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42話「ウィクトルの帰り」
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やがて、ウィクトルが帰還する日がやって来た。
……と言っても、前もって知っていたわけではない。
「ウタ様! 本日の午後、主が戻るそうでございます!」
朝一番にリベルテがそんなことを言ってきたのである。
ウィクトルが戻る日は確定ではなかった。任務が終われば、であって、いつからいつまでという期間が決まっているわけではないから。だから、私もリベルテも、ウィクトルたちがいつここへ戻ってくるかまったくもって分からない状態だった。
「そうなの?」
「はい! 今朝早い時間に連絡がございました!」
リベルテの面には歓喜の色が濃く浮かんでいる。
ウィクトルが帰ってくる可能性が高まったことが、よほど嬉しかったのだろう。
「楽しみでございますね!」
「え、えぇ。そうね」
「……ウタ様? もしかして、楽しみではないのでございますか?」
私の中途半端な反応を目にしたリベルテは、すかさず確認してくる。楽しみにしきれない私の心に、彼は気づいたみたいだ。
「何か理由があるのでございますか? それとも、体調が優れないとか……?」
「違うの。ただ、シャルティエラさんが言っていたことが、少し気になっていて」
シャルティエラ、彼女は、ウィクトルに恨みを持っているようだった。そして、いつか敵としてウィクトルの前に立ちはだかるような、そんな物言いをしていた。私を誘ったくらいだから、その気持ちは大きいのだろう。
私は、彼女の生い立ちに関してはほとんど知らない。
でも、彼女がウィクトルを良く思っていないということは、話したから分かる。
「そうなのですか?」
「彼女はウィクトルのことを良く思っていないみたいだったわ……」
「それは……まぁ、その通りかもしれませんね」
「リベルテ、何か知っているの?」
彼はこの国のことに関しては何かと詳しそうだ。そう思ったから、私は尋ねた。するとリベルテは、慌てた様子で「い、いえ! 彼女とは親しくありませんので、そこまで詳しくはございません!」と言った。だが、少し間を空けて続ける。
「ただ、彼女の家は皇帝に仕える軍人の家柄だそうで……何でも、フリントとの戦いで父親を亡くしたとか……」
それを聞いた私は「詳しいじゃない」とでも言いたい気分だったが、そんな突っ込みをここで敢えて発する必要もないと考え、言葉を飲み込んだ。
「だからフリント出身のウィクトルを恨んでいるということ? 滅茶苦茶じゃない、そんなの。ウィクトルが彼女の父親を殺めたわけじゃないのでしょう?」
「はい……しかし、彼女にとっては、フリントの人間は誰でも憎き仇なのでございます」
「憎しみを向ける相手をもう少し考えてほしいものね」
午後、リベルテが聞いていた時間の頃に、宿舎前へ出ておくことになった。帰ってくるウィクトルを迎えるために、である。それは私が望んだことではない。リベルテが発案したことだ。だが、私も反対ではなかった。だから私は、リベルテと共に、宿舎前で待っているのである。
「申し訳ございません、ウタ様。外で待たせてしまうことになってしまいまして」
「いいの。気にしないで」
リベルテが早くウィクトルに会いたいと思っていることは分かっている。
私はそれに付き添うだけ。
緑がかった空に雲はなく、地上には穏やかな光が降り注いでいる。これも太陽の光なのだろうか。地球にいた頃に浴びていたものと似たような光だが、太陽の光なのかははっきりしない。でも、そんなことは小さなこと。こんなにも心地よいのだから、体には悪くないだろう。
待つこと十分。
黒い車体の自動運転車が宿舎に向かって進んでくるのが見えた。
「あ。来たようでございますね」
しゃがみ込んでいたリベルテは、音によって車の接近に気づいたようで、顔を上げる。そして、黒い自動運転車を視認すると、立ち上がった。男性にしては長めの髪が風に揺れる。
車は宿舎前にて停車。
