奇跡の歌姫

四季

文字の大きさ
49 / 209

48話「ウタの休み日数への疑問」

しおりを挟む
 それから私たちは夕食を摂った。

 リベルテが買ってきてくれた物を四人で囲むのは、とても楽しい時間だった。
 かなり不味いチューブ食ではないものの、贅沢な食事ではない。しかし、それでも、幾人かで食事を共にするという行為は私の胸を弾ませるものだった。

「それにしても、平和でございますねー」

 空へ舞い上がる白い鳩のような軽やかな声を発したのはリベルテ。
 そんな彼を、フーシェは横目で見る。

「……いつ何があるか分からない。油断は……厳禁」

 フーシェは拳の半分ほどの大きさの唐揚げを口へ運びつつ言った。
 それに対し、リベルテは呆れたように笑う。

「相変わらずですね、フーシェ」

 私は半透明なカップに入った白く細い麺をフォークで口へ運ぶ。
 塩辛いスープが絡んだ麺は、味と食感の両方がハイレベル。良いものと良いものが合わさり、口腔内にて、見事な旋律を奏で出している。

「……間違ったことは言っていないはず」
「それはそうです。しかし、常に緊張状態でいては、疲れるばかりですよ」

 フーシェとリベルテがそんな風に会話している間、ウィクトルはフリント焼きを黙々と食べていた。すぐ近くにいるのに、部下二人の会話に参加することはない。

「……そちらが能天気なだけではないの」
「し、失礼ですね!?」
「……事実を言ったまでよ」
「フーシェ! なぜすぐにそのようなことを言うのです!?」

 リベルテの声が徐々に大きくなってくる。彼は、フーシェに刺激され、少しばかり落ち着きを失ってしまっている様子だ。さすがにまだ、心の底から怒りが湧き上がっている、というところまではいかないようだが。

「まったく! 聞いているのですか!?」
「リベルテ」

 それまで会話に加わっていなかったウィクトルが、平常心を失いかけているリベルテの名を呼ぶ。

「……へ?」

 ウィクトルに名を呼ばれたことで、リベルテは正気を取り戻したようだ。熱された石に水をかけても無意味、なんて言い方をすることもあるが、今回に限っては水をかける意味があった。

「落ち着け」
「は……はい。申し訳ございませんでした。リベルテ、ついムキになってしまい……」


 翌朝、私が目覚めた時には、ウィクトルたちは既に仕事着に着替えていた。仕事着と言っても、決まった制服があるわけではないから三人ともが同じ服を着ているわけではないけれど。ただ、宿舎で寛ぐ、といった感じの服装ではない。

「おはよう、ウィクトル。今日はどこかへ行くの?」
「皇帝のところへ」
「今日は休みじゃないのね。……何というか、休み少なくない?」

 彼らはあれだけ長期にわたって懸命に働いていたのだから、あと数日くらい休暇があっても良いと思うのだが。先日の、狙撃による負傷だって、まだ終わった話ではないのだし。

「そうだろうか。いつもこんなものだが」

 その時、ウィクトルの背後からリベルテがひょっこり顔を覗かせた。

「週休何日という決まりはございませんからね!」

 リベルテはこんな日でも機嫌が良い。
 彼が不機嫌な時なんてあるのだろうか、想像できない。

「その代わり、遊んでいる者は遊んでおりますよ。週休三日四日五日……正直、良い身分さえあれば、何でもありでございます」

 いや、週休五日はさすがに休み過ぎではないだろうか。
 そこまでなるともはや「ほとんど休んでいる」というレベル。週の半分も動いていないことになってしまう。かなり忙しい者がいる一方で、一部の人にはそれが許されるのなら、おかしな話だ。

「本当は、リベルテとしても、主にはもっとゆっくりしていただきたいのでございますが……こればかりはどうしようもないので仕方ありませんね」
「私は気にしない」
「さすがは主!」

 リベルテはウィクトルを見つめていた。
 光輝く、無垢な瞳で。

 そこへフーシェがやって来る。

「……ボナ様、そろそろ時間」

 時間、というのは、出発の時間のことだろう。恐らく。
 フーシェは、それを伝えに来たようだ。

「そうか。すぐ行く」

 ウィクトルは簡単に返事し、それから一度私の方を向く。

「では行ってくる」
「えぇ。いってらっしゃい」
「フーシェと仲良くな」

 その言葉を耳にした瞬間、私は思わず「えっ!?」と、何もないところで転倒するかのような情けない声を発してしまった。

「何を驚いている? 今回はフーシェを残していくと決めているのだ」
「え、えぇ……ありがとう……」

 今日は居残ってくれるのがフーシェだと知り、恐る恐る、彼女の方へと視線を向ける。すると、彼女が渋柿を食べたかのような顔つきになっているのが見えた。滑らかな肌と愛らしく整った目鼻立ちを台無しにするかのように、眉間に幾千のしわが刻まれている。

「よ、よろしく」
「……勘違いしないで。残るのは……命令だからよ」

 視線も、表情も、声も、すべてが、氷のように硬く冷たい。

「……本当はボナ様の傍にいたいのに」

 フーシェの硝子玉のような瞳はどこを見つめているのかはっきりしない。私の知らない世界のどこか遠いところを見つめているみたいだ。
 彼女が見ているのは、闇だろうか。それとも、明るみだろうか。
 ぼんやりしているフーシェを静かに見つめているうちに、ウィクトルとリベルテは部屋から出ていってしまった。

「その……何というか、ごめんなさい。フーシェさん。拘束してしまって」
「……べつに。謝らないで」

 訪れる静寂。私は言葉を失う。責められ、しかし謝れば謝るなと言われ、ただ困ることしかできない。右も左も塞がれた状態。なら一体どうしろと言うのか。

 ……いや、苛立っていても仕方ない。

 人間関係なんて大抵不満ばかりのものだ。都合の良い関係など数少ない。小さなことにいちいち敏感に反応して苛立っていては、穏やかには暮らしてゆけないだろう。人と接することで必要以上にストレスを抱えないためには、ある程度の寛容さは必要だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。 女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。 佐藤サトシは30歳の独身高校教師。 一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。 一年A組の受け持つことになったサトシ先生。 その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。 サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。 そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。 あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。 あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ! 猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。 ※全30話です。

処理中です...