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67話「ウタのまったり日和」
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「ふぁー! 久しぶりねー!」
宿舎の三階、いつも過ごしていた部屋へ戻るや否や、私は思わず大きな声を出してしまった。懐かしさのある開放的な空間に、自分でも驚くほど心が弾んだからである。
広いし、窓があるし、嬉しくて胸の鼓動は加速するばかり。
自然と踊り出したくなって、一箇所でくるくると回転してしまう。
その様子を近くで見ていたリベルテは「とても嬉しそうですね」と一言。それに続けてウィクトルも「ウタくんがここまでハイテンションなのは珍しいな」と言ってくる。
さすがに羽目を外し過ぎただろうか。悪い印象がついていないと良いのだが。
「あ……ご、ごめんなさい。つい」
私は一応謝っておいた。
それに対し、ウィクトルは首を左右に動かす。
「いや、いいんだ。気にすることはない。君が喜んでくれているのを見ると私も幸せな気分になれる。だから、君が喜んでくれているのは、私にとっても良いことだ」
皇帝の住むあの建物は、確かに、警備はきちんと行われているようだった。実際、侵入者騒ぎなんかもなかったし、そういう意味では平和な場所だったと思う。だが、あそこには黒いものが渦巻いている。身の危険はなくとも、心の危険は恐ろしいほど存在しているのだ。それを思えば、警備の質が多少劣っていたとしても、宿舎の方が遥かに過ごしやすいと言えるだろう。
「これで私もしばらくは自由な時間ができるだろう。ようやく落ち着いて君と共に過ごせる」
「次の任務はまだ入っていないの?」
「あぁ、珍しくな。だから私は君と過ごしたいと考えている。……問題があるだろうか」
ウィクトルは自身の胸の内を一切恥じらうことなく明かす。
ただ、己の意見を何が何でも貫く、というわけではないようで。私の意見を聞き入れる気はあったようだ。
「いいえ。問題ないわ。私も、貴方と話がしたいと考えていたの」
「そうか、なら良かった」
でも、幸い、今の私たちの心は同じだ。だから、私が特別何らかの意見を述べるということはない。彼の言葉は私の心を言い表しているも同然なのだ。
宿舎の三階にある一室にて、穏やかな暮らしが再開された。
しばらく狭い部屋で暮らしていたからだろうか、そこまで広くはない部屋のはずなのに、妙に広々としているように感じる。まるで草原に飛び出したかのような心境だ。
「……機嫌がいいのね、ウタ」
珍しく自ら話しかけてきたフーシェは不機嫌そうだった。
彼女はウィクトルを慕っているようだが、そのわりに、ウィクトルの前でも己を可愛らしく見せようとはしない。女性なら普通、慕っている男性の前で不機嫌さを露わにしたりはしないと思うのだが、彼女は例外。彼女はとにかく、自分の心に正直なのだ。
そういう意味では、彼女は変わっていると言えるだろう。
でも、嫌いではない。
飾り立てて己を良く見せようとする者には良い印象は受けないが、飾ることをせずありのままで歩み続ける者には悪い印象を抱きはしないというものだ。
「え、えぇ。ごめんなさい。嬉しくって、つい」
私はご機嫌であることをそこまで露わにしているつもりはなかった。しかし、そっと見ていたフーシェは、私の振る舞いから機嫌の良さを感じ取ったようだ。
それは多分、事実なのだろう。
本人だけが気づいていないこと、というのも、案外多いものだから。
「……謝る必要はないわ」
「ありがとう」
せっかく彼女の方から話しかけてくれたのだ、接する機会を逃したくない。そう考え、今度は私の方から話を振ってみることにした。
「ところで、フーシェさんは気分はどう?」
「……何を問っているの」
話しかけてもらえたお返しに何か話しかけてみよう、と思って話を振ったが、深く考えずに提供した話題。しかしフーシェはそこに関しては察してくれなかったようだ。私の口から発さねばならないようである。
「え? い、いえ……特に深い意味はないのだけれど」
「……何となく尋ねただけ、ということ」
「そう! そうなの! しばらく会えなかったから、どんな感じかなって。少し気になっただけなのよ」
ウィクトルはベッドに腰掛けて何やら書類を読んでいる。私とフーシェが見える場所にいるはずだが、彼は全然こちらへ視線を向けてこなかった。興味がなかったのか、敢えて注目しないようにしてくれていたのか、そこははっきりしないけれど。