その数秒後に扉が開き、一番に降りてきたのはフーシェだった。
「……何をしているの」
先に降りたフーシェは、宿舎前で佇んでいる私とリベルテを目にするや否や、低い声で呟いた。
怪しい商売人を見るかのような怪訝な顔をしている。
「フーシェ。主はご無事で?」
「えぇ」
リベルテとフーシェが短くやり取りしている間に、開いた扉の奥からウィクトルの姿が見えてきた。
——その時。
耳に入ったのは乾いた破裂音。取り乱すほど大きくはない。しかしふと気になりはする程度の大きさではある。私は一人「何だろう?」と思う。
「っ……!」
靴の裏が地面に着く直前、ウィクトルは引きつった顔で小さく息を漏らした。
彼は肩を大きく捻る。妙な動き。そして、そのまま後ろ向けに少し飛ばされ、尻餅をつく。腰を地面で打ったようだ。
「ウィクトル!?」
車から降りようとしていただけのウィクトルのおかしな挙動に、私は思わず声を発してしまった。その声に反応し、リベルテとフーシェの視線がウィクトル側へ向く。その時、二人は何かを察したような顔をした。
「……ボナ様!」
先に声を出したのはフーシェ。
対するウィクトルはというと、左の二の腕辺りを右手で強く掴んで、顔をしかめている。
「……撃たれたの」
「完全に命中はしていない」
ウィクトルはフーシェに言葉を返す。その声は落ち着いていた。だが、顔面には、珍しく苦痛の色が滲んでいる。
「リベルテ、ウタくんを宿舎の中へ」
「主、腕の手当ては……!?」
ウィクトルの左腕から赤いものが流れ落ちるのを目にし、私はその時ようやく気づいた。軽傷ではないのだと。
「早く連れていけ!」
「は、はい! ……参りましょう、ウタ様」
私はリベルテに手を取られる。ウィクトルのことが心配だが、彼の傍にいることはできそうにない。
「……どこから」
「恐らく塔だろう」
「……分かった、捕らえる」
走りながら、ウィクトルとフーシェが話すのを聞いた。
ウィクトルが言っていた塔とは、恐らく、以前私が閉じ込められたあそこだろう。確かに、あの塔の頂からなら周辺を一望することができる。宿舎前で話している私たちを狙うことだって可能だろう。
……と言っても、前もって知っていたわけではない。
「ウタ様! 本日の午後、主が戻るそうでございます!」
朝一番にリベルテがそんなことを言ってきたのである。
ウィクトルが戻る日は確定ではなかった。任務が終われば、であって、いつからいつまでという期間が決まっているわけではないから。だから、私もリベルテも、ウィクトルたちがいつここへ戻ってくるかまったくもって分からない状態だった。
「そうなの?」
「はい! 今朝早い時間に連絡がございました!」
リベルテの面には歓喜の色が濃く浮かんでいる。
ウィクトルが帰ってくる可能性が高まったことが、よほど嬉しかったのだろう。
「楽しみでございますね!」
「え、えぇ。そうね」
「……ウタ様? もしかして、楽しみではないのでございますか?」
私の中途半端な反応を目にしたリベルテは、すかさず確認してくる。楽しみにしきれない私の心に、彼は気づいたみたいだ。
「何か理由があるのでございますか? それとも、体調が優れないとか……?」
「違うの。ただ、シャルティエラさんが言っていたことが、少し気になっていて」
シャルティエラ、彼女は、ウィクトルに恨みを持っているようだった。そして、いつか敵としてウィクトルの前に立ちはだかるような、そんな物言いをしていた。私を誘ったくらいだから、その気持ちは大きいのだろう。
私は、彼女の生い立ちに関してはほとんど知らない。
でも、彼女がウィクトルを良く思っていないということは、話したから分かる。
「そうなのですか?」
「彼女はウィクトルのことを良く思っていないみたいだったわ……」
「それは……まぁ、その通りかもしれませんね」
「リベルテ、何か知っているの?」
彼はこの国のことに関しては何かと詳しそうだ。そう思ったから、私は尋ねた。するとリベルテは、慌てた様子で「い、いえ! 彼女とは親しくありませんので、そこまで詳しくはございません!」と言った。だが、少し間を空けて続ける。
