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31話「ウィクトルの怪訝な顔」
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リベルテの実家の周囲は緑が豊かだった。道の脇、ベランダの横、いたるところに植物が存在している。そんな中を私たち四人は歩いていく。暗くなり始めた空の下でも、瑞々しい緑は鮮やかに輝きを放ち続けていた。
やがて、入口と思われる扉の前へたどり着く。
先導するように歩いていたリベルテが、扉のすぐ横に設置されている黒いボタンを押すと、十秒ほどが経過して何やら声が聞こえてきた。そして、それからさらに待つこと数分。扉がゆっくりと開く。
「おぉ。また帰ってきたのかい、リベルテ」
三十センチほど開いた隙間から顔を覗かせたのは、中年の男性。
金髪だからかもしれないが、若干、髪が薄く感じられる。
「父上、本日は仕事です」
「ん? そうなのかい?」
「彼らを泊めてもよろしいでしょうか」
そう言って、リベルテは私たちを紹介し始める。
ウィクトルは上司、フーシェは同僚。それらは父親も知っているようだった。だが、私の姿を目にした時、見慣れないと思ったのか、不思議な生き物を見るような目つきをしてきた。
「彼女は地球からやって来て下さった歌手なのです」
「おぉ、それは渋い」
個人的には、渋い、などと言われたことが驚きだった。そんな感想が来る可能性は、僅かにすら考えてみなかった気がする。
そもそも、女性相手に「渋い」だなんて、なかなか聞かない表現だ。
ある程度年を重ねた男性が対象なのならともかく。
「今夜、三人を泊めても構いませんか? 父上」
「泊める? それは無茶だよ」
リベルテの父親は、いきなり大勢の宿泊を頼まれ、戸惑いを隠せない様子だ。だがそれも無理はない。ある日突然「三人を泊めたい」なんて言われても、家の主人としては困ることばかりのはずだ。
「準備も何もしていないよ」
「しかし、部屋はありますよね。食料も貯めてあるはずです」
「いやいや。あれは備蓄だから」
「一夜の宿すら恵めないと言うのですか?」
日頃は陽気ながらも控えめな印象のリベルテだが、父親に対してははっきりとした物言いをするようだ。断られても、決して挫けることなく、懸命に頼み続けてくれている。その背中は頼もしいものだった。
「う、うぅ……善良な心に付け入ろうとしないでほしい……」
「では良いですね。一泊ですし」
「う……も、もう分かった! それでいい! 泊めよう!」
ついに父親の方が折れる時がやって来た。
粘りに粘ったリベルテの勝利だ。
そうして、父親を説得することを成し遂げたリベルテは、達成感に満ちた穏やかな表情で振り返ってくる。
「ということでございますから、泊まれます!」
太陽の子と言っても嘘にはならないような明るい表情で、リベルテはそう言った。
何とか、今夜の宿も確保することができた。
空き部屋は多くはなかったようで、全員同じ部屋になってしまったが、ある意味それは仕方のないことだろう。
「良かったわね、泊まれて」
「そうだな」
今、室内にいるのは、私とウィクトルとフーシェの三人だけ。リベルテは席を外している。
目的地というのだから、また誰かの前で歌わねばならないのだろうと想像していたが、今夜は歌の披露はないようだ。もちろん宴会もないし、ゆっくり休めそうである。
「……そろそろ寝る」
三人で静かな時間を過ごしていたら、突然、フーシェが口を小さく動かした。
「フーシェさん、もう寝るの? 早いのね」
「……睡眠は必要」
「そうなのね。おやすみなさい」
宿舎にいる時も、フーシェは比較的早い時間に眠っていることが多かったように感じる。それが彼女の睡眠スタイルなのかもしれない。
フーシェはベッドに潜り込む。
結果、起きているのは私とウィクトルだけになってしまった。
非常に気まずい。ウィクトルが嫌がらせをしてくるわけではないし、私とて彼を大嫌いなわけではないが、それでも、二人きりになると何とも言えない気持ちになってしまう。どう表現するのが相応しいのか、よく分からないけれど。
「リベルテ、戻ってこないわね」
独り言のように言ってみる。
するとウィクトルは視線をこちらへ向けてきた。
「そうだな。恐らく、親と話でもしているのだろう」
「仲良しなのね」
「私には想像できないことだが……そうなのだろうな」
ウィクトルの言い方は何となく素っ気なかった。
……もしかして、ウィクトルは自分には親がいないことを気にしているのだろうか?
