170 / 209
169話「ミソカニの世界観」
しおりを挟む
数週間の時を経て、ミソカニの創る世界が徐々に出来上がってきた。
それは、すべてを失った一人の娘が歌姫として称賛されるようになるまでの物語。
ミソカニは、モチーフは私なのだと話す。
確かに、主人公である娘の生い立ちの設定は、どことなく私に似ていた。かつて偉大な歌手だった母親の存在や、生まれ育った村が焼き払われてしまったことなど、現実と被っている部分は多かった。
「ウタさん、舞台に立ったことはもちろんあるわよネ?」
今日もまた打ち合わせでミソカニと会っている。彼とこうしてホーションの外れの喫茶店で会うのは、何度目だろう。もはや数えられないくらい顔を合わせている気がする。出会った当初は微塵も想像してみなかった、こんなに長期にわたって交流が続くことなんて。
「はい。歌うために、ならあります」
「そうよネ! なら大丈夫そうネ! ちょこーっと演技も必要になるかもしれないけドゥ」
「……演技?」
ミソカニと会う時には、いつもウィクトルが同行してくれている。万が一危険な目に遭いそうになった時護ることができるように、なのだと、彼は言う。ファルシエラは基本的に平和な国なので、危険な目に遭う可能性は、帝国にいる時よりずっと低い。それでも、ウィクトルは共に行くことを止めようとはしなかった。
「そうなノ! セリフはないけど、動きをしてもらわなくてはならない部分はあるノ!」
「その……それはあまり自信がありません」
歌うことは好きだし苦手ではない。人前であっても、歌うだけなら何とかなる。小さい頃練習していたということもあってか、歌唱ならば無理することなくこなせる。だが、演技となると話は別。たとえセリフがなくとも、すんなりこなせる保証はない。
「アラ! そうなノ!?」
「はい。演技はしたことがないので、きっと、かなりの練習が必要です」
素晴らしい動きをできるのだろうと期待されては困るので、早めに本心を伝えておくことにした。
私とて万能ではない、それを知っておいてほしくて。
するとミソカニは、黒茶が入った紙コップを片手で持ちながら、視線を微かに下げる。意識が思考に向いたような表情の変化だった。
「そうなのネ……なかなか難しいワ……」
独り言のように呟き、彼は紙コップを口もとへと運ぶ。
その数秒後、黒茶を一気に飲み干した。
「とにかク! 練習ネ!」
恐ろしいほどの一気飲みを行った後、ミソカニは大きな声を発する。
「練習をしましょうヨ! ウタさんならきっとできル!」
「……そ、そうですね。頑張ります」
過剰に期待されるのが辛い私としては、ミソカニに練習に付き合ってもらえるというのはありがたいことだ。彼と練習するなら、確実に彼の理想を作り上げてゆくことができるのだから。素人ゆえ女優のような完璧なものを仕上げることはできないだろうが、それでも、試してみる価値はある。
「早速今から練習室へ直行しなイ!?」
「それも良いですね。……あ、でも。すみません、少し待って下さい」
「オーケイヨ! 待つワ」
私はすぐに隣の椅子に座って無言で待機しているウィクトルの方へと視線を向ける。そして「行っても良い?」と尋ねてみた。敢えて直球な言葉にしたのは、そんなところで工夫しても意味がないと感じたから。
「君が良いなら構わないが、私も同行する」
ウィクトルからの返事はそのような内容だった。
私は再びミソカニへ視線を戻して、「彼も一緒で問題ないですか?」と質問する。するとミソカニは、笑顔で「もちろんヨ!」と明るく答えを発してくれたのだった。
ミソカニが借りているという部屋は、ホーションの南寄りの辺りに位置する三階建ての建物の中の一室だった。ちなみに、二階の階段から一番遠い部屋である。そこは、何もない広間。人が生活するような部屋ではなく、家具はほとんど何も置かれていない。部屋に入ってすぐの位置から唯一見えたのは、姿見だった。
「わぁ……! 凄く広い部屋ですね」
走り回りたくなるような部屋。窓もあって、開放的だ。
「ウフフ! びっくりしたかしラ?」
「はい。こんな広いところを借りていらっしゃるのですね。驚きました」
靴は脱がずに入っていけるスタイルらしく、先頭を歩いていたミソカニは靴のまま進んでいく。
ちなみに、今日の彼が履いているのは純白のハイヒール。こんなことを言うと性別に囚われた発想で時代遅れと思われてしまうかもしれないが、男性が履いていることはあまりないようなデザインのものだ。ただ、それを履きこなしている辺り、ミソカニの凄さを感じる。
