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33話「リベルテの付き添い」
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「ごめんなさいね、リベルテ。付き合ってもらってしまって」
楽屋という名の狭い一室に入ると、私は、既に用意されていた椅子に腰掛ける。脚が一本しかない簡易的な椅子は、古いのか、重心をずらすたびに刺々しく軋んでいた。
「いえ! 何でもお申し付け下さい!」
そのうち着替えなくてはならないのだろうが、まだそんな気分にはなりきれない。妙に早い朝だからだろうか。どうも、脳内が晴れない。霧が立ち込める山道を歩いていっているかのような、奇妙な感覚だ。
「もう着替えられますか?」
「えっと……どうしようかしら」
リベルテの問いに、私はすぐには答えられない。
「もう少し後でも問題ございませんよ」
「ありがとう、リベルテ」
リベルテが傍にいてくれるというのは、なぜか、とても安心感がある。彼といると、風呂に浸かって寛いでいる時のように、心の底から温かくなっていくような感覚があって。少し戸惑いはするが、嫌ではない。
「着替えるの、もう少ししてからにするわ」
「はい! 承知致しました!」
行けるところまでの全力の背伸びをする。
その場で軽く飛び跳ねる。
片足ずつ筋をほぐして整える。
……まったく、これではまるでスポーツ選手ではないか。
私は、他者より少し歌が好きな、ただの女子。運動はてんで駄目。それなのに、その運動を生業とするスポーツ選手がしそうな動きを自分がしていることが、不思議で仕方ない。
数分後、開始時間まで二十分をきったため、そろそろ着替えることにした。
とはいえ、一人でドレスに着替えるのは難しい。だから、前もってリベルテに伝えておく。
「着替え手伝ってもらっても良いかしら」
するとリベルテは、天真爛漫な少女のような笑みを浮かべ、胸の前で両手を合わせる。
「あ、はい! もちろんでございます!」
リベルテは快く頷いてくれた。
さらに、彼は自ら、ドレスの用意を始める。紙袋からドレスを出してきた。
「チャック、頼むわね」
「承知致しました! お手伝いできることがあれば仰って下さいませ」
フーシェという少女もいるにもかかわらず、なぜ楽屋の担当が男子のリベルテなのか。そこは、疑問を抱かずにはいられない、不思議なところではあった。しかし、結果的には、リベルテがここの担当になってくれて良かったかもしれない。もし今のリベルテの立ち位置がフーシェだったなら、こんな風にさらりと手伝いを頼むことはできなかったかもしれないから。
そして、開始時間がやって来た。
私は既に小ホールの舞台袖にいるが、幕の隙間からは、客席にそこそこ人が入っている様子が見える。どうやら今回も男性が多いようだ。
「ウィクトルとフーシェさんは?」
「二人は入り口の見張りでございます」
緊張感のある静かな空気が漂う舞台袖には、リベルテが同行してくれている。一人でその時を待つよりかは心強いが、それでも、ここ数回より規模が大きいので体が強張りそうになる。このような規模の場所で歌を披露するのは、『歌姫祭』以来かもしれない。
「ウタ様、緊張なさっているようでございますね」
「そんなに……分かりやすかったかしら?」
「やはり緊張なさっていたのですね」
「そうね。ホールで歌うとなると、さすがに、緊張しないわけにはいかないわ」
いざ歌うとなれば話は別。旋律を奏で始めれば、この強張りは消える。そして、鮮やかな色だけが残るのだ。一番緊張するのは歌い出すまでの時間なのである。
「ウタ様なら大丈夫でございます」
「……ありがとう、リベルテ」
唯一同行してくれているリベルテと言葉を交わしているうちに、その時は来た。
私は舞台に向かって歩き出す。
つい急いでしまいそうな足を自分で落ち着かせ、転ばないよう気をつけつつ、歩いていく。
降り注ぐ光の中、瞼を開く。
小ホールと言うわりには、結構な席数がある。少なくとも百席以上はありそうだ。
