奇跡の歌姫

四季

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181話「ミソカニの猶予」

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 これまでファルシエラで続けてきた公演を、キエル帝国で行う。
 それがミソカニの次なる構想だった。

 とはいえ、キエル帝国内で公演を行えそうなところとなると、どうしても限られてくる。劇場で演劇を楽しむという文化が定着していない帝国内には、公演に相応しい場が少ないからだ。

 吟味の結果ミソカニが決めたのは、『歌姫祭』の時に出たあの劇場だった。

 それを知った時、私は「なんて運命的なのだろう」と思った。なんせ、あの劇場は私の思い出の場所。そして、始まりの場所でもあるのだから。

 もうずっと前のことだ。今では懐かしい。この星へ来て、まだ何を頼りに歩けば良いのかすら分からなかった頃、私はあそこで歌った。そして、そこで意外にも賞を貰うことができ、私は一気に高い知名度を得た。

 あれは奇跡のような出来事だった。
 一番良い賞を貰えるなんて、嘘みたいで。

 始まりのあの場所に帰る。それも悪くはないかもしれない。けれども、帝国にはビタリーがいる。彼は公演を邪魔してくる可能性があるし、ウィクトルと会おうものなら何してくるか。あの舞台に立つならウィクトルに観に来てほしいが、ビタリーのいる帝国にウィクトルを連れていくのはリスクが高すぎる。

 考えれば考えるほど、迷宮に迷い込んでいってしまう。

 どうすれば良いの? どうすることが最善なの? そんな風に思って、思考を繰り返して。

 けれども答えは出せず。
 ただひたすらに、時だけが過ぎていく。


「ウタさん! 呼んでごめんネ!」
「いえ……」

 私の心はまだ決まっていない。けれども、ミソカニに呼び出されて、呼び出し場所の喫茶店にまで来てしまった。期待させてしまうような行動をするべきではないのに。

「で、どうかしラ? 帝国公演、出てくれる気になッタ?」

 今日のミソカニは、布を巻きつけたようなドレスを身にまとっている。丈は膝が隠れる程度でそこまで目立ちはしない。が、そもそもの布が虹色なので、妙に目立つ仕上がりになっている。道を行くどの女性よりも華やかだ。布はラメが練り込まれているものなので、表面には煌めきもある。

「その……ごめんなさい。まだ答えが出ていないんです」

 隠してもごまかしても何の意味もない。だから私は、正直な気持ちを述べることにした。私にできることはそれしかない。

「ん? どういうこト?」
「帝国での公演に出演するか否か……決められていないんです」

 するとミソカニはおかしなものを見るような顔をした。
 私の発言の意味がいまいち理解できていないようである。

 もしかしたら、彼は、私が快諾すると思っていたのかもしれない。ここへ来たのだから参加するのだろう、と、そう考えていたのかもしれない。

 だが、もしそうだったとしても文句は言えないだろう。
 そう思わせるような行動をした私にも、多少の非はあるのだから。

「エエッ! まさか、まだ迷っているってこト!?」
「……はい」
「ん、んんゥー。それはちょびっと意外だったワー」

 ミソカニが帝国内で公演を行いたいのは分かる。良いものを創り上げられたなら、誰だって、もっと多くの人に目にしてほしいと願いだろう。それは人としてまともな感情だ。

 ビタリーとのことさえなければ、私も迷わず出演できるのに。

 ミソカニの力作を帝国の人たちに見せることができるのに。

「ご……ごめんなさイ。ちょーっと意外だったものだかラ。ついおかしな態度を取ってしまったワ」

 ミソカニはよほど断られると思っていなかったのだろう、かなり動揺している。彼は、問題に突き当たってもわりと器用に避けていくタイプの人間なのだが、今ばかりはそうはいかなかったらしい。
 だが私からすれば「そんなに断られないと思っていたのか!」という感じだ。そういう意味での驚きが、胸の奥に大きく存在している。無論、そんなことは口から出すべきではないのだろうが。

「でも、でも、何とか参加してもらえないかしラ? そうじゃないと困っちゃうのヨ」

 ミソカニは急にオロオロし始めた。
 開いた両手の手のひらを顎に当て、膝を九十度に曲げた状態で、落ち着きなく足踏みをする。

「……すみません。少し、考えさせてもらえませんか」
「ううーン、まぁ、そうよネ……仕方ないわよネ……ううーン……」

 奇妙な動作の次は、悩むようなアクション。膝を九十度に曲げた基本の体勢は同じだが、右手の伸ばした人差し指を右側のこめかみに添え、そのまま足を踏む。ちなみに、足を踏む順は、右右左右左左左左右というような不規則なものだ。

 はたから見れば違和感しかないであろう動作を次から次へと行なう人物と二人でいるというのは複雑な心境だ。

 私自身はミソカニが妙な動きをしていても気にならないが、周囲からの視線を感じて肌が痛い。
 ただ、謎な人物をつい見てしまう心理は分からないではない。なので周囲を責める気にはなれない。それはある程度自然な行動であって、彼らに罪はないから。

「マ、分かったワ! もう少し考えて良いわヨ!」

 長い謎アクションと思考の後、ミソカニは目を豪快に見開いて言った。

「本当ですか……!」

 絶対に出ないと決めているわけではないが、出ることを約束するところまでは思いきれない。そんな状態の私としては、一番ありがたい結果だった。

 今はもう少し時間がほしい。
 それが本心だ。

「色々決め始めるまで、まだ日はあるワ。大体二三日くらいだけド」
「ありがとうございます!」
「オケイ。じゃあ、三日後の夕方までに、どうするか連絡くれるかしラ? それでドゥ?」
「分かりました。ではそれでお願いします」
「ハーイ! オケイッ!」

 こうして、ひとまず話はまとまる。

 ミソカニが広い心を持っている人物で良かった、と、この時ばかりは強く思った。考える猶予を与えてくれたことに、心から感謝したい。今この場で決めろ、なんて言われなくて、本当に良かった。


「でね、三日後の夕方までに決めて連絡することになったの」

 帰宅してから、私はウィクトルとリベルテにそう説明した。
 それを聞いた瞬間、リベルテは安堵して頬を緩める。彼は私の心境を理解してくれているから、この一旦の決定を聞いて、私と同じようにホッとできたのだろう。

「それで。帝国内で公演を行う場所などあるのか」

 安堵して穏やかな顔つきになっているリベルテとは対照的に、ウィクトルは真面目な顔のまま尋ねてきた。

 彼は猶予ができたことに安堵するところで止まってはいなかった。
 既に次のことを考え始めている。

「予定はあの『歌姫祭』をしたところみたいよ」

 ウィクトルの問いに答える。
 話に直接関係していないリベルテは、ウィクトルと私を交互に見ていた。

「……なるほど。開催場所はあの劇場か。確かに、あそこは公演に使えそうだな」
「えぇ。結構立派なところだから、広すぎる気もちょっとするけど……」
「そうだな。だが、そこでやるのなら、また少し演出を変えたりすることだろう。規模はそれで何とかなるはずだ」

 もはや話がずれてきている——ような気がする。

 でも、ウィクトルの真剣に考えるような姿勢は嫌いではない。

 ……多少首が凝るけれど。
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