奇跡の歌姫

四季

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146話「三の刃」

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「ところで旦那ぁ、この戦いはいつまで続くんすかぁ?」

 塔の最上階は静かなところだ。
 人はほとんどおらず、見晴らしが良いので、風景を楽しむにはもってこいの場所だが。

「自分、妻と十二人の子どもを帝都に置いてきてるんすけど……」
「この国を制圧すれば帝都にも戻れるさ」

 塔の根元の辺りには見張りの兵がいる。それに、付近で寝泊まりしている兵もいる。だが、最上階にいる人間は、カマカニとビタリーの二人だけ。たまには報告係もやって来るが、基本は二人だけである。

「それならいいんすけど……。あぁ! それにしても綺麗なところっすねぇ」

 ビタリーに冷ややかな声で返事されたカマカニは、空気を読み、話を大幅に変える。

 カマカニは両手を組んで真上へ伸ばし、背伸びをするような格好をしながら、足を交互に前へ出して移動する。もちろん、意味のある移動ではない。ただ敷地内を彷徨いているだけである。カマカニとしては、場の雰囲気を変えようとしてそのような行動に出ているのだろう。

「随分余裕があるね、君は」
「自分っすかぁ?」
「帝都へ帰ったら、子どもたちと遊んであげるといい。思う存分に、ね」

 ビタリーの言葉に、カマカニは涙目になる。
 今にも泣き出しそうだ。無論、まだ泣いてはいないが。

「う、うううぅっ……!」

 カマカニは右腕を目もとに当てて震える。

「何をしているんだい? それは」

 いきなりカマカニが妙な格好をし始めたのを見て、ビタリーは呆れを含んでいるような怪訝な顔をする。何が起きたのか理解できていないみたいだ。

「自分! 感動したっすぅ!」

 直前まで腕で涙を拭っていたかと思ったら、今度はビタリーに握手を求め出す。今のカマカニは少々混乱しているのかもしれない。

「な……」
「旦那ぁ! 一生ついていくっすぅ! 一生一緒っすぅ!」

 カマカニはじょりじょりの残った顎をビタリーの手に擦り付ける。ちなみに、嫌がらせではない。ビタリーのことを愛しく思っての行動である。ただし、ビタリー側からすれば、不快以外の何物でもないだろうが。

「い、意味が分からない!」

 ビタリーは不快感を露骨に表した表情で鋭く言い放つ。
 だがカマカニは聞いていない。

「旦那ぁ、ずぅーっと隣にいてほしいっすぅ」

 愛の告白級に重い言葉を告げられ、ビタリーは頬をぴくつかせる。

「勘弁してくれ! 僕には妻がいる!」
「そういう意味じゃないんすよぉ。ただ、自分は旦那の相棒でいたいんすぅ」
「あ、相棒……?」

 基本自信家のビタリーだが、今はその強みを活かせていない。カマカニのペースに飲まれ、さらに、動揺の荒波に襲われてしまっていた。波に飲まれて身動きできないような状態に陥っている。

 そんな時、報告係の男性が駆け込んできた。

「皇帝陛下! 報告です!」
「何かな」

 ビタリーは即座に冷静さを取り戻す。真面目な顔に戻った。

「南方より、謎の軍勢が現れました!」
「……何だって?」
「仮面をつけた兵が多数。我々の退路を防ごうとしている模様です。……あと、これは推測ですが、彼らはファルシエラと繋がっているのではないかと」

 報告係は、ポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭いつつ、ビタリーと話す。

「仮面の兵とは一体? ファルシエラの勢力ではないのかい?」

 ビタリーが報告係と言葉を交わしている様子を、カマカニはじっと見つめていた。彼はほんの数秒前まで歓喜の海の中にあったが、今は、現実へと連れ戻されてしまっている。だがそれも無理はない。状況に変化があったのだから。

「所属不明です」
「そうか……。でも、確かに、ファルシエラと繋がっている可能性は高いね」
「まだ進められる予定なのですか?」
「退けないならなおさら、前へ進むしかないよね」
「承知しました。では、皆にはそのように伝えておきます」

 報告係はぺこりとお辞儀をし、落ち着いた声でそう述べて、塔の最上階から出ていく。それからしばらく、塔内には、彼が階段を下りていく足音が響いていた。

「旦那ぁ。やっぱ、この国は怪しくないっすかぁ。早めに撤退した方が……」
「そういうわけにはいかない」

 カマカニの意見を、ビタリーは受け入れない。

「帝都へ向かっていった時も、僕は有利な立場ではなかった。人の数も、イヴァンが持っている人の数よりかは少なかった。でも、それでも僕たちは、最終的には勝利を収めた」

 ビタリーは懐かしむように語る。暗い表情ではない。しかし、その表情はどことなく壊れているようなもので、カマカニは密かに不安を抱く。

「……旦那」
「どうしたんだい? カマカニ。そんな不安そうな顔をして」
「その……これで本当に勝てるんすか」
「あぁ! もちろん。僕は必ず勝利してみせる!」

 カマカニはビタリーのことを嫌ってはいない。若さゆえに危なっかしい部分はあるにせよ、そこも含めて、ビタリーという人間のことを尊敬している。共に歩きたいと思っているということも、偽りではない。紛れもない事実だ。

 けれども、今はビタリーの選択に同意しきれない。
 尊敬しているかどうかとすべての意見に賛同できるかは、話がまったくの別物なのだ。

「……本当に危なくなってきたら、退くべきっすよぅ」
「それはそうだね。もちろん、そのつもりだよ」
「分かってくれたなら良かったっす……旦那ぁ……」


 ◆


 ビタリーが待機している塔より、遥か南。
 キエルとファルシエラの国境付近にその女性はいた。

「今こそ、帝国への反撃の時。ラブブラブブラブラの一族よ、皆、帝国軍を打ちのめすのです」

 顔には獅子の面。足首までの丈のマーメイドラインのワンピースをまとい、杖を握り、仮面の兵士たちの最前列に立つ。凛とした彼女は、アナシエア。ラブブラブブラブラ族を統べる、いわば女王のような立ち位置の者だ。

 彼女の横には台があり、数種類の果物が積まれている。

 それは、ラブブラブブラブラ族の昔からの文化。
 大きな戦いの幕開けには、聖なる食物である果実を高く積む——勝利のための簡単な儀式である。

「土地を冒し、人々を傷つけ、国を支配する。そのような乱暴者を許してはなりません」

 一族の前で、アナシエアは高らかに宣言。

「悪しきキエル帝国に鉄槌を!」
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