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119話「ウタの一人の頑張り」
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背負われるのはいつ以来だろう。
遠い昔、母に遊びの一環としてしてもらったことはある気がする。が、それももうずっと昔のこと。はっきりとは覚えていない。
しかし、ウィクトルに背負われるのは、案外嫌ではなかった。
最初こそ戸惑いはしたが、時間が経ち慣れてくると、むしろ心地よく感じるくらいで。
「揺れは気にならないか? 気になるなら言ってくれ」
「えぇ」
ウィクトルがまとっている漆黒のマントは、意外にも柔らかい感触で、触れていて不快感はない。否、不快感がないどころか気持ちよさを感じるくらい。指や体の前面がマントに触れるが、非常に良い感触だ。また、柔らかいけれど乾燥してはいないので、滑りづらい。そこも、背負ってもらう際にはありがたい点だった。
「そのうちどこかで寝るか」
「えぇ、そうね」
「ウタくんは野宿は平気か? 経験はなさそうだが」
「野宿……」
外で寝たことはない。
キャンプ好きな家族などは、自然豊かな環境のところへ出掛けて意図的に野宿することもあると、母から聞いたことはある。が、私は経験したことがない。母がキャンプをしない人物だったから、私も自然と外で寝ることには馴染みのない人間になった。
「ウィクトルは経験があるの?」
「あぁ。少しだけだが」
規則的な震動が伝わってくるせいもあってか、徐々に眠くなってきた。自分の足で歩いていればここまで眠くはならなかっただろうが。やはり、自力で歩かなくて良いというのは、眠気に襲われる原因となりやすい要素のようだ。
「じゃあそうしましょうか……あぁ、何だか眠たくなってきたわ」
「眠たく? もうそんな時間か?」
「分からない……。ウィクトルの背中が快適だからかしら……」
ふわぁ、と、あくびが出る。
妙に大きな声が出てしまって恥ずかしい思いをした。
「今日は疲れただろう。……ゆっくり休むといい」
ウィクトルの背中でうつらうつらしているうちに眠ってしまい、次に目が覚めると暗い穴の中だった。
土の匂いがする。私はどこで何をしているのだろう、と、いろんな意味で不安になった。土特有の湿り気が、衣服越しに、尻に伝わってくる。私は眠りに落ちる前の記憶をたどる。
「確か、野宿とか何とか……」
思い出したことを呟きつつ、周囲の様子を確認。
すると、一メートルほど離れたところに、うつ伏せになって横たわっているウィクトルを発見した。
眠っているのだろう、と思いつつも、私はゆっくり彼の方へ近づいていく。土の匂いしかしない暗い空間で一人で過ごすのは恐ろしかったからだ。べつに眠っていても問題ない、誰か一人でも傍にいてくれればそれだけで心強い。
私は横たわっているウィクトルのすぐ近くに座り、彼の黒い髪を指ですくってみる。
その時、彼が「う……」と詰まるような声を漏らした。
「大丈夫……?」
彼が発した声はとても苦しげで。不安になった私は、確認の意味も込めて尋ねてみた。
それから十秒ほどが経過して。
ウィクトルの体が重そうに動き、やがて、瞼が半分ほど開いた。
「……ウタ、くん」
「起こしてしまってごめんなさいウィクトル」
「ここ……は……」
その頃になって、ウィクトルの様子がおかしいことに気づく。
眠っていたにしては発言が奇妙だ。しかも、声の発し方が弱い。それに加え、目つきもどことなく力ない。
「え? だ、大丈夫?」
「そうだ、私は……穴にはまって……」
「あ、穴?」
寝惚けているのだろうか、と思ったが、それにしては発音がしっかりしている。
もし寝言なのだとしたら、普通、内容までは聞き取ることができないような話し方のはず。
「ウィクトル? 何を言っているの?」
「……そうだ、思い出した」
その頃になって、ウィクトルはようやく上半身を起こしてきた。
「君を背負って歩いていたら、突然落とし穴にはまったんだ。それで……その後は、記憶がない」
「落とし穴……」
ということは、今私たちがいるこの場所は穴の中?
