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32話「ウタの試着」
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リベルテが持ってきてくれた、光沢のある青緑のドレスを、私は試しに着てみることにした。
まずは、背から腰へと続く背面のチャックを開ける。それから、脚を一本ずつ中へ突っ込み、両足の裏が床にきちんとついたことを確認してから、ゆっくりとドレスを持ち上げる。上半身部分を腰が通過する際だけは少し詰まりかけたが、他は特に問題はなく、上まで持ち上げることができた。それから私は、ドレスの一番上の部分を胸の上の位置にきちんと合わせ、ちょうどいいところで手で押さえる。取り敢えず固定しておくのである。
「ごめんなさい。リベルテ、後ろのチャックを閉めてもらえる?」
「はっ、はいっ!」
器用でない私は、手を背中側へ回しながらチャックを閉めるなんてことはできない。
だからリベルテに頼んだのだ。
すると彼は、ハキハキした返事をして、すぐにチャックを上げてくれる。途中で引っ掛かることなく、一度で上げきれたのは、さすがとしか言い様がない。
「ありがとう。これで完成かしら」
首と胸の間には生地がないので、妙にひんやりしてしまっているような気がする。肌の面積的にはそれほど広くはないのだが、なぜか、かなり寒く感じる。
「はい! その通りでございます!」
こうしてドレスの着用が完了した私は、くるりと振り返る。
リベルテは両手を合わせて瞳を輝かせた。
「お、お似合いでございます……!」
予想以上に感動された。
しかも、リベルテに。
「主! ウタ様、よく似合っておられますよね!?」
こちらを凝視しながら瞳を輝かせていたリベルテは、軽やかに半周くらい回転し、ウィクトルの方へと面を向ける。
「……そうだな」
「せっかくこうもお美しいのです! もう少し素直に喜ばれてはいかがですか!?」
「いや、困る。いきなりそんなことを言われても」
こんな風に穏やかな暮らしができるなんて、考えてもみなかった。
母親が殺された時にすべてを捨て、さらに村も消滅させられ。私が歩いていく先に希望の光などありはしないのだと、そう思い込んでいた。仕方のないことなのだと自分に言い聞かせ、ありとあらゆるものに対して、なるべく期待しないように努めて。それでも、完全に消しきることはできず、時には悲しみが蘇ることもあった。ただ、己の死を恐れることはなかったけれど。
でも今、私は期待している。
歌という好きなものを堪能しつつ、誰かに必要とされているのだから、その行く手には光もあるかもしれない……そんな風に。
ここ——キエル帝国は、私の生まれ育った国ではない。けれども、私を必要としてくれる人々がいるのなら、私は、その人々のために歌いたい。それは、私の願いだ。
傷を癒やせるわけではない。
敵を倒せるわけでもない。
けれど私は、人々を励まし応援することなら、できないことはないはずだ。
その日は、ドレスの試着を済ませた後、早めに就寝することにした。
夜更かしして明日以降の日程をこなせなくなっては困るからだ。この旅はまだまだ続く。休みは当分ない。だから、極力睡眠時間を確保できるよう心掛けなくてはならないのだ。
とはいえ、初めて来た慣れない場所で迎える夜だから、寝られる保証はなかった。
けれど、幸運なことに、私は比較的スムーズに眠りに落ちることができた。
翌朝、私が目覚めた時、フーシェは既に起きていた。
「……随分お寝坊ね」
私が起床して手で目もとを擦っていると、フーシェがそんなことを言ってきた。
怒っているわけではないようなのだが、機嫌が良いということはなさそうで。でも、もしかしたら、単に無表情なだけかもしれないし。彼女の心はまったくもって掴めない。
「おはよう。フーシェさん、早いのね」
「……いつもの時間」
「そう。じゃあ、いつも早起きなのね」