「……なら答えるわ。答えは……普通、よ」
フーシェは僅かに俯きながらそう述べた。
「……機嫌には良いも悪いもないわ」
「お仕事はどうだった? 疲れなかった?」
「……こうして貴女と話す今の方が疲れるわ」
答えづらかったら申し訳ないな、と思い、問い方を若干変えてみた。しかし、フーシェが発した回答は、より一層棘のあるものに変わっただけ。良い方向への進展は特になかった。
「……リベルテは貴女を気に入っているようだけれど、それと同じようには思えないわ」
「フーシェさんは私のことがあまり好きではないのね」
「そうね。命は狙わない……でも、個人的には親しみを持てそうにないわ」
命を狙われるなどという発想は私の頭にはなかった。
そのようなパターンもあるのだとしたら、「命は狙わない」と宣言してもらえているだけ私は幸せなのかもしれない。
久々に会ったから、以前とはまた少し違った気分で関わり合うことができるかもしれないと考えていたが、フーシェの態度はほとんど変わっていなかった。丸くなった要素はないし、私に対して良い感情を持ってくれている傾向すらまったくもって見当たらないし、関係は依然良くないまま。
やはり彼女はリベルテとは違う。
彼女は私の思い通りにはならない。
恐らくそれは、彼女が生きてきた日々が形作ったものなのだろう。一日一日、一つ一つの記憶が埃のように降り積もり、重なって。その結果、今の彼女の人格が出来上がったはずだ。
だから、簡単には変えられない。
他人が色々考えて行動したところで、そうあっさり変えられる部分ではないのだ。
その日の夕食は、部隊に所属する者たち全員で広間に集まり、食事をとることとなった。地球への長い任務が終わった、それを祝うためである。部隊のリーダー格であるウィクトルはもちろん、リベルテやフーシェも参加した。私は任務には参加していなかったが、食事会には参加させてもらえることとなり、ウィクトルたちにさりげなく同席。私は、祝いの食事会に参加する者の中で唯一、部隊外の人間であった。
「皆の協力のおかげで、こうして任務を終えることができた。感謝する」
食事が始まる前、挨拶をするのはウィクトル。
彼はいつも通りの淡々とした調子で隊員たちへの感謝を述べている。
「豪華な料理があるわけではないが、今夜はゆっくり楽しんでいってくれ」
宿舎の三階、いつも過ごしていた部屋へ戻るや否や、私は思わず大きな声を出してしまった。懐かしさのある開放的な空間に、自分でも驚くほど心が弾んだからである。
広いし、窓があるし、嬉しくて胸の鼓動は加速するばかり。
自然と踊り出したくなって、一箇所でくるくると回転してしまう。
その様子を近くで見ていたリベルテは「とても嬉しそうですね」と一言。それに続けてウィクトルも「ウタくんがここまでハイテンションなのは珍しいな」と言ってくる。
さすがに羽目を外し過ぎただろうか。悪い印象がついていないと良いのだが。
「あ……ご、ごめんなさい。つい」
私は一応謝っておいた。
それに対し、ウィクトルは首を左右に動かす。
「いや、いいんだ。気にすることはない。君が喜んでくれているのを見ると私も幸せな気分になれる。だから、君が喜んでくれているのは、私にとっても良いことだ」
皇帝の住むあの建物は、確かに、警備はきちんと行われているようだった。実際、侵入者騒ぎなんかもなかったし、そういう意味では平和な場所だったと思う。だが、あそこには黒いものが渦巻いている。身の危険はなくとも、心の危険は恐ろしいほど存在しているのだ。それを思えば、警備の質が多少劣っていたとしても、宿舎の方が遥かに過ごしやすいと言えるだろう。
「これで私もしばらくは自由な時間ができるだろう。ようやく落ち着いて君と共に過ごせる」
「次の任務はまだ入っていないの?」
「あぁ、珍しくな。だから私は君と過ごしたいと考えている。……問題があるだろうか」
ウィクトルは自身の胸の内を一切恥じらうことなく明かす。
ただ、己の意見を何が何でも貫く、というわけではないようで。私の意見を聞き入れる気はあったようだ。
「いいえ。問題ないわ。私も、貴方と話がしたいと考えていたの」
「そうか、なら良かった」
でも、幸い、今の私たちの心は同じだ。だから、私が特別何らかの意見を述べるということはない。彼の言葉は私の心を言い表しているも同然なのだ。
宿舎の三階にある一室にて、穏やかな暮らしが再開された。
しばらく狭い部屋で暮らしていたからだろうか、そこまで広くはない部屋のはずなのに、妙に広々としているように感じる。まるで草原に飛び出したかのような心境だ。
「……機嫌がいいのね、ウタ」
珍しく自ら話しかけてきたフーシェは不機嫌そうだった。
彼女はウィクトルを慕っているようだが、そのわりに、ウィクトルの前でも己を可愛らしく見せようとはしない。女性なら普通、慕っている男性の前で不機嫌さを露わにしたりはしないと思うのだが、彼女は例外。彼女はとにかく、自分の心に正直なのだ。
そういう意味では、彼女は変わっていると言えるだろう。
でも、嫌いではない。
飾り立てて己を良く見せようとする者には良い印象は受けないが、飾ることをせずありのままで歩み続ける者には悪い印象を抱きはしないというものだ。
「え、えぇ。ごめんなさい。嬉しくって、つい」
私はご機嫌であることをそこまで露わにしているつもりはなかった。しかし、そっと見ていたフーシェは、私の振る舞いから機嫌の良さを感じ取ったようだ。
それは多分、事実なのだろう。
本人だけが気づいていないこと、というのも、案外多いものだから。
「……謝る必要はないわ」
「ありがとう」
せっかく彼女の方から話しかけてくれたのだ、接する機会を逃したくない。そう考え、今度は私の方から話を振ってみることにした。
「ところで、フーシェさんは気分はどう?」
「……何を問っているの」
話しかけてもらえたお返しに何か話しかけてみよう、と思って話を振ったが、深く考えずに提供した話題。しかしフーシェはそこに関しては察してくれなかったようだ。私の口から発さねばならないようである。
「え? い、いえ……特に深い意味はないのだけれど」
「……何となく尋ねただけ、ということ」
「そう! そうなの! しばらく会えなかったから、どんな感じかなって。少し気になっただけなのよ」
ウィクトルはベッドに腰掛けて何やら書類を読んでいる。私とフーシェが見える場所にいるはずだが、彼は全然こちらへ視線を向けてこなかった。興味がなかったのか、敢えて注目しないようにしてくれていたのか、そこははっきりしないけれど。
「……なら答えるわ。答えは……普通、よ」
フーシェは僅かに俯きながらそう述べた。
「……機嫌には良いも悪いもないわ」
「お仕事はどうだった? 疲れなかった?」
「……こうして貴女と話す今の方が疲れるわ」
答えづらかったら申し訳ないな、と思い、問い方を若干変えてみた。しかし、フーシェが発した回答は、より一層棘のあるものに変わっただけ。良い方向への進展は特になかった。
「……リベルテは貴女を気に入っているようだけれど、それと同じようには思えないわ」
「フーシェさんは私のことがあまり好きではないのね」
「そうね。命は狙わない……でも、個人的には親しみを持てそうにないわ」
命を狙われるなどという発想は私の頭にはなかった。
そのようなパターンもあるのだとしたら、「命は狙わない」と宣言してもらえているだけ私は幸せなのかもしれない。
久々に会ったから、以前とはまた少し違った気分で関わり合うことができるかもしれないと考えていたが、フーシェの態度はほとんど変わっていなかった。丸くなった要素はないし、私に対して良い感情を持ってくれている傾向すらまったくもって見当たらないし、関係は依然良くないまま。
やはり彼女はリベルテとは違う。
彼女は私の思い通りにはならない。
恐らくそれは、彼女が生きてきた日々が形作ったものなのだろう。一日一日、一つ一つの記憶が埃のように降り積もり、重なって。その結果、今の彼女の人格が出来上がったはずだ。
だから、簡単には変えられない。
他人が色々考えて行動したところで、そうあっさり変えられる部分ではないのだ。
その日の夕食は、部隊に所属する者たち全員で広間に集まり、食事をとることとなった。地球への長い任務が終わった、それを祝うためである。部隊のリーダー格であるウィクトルはもちろん、リベルテやフーシェも参加した。私は任務には参加していなかったが、食事会には参加させてもらえることとなり、ウィクトルたちにさりげなく同席。私は、祝いの食事会に参加する者の中で唯一、部隊外の人間であった。
「皆の協力のおかげで、こうして任務を終えることができた。感謝する」
食事が始まる前、挨拶をするのはウィクトル。
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