しかし、なぜ落とし穴なんてものが存在したのか。
いくら山中とはいえ、大穴が自然にできたとは考え難い。とすると、恐らくは、何者かが掘って作ったものなのだろう。いたずらだろうか。だが、いたずらなのだとしたら、わざわざ人通りのないところに作るかどうか。そこが謎である。いたずらならば、いたずらだからこそ、それなりに人通りのある場所に穴を掘りそうなものだが。
「どうやって脱出する?」
「……今はまだ暗い。朝になってからの方が良いかもしれないな」
「そうね。でも、ここから抜け出す作戦は、早めに考えておいた方が良くないかしら」
「確かに。それはそうだな」
とはいえ、私には名案はない。こんな経験はしたことがないから。
ひとまず今いる場所のままもうひと眠りすることにした。
そして、朝を迎える。
光が射し込んできたことによって目を覚ました私は、直後、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
目の前に、怪しい人間のような生物がいたからだ。
私のすぐ近くに立っていたのは、長いくちばしのようなパーツがついた色鮮やかな面を顔に着けた人間。口もとと目玉だけは露わになっているものの、顔の鼻より上は面に隠され、外からはまったく見えない状態だ。
不気味としか言いようのない外見である。
ウィクトルはまだ眠っているようだ。
私がその人物を警戒し身を縮めていると、謎の人物は顔面をこちらへ向けてきた。目がこちらを凝視しているのがはっきりと分かる。
「貴様ら、帝国の、手先か」
しばらく見つめ合ったその後、謎の人物はそんなことを言った。私に対しての発言だろう。
このまま黙っていたらどんな目に遭うことになるか分からない不安があったので、私はすぐにキエルの言葉で「いいえ」と答えた。
「やはり、帝国の、手先か!」
「いいえ」
「帝国の、言語、使っている! 帝国の、手先!」
私は反射的に「違います! 私たちは帝国から逃れてきたのです!」と発してしまう。
伝わるわけがないのに。
——だが、驚くべきことに返事が来た。
「……事情、ある?」
理由は不明だが、どうやら、私が喋る地球の言語が通じているようだ。それならば、頑張れば意思疎通を図ることも可能かもしれない。今は賭けよう、意思疎通の成功に。
「はい。私たちは帝国から逃げてきたところです。迷惑をおかけしたなら謝罪します。ですから、どうか命は」
「話は、聞く! だが、嘘つけば、許さない!」
「もちろんです。嘘はつきません。約束します」
お願いだから早く起きて、ウィクトル。
遠い昔、母に遊びの一環としてしてもらったことはある気がする。が、それももうずっと昔のこと。はっきりとは覚えていない。
しかし、ウィクトルに背負われるのは、案外嫌ではなかった。
最初こそ戸惑いはしたが、時間が経ち慣れてくると、むしろ心地よく感じるくらいで。
「揺れは気にならないか? 気になるなら言ってくれ」
「えぇ」
ウィクトルがまとっている漆黒のマントは、意外にも柔らかい感触で、触れていて不快感はない。否、不快感がないどころか気持ちよさを感じるくらい。指や体の前面がマントに触れるが、非常に良い感触だ。また、柔らかいけれど乾燥してはいないので、滑りづらい。そこも、背負ってもらう際にはありがたい点だった。
「そのうちどこかで寝るか」
「えぇ、そうね」
「ウタくんは野宿は平気か? 経験はなさそうだが」
「野宿……」
外で寝たことはない。
キャンプ好きな家族などは、自然豊かな環境のところへ出掛けて意図的に野宿することもあると、母から聞いたことはある。が、私は経験したことがない。母がキャンプをしない人物だったから、私も自然と外で寝ることには馴染みのない人間になった。
「ウィクトルは経験があるの?」
「あぁ。少しだけだが」
規則的な震動が伝わってくるせいもあってか、徐々に眠くなってきた。自分の足で歩いていればここまで眠くはならなかっただろうが。やはり、自力で歩かなくて良いというのは、眠気に襲われる原因となりやすい要素のようだ。
「じゃあそうしましょうか……あぁ、何だか眠たくなってきたわ」
「眠たく? もうそんな時間か?」
「分からない……。ウィクトルの背中が快適だからかしら……」
ふわぁ、と、あくびが出る。
妙に大きな声が出てしまって恥ずかしい思いをした。
「今日は疲れただろう。……ゆっくり休むといい」
ウィクトルの背中でうつらうつらしているうちに眠ってしまい、次に目が覚めると暗い穴の中だった。
土の匂いがする。私はどこで何をしているのだろう、と、いろんな意味で不安になった。土特有の湿り気が、衣服越しに、尻に伝わってくる。私は眠りに落ちる前の記憶をたどる。
「確か、野宿とか何とか……」
思い出したことを呟きつつ、周囲の様子を確認。
すると、一メートルほど離れたところに、うつ伏せになって横たわっているウィクトルを発見した。
眠っているのだろう、と思いつつも、私はゆっくり彼の方へ近づいていく。土の匂いしかしない暗い空間で一人で過ごすのは恐ろしかったからだ。べつに眠っていても問題ない、誰か一人でも傍にいてくれればそれだけで心強い。
私は横たわっているウィクトルのすぐ近くに座り、彼の黒い髪を指ですくってみる。
その時、彼が「う……」と詰まるような声を漏らした。
「大丈夫……?」
彼が発した声はとても苦しげで。不安になった私は、確認の意味も込めて尋ねてみた。
それから十秒ほどが経過して。
ウィクトルの体が重そうに動き、やがて、瞼が半分ほど開いた。
「……ウタ、くん」
「起こしてしまってごめんなさいウィクトル」
「ここ……は……」
その頃になって、ウィクトルの様子がおかしいことに気づく。
眠っていたにしては発言が奇妙だ。しかも、声の発し方が弱い。それに加え、目つきもどことなく力ない。
「え? だ、大丈夫?」
「そうだ、私は……穴にはまって……」
「あ、穴?」
寝惚けているのだろうか、と思ったが、それにしては発音がしっかりしている。
もし寝言なのだとしたら、普通、内容までは聞き取ることができないような話し方のはず。
「ウィクトル? 何を言っているの?」
「……そうだ、思い出した」
その頃になって、ウィクトルはようやく上半身を起こしてきた。
「君を背負って歩いていたら、突然落とし穴にはまったんだ。それで……その後は、記憶がない」
「落とし穴……」
ということは、今私たちがいるこの場所は穴の中?
しかし、なぜ落とし穴なんてものが存在したのか。
いくら山中とはいえ、大穴が自然にできたとは考え難い。とすると、恐らくは、何者かが掘って作ったものなのだろう。いたずらだろうか。だが、いたずらなのだとしたら、わざわざ人通りのないところに作るかどうか。そこが謎である。いたずらならば、いたずらだからこそ、それなりに人通りのある場所に穴を掘りそうなものだが。
「どうやって脱出する?」
「……今はまだ暗い。朝になってからの方が良いかもしれないな」
「そうね。でも、ここから抜け出す作戦は、早めに考えておいた方が良くないかしら」
「確かに。それはそうだな」
とはいえ、私には名案はない。こんな経験はしたことがないから。
ひとまず今いる場所のままもうひと眠りすることにした。
そして、朝を迎える。
光が射し込んできたことによって目を覚ました私は、直後、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
目の前に、怪しい人間のような生物がいたからだ。
私のすぐ近くに立っていたのは、長いくちばしのようなパーツがついた色鮮やかな面を顔に着けた人間。口もとと目玉だけは露わになっているものの、顔の鼻より上は面に隠され、外からはまったく見えない状態だ。
不気味としか言いようのない外見である。
ウィクトルはまだ眠っているようだ。
私がその人物を警戒し身を縮めていると、謎の人物は顔面をこちらへ向けてきた。目がこちらを凝視しているのがはっきりと分かる。
「貴様ら、帝国の、手先か」
しばらく見つめ合ったその後、謎の人物はそんなことを言った。私に対しての発言だろう。
このまま黙っていたらどんな目に遭うことになるか分からない不安があったので、私はすぐにキエルの言葉で「いいえ」と答えた。
「やはり、帝国の、手先か!」
「いいえ」
「帝国の、言語、使っている! 帝国の、手先!」
私は反射的に「違います! 私たちは帝国から逃れてきたのです!」と発してしまう。
伝わるわけがないのに。
——だが、驚くべきことに返事が来た。
「……事情、ある?」
理由は不明だが、どうやら、私が喋る地球の言語が通じているようだ。それならば、頑張れば意思疎通を図ることも可能かもしれない。今は賭けよう、意思疎通の成功に。
「はい。私たちは帝国から逃げてきたところです。迷惑をおかけしたなら謝罪します。ですから、どうか命は」
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