「素敵なところよね。ウィクトル」
「……あぁ、広いな」
付き添ってくれているウィクトルとそんな話をしながら、私は初めて目にした広間へ入っていく。
それから数日、私はその広間へ通った。
私が行わねばならないのは、朗読役の者が読む物語に合わせて動くこと。歌は数曲あるが、その他に声を出すことはない。もちろん、セリフを述べなくてはならない場面もない。
声を出して演技をするというのは慣れておらず、どうしても恥ずかしく感じてしまうので、それがなかったことは幸運だったと言えるだろう。
「そうヨ、そこから歩いてきてみテ。ゆっくり、一歩ずつ、ネ」
「はい」
ミソカニに指示された通りの動きをして見せる。
それから、注文を聞く。
「そうネ! 歩き方は綺麗だけど、もう少ーし色気が欲しいわネ」
その注文を受けて再び挑戦する、という形での進行だ。だが、ミソカニは妙にこだわりが強い。それゆえ、彼が納得する動きを取るのは簡単なことではない。
「……難しいですね」
素人だからと言って逃げる気はない。ただ、ミソカニの細かい指摘に対応するのはかなり難易度が高いように思う。
「まぁ、そんなに緊張しなくて良いのヨ。もっと力を抜いて、歩いてみてちょうだイ」
「力を抜いて……」
「そうヨ! 早速もう一度やってみテ」
「はい」
数メートル歩く歩き方でさえ、色々口を挟まれる。
歩くことがこんなに難しいとは知らなかった。
「……こんな感じですか?」
「そうネ、いよいよ近づいてきた気がするワ」
それは、すべてを失った一人の娘が歌姫として称賛されるようになるまでの物語。
ミソカニは、モチーフは私なのだと話す。
確かに、主人公である娘の生い立ちの設定は、どことなく私に似ていた。かつて偉大な歌手だった母親の存在や、生まれ育った村が焼き払われてしまったことなど、現実と被っている部分は多かった。
「ウタさん、舞台に立ったことはもちろんあるわよネ?」
今日もまた打ち合わせでミソカニと会っている。彼とこうしてホーションの外れの喫茶店で会うのは、何度目だろう。もはや数えられないくらい顔を合わせている気がする。出会った当初は微塵も想像してみなかった、こんなに長期にわたって交流が続くことなんて。
「はい。歌うために、ならあります」
「そうよネ! なら大丈夫そうネ! ちょこーっと演技も必要になるかもしれないけドゥ」
「……演技?」
ミソカニと会う時には、いつもウィクトルが同行してくれている。万が一危険な目に遭いそうになった時護ることができるように、なのだと、彼は言う。ファルシエラは基本的に平和な国なので、危険な目に遭う可能性は、帝国にいる時よりずっと低い。それでも、ウィクトルは共に行くことを止めようとはしなかった。
「そうなノ! セリフはないけど、動きをしてもらわなくてはならない部分はあるノ!」
「その……それはあまり自信がありません」
歌うことは好きだし苦手ではない。人前であっても、歌うだけなら何とかなる。小さい頃練習していたということもあってか、歌唱ならば無理することなくこなせる。だが、演技となると話は別。たとえセリフがなくとも、すんなりこなせる保証はない。
「アラ! そうなノ!?」
「はい。演技はしたことがないので、きっと、かなりの練習が必要です」
素晴らしい動きをできるのだろうと期待されては困るので、早めに本心を伝えておくことにした。
私とて万能ではない、それを知っておいてほしくて。
するとミソカニは、黒茶が入った紙コップを片手で持ちながら、視線を微かに下げる。意識が思考に向いたような表情の変化だった。
「そうなのネ……なかなか難しいワ……」
独り言のように呟き、彼は紙コップを口もとへと運ぶ。
その数秒後、黒茶を一気に飲み干した。
「とにかク! 練習ネ!」
恐ろしいほどの一気飲みを行った後、ミソカニは大きな声を発する。
「練習をしましょうヨ! ウタさんならきっとできル!」
「……そ、そうですね。頑張ります」
過剰に期待されるのが辛い私としては、ミソカニに練習に付き合ってもらえるというのはありがたいことだ。彼と練習するなら、確実に彼の理想を作り上げてゆくことができるのだから。素人ゆえ女優のような完璧なものを仕上げることはできないだろうが、それでも、試してみる価値はある。
「早速今から練習室へ直行しなイ!?」
「それも良いですね。……あ、でも。すみません、少し待って下さい」
「オーケイヨ! 待つワ」
私はすぐに隣の椅子に座って無言で待機しているウィクトルの方へと視線を向ける。そして「行っても良い?」と尋ねてみた。敢えて直球な言葉にしたのは、そんなところで工夫しても意味がないと感じたから。