いつも淡々としているから他者には分からないけれど、彼には彼の悩みの種があるのかもしれない。周囲には言わないけれど、実は気にしていることがあったりするのかもしれない。もしそうだとしたら、そこを深く掘り下げるようなことをするのは危険だ。踏み込み過ぎたことで関係性を壊してしまうという可能性もゼロではない。
フーシェは眠り、私とウィクトルは静寂の中にいた、そんな時。
リベルテが帰ってきた。
その手には、一着のドレス。青緑の生地で作られたものだ。
「ただいま戻りました!」
リベルテは、両手を器用に使い、軽く畳んだドレスの裾が床につかないよう努力している。しかし、生地の重みのせいなのか、段々全体的に下がってきてしまう。上手く持つのは難しいようだ。
「遅かったな。何をしていた?」
「ウタ様がお召しになる用の衣装を持って参りました!」
「衣装、だと?」
ウィクトルは眉をひそめた。
そんな彼に向けて、リベルテは明るく言葉を発する。
「ドレスです! ご覧下さい!」
その時、リベルテは初めて、ドレスを広げて見せた。
露わになったドレスの全貌。それはとても美しいものだった。肩ひもがなく大きめに開いた胸元には、無数の輝くスパンコールが縫い付けられていて、まるで人魚姫のよう。胸元からやや高めのウエストまでは、そこそこ厚みがあり、体に密着する構造のようだ。しかし、それとは対照的に、スカート部分は開いた傘のように膨らんでいる。
「可愛いドレスね! ……でも、そんなものどこで?」
リベルテの母親のドレスということは、さすがにないだろうし。
「取引している商品の中から選んで参りました!」
「え」
「ぜひお召しになって下さいませ!」
やがて、入口と思われる扉の前へたどり着く。
先導するように歩いていたリベルテが、扉のすぐ横に設置されている黒いボタンを押すと、十秒ほどが経過して何やら声が聞こえてきた。そして、それからさらに待つこと数分。扉がゆっくりと開く。
「おぉ。また帰ってきたのかい、リベルテ」
三十センチほど開いた隙間から顔を覗かせたのは、中年の男性。
金髪だからかもしれないが、若干、髪が薄く感じられる。
「父上、本日は仕事です」
「ん? そうなのかい?」
「彼らを泊めてもよろしいでしょうか」
そう言って、リベルテは私たちを紹介し始める。
ウィクトルは上司、フーシェは同僚。それらは父親も知っているようだった。だが、私の姿を目にした時、見慣れないと思ったのか、不思議な生き物を見るような目つきをしてきた。
「彼女は地球からやって来て下さった歌手なのです」
「おぉ、それは渋い」
個人的には、渋い、などと言われたことが驚きだった。そんな感想が来る可能性は、僅かにすら考えてみなかった気がする。
そもそも、女性相手に「渋い」だなんて、なかなか聞かない表現だ。
ある程度年を重ねた男性が対象なのならともかく。
「今夜、三人を泊めても構いませんか? 父上」
「泊める? それは無茶だよ」
リベルテの父親は、いきなり大勢の宿泊を頼まれ、戸惑いを隠せない様子だ。だがそれも無理はない。ある日突然「三人を泊めたい」なんて言われても、家の主人としては困ることばかりのはずだ。
「準備も何もしていないよ」
「しかし、部屋はありますよね。食料も貯めてあるはずです」
「いやいや。あれは備蓄だから」
「一夜の宿すら恵めないと言うのですか?」
日頃は陽気ながらも控えめな印象のリベルテだが、父親に対してははっきりとした物言いをするようだ。断られても、決して挫けることなく、懸命に頼み続けてくれている。その背中は頼もしいものだった。
「う、うぅ……善良な心に付け入ろうとしないでほしい……」
「では良いですね。一泊ですし」
「う……も、もう分かった! それでいい! 泊めよう!」
ついに父親の方が折れる時がやって来た。
