奇跡の歌姫

四季

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134話「リベルテのさりげない場作り」

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 石造りの女一人で開けるには重めの扉を開けると、すぐ左手側には壁があり、正面には通路が見える。床は、灰色にところどころ黒が混じったような色。素材は恐らく石だろう。

 通路を真っ直ぐ直進した突き当たりには階段が見えるけれど、先に一階を回ってみる。

 入り口から入ってすぐ、右手側にある一つ目の木でできた扉を開け入室。そこは広い部屋で、ベッドが三つ横並びに設けられている。ベッドのないところには、映像を映し出すテレビなるものとそれを落ち着いて見るための横長のソファ。そして、隙間を埋めるようにタンスが一つ置かれていた。

 続けて、もう一つ奥の部屋へと移動してみる。

 ベッドがあった部屋より一つ奥側の部屋には、手洗い場やトイレ、風呂などが設置されていた。風呂は狭く、一人で入るのがやっとというくらいのスペースしかない。が、シャワーは設置されていた。体を流す分には問題なさそうだ。

 さらにもう一つ奥の部屋へ足を進める。
 一階の一番奥に位置するその部屋は、キッチンであり、その部屋だけは扉がなかった。

 下の階を一周することを終え、いよいよ二階へ向かう時が来る。何事もなかったかのように時は流れ、私たちは一斉に階段を上がっていく。木製の階段は時折軋むので妙な緊張感はあったけれど、途中で段が崩れるといったハプニングは幸い起こらなかった。

 二階は予想以上に狭かった。
 木の扉で閉ざされたL字の部屋があったけれど、そこはとても埃臭く、もうずっと使われていないような雰囲気を溜め込んでいて。荷物置き程度にしか使えそうになかった。

「まともに使えそうなのは一階だけでございますね……」
「えぇ。同感だわ」
「一階のベッドがあった部屋、生活にはあそこを使うことになりそうでございますね」
「あの部屋は結構綺麗だったものね」

 ひと通り見て回った私は、リベルテと、その感想について話し合う。ウィクトルも見て回るのに同行はしているが、私とリベルテの会話には特に参加してこなかった。彼は部屋にそこまで関心がないみたいだ。

「手洗い場もございますし、キッチンもありましたし、何とか生活はできそうでございますね」
「えぇ。そうね」
「では、ひとまず一階へ戻りましょうか」
「それが良いわね。……ここは埃臭いもの」

 家の中の確認を終え、階段を降りる。
 一歩足を前に出すたび、段が軋むような音を立てる——それが少々不安だった。


 速やかに一階のベッドがある部屋へ戻る。
 リベルテはウィクトルにソファに腰掛けておくよう促し、ウィクトルは素直にそれに従った。私は特に何も言われなかったので、ウィクトルの隣に腰を下ろしておく。

「怪我大丈夫? ウィクトル」
「心配性だな、君は」

 ウィクトルは私が心配し過ぎであるかのような言い方をするけれど、私からすれば負傷者を心配するのは当たり前のこと。

「そう……ウィクトルからしたらこのくらいの怪我は普通なのね」
「情けない姿を晒したことはミスだと思っているが、な」
「まさか。情けなくなんてないわよ。こんな言い方をするのは変かもしれないけれど、貴方は頑張っていたわ」

 リベルテは「少し買い物に行って参ります」と言って家から出ていった。
 ようやく家にたどり着けたというのに、リベルテは、休もうともせずすぐに買い出し。ありがたいが無理していないか心配になる部分も少しはある。

「テレビをつけてみよう。キエルのことを何かやっているかもしれない」
「そっか! それは名案ね」
 ウィクトルはソファの座面に置かれていた黒い長方形の板のようなものを左手で持つ。
「それは?」
「……これを知らないのか?」

 テレビをつけようと言って手にしたのだから、テレビに関係する物体なのだろう。そのくらいは想像がつく。

「これは一般的にリモコンと呼ばれている物体。遠隔操作機器だな」
「それを使えば、離れたところから操作できるのね」

 簡単な説明だけだったが、何となく理解できた気がする。
 百のうち百掴めたかと言われればそうではないかもしれないけれど。でも、大抵の物事は半分も掴めたらある程度理解できるものだ。

 ウィクトルは黒く薄いリモコンの先端をテレビへと向け、そこについたボタンのうちの一つを押す。先端に近いところに位置している他よりやや大きめの丸い赤ボタンを押すと、真っ暗だったテレビの画面に映像が流れ出した。

「ついた……!」
「驚いているのか? 君はなかなか独特の感性を持っているな」
「え? そ、そうかしら」

 地球の私が住んでいた村には、先進的な文明はなかった。それゆえ、こういった電子機器に関する知識は、こちらへ来るまでほとんど持っていなかったのだ。だから、いまだに、キエルの人々と比べると先進的な技術の理解量が少ない。

 テレビの画面には人がいて、その人が字幕と共に喋っている。

『今日午前、先日キエル帝国皇帝に突如就任したビタリー氏が我が国に向けメッセージを発信しました』

 偶然ビタリーのニュースだった。
 ウィクトルも私も画面にくぎ付けになる。

『その様子をご覧下さい』

 画面が切り替わり、ビタリーが何やら演説のようなことをしている様子が映る。

『ファルシエラの皆さん、初めまして。先日キエル皇帝の座についたビタリーです。今後、新たなキエル帝国を創り上げてゆきたいと考えております。ですので——』

 ビタリーは穏やかな表情で言葉を紡いでいた。
 フーシェを殺め、皇帝を裏切った、残酷なビタリーとは別人のようだ。
 なぜ彼はここまで変わったのだろう。いや、もちろん、本性は変わっていないのだろうけど。でも、演技であってもここまで別人のような振る舞いをできるのは凄い。

「やはり、ビタリーが皇帝になったのだな」
「そうみたいね」
「もはや帰ることはできそうにないな」

 ウィクトルは小さな溜め息を漏らす。
 彼はどことなく寂しげな目をしていた。

「……帝国が恋しい?」

 帝国を出てからというもの、ウィクトルは時折寂しげな顔をするようになった。そのたびに、私の胸には不安が込み上げる。選択を誤ったのだろか、なんて考えてしまって。
 私はこの道へ進んだことを良かったと思っているが、ウィクトルはそうでないのだとしたら、何だか申し訳ない。

「私? まさか。そんなこと、あるはずがない」
「でもウィクトル、何だか辛そうよ」
「君は気にし過ぎだ。私はただ懐かしく思っていただけのこと。未練はない」

 笑わせるわね、『未練はない』なんて。
 それは『未練しかない』の言い間違いではないの。

 ——私は口にはしなかったけれど、内心そんなことを思っていた。

「ねぇウィクトル」

 私は隣の彼に視線を向ける。
 体を横向きにして顎を上げると、彼の顔面は意外とすぐ近くにあった。

「強がらなくていいのよ、もう」
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