すると、フーシェは呆れたように小さな溜め息を漏らす。
「……普通の起床時間よ」
よく考えてみたら、私はまともに働いた経験がない。贅沢暮らしをしていたわけでもないから、母親の収入で生活費は賄えていたし。
だから、フーシェたちとは感覚が違う部分があったとしても、不思議ではない。
暮らしの差というのは、一見小さなことのようで、案外大きな違いを生み出すものだ。
「……早く身支度を整えて」
「え?」
「……朝食が済んだら、歌ってもらうから」
「え! も、もうなの?」
「……そういうこと」
今日もまたどこかで歌を披露することになるのだろうとは予想していたが、起きるなり言われるとは思っておらず、驚いた。
朝食が済んだら、なんて言われても、朝一番から上手く歌えるものだろうか。
起きてからある程度時間が経っている方が、声の出も良いと思うのだが。
出してもらった軽い朝食を食べ終えた後、私たちは、フィルデラの中央部に位置する会館へと移動することとなった。徒歩で、である。というのも、リベルテの実家から会館までは、徒歩でも十分かかるかかからないかといった程度の距離しかないのだ。もっと離れていたなら、自動運転車を使ったかもしれない。
「ここが目的地の会館なの? リベルテ」
「はい! 通称フィルデラ会館でございます!」
いや、ネーミングがあまりにそのまま過ぎやしないか?
「本日のコンサートは小ホールでの開催でございますが、一旦楽屋へ入りましょう。そこでドレスに着替えて下さいませ」
昨夜リベルテが見つけて持ってきてくれたドレスは、紙袋に入れて持ってきている。
新しい衣装だ。
「そうね! 分かったわ」
今日はどのような人が見に来てくれるのだろう。それを考えると、緊張はするが、得体の知れない高揚感もある。ドキドキよりワクワクの方が大きい、といったところだろうか。
「楽屋へ案内致しますね! ……と言いましても、正しくは楽屋ではなく小ホールの横の部屋なのでございますが」
私はリベルテに案内してもらいながら、小ホールの横にあるという部屋へ向かった。
ちなみに、フーシェとウィクトルは警備役だそうだ。
まずは、背から腰へと続く背面のチャックを開ける。それから、脚を一本ずつ中へ突っ込み、両足の裏が床にきちんとついたことを確認してから、ゆっくりとドレスを持ち上げる。上半身部分を腰が通過する際だけは少し詰まりかけたが、他は特に問題はなく、上まで持ち上げることができた。それから私は、ドレスの一番上の部分を胸の上の位置にきちんと合わせ、ちょうどいいところで手で押さえる。取り敢えず固定しておくのである。
「ごめんなさい。リベルテ、後ろのチャックを閉めてもらえる?」
「はっ、はいっ!」
器用でない私は、手を背中側へ回しながらチャックを閉めるなんてことはできない。
だからリベルテに頼んだのだ。
すると彼は、ハキハキした返事をして、すぐにチャックを上げてくれる。途中で引っ掛かることなく、一度で上げきれたのは、さすがとしか言い様がない。
「ありがとう。これで完成かしら」
首と胸の間には生地がないので、妙にひんやりしてしまっているような気がする。肌の面積的にはそれほど広くはないのだが、なぜか、かなり寒く感じる。
「はい! その通りでございます!」
こうしてドレスの着用が完了した私は、くるりと振り返る。
リベルテは両手を合わせて瞳を輝かせた。
「お、お似合いでございます……!」
予想以上に感動された。
しかも、リベルテに。
「主! ウタ様、よく似合っておられますよね!?」
こちらを凝視しながら瞳を輝かせていたリベルテは、軽やかに半周くらい回転し、ウィクトルの方へと面を向ける。
「……そうだな」
「せっかくこうもお美しいのです! もう少し素直に喜ばれてはいかがですか!?」
「いや、困る。いきなりそんなことを言われても」
こんな風に穏やかな暮らしができるなんて、考えてもみなかった。