粘りに粘ったリベルテの勝利だ。
そうして、父親を説得することを成し遂げたリベルテは、達成感に満ちた穏やかな表情で振り返ってくる。
「ということでございますから、泊まれます!」
太陽の子と言っても嘘にはならないような明るい表情で、リベルテはそう言った。
何とか、今夜の宿も確保することができた。
空き部屋は多くはなかったようで、全員同じ部屋になってしまったが、ある意味それは仕方のないことだろう。
「良かったわね、泊まれて」
「そうだな」
今、室内にいるのは、私とウィクトルとフーシェの三人だけ。リベルテは席を外している。
目的地というのだから、また誰かの前で歌わねばならないのだろうと想像していたが、今夜は歌の披露はないようだ。もちろん宴会もないし、ゆっくり休めそうである。
「……そろそろ寝る」
三人で静かな時間を過ごしていたら、突然、フーシェが口を小さく動かした。
「フーシェさん、もう寝るの? 早いのね」
「……睡眠は必要」
「そうなのね。おやすみなさい」
宿舎にいる時も、フーシェは比較的早い時間に眠っていることが多かったように感じる。それが彼女の睡眠スタイルなのかもしれない。
フーシェはベッドに潜り込む。
結果、起きているのは私とウィクトルだけになってしまった。
非常に気まずい。ウィクトルが嫌がらせをしてくるわけではないし、私とて彼を大嫌いなわけではないが、それでも、二人きりになると何とも言えない気持ちになってしまう。どう表現するのが相応しいのか、よく分からないけれど。
「リベルテ、戻ってこないわね」
独り言のように言ってみる。
するとウィクトルは視線をこちらへ向けてきた。
「そうだな。恐らく、親と話でもしているのだろう」
「仲良しなのね」
「私には想像できないことだが……そうなのだろうな」
ウィクトルの言い方は何となく素っ気なかった。
……もしかして、ウィクトルは自分には親がいないことを気にしているのだろうか?
いつも淡々としているから他者には分からないけれど、彼には彼の悩みの種があるのかもしれない。周囲には言わないけれど、実は気にしていることがあったりするのかもしれない。もしそうだとしたら、そこを深く掘り下げるようなことをするのは危険だ。踏み込み過ぎたことで関係性を壊してしまうという可能性もゼロではない。
フーシェは眠り、私とウィクトルは静寂の中にいた、そんな時。
リベルテが帰ってきた。
その手には、一着のドレス。青緑の生地で作られたものだ。
「ただいま戻りました!」
リベルテは、両手を器用に使い、軽く畳んだドレスの裾が床につかないよう努力している。しかし、生地の重みのせいなのか、段々全体的に下がってきてしまう。上手く持つのは難しいようだ。
「遅かったな。何をしていた?」
「ウタ様がお召しになる用の衣装を持って参りました!」
「衣装、だと?」
ウィクトルは眉をひそめた。
そんな彼に向けて、リベルテは明るく言葉を発する。
「ドレスです! ご覧下さい!」
その時、リベルテは初めて、ドレスを広げて見せた。
露わになったドレスの全貌。それはとても美しいものだった。肩ひもがなく大きめに開いた胸元には、無数の輝くスパンコールが縫い付けられていて、まるで人魚姫のよう。胸元からやや高めのウエストまでは、そこそこ厚みがあり、体に密着する構造のようだ。しかし、それとは対照的に、スカート部分は開いた傘のように膨らんでいる。
「可愛いドレスね! ……でも、そんなものどこで?」
リベルテの母親のドレスということは、さすがにないだろうし。
「取引している商品の中から選んで参りました!」
「え」
「ぜひお召しになって下さいませ!」
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