい誘い」
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歌の披露を終えた私は、流れのままに宴会に参加することになり、最初はその空気感に馴染めずにいた。しかし、時間が経つにつれて、宴会の賑やかな雰囲気にも段々慣れてきた。無論、味方がいなければ簡単に慣れることはできなかっただろうが。
「ウタ、少し構わないかな?」
宴会の参加者たちが持つカップに飲み物を注ぐ手伝いをしながら、祭りのようなムードを軽く楽しんでいたら、ビタリーに背後から声をかけられた。
「あ……はい」
知り合ったばかりの異性を呼び捨てにするというのはどうかと思うが、これもまた、文化の違いなのだろうか?
「何か御用でしょうか」
「今夜、僕の部屋に遊びに来るというのはどうかな?」
ビタリーはまだ若い青年だ。しかし、目を細めると、顔面から大人の色気が溢れ出す。その時、彼は若い青年ではなくなり、一人の男性のようになるのである。
しかし、これはれっきとしたナンパ。
言いなりになることはできない。
「すみません。それはできません」
「何だと?」
断ると、ビタリーは不機嫌そうな顔をした。
「僕の誘いを断るというのかい?」
これはまずい——かもしれない。
ビタリーを不機嫌にしてしまったら、何をされるか分からない。
いや、もちろん、彼を極悪人だと捉えているわけではないが。
「すみません」
「なんてことだ! 僕の誘いを断るとは……!」
ビタリーの片腕が伸びてくる。手先の形からして、掴みかかってきそうだ。どうしよう、と思い、密かに焦っていたら。
「触れるな」
私の背後に待機していたウィクトルが、突如、冷ややかな声を発した。
彼は私を庇うように私とビタリーの間に立つ。
「無関係な者が出てくる必要はないよ。退いてもらおうか」
真剣な顔つきをしているウィクトルを嘲るように、ビタリーはうっすらと笑みを浮かべる。
ウィクトルとビタリー、二人の視線はぶつかり合い、火花を散らす。
料理を食べ、酒やジュースを飲み、賑やかに今この時を楽しんでいる者たちは、私たち三人の様子などまったく気にしていない。
「そこを退いてくれないかな。僕、邪魔をされるのは嫌いでね」
間に入り込まれたことが不快だったらしく、ビタリーは顔を歪める。しかも、苛立ちを露わにするかのように、片手は頭を掻いている。そして、逆の手でウィクトルの肩を掴む。
「すぐに去ってくれるかな?」
「それはできない」
中性的な顔に、苛立ちと不快感がごちゃ混ぜになったような色を滲ませる、ビタリー。そんな彼を前にしても、ウィクトルは落ち着き払っていた。疑問形で圧をかけられても心を乱しはせず、淡々とした調子で必要最低限だけの言葉を返す。
「ふざけるな、フリントの生き残り風情が……!」
ウィクトルの態度は、口調を除けば、そこまで無礼というほどのものではないだろう。
だが、ビタリーにとっては不快だったようで、彼は調子を強めた。
私はウィクトルに護られるような位置にある。それゆえ、私が危害を加えられる可能性はそれほど高くないといえるだろう。だが、自分に害がなければいい、とは思えない。本当は、そのくらいシンプルに考えられたら良かったのかもしれないが、私には無理だった。場の空気が悪くなると、どうしても、何とかして元に戻そうと考えてしまうのだ。
そんなことを考えていたら、ウィクトルがくるりと振り返ってきた。
「帰ろう」
彼は眉一つ動かさずに言う。
「ええ。そうね」
私はすぐに頷いた。
気まずい空気の中にいるだけでも心がすり減っていってしまう私のような人間にとっては、この場から離れるということが最善の選択だ。
宴会が行われている広間から一足早く退場した私は、リベルテやフーシェと合流し、今夜宿泊する予定になっている場所へと向かった。
私たち四人のために用意されていたのは、二人部屋が二部屋。隣同士の部屋だ。
