奇跡の歌姫

四季

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169話「ミソカニの世界観」

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 数週間の時を経て、ミソカニの創る世界が徐々に出来上がってきた。

 それは、すべてを失った一人の娘が歌姫として称賛されるようになるまでの物語。
 ミソカニは、モチーフは私なのだと話す。
 確かに、主人公である娘の生い立ちの設定は、どことなく私に似ていた。かつて偉大な歌手だった母親の存在や、生まれ育った村が焼き払われてしまったことなど、現実と被っている部分は多かった。

「ウタさん、舞台に立ったことはもちろんあるわよネ?」

 今日もまた打ち合わせでミソカニと会っている。彼とこうしてホーションの外れの喫茶店で会うのは、何度目だろう。もはや数えられないくらい顔を合わせている気がする。出会った当初は微塵も想像してみなかった、こんなに長期にわたって交流が続くことなんて。

「はい。歌うために、ならあります」
「そうよネ! なら大丈夫そうネ! ちょこーっと演技も必要になるかもしれないけドゥ」
「……演技?」

 ミソカニと会う時には、いつもウィクトルが同行してくれている。万が一危険な目に遭いそうになった時護ることができるように、なのだと、彼は言う。ファルシエラは基本的に平和な国なので、危険な目に遭う可能性は、帝国にいる時よりずっと低い。それでも、ウィクトルは共に行くことを止めようとはしなかった。

「そうなノ! セリフはないけど、動きをしてもらわなくてはならない部分はあるノ!」
「その……それはあまり自信がありません」

 歌うことは好きだし苦手ではない。人前であっても、歌うだけなら何とかなる。小さい頃練習していたということもあってか、歌唱ならば無理することなくこなせる。だが、演技となると話は別。たとえセリフがなくとも、すんなりこなせる保証はない。

「アラ! そうなノ!?」
「はい。演技はしたことがないので、きっと、かなりの練習が必要です」

 素晴らしい動きをできるのだろうと期待されては困るので、早めに本心を伝えておくことにした。
 私とて万能ではない、それを知っておいてほしくて。

 するとミソカニは、黒茶が入った紙コップを片手で持ちながら、視線を微かに下げる。意識が思考に向いたような表情の変化だった。

「そうなのネ……なかなか難しいワ……」

 独り言のように呟き、彼は紙コップを口もとへと運ぶ。
 その数秒後、黒茶を一気に飲み干した。

「とにかク! 練習ネ!」

 恐ろしいほどの一気飲みを行った後、ミソカニは大きな声を発する。

「練習をしましょうヨ! ウタさんならきっとできル!」
「……そ、そうですね。頑張ります」

 過剰に期待されるのが辛い私としては、ミソカニに練習に付き合ってもらえるというのはありがたいことだ。彼と練習するなら、確実に彼の理想を作り上げてゆくことができるのだから。素人ゆえ女優のような完璧なものを仕上げることはできないだろうが、それでも、試してみる価値はある。

「早速今から練習室へ直行しなイ!?」
「それも良いですね。……あ、でも。すみません、少し待って下さい」
「オーケイヨ! 待つワ」

 私はすぐに隣の椅子に座って無言で待機しているウィクトルの方へと視線を向ける。そして「行っても良い?」と尋ねてみた。敢えて直球な言葉にしたのは、そんなところで工夫しても意味がないと感じたから。

「君が良いなら構わないが、私も同行する」

 ウィクトルからの返事はそのような内容だった。

 私は再びミソカニへ視線を戻して、「彼も一緒で問題ないですか?」と質問する。するとミソカニは、笑顔で「もちろんヨ!」と明るく答えを発してくれたのだった。


 ミソカニが借りているという部屋は、ホーションの南寄りの辺りに位置する三階建ての建物の中の一室だった。ちなみに、二階の階段から一番遠い部屋である。そこは、何もない広間。人が生活するような部屋ではなく、家具はほとんど何も置かれていない。部屋に入ってすぐの位置から唯一見えたのは、姿見だった。

「わぁ……! 凄く広い部屋ですね」

 走り回りたくなるような部屋。窓もあって、開放的だ。

「ウフフ! びっくりしたかしラ?」
「はい。こんな広いところを借りていらっしゃるのですね。驚きました」

 靴は脱がずに入っていけるスタイルらしく、先頭を歩いていたミソカニは靴のまま進んでいく。

 ちなみに、今日の彼が履いているのは純白のハイヒール。こんなことを言うと性別に囚われた発想で時代遅れと思われてしまうかもしれないが、男性が履いていることはあまりないようなデザインのものだ。ただ、それを履きこなしている辺り、ミソカニの凄さを感じる。

「素敵なところよね。ウィクトル」
「……あぁ、広いな」

 付き添ってくれているウィクトルとそんな話をしながら、私は初めて目にした広間へ入っていく。


 それから数日、私はその広間へ通った。

 私が行わねばならないのは、朗読役の者が読む物語に合わせて動くこと。歌は数曲あるが、その他に声を出すことはない。もちろん、セリフを述べなくてはならない場面もない。
 声を出して演技をするというのは慣れておらず、どうしても恥ずかしく感じてしまうので、それがなかったことは幸運だったと言えるだろう。

「そうヨ、そこから歩いてきてみテ。ゆっくり、一歩ずつ、ネ」
「はい」

 ミソカニに指示された通りの動きをして見せる。
 それから、注文を聞く。

「そうネ! 歩き方は綺麗だけど、もう少ーし色気が欲しいわネ」

 その注文を受けて再び挑戦する、という形での進行だ。だが、ミソカニは妙にこだわりが強い。それゆえ、彼が納得する動きを取るのは簡単なことではない。

「……難しいですね」

 素人だからと言って逃げる気はない。ただ、ミソカニの細かい指摘に対応するのはかなり難易度が高いように思う。

「まぁ、そんなに緊張しなくて良いのヨ。もっと力を抜いて、歩いてみてちょうだイ」
「力を抜いて……」
「そうヨ! 早速もう一度やってみテ」
「はい」

 数メートル歩く歩き方でさえ、色々口を挟まれる。
 歩くことがこんなに難しいとは知らなかった。

「……こんな感じですか?」
「そうネ、いよいよ近づいてきた気がするワ」
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