奇跡の歌姫

四季

文字の大きさ
43 / 209

42話「ウィクトルの帰り」

しおりを挟む
 やがて、ウィクトルが帰還する日がやって来た。

 ……と言っても、前もって知っていたわけではない。

「ウタ様! 本日の午後、主が戻るそうでございます!」

 朝一番にリベルテがそんなことを言ってきたのである。

 ウィクトルが戻る日は確定ではなかった。任務が終われば、であって、いつからいつまでという期間が決まっているわけではないから。だから、私もリベルテも、ウィクトルたちがいつここへ戻ってくるかまったくもって分からない状態だった。

「そうなの?」
「はい! 今朝早い時間に連絡がございました!」

 リベルテの面には歓喜の色が濃く浮かんでいる。
 ウィクトルが帰ってくる可能性が高まったことが、よほど嬉しかったのだろう。

「楽しみでございますね!」
「え、えぇ。そうね」
「……ウタ様? もしかして、楽しみではないのでございますか?」

 私の中途半端な反応を目にしたリベルテは、すかさず確認してくる。楽しみにしきれない私の心に、彼は気づいたみたいだ。

「何か理由があるのでございますか? それとも、体調が優れないとか……?」
「違うの。ただ、シャルティエラさんが言っていたことが、少し気になっていて」

 シャルティエラ、彼女は、ウィクトルに恨みを持っているようだった。そして、いつか敵としてウィクトルの前に立ちはだかるような、そんな物言いをしていた。私を誘ったくらいだから、その気持ちは大きいのだろう。

 私は、彼女の生い立ちに関してはほとんど知らない。
 でも、彼女がウィクトルを良く思っていないということは、話したから分かる。

「そうなのですか?」
「彼女はウィクトルのことを良く思っていないみたいだったわ……」
「それは……まぁ、その通りかもしれませんね」
「リベルテ、何か知っているの?」

 彼はこの国のことに関しては何かと詳しそうだ。そう思ったから、私は尋ねた。するとリベルテは、慌てた様子で「い、いえ! 彼女とは親しくありませんので、そこまで詳しくはございません!」と言った。だが、少し間を空けて続ける。

「ただ、彼女の家は皇帝に仕える軍人の家柄だそうで……何でも、フリントとの戦いで父親を亡くしたとか……」

 それを聞いた私は「詳しいじゃない」とでも言いたい気分だったが、そんな突っ込みをここで敢えて発する必要もないと考え、言葉を飲み込んだ。

「だからフリント出身のウィクトルを恨んでいるということ? 滅茶苦茶じゃない、そんなの。ウィクトルが彼女の父親を殺めたわけじゃないのでしょう?」
「はい……しかし、彼女にとっては、フリントの人間は誰でも憎き仇なのでございます」
「憎しみを向ける相手をもう少し考えてほしいものね」


 午後、リベルテが聞いていた時間の頃に、宿舎前へ出ておくことになった。帰ってくるウィクトルを迎えるために、である。それは私が望んだことではない。リベルテが発案したことだ。だが、私も反対ではなかった。だから私は、リベルテと共に、宿舎前で待っているのである。

「申し訳ございません、ウタ様。外で待たせてしまうことになってしまいまして」
「いいの。気にしないで」

 リベルテが早くウィクトルに会いたいと思っていることは分かっている。
 私はそれに付き添うだけ。

 緑がかった空に雲はなく、地上には穏やかな光が降り注いでいる。これも太陽の光なのだろうか。地球にいた頃に浴びていたものと似たような光だが、太陽の光なのかははっきりしない。でも、そんなことは小さなこと。こんなにも心地よいのだから、体には悪くないだろう。


 待つこと十分。
 黒い車体の自動運転車が宿舎に向かって進んでくるのが見えた。

「あ。来たようでございますね」

 しゃがみ込んでいたリベルテは、音によって車の接近に気づいたようで、顔を上げる。そして、黒い自動運転車を視認すると、立ち上がった。男性にしては長めの髪が風に揺れる。

 車は宿舎前にて停車。
 その数秒後に扉が開き、一番に降りてきたのはフーシェだった。

「……何をしているの」

 先に降りたフーシェは、宿舎前で佇んでいる私とリベルテを目にするや否や、低い声で呟いた。
 怪しい商売人を見るかのような怪訝な顔をしている。

「フーシェ。主はご無事で?」
「えぇ」

 リベルテとフーシェが短くやり取りしている間に、開いた扉の奥からウィクトルの姿が見えてきた。

 ——その時。

 耳に入ったのは乾いた破裂音。取り乱すほど大きくはない。しかしふと気になりはする程度の大きさではある。私は一人「何だろう?」と思う。

「っ……!」

 靴の裏が地面に着く直前、ウィクトルは引きつった顔で小さく息を漏らした。
 彼は肩を大きく捻る。妙な動き。そして、そのまま後ろ向けに少し飛ばされ、尻餅をつく。腰を地面で打ったようだ。

「ウィクトル!?」

 車から降りようとしていただけのウィクトルのおかしな挙動に、私は思わず声を発してしまった。その声に反応し、リベルテとフーシェの視線がウィクトル側へ向く。その時、二人は何かを察したような顔をした。

「……ボナ様!」

 先に声を出したのはフーシェ。
 対するウィクトルはというと、左の二の腕辺りを右手で強く掴んで、顔をしかめている。

「……撃たれたの」
「完全に命中はしていない」

 ウィクトルはフーシェに言葉を返す。その声は落ち着いていた。だが、顔面には、珍しく苦痛の色が滲んでいる。

「リベルテ、ウタくんを宿舎の中へ」
「主、腕の手当ては……!?」

 ウィクトルの左腕から赤いものが流れ落ちるのを目にし、私はその時ようやく気づいた。軽傷ではないのだと。

「早く連れていけ!」
「は、はい! ……参りましょう、ウタ様」

 私はリベルテに手を取られる。ウィクトルのことが心配だが、彼の傍にいることはできそうにない。

「……どこから」
「恐らく塔だろう」
「……分かった、捕らえる」

 走りながら、ウィクトルとフーシェが話すのを聞いた。

 ウィクトルが言っていた塔とは、恐らく、以前私が閉じ込められたあそこだろう。確かに、あの塔の頂からなら周辺を一望することができる。宿舎前で話している私たちを狙うことだって可能だろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...