男女が別々に過ごせるよう、配慮してくれていたのかもしれない。
だが、いきなり別れるというのも何なので、一旦は片方の部屋に四人で入ることにした。
入口の扉を開け、中へ進むと、すぐ左手側に扉。その左手側の部屋には、風呂場やトイレがあるようだ。で、一旦話は戻るが。部屋に入ってすぐの通路を直進すると、やがて、やや広さのある部屋にたどり着く。左側にはベッドが二つ仲良く並んでいて、その奥には椅子とテーブルが一つずつ置かれている。そして、それらの反対側には、黒い長方形の機械や木製の机が設置されていた。
「ウタくん、椅子に座るといい」
部屋に入り、内装を確認するや否や、ウィクトルはそう言った。
でも、数少ない椅子を私が独り占めするなんて申し訳なくてできない。
「私はベッドに座るわ」
「……なぜだ?」
「私、ベッドの柔らかさが好きなの」
入り口から遠い方のベッドに歩み寄り、軽く跳んで腰掛ける。
尻に柔らかな感触。
ふんわりしつつも固形感があり、座った勢いで少しバウンドするような感じが嫌いじゃない。
「……ボナ様は椅子に」
私がベッドに座る感触を堪能していると、フーシェが静かに言った。
「いや、私はいい。立ったままの方がしっくりくる」
ウィクトルは、手を使って漆黒のマントを脱ぎながら、フーシェに向かって言葉を返す。
しかしフーシェは納得しない。
「……少しは休んで」
彼女は口数が少ない。表情も豊かな方ではない。でも、それでもウィクトルを、大切に思ってはいるのだろう。彼女が発する数少ない言葉からであっても、彼女のウィクトルへの思いの強さは伝わってくる。
「そこまで言われたら仕方ない。座ろう」
マントを脱いだウィクトルは椅子に座る。
「ではリベルテは! 湯をお沸かし致しますね!」
リベルテは、明るい声で言いながら、机の下についていた戸を開ける。そして、そこからポットを取り出した。
「すぐにお持ち致しますので!」
「落ち着け、リベルテ。慌てなくていい」
「は、はいっ……! お気遣いありがとうございます!」
「ウタ、少し構わないかな?」
宴会の参加者たちが持つカップに飲み物を注ぐ手伝いをしながら、祭りのようなムードを軽く楽しんでいたら、ビタリーに背後から声をかけられた。
「あ……はい」
知り合ったばかりの異性を呼び捨てにするというのはどうかと思うが、これもまた、文化の違いなのだろうか?
「何か御用でしょうか」
「今夜、僕の部屋に遊びに来るというのはどうかな?」
ビタリーはまだ若い青年だ。しかし、目を細めると、顔面から大人の色気が溢れ出す。その時、彼は若い青年ではなくなり、一人の男性のようになるのである。
しかし、これはれっきとしたナンパ。
言いなりになることはできない。
「すみません。それはできません」
「何だと?」
断ると、ビタリーは不機嫌そうな顔をした。
「僕の誘いを断るというのかい?」
これはまずい——かもしれない。
ビタリーを不機嫌にしてしまったら、何をされるか分からない。
いや、もちろん、彼を極悪人だと捉えているわけではないが。
「すみません」
「なんてことだ! 僕の誘いを断るとは……!」
ビタリーの片腕が伸びてくる。手先の形からして、掴みかかってきそうだ。どうしよう、と思い、密かに焦っていたら。
「触れるな」
私の背後に待機していたウィクトルが、突如、冷ややかな声を発した。
彼は私を庇うように私とビタリーの間に立つ。
「無関係な者が出てくる必要はないよ。退いてもらおうか」
真剣な顔つきをしているウィクトルを嘲るように、ビタリーはうっすらと笑みを浮かべる。
ウィクトルとビタリー、二人の視線はぶつかり合い、火花を散らす。
料理を食べ、酒やジュースを飲み、賑やかに今この時を楽しんでいる者たちは、私たち三人の様子などまったく気にしていない。
「そこを退いてくれないかな。僕、邪魔をされるのは嫌いでね」
