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30話「リベルテの実家」
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旅に出て、最初に迎えた夜は、用意されていた部屋で寝た。四人全員同じ部屋で過ごす、という案もあったのだが、結局二部屋に分かれることにしたのだった。ちなみに、ウィクトルとリベルテ、フーシェと私、という組み合わせである。
そうして迎えた朝は、快晴。
心地よい天気だ。
二日目は、早めの起床。朝ご飯を軽く食べ、身支度を整えたら、荷物とともに自動運転車に乗り込む。私たちの出発を聞きつけて幾人かのビタリーの部下が見送りに来てくれたのは、少し意外で。だが、温かく見送ってもらいながらウェストエナーを去るのは、嫌な気はしなかった。
次に私たちが向かったのは、ウェストエナーより二時間ほどで到着できる村。
そこは、砂漠と言っても問題ないほど地面が砂だらけの土地。だが人が住んでいないわけではない。ところどころにぽつぽつと存在する小さな湖を囲むように、人々が暮らす村ができているのだ。とはいえ、都にあったような天まで届きそうな建物はない。そこにある住居のほとんどは、テントに近いような、簡易的な造りなのだ。
あまり発展していない地域に私が呼ばれた理由。
それは、村で暮らす人々のためではなかった。
リベルテから聞いた話によれば、帝国軍所属の部隊がここしばらく大きなオアシスを作るために滞在しているそうだ。
つまり、私が歌を披露する対象は、村人ではない。
オアシスを作る作業をしている部隊に所属している隊員たちなのである。
昼、私はそこで、前の夜と同じように歌を披露した。二回目はさすがに、歌う前から、それほど緊張はしない。落ち着いて口を動かすことができたと思う。奏でる戦慄が全身の血液を揺らす、そんな歌だった。
そして、午後には砂漠の村を発つ。
個人的にはもう少し色々見てみたかったのだが、のんびり過ごす時間はなかった。
そこからさらに数時間をかけて、次の目的地へと向かう。
今は、その最中だ。
「ウタ様、お疲れではございませんか?」
移動中、車内でリベルテが話しかけてきた。
「え。……どうして?」
「あ、いえ。その、何か理由があってというわけではございません。ただ、ふと気になりまして」
行き先を入力し、座席に座っているだけで良いのだから、自動運転車は便利だ。誰かが操作しなければならないということもないから、皆がのんびりと乗車できる。会話するのだって自由だ。
「気を遣ってくれていたのね。ありがとう」
「平気でございますか?」
「えぇ、もちろん。だって私……歌うことしかしていないもの」
車に乗って移動することと、目的地で人々に歌を披露すること。
私が行っているのは、それだけだ。
「この後も、もうしばらく今のような日程が続くようでございます。体調が優れない際には、気軽にお申し付け下さいませ」
オアシス開発中の砂漠の村を出て、北東へ向かうこと数時間。次なる目的地へ到着した。
車を降りた時、既に夕方が近づいていた。
果てしない空は、水を多く含ませた水彩絵の具を混ぜたかのような、淡い赤紫色。切なげなグラデーションが胸を打つ。離れざるを得なかった故郷に数十年ぶりに帰ってきた者の心情とは、きっと、こんなものなのだろう。
「凄い。美しいところ……」
真上へ視線を向ければ、魅惑的な空。
周囲を見回せば、どこまでも続く山並み。
都のような高い建物こそ少ないものの、自然に満ち溢れた土地で、目が離せない。
「ここは、フィルデラ。ウタ様も気に入って下さったようで、リベルテ、嬉しゅうございます」
「詳しいのね、リベルテ」
いつだって明るい声と表情を崩さないリベルテ。だが、今の彼は、いつも以上に嬉しそう。私に向けて発してくる言葉も、お気に入りの場所を紹介するかのような言いぶりだ。
「はい! それはもちろん! なんせ、リベルテの故郷でございますから!」
「……え!?」
