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182話「ウタの悩みと心の方向」
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翌日、キエル帝国の現状について調べてくれていたリベルテから話を聞いた。
その話によれば、今キエル帝国はまたもや荒れた状況になりつつあるらしい。というのも、今度はビタリーに不満を抱く者が増えてきたようなのだ。
ちなみに、その不満を抱く者たちの多くは、イヴァン時代に良い思いをしていた者だそうだ。
そういう意味では、若干仕方ない気もするが……。
「そんなことになっているのね……」
「はい。そのようでございます。詳細までは分かりませんが」
帝国で暮らす人たちが荒んでいるということには、もはや驚きはない。
これまでもそうだったから。
頂点が誰になろうと、どのような形の国になろうと、どのみち不平不満を漏らす者は消えないのだろう。
すべての人にそれぞれの事情があるわけだから、誰もが納得できる結末なんてない。誰もが歓喜する国なんて作ることはできない。結局存在しないのだ、理想郷なんて。考え方が皆同じでない限り、理想の園が出来上がることはない。
「やはり参加は見送った方が良いのではないか」
唐突に口を挟んできたのはウィクトルだった。
彼は私が公演に参加することは良く思っていないみたいだ。開催地が帝国だからだろうか。
「そんな荒れた帝国へ行くのはリスクが高い。残念かもしれないが、今回は止めておくべきだ」
ウィクトルは琥珀色の瞳でじっとこちらを見つめ、真剣な低めの声で述べた。彼の頭には「参加してみても良いかもしれない」といった思いは欠片もないようだ。いかにして参加しないよう話を進めようか、ということを考えて動いているのかもしれない。
「そう……よね。それも一つだと……そう思うわ」
いきなりばっさり否定するのは良くない。そう思うからこそ、まずは肯定。肯定から入り、曖昧な感じにぼやかしていく。答えが出るまでは、明瞭な言葉を発することはできない。
だがどうしよう、と考えていると。
「主、決めるのはウタ様自身でございますよ。主が決めるのではございません」
リベルテがそんなことを言った。
参加しない方向へ進めたいウィクトルとは違って、リベルテは私の意思を尊重してくれるようだ。
そのどちらが正しいのかは分からない。が、二人とも私のことを考えてくれているということだけは分かる。でも、だからこそ、どちらに乗るかを簡単に決めることはできない。それに、どちらかの意見に乗るとしても二人ともが不快にならない言い方をしなくてはならないので、そこがまた難しく厄介だ。
「……そうね。もう少し考えてみようかしら」
人生に答えはない。
参加することを選んでも、参加しないことを選んでも、ただそれが道となるだけ。
だが、だからこそ難しいのだ。
どちらかが正解であるならば、正解であろうという方へ進めば良い。けれども、正解というものがないとしたら、どう進めば良いのかの答えは存在しないわけで。なんだかんだで、結局、正解がない問題が一番難解なのだ。
「二人とも、ありがとう。……少し一人にならせて」
ファルシエラのお昼時は穏やかそのもの。
眺めるだけで心が落ち着いてくる。
家の外に出て、一人静かに空気を吸えば、歌いたいという衝動がむくむくと湧き上がってくるから不思議だ。
背伸びをして、眼球をくるりと一回転させたら、改めて公演のことを考える。
綺麗な酸素を吸いながらなら思考もはかどるだろう。
まず考えるべきは、自分の気持ち。真っ直ぐな気持ちで、心に問いかけてみる。参加したいの? と。直球で。すると、私の歌を必要としてくれる人がいるなら歌いたい、と心が返してきた——というのはあくまで解釈を含んだ表現なわけだが。とにかく、参加したくないわけではないということが明らかになった。私自身は参加を嫌がってはいないようである。
……というより、本当はとうに決まっていたのかもしれない。
とはいえ、それだけで参加を決めるわけにもいかない。
参加するなら参加するで、ウィクトルたちにそれを伝えなくてはならないのだ。そして、その過程でややこしいことになる可能性も皆無ではない。
……いろんな意味で気が重い。
極力厄介なことにならず事が進みますように。
今はそう願うしかない。
一人での思考を終え、家の中へ戻ると、リベルテが駆け寄ってきた。
何事かと思っていると。
「ウタ様! 戻られましたか!」
待っていた、と言わんばかりの嬉しそうな顔。一体何があったのだろう。状況が飲み込めない。
「えぇ。どうしたの?」
「先ほど、あのエレノアという方から連絡があったのでございます!」
「エレノアから!?」
予想外の展開に驚き、日頃より大きな声を出してしまう。
「それはまた……珍しいわね」
エレノアは私のことを覚えてくれていたのか。
そう思うと感慨深いものがある。
私が彼女と共に過ごせた時間はあまり長くはなかった。が、それでも、あの時間は良いものだった。そして、彼女は私に友人という存在の良さを教えてくれた。失うことの方が多かった私の人生に、彼女はいくつもの幸せをくれたのだ。
「それで、彼女は何て?」
「ウタ様への伝言を頼むメッセージでございました。『最近どうしてる? 元気にしてる? 生きてる?』と」
生きてる? か。
面白い質問だ。
でも、彼女がそう尋ねてくれたという小さな事実さえ、今は嬉しい。
「そして、『今は帝国にはいないの? またいつか会えそうだったら、連絡してくれたら嬉しいな。無理ならいいけど。いつかはまた会おうね!』とも」
それを聞いた瞬間、胸の奥から得体の知れない感情が溢れてきた。
泉から湧く水のような感情は、私の胸を一気に満たす。
「そうだったの……嬉しい……」
今は大きな声は出せない。
驚いていた段階では大きな声が出たけれど、感動の色が濃くなるにつれて控えめの声しか出なくなっていった。
「良かったですね」
リベルテはくすっと笑う。
それは決して、他人を馬鹿にするような笑いではない。
「えぇ! ……その、返事はできないのかしら?」
「コンタクトを取るよう試みましょうか」
意外な言葉がリベルテの口から出てきた。
「……え。できるの?」
「試してみることなら、今は可能でございます」
「じゃ、じゃあ! お願い!」
その話によれば、今キエル帝国はまたもや荒れた状況になりつつあるらしい。というのも、今度はビタリーに不満を抱く者が増えてきたようなのだ。
ちなみに、その不満を抱く者たちの多くは、イヴァン時代に良い思いをしていた者だそうだ。
そういう意味では、若干仕方ない気もするが……。
「そんなことになっているのね……」
「はい。そのようでございます。詳細までは分かりませんが」
帝国で暮らす人たちが荒んでいるということには、もはや驚きはない。
これまでもそうだったから。
頂点が誰になろうと、どのような形の国になろうと、どのみち不平不満を漏らす者は消えないのだろう。
すべての人にそれぞれの事情があるわけだから、誰もが納得できる結末なんてない。誰もが歓喜する国なんて作ることはできない。結局存在しないのだ、理想郷なんて。考え方が皆同じでない限り、理想の園が出来上がることはない。
「やはり参加は見送った方が良いのではないか」
唐突に口を挟んできたのはウィクトルだった。
彼は私が公演に参加することは良く思っていないみたいだ。開催地が帝国だからだろうか。
「そんな荒れた帝国へ行くのはリスクが高い。残念かもしれないが、今回は止めておくべきだ」
ウィクトルは琥珀色の瞳でじっとこちらを見つめ、真剣な低めの声で述べた。彼の頭には「参加してみても良いかもしれない」といった思いは欠片もないようだ。いかにして参加しないよう話を進めようか、ということを考えて動いているのかもしれない。
「そう……よね。それも一つだと……そう思うわ」
いきなりばっさり否定するのは良くない。そう思うからこそ、まずは肯定。肯定から入り、曖昧な感じにぼやかしていく。答えが出るまでは、明瞭な言葉を発することはできない。
だがどうしよう、と考えていると。
「主、決めるのはウタ様自身でございますよ。主が決めるのではございません」
リベルテがそんなことを言った。
