奇跡の歌姫

四季

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135話「ウタの不器用とウィクトルの不器用」

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 時の刻みが速度を落とす。

 二人きりのこの部屋で、私とウィクトルは訳もなく見つめ合う。

 絡み合う視線は運命の糸のよう。二人の心を繋いで決して離さない。一度結んでしまった糸が解けなくなることがあるように、視線という糸も、絡み合い結ばれたならもう二度と解けることはない。

「貴方が誰より強くあってきたことは知っているわ。でも、だからこそ言いたいの。何も我慢しなくていいんだ、って」

 彼はもう帝国軍人ではないし、部隊を統べる者でもない。多くいた部下も今は遠く離れているから、彼らに姿を晒す機会もない。

 だからこそ、我慢しようとはしないでほしいと思うのだ。

 皆の先頭に立って敵に向かえる強さ、それはウィクトルの武器なのかもしれない。でも、それはきっと強がり。人であれば誰もが、どこかに恐れを所持しているはずだから。

 もちろん、立場上そうしなければならないということはあったのだろう。
 リーダーが部下を放って逃げ隠れしていては話にならない。リーダーであるからこそ、周囲の者たちに方向を示すためにも矢面に立たなくてはならないことだって多いのだろう。それは理解できる。

 でも、ウィクトルだって人間。
 痛みも苦しみも、微塵も感じないわけではないはずだ。

「ウタくん……」
「私は戦えない。でも、貴方の話を聞いたり、寄り添ったりすることはできる。だから、時には私を頼って」

 強そうに見える者ほど弱い部分を抱えていたりするものだ。
 私はその『弱い部分』に寄り添える人間でありたい。
 まだまだ未熟で、人の弱みと共にあれるような偉大な人格者ではないけれど。でも、何事も目標を持たねば成し遂げられないから、私は目標として「他人の弱い部分に寄り添える人間でありたい」を掲げておくことにしよう。

「気を遣わせてしまったか、すまない」
「いいのよ、謝らなくて。私は私が思うことを言っているだけだもの」

 テレビの画面に映し出されているニュースはいつの間にか別の話題に変わっていた。私がウィクトルと話しているうちに、ビタリー関連の報道は終わってしまったようである。

「でも、これから帝国はどうなるのかしらね」

 テレビの画面で見たビタリーの顔は善人のようだった。けれど彼は、何一つ黒いところのない善人などではない。むしろ、黒ずんだ笑みが印象的なくらいだ。完全な悪だと言う権利は私にはないが、完全な善人ではないということは私にも言えるはず。

「皇帝が変わったことか?」
「えぇ。国としても方針が変わるんじゃないかしら」
「それはあるだろうな」

 ビタリーが創り出す国。
 それは、イヴァンが治めていたキエル帝国とはまた違ったキエル帝国になるだろう。

 国名はそのまま使っていくとしても、これまでの帝国を受け継いで変化なく進んでいくという可能性は限りなく低い。現状を継続していくのなら、敢えてイヴァンに牙を剥く必要なんてなかったはずだから。現皇帝に刃を向けるなどという危険なことをしたのだ、きっと、国の在り方を大きく変えるつもりでいるのだろう。

「平和な国になると良いけど……」
「あの男が平和な国を作るとは考え難い」

 私は一度だけ頷いた。

 ウィクトルの方が私よりずっと長い間キエル帝国にいた。だから、帝国に関することを、私よりずっとたくさん知っているはずだ。その彼ですら「ビタリーが平和な国を作るとは考え難い」と言っているのだから、それが真実なのだろう。

「国民は大丈夫なのかしら……?」
「分からん。が、私たちにできることはもうない」

 ウィクトルは諦めたように述べた。
 発言が間違っているとは思わないけれど。

「心配じゃないの? 国に生きる人たちのこと」
「もはや考えても無駄だ。ならば考えない。それが一番効率的だ」
「思考を放棄するの?」
「私は皇帝でも国民でもない。関係のないことだ」