「ただ、彼女の家は皇帝に仕える軍人の家柄だそうで……何でも、フリントとの戦いで父親を亡くしたとか……」
それを聞いた私は「詳しいじゃない」とでも言いたい気分だったが、そんな突っ込みをここで敢えて発する必要もないと考え、言葉を飲み込んだ。
「だからフリント出身のウィクトルを恨んでいるということ? 滅茶苦茶じゃない、そんなの。ウィクトルが彼女の父親を殺めたわけじゃないのでしょう?」
「はい……しかし、彼女にとっては、フリントの人間は誰でも憎き仇なのでございます」
「憎しみを向ける相手をもう少し考えてほしいものね」
午後、リベルテが聞いていた時間の頃に、宿舎前へ出ておくことになった。帰ってくるウィクトルを迎えるために、である。それは私が望んだことではない。リベルテが発案したことだ。だが、私も反対ではなかった。だから私は、リベルテと共に、宿舎前で待っているのである。
「申し訳ございません、ウタ様。外で待たせてしまうことになってしまいまして」
「いいの。気にしないで」
リベルテが早くウィクトルに会いたいと思っていることは分かっている。
私はそれに付き添うだけ。
緑がかった空に雲はなく、地上には穏やかな光が降り注いでいる。これも太陽の光なのだろうか。地球にいた頃に浴びていたものと似たような光だが、太陽の光なのかははっきりしない。でも、そんなことは小さなこと。こんなにも心地よいのだから、体には悪くないだろう。
待つこと十分。
黒い車体の自動運転車が宿舎に向かって進んでくるのが見えた。
「あ。来たようでございますね」
しゃがみ込んでいたリベルテは、音によって車の接近に気づいたようで、顔を上げる。そして、黒い自動運転車を視認すると、立ち上がった。男性にしては長めの髪が風に揺れる。
車は宿舎前にて停車。
その数秒後に扉が開き、一番に降りてきたのはフーシェだった。
「……何をしているの」
先に降りたフーシェは、宿舎前で佇んでいる私とリベルテを目にするや否や、低い声で呟いた。
怪しい商売人を見るかのような怪訝な顔をしている。
「フーシェ。主はご無事で?」
「えぇ」
リベルテとフーシェが短くやり取りしている間に、開いた扉の奥からウィクトルの姿が見えてきた。
——その時。
耳に入ったのは乾いた破裂音。取り乱すほど大きくはない。しかしふと気になりはする程度の大きさではある。私は一人「何だろう?」と思う。
「っ……!」
靴の裏が地面に着く直前、ウィクトルは引きつった顔で小さく息を漏らした。
彼は肩を大きく捻る。妙な動き。そして、そのまま後ろ向けに少し飛ばされ、尻餅をつく。腰を地面で打ったようだ。
「ウィクトル!?」
車から降りようとしていただけのウィクトルのおかしな挙動に、私は思わず声を発してしまった。その声に反応し、リベルテとフーシェの視線がウィクトル側へ向く。その時、二人は何かを察したような顔をした。
「……ボナ様!」
先に声を出したのはフーシェ。
対するウィクトルはというと、左の二の腕辺りを右手で強く掴んで、顔をしかめている。
「……撃たれたの」
「完全に命中はしていない」
ウィクトルはフーシェに言葉を返す。その声は落ち着いていた。だが、顔面には、珍しく苦痛の色が滲んでいる。
「リベルテ、ウタくんを宿舎の中へ」
「主、腕の手当ては……!?」
ウィクトルの左腕から赤いものが流れ落ちるのを目にし、私はその時ようやく気づいた。軽傷ではないのだと。
「早く連れていけ!」
「は、はい! ……参りましょう、ウタ様」
私はリベルテに手を取られる。ウィクトルのことが心配だが、彼の傍にいることはできそうにない。
「……どこから」
「恐らく塔だろう」
「……分かった、捕らえる」
走りながら、ウィクトルとフーシェが話すのを聞いた。
ウィクトルが言っていた塔とは、恐らく、以前私が閉じ込められたあそこだろう。確かに、あの塔の頂からなら周辺を一望することができる。宿舎前で話している私たちを狙うことだって可能だろう。
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