「君が良いなら構わないが、私も同行する」
ウィクトルからの返事はそのような内容だった。
私は再びミソカニへ視線を戻して、「彼も一緒で問題ないですか?」と質問する。するとミソカニは、笑顔で「もちろんヨ!」と明るく答えを発してくれたのだった。
ミソカニが借りているという部屋は、ホーションの南寄りの辺りに位置する三階建ての建物の中の一室だった。ちなみに、二階の階段から一番遠い部屋である。そこは、何もない広間。人が生活するような部屋ではなく、家具はほとんど何も置かれていない。部屋に入ってすぐの位置から唯一見えたのは、姿見だった。
「わぁ……! 凄く広い部屋ですね」
走り回りたくなるような部屋。窓もあって、開放的だ。
「ウフフ! びっくりしたかしラ?」
「はい。こんな広いところを借りていらっしゃるのですね。驚きました」
靴は脱がずに入っていけるスタイルらしく、先頭を歩いていたミソカニは靴のまま進んでいく。
ちなみに、今日の彼が履いているのは純白のハイヒール。こんなことを言うと性別に囚われた発想で時代遅れと思われてしまうかもしれないが、男性が履いていることはあまりないようなデザインのものだ。ただ、それを履きこなしている辺り、ミソカニの凄さを感じる。
「素敵なところよね。ウィクトル」
「……あぁ、広いな」
付き添ってくれているウィクトルとそんな話をしながら、私は初めて目にした広間へ入っていく。
それから数日、私はその広間へ通った。
私が行わねばならないのは、朗読役の者が読む物語に合わせて動くこと。歌は数曲あるが、その他に声を出すことはない。もちろん、セリフを述べなくてはならない場面もない。
声を出して演技をするというのは慣れておらず、どうしても恥ずかしく感じてしまうので、それがなかったことは幸運だったと言えるだろう。
「そうヨ、そこから歩いてきてみテ。ゆっくり、一歩ずつ、ネ」
「はい」
ミソカニに指示された通りの動きをして見せる。
それから、注文を聞く。
「そうネ! 歩き方は綺麗だけど、もう少ーし色気が欲しいわネ」
その注文を受けて再び挑戦する、という形での進行だ。だが、ミソカニは妙にこだわりが強い。それゆえ、彼が納得する動きを取るのは簡単なことではない。
「……難しいですね」
素人だからと言って逃げる気はない。ただ、ミソカニの細かい指摘に対応するのはかなり難易度が高いように思う。
「まぁ、そんなに緊張しなくて良いのヨ。もっと力を抜いて、歩いてみてちょうだイ」
「力を抜いて……」
「そうヨ! 早速もう一度やってみテ」
「はい」
数メートル歩く歩き方でさえ、色々口を挟まれる。
歩くことがこんなに難しいとは知らなかった。
「……こんな感じですか?」
「そうネ、いよいよ近づいてきた気がするワ」
0
あなたにおすすめの小説
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない
白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。
女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。
佐藤サトシは30歳の独身高校教師。
一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。
一年A組の受け持つことになったサトシ先生。
その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。
サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~
黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。
そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。
あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。
あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ!
猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。
※全30話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる