奇跡の歌姫

四季

文字の大きさ
186 / 209

185話「フリュイの本音ポロリ」

しおりを挟む
 数日後、ミソカニから連絡が来た。

 無事劇場を確保できたそうだ。一か月後に決まったという。

 公演が行われるのが一カ月後であれば、時間はそれなりにある。構成の決定、練習、衣装の確認——せねばならないことは山ほどあるだろうが、協力し合って頑張れば、何とかなるだろう。

 噂によれば、キエル帝国は今もあまり良い状態ではないようだ。
 気まぐれなビタリーが頂点にいるのだから当然と言えば当然な気もするが。

 とにかく何とか乱れきった状態にはならないようにしてほしい。一か月後、舞台なんて観ている場合ではないような世になっていないよう、今はそれだけを祈りたい。


 それから数日、今回に関しては一回目となる集まりが催された。
 主催者のミソカニはもちろん、朗読役のフリュイも来ていた。それと、数人のスタッフも。

「次の舞台はこれまでより大きいワ! だから、演出を少し変えなくちゃならないと思うノ!」

 帝国での初回公演を目指すにあたり、ミソカニはそんなことを言った。

「えー。演出変えるんですか。意味ないと思いますけど」
「あラ! そんな寂しいこと言わないデ!」
「それで、どんな風に変えるんですか。僕の仕事を増やすのは止めて下さい、厄介なので」

 その時のフリュイはいつもの二三倍くらいはっきり物を言っていた。彼は前から躊躇なく人に物を言えるタイプではあったけれど、さらに進化したみたいだ。ミソカニと話すことに慣れたから、という解釈で問題ないのだろうか。

「マ、でもいいワ。アタイ元々フリュイくんの仕事を増やす気はなかったノ」
「……そうなんですか」
「えぇ、そうヨ! 大量に増えたりはしないワ。変更はあるかもしれないけド」

 これまでの公演はいつも同じ内容だった。それを多少でも変更するとなると、きっと多くの練習が必要となることだろう。普通よりさらに、念入りに準備しなくてはならなくなる。
 けれど、私にはそれを乗り越える自信がある。
 すぐに仕上げられる天才ではないから、即座に注文通りの演技はできないだろう。が、練習を重ねれば絶対上手くいくはずだ。

「ウタさん!」
「はい」

 急に話が私の方へと飛んできた。
 それまでミソカニはずっとフリュイと話していたのに。

「調子はドゥ? 元気?」

 体のラインがほとんど出ない虹色のワンピースを着ているミソカニは、ウインクしつつ尋ねてくる。

「あ、はい」

 一応そう答えておく。
 ただ、元気かどうかはよく分からない。不健康ではないけれど。

「帝国での公演、頑張れソゥ?」
「できることをします」
「オケィ! ナイスな返事ネ!」
「頑張ります」

 ミソカニの問いには答えづらいものも多い。今さっきの問いも、その中の一つ。どう答えるべきなのかが掴みづらいところはあった。ただ、彼から返ってきた言葉からは、間違った答えを言ってしまっていないということが感じ取れた。最善ではなかったかもしれないが、取り敢えず、最悪の返し方ではなかったのだろう。それだけでも多少安堵できる。

「フリュイさん、これからもよろしくお願いします」

 それから私は近くにいるフリュイに挨拶した。
 見えていないふりをすることもない、と思ったからだ。

「こちらこそ」

 フリュイが返してくれたのは、短い言葉だけだった。
 でも、彼は悪意があって短い返し方を選んだのではないはず。

「また素敵な朗読を聞かせて下さい」
「はぁ……ハードル上げてきますね」
「ご、ごめんなさい! そんなつもりでは」
「あ、いえ。べつにいいんです。誰も悪くないですよ。何か気まずい感じにしてしまってすみません」

 フリュイは淡々と話す。どんなことを話す時でも、表情はあまり変えない。ほんの少し変わることはあるのだが、あからさまに変わるタイミングは一般人より少なめだ。


「そコ! 上半身に力を入れないで歩くノ!」
「は、はい」
「もーっとホラ、脱力しテ。脱力。腹より上には力を入れ過ぎないよう二!」
「分かりました。もう一度やってみます」

 構成がある程度決まると、いよいよ練習が始まる。

 久々だからか、私はいまいち上手く振る舞えない。あらゆるところでミソカニから注意を受けてしまう。

 ただ、そのくらいで挫けるほど私は弱くない。
 辛い時や上手くいかない時こそ、シンプルに考え抜いて。アドバイスも聞いたりしながら練習すれば、きっと希望が見えてくるはず。

「右手をもうちょっと絶望的にしテ!」
「絶望的……?」
「そうヨ! 夢なんてない、みたいな感じデ。イイ? いけルゥ?」
「は、はい」

 ミソカニの注文は時折抽象的だ。彼は独特のセンスを持っていて、それを言葉にして伝えてくる。そのため、日頃はあまり聞くことのないような言い方を耳にする機会もある。それを速やかに掴まねばならないとなると、簡単ではない。

「前から思ってたんですけど、ミソカニさんってウタさんに厳しいですよね」

 練習中、部屋の端に座っていたフリュイが、いきなりさらりとそんなことを言った。
 眉一つ動かさずに。

「フリュイくん!? いきなり何ヲゥ!?」

 唐突に口を挟まれたものだから、ミソカニはかなり驚いたみたいだ。両眉を豪快にハの字にし、口は開けたまま唇を尖らせ、見開いた目を一秒に二三回のペースでぱちぱちさせている。

「いや、べつに、深い意味とかはないんです。ただ、純粋に、厳しいなぁと思って」
「アタイ厳しかっトァ!?」
「だってほら、細かく注意してるじゃないですか。僕には違いがよく分からないですよ。……まぁ、それが芸術なのかもしれないですけど」

 ミソカニはショックを受けたような顔をしていた。
 厳しい、と言われたからだろうか。

 フリュイが「ミソカニが厳しい」と言うのも分からないではない。隙をみて細かいところまで指摘してくれるから、それが厳しさに見えるということも十分あり得るだろう。ただ、個人的には、嫌な厳しさではないと感じる。嫌がらせのように注意を繰り返してくるわけではないし。

「う、うぅ……。言い過ぎてたのかしラ……」

 ミソカニは片手を後頭部に当てながら、上半身と下半身を右へ左へスライドさせる。

「あ、いえ。べつにいちゃもんつける気はないんで。気にしないで下さい」

 厳しくなってしまっていたという事実を突き付けられ弱るミソカニに対し、フリュイはそう付け加えた。

「ウタさん……そのゥ……色々言って、迷惑だったかしラ……?」
「い、いえ。そんなこと、ないです」
「……ホントゥ?」
「はい。怒鳴られたりするわけではないですし、今のところ特に嫌な気分になってはいません」

 そもそも私は素人だった。舞台での立ち方も、動き方も、何も知らない状態からのスタートだったのだ。そんな私がここまで来られたのは、ミソカニのいろんなアドバイスがあったからこそ。自力で今の状態にまでたどり着くことはできなかっただろうと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...