間に入り込まれたことが不快だったらしく、ビタリーは顔を歪める。しかも、苛立ちを露わにするかのように、片手は頭を掻いている。そして、逆の手でウィクトルの肩を掴む。
「すぐに去ってくれるかな?」
「それはできない」
中性的な顔に、苛立ちと不快感がごちゃ混ぜになったような色を滲ませる、ビタリー。そんな彼を前にしても、ウィクトルは落ち着き払っていた。疑問形で圧をかけられても心を乱しはせず、淡々とした調子で必要最低限だけの言葉を返す。
「ふざけるな、フリントの生き残り風情が……!」
ウィクトルの態度は、口調を除けば、そこまで無礼というほどのものではないだろう。
だが、ビタリーにとっては不快だったようで、彼は調子を強めた。
私はウィクトルに護られるような位置にある。それゆえ、私が危害を加えられる可能性はそれほど高くないといえるだろう。だが、自分に害がなければいい、とは思えない。本当は、そのくらいシンプルに考えられたら良かったのかもしれないが、私には無理だった。場の空気が悪くなると、どうしても、何とかして元に戻そうと考えてしまうのだ。
そんなことを考えていたら、ウィクトルがくるりと振り返ってきた。
「帰ろう」
彼は眉一つ動かさずに言う。
「ええ。そうね」
私はすぐに頷いた。
気まずい空気の中にいるだけでも心がすり減っていってしまう私のような人間にとっては、この場から離れるということが最善の選択だ。
宴会が行われている広間から一足早く退場した私は、リベルテやフーシェと合流し、今夜宿泊する予定になっている場所へと向かった。
私たち四人のために用意されていたのは、二人部屋が二部屋。隣同士の部屋だ。
男女が別々に過ごせるよう、配慮してくれていたのかもしれない。
だが、いきなり別れるというのも何なので、一旦は片方の部屋に四人で入ることにした。
入口の扉を開け、中へ進むと、すぐ左手側に扉。その左手側の部屋には、風呂場やトイレがあるようだ。で、一旦話は戻るが。部屋に入ってすぐの通路を直進すると、やがて、やや広さのある部屋にたどり着く。左側にはベッドが二つ仲良く並んでいて、その奥には椅子とテーブルが一つずつ置かれている。そして、それらの反対側には、黒い長方形の機械や木製の机が設置されていた。
「ウタくん、椅子に座るといい」
部屋に入り、内装を確認するや否や、ウィクトルはそう言った。
でも、数少ない椅子を私が独り占めするなんて申し訳なくてできない。
「私はベッドに座るわ」
「……なぜだ?」
「私、ベッドの柔らかさが好きなの」
入り口から遠い方のベッドに歩み寄り、軽く跳んで腰掛ける。
尻に柔らかな感触。
ふんわりしつつも固形感があり、座った勢いで少しバウンドするような感じが嫌いじゃない。
「……ボナ様は椅子に」
私がベッドに座る感触を堪能していると、フーシェが静かに言った。
「いや、私はいい。立ったままの方がしっくりくる」
ウィクトルは、手を使って漆黒のマントを脱ぎながら、フーシェに向かって言葉を返す。
しかしフーシェは納得しない。
「……少しは休んで」
彼女は口数が少ない。表情も豊かな方ではない。でも、それでもウィクトルを、大切に思ってはいるのだろう。彼女が発する数少ない言葉からであっても、彼女のウィクトルへの思いの強さは伝わってくる。
「そこまで言われたら仕方ない。座ろう」
マントを脱いだウィクトルは椅子に座る。
「ではリベルテは! 湯をお沸かし致しますね!」
リベルテは、明るい声で言いながら、机の下についていた戸を開ける。そして、そこからポットを取り出した。
「すぐにお持ち致しますので!」
「落ち着け、リベルテ。慌てなくていい」
「は、はいっ……! お気遣いありがとうございます!」
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