母親が殺された時にすべてを捨て、さらに村も消滅させられ。私が歩いていく先に希望の光などありはしないのだと、そう思い込んでいた。仕方のないことなのだと自分に言い聞かせ、ありとあらゆるものに対して、なるべく期待しないように努めて。それでも、完全に消しきることはできず、時には悲しみが蘇ることもあった。ただ、己の死を恐れることはなかったけれど。
でも今、私は期待している。
歌という好きなものを堪能しつつ、誰かに必要とされているのだから、その行く手には光もあるかもしれない……そんな風に。
ここ——キエル帝国は、私の生まれ育った国ではない。けれども、私を必要としてくれる人々がいるのなら、私は、その人々のために歌いたい。それは、私の願いだ。
傷を癒やせるわけではない。
敵を倒せるわけでもない。
けれど私は、人々を励まし応援することなら、できないことはないはずだ。
その日は、ドレスの試着を済ませた後、早めに就寝することにした。
夜更かしして明日以降の日程をこなせなくなっては困るからだ。この旅はまだまだ続く。休みは当分ない。だから、極力睡眠時間を確保できるよう心掛けなくてはならないのだ。
とはいえ、初めて来た慣れない場所で迎える夜だから、寝られる保証はなかった。
けれど、幸運なことに、私は比較的スムーズに眠りに落ちることができた。
翌朝、私が目覚めた時、フーシェは既に起きていた。
「……随分お寝坊ね」
私が起床して手で目もとを擦っていると、フーシェがそんなことを言ってきた。
怒っているわけではないようなのだが、機嫌が良いということはなさそうで。でも、もしかしたら、単に無表情なだけかもしれないし。彼女の心はまったくもって掴めない。
「おはよう。フーシェさん、早いのね」
「……いつもの時間」
「そう。じゃあ、いつも早起きなのね」
すると、フーシェは呆れたように小さな溜め息を漏らす。
「……普通の起床時間よ」
よく考えてみたら、私はまともに働いた経験がない。贅沢暮らしをしていたわけでもないから、母親の収入で生活費は賄えていたし。
だから、フーシェたちとは感覚が違う部分があったとしても、不思議ではない。
暮らしの差というのは、一見小さなことのようで、案外大きな違いを生み出すものだ。
「……早く身支度を整えて」
「え?」
「……朝食が済んだら、歌ってもらうから」
「え! も、もうなの?」
「……そういうこと」
今日もまたどこかで歌を披露することになるのだろうとは予想していたが、起きるなり言われるとは思っておらず、驚いた。
朝食が済んだら、なんて言われても、朝一番から上手く歌えるものだろうか。
起きてからある程度時間が経っている方が、声の出も良いと思うのだが。
出してもらった軽い朝食を食べ終えた後、私たちは、フィルデラの中央部に位置する会館へと移動することとなった。徒歩で、である。というのも、リベルテの実家から会館までは、徒歩でも十分かかるかかからないかといった程度の距離しかないのだ。もっと離れていたなら、自動運転車を使ったかもしれない。
「ここが目的地の会館なの? リベルテ」
「はい! 通称フィルデラ会館でございます!」
いや、ネーミングがあまりにそのまま過ぎやしないか?
「本日のコンサートは小ホールでの開催でございますが、一旦楽屋へ入りましょう。そこでドレスに着替えて下さいませ」
昨夜リベルテが見つけて持ってきてくれたドレスは、紙袋に入れて持ってきている。
新しい衣装だ。
「そうね! 分かったわ」
今日はどのような人が見に来てくれるのだろう。それを考えると、緊張はするが、得体の知れない高揚感もある。ドキドキよりワクワクの方が大きい、といったところだろうか。
「楽屋へ案内致しますね! ……と言いましても、正しくは楽屋ではなく小ホールの横の部屋なのでございますが」
私はリベルテに案内してもらいながら、小ホールの横にあるという部屋へ向かった。
ちなみに、フーシェとウィクトルは警備役だそうだ。
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