「とても美しい土地だと、帝国内でも有名でございますよ!」
確かに、美しいところ。それは間違いない。目にした瞬間自然に感想を述べてしまった。それほど、この場所には人を惹きつける力があるということだ。
「ご、ごめんなさい。思わず動揺してしまったわ」
私は、さりげなく、手の甲で額を軽く拭う仕草を挟む。
「今夜はリベルテの実家に泊まっていただこうかと考えておりますが、ウタ様はそれでも?」
「私は気にしないわよ。必要最低限の環境があれば、それで良いの」
「そうですか! それは安心致しました! 実は……お客様をお泊めすることに慣れていないので」
いや、敢えて言うほどのことでもないだろう。
宿屋を営んでいるというのならともかく、それ以外の家となれば、客を泊めたことがない方が普通だと思う。一回二回なら泊めたことがある、という者もいるだろうが、定期的に誰かを泊めているような家は少ないはずだ。
「懐かしいな、リベルテ。この街は今も美しい」
「主……お世辞を仰ることはないのですよ?」
「まさか。本心だ、本心に決まっている。私は雰囲気だけで褒めたりはしない」
到着した目的地であるフィルデラがリベルテの故郷だと判明したところで、私は、今宵一夜を過ごす宿——ではなくリベルテの実家へ、向かうこととなった。
「こちらが、リベルテの家でございます」
豊かな自然には既に心を奪われていたが、リベルテの家へ着くと、さらに魅力された。
なぜなら、とても美しかったからである。
三階くらいまではありそうな木造の建物で、壁は白く塗られている。木材が露わになっている部分の茶と、塗られたマットな白色、そしてところどころにアクセントとして用いられている鮮やかな緑。それら三色は、独創的な組み合わせだが、案外違和感がない。ちなみに、屋根は黄褐色である。
「……相変わらず大きな家」
呟いたのはフーシェ。
「……貧富の差、こういうところに出るものね」
珍しく、フーシェが自ら何度も感想を述べる。
こんなに積極的に話す彼女を見られる機会というのは、滅多にないだろう。
「なんというか……申し訳ございません」
「……べつに。批判してるわけじゃない」
「なら、安心しました」
少し空けて、リベルテは続ける。
「では、案内致しますね」
そうして迎えた朝は、快晴。
心地よい天気だ。
二日目は、早めの起床。朝ご飯を軽く食べ、身支度を整えたら、荷物とともに自動運転車に乗り込む。私たちの出発を聞きつけて幾人かのビタリーの部下が見送りに来てくれたのは、少し意外で。だが、温かく見送ってもらいながらウェストエナーを去るのは、嫌な気はしなかった。
次に私たちが向かったのは、ウェストエナーより二時間ほどで到着できる村。
そこは、砂漠と言っても問題ないほど地面が砂だらけの土地。だが人が住んでいないわけではない。ところどころにぽつぽつと存在する小さな湖を囲むように、人々が暮らす村ができているのだ。とはいえ、都にあったような天まで届きそうな建物はない。そこにある住居のほとんどは、テントに近いような、簡易的な造りなのだ。
あまり発展していない地域に私が呼ばれた理由。
それは、村で暮らす人々のためではなかった。
リベルテから聞いた話によれば、帝国軍所属の部隊がここしばらく大きなオアシスを作るために滞在しているそうだ。
つまり、私が歌を披露する対象は、村人ではない。
オアシスを作る作業をしている部隊に所属している隊員たちなのである。
昼、私はそこで、前の夜と同じように歌を披露した。二回目はさすがに、歌う前から、それほど緊張はしない。落ち着いて口を動かすことができたと思う。奏でる戦慄が全身の血液を揺らす、そんな歌だった。
そして、午後には砂漠の村を発つ。
個人的にはもう少し色々見てみたかったのだが、のんびり過ごす時間はなかった。
そこからさらに数時間をかけて、次の目的地へと向かう。
今は、その最中だ。
「ウタ様、お疲れではございませんか?」
移動中、車内でリベルテが話しかけてきた。
「え。……どうして?」
「あ、いえ。その、何か理由があってというわけではございません。ただ、ふと気になりまして」
