奇跡の歌姫

四季

文字の大きさ
153 / 209

152話「ラインの故郷のカフェ」

しおりを挟む
 緑寄りの青の空は澄んでいる。あの広大な天に、雲は一つもない。
 まだ砂利が残る中途半端な舗装しかされていない道が、見る者に素朴な印象を与える。

 アダルザスは決して都会といった印象の町ではなかった。

 人口が少ないからか、歩いている人を見かけることも多くはないのだ。

 そんな町中を、私は、アイーナに案内されて歩く。車から降りてからは徒歩。足の裏に小さな粒の感触があった。

「アイーナさん、これからどこへ?」

 ラインの母親であるアイーナは淑女だった。
 派手な見た目ではないし、華やかでもないし、別段若々しく見えるわけでもない。けれども、どことなく品の良さを感じさせる。

「昼食でもどうかと思いまして」
「レストランにでも……行くつもりですか?」
「そうですね。そんな感じです」

 言われてみれば、お腹が空いているような気もする。
 自動運転車に乗っている間は特に何も食べていなかった。

「……ありがとうございます。嬉しいです」

 私はそっと礼を述べ、彼女の背中を追うように歩く。


 アイーナに案内されるままに歩き、たどり着いたのは町の端にあるカフェ。
 屋根の部分は昆布色を薄めたような色の藁で造られていて、その他は木材を組み合わせて造られている、頑丈さは欠いていそうな建物だ。

 中へ入ると、独特の内装に驚く。

 椅子と丸テーブルが置かれている、というところは、カフェらしいと言えるだろう。それらは別段驚くようなものでもない。だが、壁に掛けられている時計や飾られている置物は、独特さを感じさせる物がほとんどだった。

 店内に入ってそのまま直進するとぶち当たる位置の壁の上側に掛けられている時計は、蛇のデザイン。時計の重要な部位たる円盤はきっちり存在しているのだが、その他の部分が衝撃的過ぎて、円盤にまで意識を向けられない状態だ。円盤の上には、蛇の正面顔が大きくついている。また、円盤の周囲には、細めの蛇が巻き付いているようなデザインになっていた。

「蛇デザインの物が凄く多いですね……」

 モチーフが蛇なのは、時計だけではない。飾られている置物の多くも、蛇と何らかの関連がある形をしている。全部が、とは言わないが。ただ、九割くらいは蛇関連の置物である。

 蛇嫌いが来店したら発狂しそうだ。

「はい。ウタさんはご存じないかもしれませんが……このカフェは『ヘ・ビー』という店名ですので」

 そのままだ、名称が。

「……じゃあ、本当に蛇がテーマで?」
「そのようですね。噂によれば、数百年以上の歴史を持つカフェだそうですよ。私も詳しくはないのですが」

 数百年以上の歴史、というところに驚いた。
 そんなカフェが存在していたなんて信じられない。

「ひとまず座りましょうか」
「あ、はい」

 店内は静かだ。客は多くない。一番奥の窓際の二人席に一人で座っているおじいさんがいるのと、入ってすぐ左手側の四人席に女性二人組がいるのと、そのくらいだけだ。

 アイーナに促され、私はすぐ近くの席に座った。

 すると店員の女性がやって来て、「いらっしゃいませ」と声をかけてくれる。彼女は無料の水と共に、メニューも持ってきてくれていた。茶色のカバーがついた、少々重量感のあるメニューである。

「好きなものをどうぞ」
「え……あの、アイーナさん?」
「何でしょう」
「私、そんなに大きなお金は持ってきていません」

 どこかで使うかもしれないから、と、一応少しのお金は持ってきた。それゆえ、所持金がゼロというわけではない。だが、あくまで緊急時に使えるようにと持ってきただけなので、店によっては食事代を払えるかどうかはっきりしないのだ。高級店だと困ってしまう。

「それは問題ありません。代金はこちらで支払います」
「そんな……」
「良いのです。こちらが頼んで来てもらっているのですから。さぁ、好きなものを選んで下さい」

 所持金の心配はしなくていいみたいだった。
 払ってもらえるというのなら、少しだけだが安堵できる。

 早速メニューを開いた。

 カフェという名称なだけあって、甘いもの系と食事系が両方存在している。もちろんコーヒーなる飲み物も用意されているようだ。ドリンクだけでも色々なものが載っているので、迷わずにはいられない。

「えっと……おすすめの品はありますか?」

 自力では決めきれないと判断し、アイーナに意見を求めることにした。

「そうですね。ヘ・ビーブレンドなんてどうでしょう」
「コーヒーですか?」
「いえ。紅茶のような飲み物です」

 紅茶系の飲料であるならば、それほど苦くはないだろう。
 それなら飲めるかもしれない。

「では、それにします」
「あとはお食事ですね? ウタさん、お菓子の方が良いですか」
「食事でお願いしたいです」

 こればかりは即答。
 というのも、しばらく何も食べていなくて空腹なのだ。

「そうですか。では、これなんかはどうでしょう」

 言ってアイーナが指で示したのは、黄色い物体の写真。
 柔らかい黄色の楕円形の物体があって、そこに赤と白の線が描かれている。そんな料理だ。

「それは?」

 物体の正体を把握できなかったので、質問してみた。

「オムそば、なるものです」
「オムレツの仲間ですか?」
「そんな感じですね。オムレツの中に焼きそばが入っています」
「へぇ……!」

 その後、アイーナが店員を呼んでくれる。そこで注文を告げ、待つこと十分。注文していた品が席に届いた。

 私は、冷たいヘ・ビーブレンドとオムそば。
 アイーナは、温かいヘ・ビーブレンドとクッキー三種盛り合わせ。

 夜の湖畔のように静かな店内で、私とアイーナは、食事と会話を少しばかり楽しんだ。


 食事を終え、店から出る。

 腹は十分満たされた。
 ここからもまたアイーナの案内に従うことにしよう。

「これからはどうするのですか?」

 次のことばかり言ったらせっかちと思われかねないが、思いきって尋ねてみた。

「ラインのところへ案内します」
「……お墓、ですか?」
「そうですね、そんな感じです。我が家ですが」

 そこへ行って、歌を歌えば良いのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人
恋愛
 私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!  素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。  しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!  ……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?  私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!! ※【エブリスタ】でも公開しています。  【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。 女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。 佐藤サトシは30歳の独身高校教師。 一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。 一年A組の受け持つことになったサトシ先生。 その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。 サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...