奇跡の歌姫

四季

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175話「カマカニの誤解」

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 今日公演を行う劇場は、これまた小さめの規模のところだった。
 開演まではまだ数時間ある。だが、一度予行演習的なことを行わなければならないため、のんびりしている暇はない。ただ、必要以上に緊張してしまわないという意味では、忙しい方が良いのだけれど。

「ウタさん、調子はどうかしラ?」
「あ、ミソカニさん」

 用意された控え室にリベルテと待機していたところ、ミソカニが訪問してきた。

 明るい表情だ。
 機嫌は良さそうである。

「元気です」
「んんぅー? 声が元気そうじゃないわヨ?」

 あっさりと鋭いことを言われてしまった。
 私は素直に返しておくことにする。

「……緊張しているからかもしれません。すみません」

 近くにいるリベルテは不安そうにこちらを見つめていた。
 罪のない彼を不安にさせてしまっていると思うと、とにかく申し訳ない。

「ま、そういうことはあるわよネ! 体調不良でないなら安心したワ!」

 その言葉を聞いて、私は「少し誤解してしまっていたかもしれない」と密かに思う。というのも、私は、ミソカニが「元気そうじゃない」と言った本当の意味を理解できていなかったみたいなのだ。

 ミソカニとて、私に敵意があってそんなことを言ったわけではない。
 それなのに私は、嫌みを言われたかのような心境に勝手になって。

「今日からまた頑張りましょうネ!」
「は、はい! 頑張ります!」
「自然で良いのヨ。ウタさんは真面目な人だかラ、自然体でいることが難しいのかもしれないけどネ」

 ミソカニは私の心を見透かしていた。

 ……私が分かりやすいのか、彼が非常に鋭いのか。

「でも安心しテ! ウタさんの能力と魅力はアタイが保証するかラ!」
「勿体ないお言葉です」
「ンゥー? 勿体なくなんてないわヨ!」

 そう言って、ミソカニはウインク。右目だけを閉じて、お茶目さを醸し出そうと試みる。だが、彼の意図を察してもなお、妙な行動にしか見えなかった。ミソカニはよくウインクをするが、いまいち似合わないのだ。似合わない人がするウインクほど奇妙なものはない。

「今日もテンションが高いですね、ミソカニさんは」

 ミソカニが部屋から出ていくや否や、リベルテはそんなことを言った。

「えぇ、そうね」
「朗読役のフリュイという方とは大違いでございます」
「確かに。彼はまた妙にテンションが低いものね」
「その通りでございます。驚くほどのローテンションで」

 必要以上に緊張しないためには、多少の会話も必要——個人的にはそう思う。
 どうでもいいような話題ならなお良し。声を出したり会話の内容を考えたりして気を散らすことによって、緊張は軽くなる。
 集中力はどんなことにおいても重要なもの。だが、集中し過ぎることによる弊害も確かに存在するわけで。その弊害をなくそうと思えば、気になることに意識を向け過ぎない努力が必要だ。


 ◆


 皇帝の間、その入り口の扉が開き、カマカニが室内へと入ってくる。
 今日もいつもと変わらずハンコ押しの作業を継続していたビタリーは、そっと顔を上げた。

「旦那ぁ! 聞いたすかぁ!?」

 いつもはメイド服風ワンピースを着ているカマカニだが、今日は違う服を着ている。ワンピースはワンピースなのだが、空色のワンピースである。力強い太ももが剥き出しになっているところは少々パンチがあるが、膨らんだ袖口や胸元にレース柄がプリントされているところはおしゃれだ。

「何だい、また急に」

 ハンコをつまんでいた手を止め、目をぱちぱちさせるビタリー。

「あのウタさんとかいう娘さんの話っすよぅ!」

 カマカニは反復横跳びのような動きをしながら明るい声で言う。

「ウタ? ……君は彼女の情報を集めるのが好きだね」
「旦那の想い人なんじゃないんすかぁ?」

 さらりとそんなことを言われ、ビタリーは驚きを顔面に滲ませる。

「なっ! ……まったく、君は何を言い出すんだい。そんなわけないじゃないか」 

 カマカニが何の前触れもなく他所の情報を仕入れてくるのは珍しいことではない。これまでにも、そういうことは多々あった。そして、ウタに関する情報であることが多いのも、前からのことだ。しかし、想い人などと思い込まれているとは、ビタリーは微塵も想像していなかった。

「怪しいすぅ」

 唇を尖らせ、茶化すように顔を近づけるカマカニ。
 ビタリーは顔をしかめる。

「前にも言ったはずだが! 僕には! 妻もいる!」

 意図的に声を大きくし、はっきりと述べるビタリー。

 彼がシャルティエラと結婚したのは、特別想い合ってのことではない。それでも、彼は、シャルティエラに対して多少は情を抱いているらしく。蔑ろにするようなことを積極的にしようとは考えていないようだ。

「それは、政略結婚的なやつじゃないんすかぁ?」
「まぁそうでないとは言いきれないね。僕と彼女はある意味では同志だったから」

 ビタリーは机の上にある紙を手もとへ寄せる。そして、わざとらしく、一枚一枚に目を通し始めた。左手で全体を掴み、右手で優雅にめくっていっている。

「皇帝の座をこの手に入れる。そういう意味では、同志だったよ」
「目的の一致っすねぇ。ロマンチックす」
「ロマンチック? ……馬鹿げたことを。でも、ま、そう思われても仕方ないかもしれない」

 ひと通り目を通し終えると、ビタリーは紙を机に置いて、カマカニの方へと視線を向けた。

「で、話って?」

 いきなり真剣な眼差しを向けられたカマカニは戸惑ったような顔をする。
 ウタの話を伝えるためにやって来た彼だったが、色々関係ないことを話しているうちに、当初の目的を忘れてしまっていたようだ。

「そ、そうだったす! 本題を忘れてたす! ファルシエラ内でウタさんが出場する公演が開かれてるみたいなんすよ。それを伝えようと思って!」

 カマカニは足を交互に踏み締めながら述べる。

「ツアー公演とか何とかで! びっくりしたっすぅ! 彼女、有名人なんすねぇ!」

 テンション高めのカマカニは止まらない。握った両拳を胸の前辺りにおき、交互になるように上下させる。また、足を交互に踏み締めることは継続。そんな、妙な踊りが始まってしまう。

 カマカニはたまにこういう時がある。
 日頃は口調と服装が独特なくらいのものなのだが、ひとたびスイッチが入ると踊り続けるのだ。

「……ツアー公演、だって?」
「小さめの劇場を数カ所回るらしいっすぅ」
「へぇ。そんなことが」
「旦那ぁは観に行くっすかぁ!?」

 答えの分かりきった問いに、ビタリーは呆れた顔で返す。

「まさか。ファルシエラになんて行かないよ」
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