奇跡の歌姫

四季

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184話「ウタの突き進む決意」

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 心は決まった。
 必要とされるところへ、私は行く。

 その日、私はキエルでの公演に参加する意を固めた。色々悩んで迷ってきたけれど、最後はすっぱり決意が固まった。だが、心が決まる時というのは、案外そんなものなのかもしれない。

 まずはミソカニにそのことを伝えなくてはならない。

 リベルテに頼み、機械を通じてミソカニに「参加したい」という趣旨のことを伝えてもらった。
 連絡はすぐに返ってきた。リベルテが持つ機械に、だ。返信によれば、ミソカニは私の参加を喜んでくれているようだった。そして、その返信によって、フリュイも参加が決まったということを知った。

 ミソカニがやる気になっていて、フリュイがいて、私も参加する。
 それならきっと上手くいくだろう。

 その後もミソカニと数回やり取りを継続。その中で色々なことについて話し、明日の昼、行きつけの喫茶店にて改めて顔を合わせることが決まった。

「いよいよ始動、といったところか」
「えぇ。許してくれてありがとう、ウィクトル」
「君の人生を決めるのは君……だから、な」
「そうね。きっと成功させてみせるわ。……その姿を、できればウィクトルにも見せたいわね」


 翌日、ホーションの外れの喫茶店へ行く。
 私が着いた時、ミソカニは既に到着していた。彼は大きく手を振りながら迎えてくれる。

「参加を決めてくれてありがトゥ! 嬉しいワ!」

 第一声はそれだった。

「いえいえ。決めるのが遅くなってしまってすみませんでした」
「良いのヨ! というより、早かった方だと思うワ」

 私はミソカニと共に席に着く。二人用のテーブル席に。そして、店員にハーブティーとドーナツ一個をそれぞれ注文し、改めて話を始める。

「フリュイさんも参加なさることになったのですね」
「そうなノ! ラッキーだったワ!」

 以前聞いた話によれば、フリュイも帝国には戻りたくないみたいだった。なのに参加を決めたというのは、正直驚きでしかない。面倒臭がりなフリュイのことだ、さらりと断りそうなイメージだったのだが。

「そちらはすぐに決まったのですか?」
「えぇそうヨ! しつこーくお願いしたら、受けてくれたワ!」
「……しつこく」
「ウッフフッフフ! そうなノ! こう見えてアタイ、しつこいお願い得意なのよネ」

 そんな風に話をしていうちに、注文していたハーブティーとドーナツが運ばれてきた。
 甘いドーナツと素朴な植物の味のハーブティーなら、きっとよく合うはず。

「で、決まったってわケ! でも良かったわァ。ウタさんも参加を決めてくれテ!」
「それで、今後の予定は?」
「まずは日を決めなくちゃネ! 今日のうちに連絡して、あの劇場を、取れそうだったら取るノ! ウッフフ。ワクワクしてきたワ」

 ミソカニはとうにやる気になっている。行動は早そうだ。
 元々やり手な彼のことだから、場所の確保だってきっと上手くやるだろう。

「ところで、練習はいつ行いますか?」

 今これを聞くのは気が早いと思われてしまうかもしれないが、一応尋ねてみた。
 何事も早めに把握しておいた方が心の準備ができる。

「あラ! 積極的ネ! 嬉しいワ」

 マグカップに入ったハーブティーをちまちま飲んでいたミソカニは、カップを一旦テーブルに戻してそんなことを言う。
 店内には私たち以外にも客がいる。その多くは女性だ。この喫茶店は、いつも女性客が多い気がする。もちろん、子どもや男性もいないわけではないけれど。

「どうしようかしラ……実はまだそこまで考えてなかったのよネ……」

 ミソカニはハーブティーを鼻だけで楽しみつつ私から視線を逸らす。
 練習の予定は特にまだなかったみたいだ。

「あ、いえ! じゃあ大丈夫ですよ!」
「ンゥ! どういうこトゥ?」
「もし決まっていたらと思って尋ねただけなので」
「オケイ! じゃ、決まったら言うわネ!」

 一時は気まずそうな顔をしていたミソカニだが、すぐに平静を取り戻し、お茶目にウインクする。
 若さを意識し過ぎた中年女性のようで心なしか厳しい。が、そんなことを直接言うわけにもいかないので、そこには触れないでおいた。周囲に害はないので、指摘するほどのことでもない。

「場所が確保できたらまず報せるわネ?」
「はい。お願いします」
「練習とかは、それから考えまショ?」
「分かりました」

 その日はそれで別れた。

 連絡を待つのみだ。


 ◆


 帝都、皇帝の間がある建物の前には、人集りができている。

 人の群れの中にいる者に傾向はない。女性もいれば、男性もいる。年寄りもいれば、若者もいる。とにかく統一感がない。もちろん、皆が仲間ということでもない様子だ。

「もういい加減にして下さい! 搾取されて困ります!」
「財産にかかる税金急に変わり過ぎやろ! しかも取られるん多過ぎやろ!」
「オーイエウッラー。アダダアダダバ」
「世の中良くなってません! いまだに強盗が多いままです! 何とかして」

 朝から晩まで入り口付近に座り込む者や怒鳴り続ける者、隙あらば突入しようとする者など、見ぬふりはできないようなものが多い。そのため、警備員たちが定期的に出てきて、その者たちを退けようとしている。しかし、声をかけようが腕でぐいぐい押そうが、人々は去っていかない。警備員たちの努力にはほとんど意味がない。

 このままでは、最悪武力を行使しての人払いになりかねない。
 辺りは気味の悪い緊張感に包まれている。

「皇帝陛下に言いたいことがあります! みんなそうだと思いますよ? だから集まってるんです!」
「財産にかかる税高過ぎやねーん!」
「オーイエウララー。アダダアダダバラ。オーイエウッラー」
「世の中全然改善してません! いまだに強盗が湧いてます! 改善して」

 警備員たちは何とか人を追い払おうと努力している。が、上手く人々を退けることはできない。

 刹那、果物ナイフを持っている一人の男が現れた。

 人々は一瞬動揺する。無差別殺人犯が来たのかと思ったのだろう。しかし、すぐに、その男が目標としているのは警備員なのだと判明。それによって、今度はそのナイフの男を応援するような空気が流れ始める。

「コラ! 危ないものを持つな!」

 警備員の一人が男の前に立ち塞がりつつ注意する。
 だが男は止まらない。

「オレは止まらん! ヒャッハー!!」

 果物ナイフを手にした男性は、奇妙な声をあげつつ走り続ける。警備員が前にいても、ちっとも気にしない。ただひたすら突進するだけ。

「THE 過激キタ」

 人集りの中の誰かが、そんなことを呟いていた。
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