さすがにすべての席が埋まっているわけではなかった。しかし、半分くらいの席には、誰かが座っている。坊主頭だったり、妙に座高が高かったり、がっしりした体つきをしていたり、様々な人が座っている。ただ、その大半が男性だ。
「ウタさんは地球からやって来た歌姫とのことですが……」
進行役の女性が話しかけてくる。翻訳機があるから、幸い、彼女が発している言葉は理解できた。が、私は地球の言語で話して良いのだろうか。そこだけは疑問だ。
でも、黙っていても始まらない。
取り敢えず何か言わなくては。
「歌姫ではありません。私は、歌が好きなだけです」
「そうなのですか! 謙虚で素晴らしいですね」
進行役の女性は、私の発言を軽く流すと、言葉を続ける。
「……で、話は戻りますが。こちらでの暮らしについてはどうお考えですか?」
「親切にしていただいています」
実際、私はいつも大切にしてもらっている。
既に壊滅した星の出で、しかも平民であるにもかかわらず、ここまで良い待遇をしてもらえるというのは、もはや幸運以外の何物でもない。
「驚かれたことはありますか?」
「えっと……皆がとても親切なところです」
もちろん色々なことはあった。他の地球人と共にウィクトルの命を狙ったと誤解された時などは、どうなることかと思った。けれども、そんな嫌な思い出より、良い思い出の方がずっと多い。ウィクトルたちと過ごせる時間、それが、いつも私に良い思い出を与えてくれる。
「感謝しています」
偶々運が良かっただけ。
いくつもの奇跡が重なった結果、こうして穏やかに暮らせることになったのだ。
「ありがとうございます! 早速、歌唱の方をお願いしようと思います」
司会の女性は、高めの声で軽やかにそう言った。
彼女も結構質の良い声をしている。
遅過ぎず早過ぎないテンポは聞き取りやすく、明るい声色は華やかさがあって、ハキハキしていながらもお淑やかさを完全に失ってはおらず、喋り方が上手い。
「それでは、一曲お楽しみ下さい!」
……そう、せっかく集まってもらったのに一曲なのだ。
わざわざ皆が集まってきてくれているのだから、本当はもっと何曲か披露したいのだが、それはまだ難しい。
楽屋という名の狭い一室に入ると、私は、既に用意されていた椅子に腰掛ける。脚が一本しかない簡易的な椅子は、古いのか、重心をずらすたびに刺々しく軋んでいた。
「いえ! 何でもお申し付け下さい!」
そのうち着替えなくてはならないのだろうが、まだそんな気分にはなりきれない。妙に早い朝だからだろうか。どうも、脳内が晴れない。霧が立ち込める山道を歩いていっているかのような、奇妙な感覚だ。
「もう着替えられますか?」
「えっと……どうしようかしら」
リベルテの問いに、私はすぐには答えられない。
「もう少し後でも問題ございませんよ」
「ありがとう、リベルテ」
リベルテが傍にいてくれるというのは、なぜか、とても安心感がある。彼といると、風呂に浸かって寛いでいる時のように、心の底から温かくなっていくような感覚があって。少し戸惑いはするが、嫌ではない。
「着替えるの、もう少ししてからにするわ」
「はい! 承知致しました!」
行けるところまでの全力の背伸びをする。
その場で軽く飛び跳ねる。
片足ずつ筋をほぐして整える。
……まったく、これではまるでスポーツ選手ではないか。
私は、他者より少し歌が好きな、ただの女子。運動はてんで駄目。それなのに、その運動を生業とするスポーツ選手がしそうな動きを自分がしていることが、不思議で仕方ない。
数分後、開始時間まで二十分をきったため、そろそろ着替えることにした。
とはいえ、一人でドレスに着替えるのは難しい。だから、前もってリベルテに伝えておく。
「着替え手伝ってもらっても良いかしら」
するとリベルテは、天真爛漫な少女のような笑みを浮かべ、胸の前で両手を合わせる。
「あ、はい! もちろんでございます!」
リベルテは快く頷いてくれた。
さらに、彼は自ら、ドレスの用意を始める。紙袋からドレスを出してきた。
「チャック、頼むわね」
「承知致しました! お手伝いできることがあれば仰って下さいませ」