行き先を入力し、座席に座っているだけで良いのだから、自動運転車は便利だ。誰かが操作しなければならないということもないから、皆がのんびりと乗車できる。会話するのだって自由だ。
「気を遣ってくれていたのね。ありがとう」
「平気でございますか?」
「えぇ、もちろん。だって私……歌うことしかしていないもの」
車に乗って移動することと、目的地で人々に歌を披露すること。
私が行っているのは、それだけだ。
「この後も、もうしばらく今のような日程が続くようでございます。体調が優れない際には、気軽にお申し付け下さいませ」
オアシス開発中の砂漠の村を出て、北東へ向かうこと数時間。次なる目的地へ到着した。
車を降りた時、既に夕方が近づいていた。
果てしない空は、水を多く含ませた水彩絵の具を混ぜたかのような、淡い赤紫色。切なげなグラデーションが胸を打つ。離れざるを得なかった故郷に数十年ぶりに帰ってきた者の心情とは、きっと、こんなものなのだろう。
「凄い。美しいところ……」
真上へ視線を向ければ、魅惑的な空。
周囲を見回せば、どこまでも続く山並み。
都のような高い建物こそ少ないものの、自然に満ち溢れた土地で、目が離せない。
「ここは、フィルデラ。ウタ様も気に入って下さったようで、リベルテ、嬉しゅうございます」
「詳しいのね、リベルテ」
いつだって明るい声と表情を崩さないリベルテ。だが、今の彼は、いつも以上に嬉しそう。私に向けて発してくる言葉も、お気に入りの場所を紹介するかのような言いぶりだ。
「はい! それはもちろん! なんせ、リベルテの故郷でございますから!」
「……え!?」
「とても美しい土地だと、帝国内でも有名でございますよ!」
確かに、美しいところ。それは間違いない。目にした瞬間自然に感想を述べてしまった。それほど、この場所には人を惹きつける力があるということだ。
「ご、ごめんなさい。思わず動揺してしまったわ」
私は、さりげなく、手の甲で額を軽く拭う仕草を挟む。
「今夜はリベルテの実家に泊まっていただこうかと考えておりますが、ウタ様はそれでも?」
「私は気にしないわよ。必要最低限の環境があれば、それで良いの」
「そうですか! それは安心致しました! 実は……お客様をお泊めすることに慣れていないので」
いや、敢えて言うほどのことでもないだろう。
宿屋を営んでいるというのならともかく、それ以外の家となれば、客を泊めたことがない方が普通だと思う。一回二回なら泊めたことがある、という者もいるだろうが、定期的に誰かを泊めているような家は少ないはずだ。
「懐かしいな、リベルテ。この街は今も美しい」
「主……お世辞を仰ることはないのですよ?」
「まさか。本心だ、本心に決まっている。私は雰囲気だけで褒めたりはしない」
到着した目的地であるフィルデラがリベルテの故郷だと判明したところで、私は、今宵一夜を過ごす宿——ではなくリベルテの実家へ、向かうこととなった。
「こちらが、リベルテの家でございます」
豊かな自然には既に心を奪われていたが、リベルテの家へ着くと、さらに魅力された。
なぜなら、とても美しかったからである。
三階くらいまではありそうな木造の建物で、壁は白く塗られている。木材が露わになっている部分の茶と、塗られたマットな白色、そしてところどころにアクセントとして用いられている鮮やかな緑。それら三色は、独創的な組み合わせだが、案外違和感がない。ちなみに、屋根は黄褐色である。
「……相変わらず大きな家」
呟いたのはフーシェ。
「……貧富の差、こういうところに出るものね」
珍しく、フーシェが自ら何度も感想を述べる。
こんなに積極的に話す彼女を見られる機会というのは、滅多にないだろう。
「なんというか……申し訳ございません」
「……べつに。批判してるわけじゃない」
「なら、安心しました」
少し空けて、リベルテは続ける。
「では、案内致しますね」
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