奇跡の歌姫

四季

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121話「ラブブラブブラブラの村」

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 帝国から逃げる途中、落とし穴に落ち、たどり着いたのはラブブラブブラブラの村。
 ただし、『村』と言っても屋外に存在するわけではない。その村が存在しているのは、薄暗い洞窟の中だ。

「これからどうなっていくのかしらね……」
「本当に。その通りだな」

 力強い獣、獅子の顔のような色鮮やかな面を着用した女性と少し話した後、私たちは今日一日この村に置いてもらえることとなった。彼女らはキエル帝国を良く思っていないようだったから、私たちを泊めることを選んだ真意は謎だ。だが、私もウィクトルもこれといって目指す場所を持っていたわけではないから、置いてもらえることになったのは、ある意味では幸運だったと言えるのかもしれない。ここなら多分イヴァンが繰り出す追っ手にも見つからないだろうし。

「帝国を嫌っていながら、私たちを置く。向こうの思惑が掴めない」
「そうね。それは同意だわ。……でも、どんな思惑があったとしても、そんなのは関係ないことよ」

 今さら騒ぐことはない。険しい道を行くことになるということは分かっていたのだから。

「生き延びる。今はそれだけだわ」
「……そうだな。君の言う通りだ」

 それにしても、洞窟の中は寒い。地上とは温度がまったく違う。それに、空気がどことなく湿っていて、不思議な感覚だ。ただ、それに関しては、悪いことばかりではない。肌が妙にしっとりして心地よいのである。

 やがて、獅子面の女性がやって来た。
 彼女は穏やかな調子で私たちに告げる。

「お待たせしました、お二方。部屋を用意させました。これから案内しますね」

 先ほど受けた自己紹介によれば、彼女の名は、アナシエア・ブラブラ・ラブブラブブラブラというそうだ。そして、その自己紹介の際、アナシエアと呼ぶように言われた。アナシエアと呼ぶように言う理由は、ラブブラブブラブラだと長いしややこしくて発生しづらいからだそうだ。確かにその通りだ、と、その時の私は妙に納得した。

 アナシエアの後ろをウィクトルと共に歩いていく。

 通路のようなところを進む。だが、上下左右すべてが岩で、視界が黒ずんでいる。ところどころに灰色であったり青みがかった色であったりと多少の変化はあるようなのだが、光量が少ないせいか、ほぼすべてが限りなく黒に近い色に見えてしまう。

「こちらです」

 通路を真っ直ぐ歩き、細い道を突然右に曲がると、部屋のような大きな穴。

「凄い……。部屋になっているんですね……」
「えぇ、そうなのです。ウタ。気に入ってくれたようですね」

 こんなところで暮らすのは絶対に嫌!なんて贅沢は言わないけれど。
 でも、この環境への違和感は、まだ消えない。ただ、慣れれば快適になってくるかもしれない、と思いはする。無論、そもそも慣れることができるかどうかが疑問なのだが。

「寝床はそのワラのところです。敷いているワラを整えてから横になると、冷えませんよ。もちろんのこと、ワラは二人分用意しています」

 できればベッドが欲しい……。

「そして、そちらの布の上に置いてあるものが、お二方のための食料です。事故で迷い込んでしまう方が時々いらっしゃるので、そういった方のために常に置いている食料の中から、運ばせました」

 布だ! 布がある!
 その布を使えば、少しは寝やすいかもしれない!

「昨日採れたばかり果物。保存用の干し果物。果物を使った菓子。そういったものを用意しています。美味しいですよ」

 果物率が高過ぎやしないだろうか。糖分過多にならないかが気になる。

「あの……すみません。果物以外の物はないのですか」

 刺激しないよう大人しくしてきたが、こればかりは質問せずにはいられなかった。

「果物以外の物?」
「この村の方々は果物しか食べないのですか」
「そうですね。ラブブラブブラブラ族は古来より、果実を愛し食してきました。なぜなら、果実は聖なる食物だからです。果実を口にしていれば、皆、美しい穢れない心のままでいられるのですよ」

 そういう言い伝えがあるのか……?

 ラブブラブブラブラ族の思想を否定する気はない。思想は自由なものだから。だが、ラブブラブブラブラ族に縁もゆかりもない生き方をしてきた私がその思想にすんなり馴染むのは、簡単ではなさそうだ。

 民族にはその民族特有の文化が存在するもの。
 土地にはその土地特有の文化が根付いているもの。

 それは悪いことではないだろう。いくつもの文化があるからこそ、多様性が生まれるというものだから。

 皆がまったく同じ文化の下で生活しているとしたら、発展の見込みがなくなるに違いない。そうなれば、人類には繁栄の道はなくなってしまう。現状維持か、滅びへ向かうか。それしか道がなくなってしまう。

 多様性があるからこそ、繁栄の未来があるとも言えるのだ。

「そして、あちらには水入れがあります。その中の水は飲めますよ」
「は、はい……」
「それでは失礼しますね。あとはお二方で、ゆっくりなさって下さい」
「ありがとうございました……」

 アナシエアは一通り説明してから去っていった。
 その場に残ったのは、私とウィクトルの二人だけ。

「ひとまず休憩するか」
「ワラの上で?」

 するとウィクトルはふっと笑みをこぼす。

「あぁ……ワラの上で、だな」

 環境には当分馴染めそうにないけれど、ウィクトルと共にあれることは喜び。どんな苦境も彼となら乗り越えていける。

 ……なんて言ったら、子どもだと笑われるだろうか。

 そんなのは年若い娘の夢。ただの幻想。現実にはそんな『揺るぎない愛』なんて存在しない。

 ……そんな風に言われてしまうかもしれない。

 でも、今の私が彼と共にあれて幸せを感じていることは事実。馬鹿にされようが、未熟と言われようが、幸せは幸せだ。誰に何を言われても、今この瞬間に感じている幸せが消えることはない。

「しかしこのワラ、なかなか座り心地が良いな」

 いつの間にやわワラの上に腰を下ろしていたウィクトルが、淡々とワラの感想を述べた。

「そうなの?」
「あぁ。君も座ってみてはどうだ」

 誘いを受け、私は彼の横に座り込む。
 見た感じ硬そうなワラだったが、いざ座ってみると、案外硬くなかった。綿のよう、は、さすがに過言かもしれないけれど。椅子として見ると、座り心地は良い方だ。

「確かに! 案外良い感じね!」
「だろう?」
「本当。貴方の言う通りだわ」
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