フーシェという少女もいるにもかかわらず、なぜ楽屋の担当が男子のリベルテなのか。そこは、疑問を抱かずにはいられない、不思議なところではあった。しかし、結果的には、リベルテがここの担当になってくれて良かったかもしれない。もし今のリベルテの立ち位置がフーシェだったなら、こんな風にさらりと手伝いを頼むことはできなかったかもしれないから。
そして、開始時間がやって来た。
私は既に小ホールの舞台袖にいるが、幕の隙間からは、客席にそこそこ人が入っている様子が見える。どうやら今回も男性が多いようだ。
「ウィクトルとフーシェさんは?」
「二人は入り口の見張りでございます」
緊張感のある静かな空気が漂う舞台袖には、リベルテが同行してくれている。一人でその時を待つよりかは心強いが、それでも、ここ数回より規模が大きいので体が強張りそうになる。このような規模の場所で歌を披露するのは、『歌姫祭』以来かもしれない。
「ウタ様、緊張なさっているようでございますね」
「そんなに……分かりやすかったかしら?」
「やはり緊張なさっていたのですね」
「そうね。ホールで歌うとなると、さすがに、緊張しないわけにはいかないわ」
いざ歌うとなれば話は別。旋律を奏で始めれば、この強張りは消える。そして、鮮やかな色だけが残るのだ。一番緊張するのは歌い出すまでの時間なのである。
「ウタ様なら大丈夫でございます」
「……ありがとう、リベルテ」
唯一同行してくれているリベルテと言葉を交わしているうちに、その時は来た。
私は舞台に向かって歩き出す。
つい急いでしまいそうな足を自分で落ち着かせ、転ばないよう気をつけつつ、歩いていく。
降り注ぐ光の中、瞼を開く。
小ホールと言うわりには、結構な席数がある。少なくとも百席以上はありそうだ。
さすがにすべての席が埋まっているわけではなかった。しかし、半分くらいの席には、誰かが座っている。坊主頭だったり、妙に座高が高かったり、がっしりした体つきをしていたり、様々な人が座っている。ただ、その大半が男性だ。
「ウタさんは地球からやって来た歌姫とのことですが……」
進行役の女性が話しかけてくる。翻訳機があるから、幸い、彼女が発している言葉は理解できた。が、私は地球の言語で話して良いのだろうか。そこだけは疑問だ。
でも、黙っていても始まらない。
取り敢えず何か言わなくては。
「歌姫ではありません。私は、歌が好きなだけです」
「そうなのですか! 謙虚で素晴らしいですね」
進行役の女性は、私の発言を軽く流すと、言葉を続ける。
「……で、話は戻りますが。こちらでの暮らしについてはどうお考えですか?」
「親切にしていただいています」
実際、私はいつも大切にしてもらっている。
既に壊滅した星の出で、しかも平民であるにもかかわらず、ここまで良い待遇をしてもらえるというのは、もはや幸運以外の何物でもない。
「驚かれたことはありますか?」
「えっと……皆がとても親切なところです」
もちろん色々なことはあった。他の地球人と共にウィクトルの命を狙ったと誤解された時などは、どうなることかと思った。けれども、そんな嫌な思い出より、良い思い出の方がずっと多い。ウィクトルたちと過ごせる時間、それが、いつも私に良い思い出を与えてくれる。
「感謝しています」
偶々運が良かっただけ。
いくつもの奇跡が重なった結果、こうして穏やかに暮らせることになったのだ。
「ありがとうございます! 早速、歌唱の方をお願いしようと思います」
司会の女性は、高めの声で軽やかにそう言った。
彼女も結構質の良い声をしている。
遅過ぎず早過ぎないテンポは聞き取りやすく、明るい声色は華やかさがあって、ハキハキしていながらもお淑やかさを完全に失ってはおらず、喋り方が上手い。
「それでは、一曲お楽しみ下さい!」
……そう、せっかく集まってもらったのに一曲なのだ。
わざわざ皆が集まってきてくれているのだから、本当はもっと何曲か披露したいのだが、それはまだ難しい。
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