参加しない方向へ進めたいウィクトルとは違って、リベルテは私の意思を尊重してくれるようだ。
そのどちらが正しいのかは分からない。が、二人とも私のことを考えてくれているということだけは分かる。でも、だからこそ、どちらに乗るかを簡単に決めることはできない。それに、どちらかの意見に乗るとしても二人ともが不快にならない言い方をしなくてはならないので、そこがまた難しく厄介だ。
「……そうね。もう少し考えてみようかしら」
人生に答えはない。
参加することを選んでも、参加しないことを選んでも、ただそれが道となるだけ。
だが、だからこそ難しいのだ。
どちらかが正解であるならば、正解であろうという方へ進めば良い。けれども、正解というものがないとしたら、どう進めば良いのかの答えは存在しないわけで。なんだかんだで、結局、正解がない問題が一番難解なのだ。
「二人とも、ありがとう。……少し一人にならせて」
ファルシエラのお昼時は穏やかそのもの。
眺めるだけで心が落ち着いてくる。
家の外に出て、一人静かに空気を吸えば、歌いたいという衝動がむくむくと湧き上がってくるから不思議だ。
背伸びをして、眼球をくるりと一回転させたら、改めて公演のことを考える。
綺麗な酸素を吸いながらなら思考もはかどるだろう。
まず考えるべきは、自分の気持ち。真っ直ぐな気持ちで、心に問いかけてみる。参加したいの? と。直球で。すると、私の歌を必要としてくれる人がいるなら歌いたい、と心が返してきた——というのはあくまで解釈を含んだ表現なわけだが。とにかく、参加したくないわけではないということが明らかになった。私自身は参加を嫌がってはいないようである。
……というより、本当はとうに決まっていたのかもしれない。
とはいえ、それだけで参加を決めるわけにもいかない。
参加するなら参加するで、ウィクトルたちにそれを伝えなくてはならないのだ。そして、その過程でややこしいことになる可能性も皆無ではない。
……いろんな意味で気が重い。
極力厄介なことにならず事が進みますように。
今はそう願うしかない。
一人での思考を終え、家の中へ戻ると、リベルテが駆け寄ってきた。
何事かと思っていると。
「ウタ様! 戻られましたか!」
待っていた、と言わんばかりの嬉しそうな顔。一体何があったのだろう。状況が飲み込めない。
「えぇ。どうしたの?」
「先ほど、あのエレノアという方から連絡があったのでございます!」
「エレノアから!?」
予想外の展開に驚き、日頃より大きな声を出してしまう。
「それはまた……珍しいわね」
エレノアは私のことを覚えてくれていたのか。
そう思うと感慨深いものがある。
私が彼女と共に過ごせた時間はあまり長くはなかった。が、それでも、あの時間は良いものだった。そして、彼女は私に友人という存在の良さを教えてくれた。失うことの方が多かった私の人生に、彼女はいくつもの幸せをくれたのだ。
「それで、彼女は何て?」
「ウタ様への伝言を頼むメッセージでございました。『最近どうしてる? 元気にしてる? 生きてる?』と」
生きてる? か。
面白い質問だ。
でも、彼女がそう尋ねてくれたという小さな事実さえ、今は嬉しい。
「そして、『今は帝国にはいないの? またいつか会えそうだったら、連絡してくれたら嬉しいな。無理ならいいけど。いつかはまた会おうね!』とも」
それを聞いた瞬間、胸の奥から得体の知れない感情が溢れてきた。
泉から湧く水のような感情は、私の胸を一気に満たす。
「そうだったの……嬉しい……」
今は大きな声は出せない。
驚いていた段階では大きな声が出たけれど、感動の色が濃くなるにつれて控えめの声しか出なくなっていった。
「良かったですね」
リベルテはくすっと笑う。
それは決して、他人を馬鹿にするような笑いではない。
「えぇ! ……その、返事はできないのかしら?」
「コンタクトを取るよう試みましょうか」
意外な言葉がリベルテの口から出てきた。
「……え。できるの?」
「試してみることなら、今は可能でございます」
「じゃ、じゃあ! お願い!」
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