 言って、ウィクトルはソファから立ち上がる。そしてそのまま扉の方へと歩き出した。彼は振り向かない。扉に向かって真っ直ぐに進んでいくだけ。

 その背中に、私は何か言おうとする。
 けれど、かけるべき言葉を見つけることはできなくて。

 待って。それだけでも良かったはずなのに、結局私は何も言えずじまいだった。


 ウィクトルが部屋に戻ってこなくなってしまった。
 せっかく二人で寛げそうだったのに、これではすべて台無しだ。

 謝りに行く? ……でもウィクトルがどこにいるか分からない。それに、直後に会いに行ったって、気まずくなるだけかもしれない。ならこのまま放置?いや、でも、それはそれで後々ややこしいことになりそう。

 思考は巡る巡る。
 が、答えは出せないまま、時だけが過ぎていく。

「主! 戻りました!」

 一人悶々としていた時だった、リベルテが帰ってきたのは。

「あ。お帰りなさい、リベルテ」
「おや! これはウタ様! ……主はどちらに?」

 リベルテは首を動かし周囲を見回す。そしておかしな顔をした。ウィクトルの姿が見当たらなかったからだろうか。

「ウィクトルはさっき出ていったわ」
「え!?」
「何だか気まずくなっちゃって、それで……部屋から出ていくのを止められなかったの」

 なぜいつもこうなるのだろう。

 私はウィクトルを大切に思っているし、彼も私を大事にしてくれている。それなのに、二人で過ごすと、大概徐々に気まずくなっていってしまうのだ。最後まで楽しく過ごせることはあまりない。

「あぁ。そういうことでございましたか」
「……何だか慣れてるのね」
「主は最近、ウタ様への接し方が掴みきれていないようでございますので。想像はできたことです」

 リベルテは手に持っていたビニール袋をソファの座面に置く。

「では、リベルテが呼び戻して参りますね!」
「手間をかけさせてごめんなさい」
「いえ! 気にしないで下さい! 主を連れ戻すのも、仕事のうちでございますから」

 気まずくなって飛び出していったウィクトルを連れ戻すのも仕事、だなんて、笑ってしまう。

 まるで保護者ではないか。

 とはいえ、私には打つ手がなかった。謝りに行く勇気はなく、放置する度胸もない、そんな私にはリベルテのような存在が必要だったのかもしれない。なんにせよ助かった。


 数分後、リベルテはウィクトルを連れて部屋に戻ってきた。

「お待たせ致しました!」
「早かったわね、リベルテ」

 ウィクトルはまだ気まずそうな顔をしている。が、リベルテに促され「すまなかった」と言ってきた。視線を逸らしながらの謝罪なんて心に刺さりそうにないものだが、今回は意外と強く刺さってきた。複雑な心境になりながらも、というところが伝わってきたからかもしれない。

「私こそ悪かったわ。一方的な言い方をして」
「いや、君は国のことを……」
「ごめんなさいウィクトル。もっと楽しい話をすべきだったわね。次から気をつけるから」

 私たちは何も大喧嘩をしたわけではない。話をする中で、ほんの少しすれ違っただけ。上手く噛み合わなかっただけだから、そのずれさえ改善すれば、きっとまた元に戻れる。

 ……そう信じたい。

「それでは、リベルテはお茶を淹れて参りますね!」

 リベルテはソファに一旦置いていたビニール袋を再び手で持つ。そして、部屋から出ていった。お茶を何とか、と言っていたことを思えば、そのうち戻ってくるのだろうが。

「一旦座りましょ」
「そうだな」

 改めて、ソファに二人腰掛ける。

「国のこれからなんて……考えなくて良かったわね。まずは私たちのこれからを考える、それが先ね」
「いつも上手く言えずすまない」
「私も、器用じゃないの。だから誤解させるような言い方をしてしまうこともあるかもしれないわ」

 実際そういうところから不穏な空気にしてしまうこともあるわけで。

「でも私、ウィクトルのことは嫌いじゃないから。それだけは信じて」
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