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187話「ウィクトルの意外なタイミングの再会」
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公演まであと数日、という頃に、私はキエル帝国へと移動することとなった。
ファルシエラに来てからもあちらへ行ったことはある。ただし、それはあくまでキエル帝国の領内に入ったことがあるという話であって、帝都へ行ったことがあるわけではない。
今や帝都は荒れた地だと聞く。
かつてのような仮面を付けた平和は、もはや消え去ったのだろう。
それが帝国にとって良いことであったか否かははっきりしない。少なくとも私には分からない。だが、その答えはいつか、歴史の中で証明されることとなるのだろう。結果的に良かったのか悪かったのかは、後の時代にならねば明らかにはならぬというものである。
「ウタさん、今日は一人で良かったノ?」
私は今、ミソカニとフリュイという顔触れと共に、一台の自動運転車に乗っている。
ウィクトルは結局私の公演を観に来ることを決めた。晴れ舞台を観ないわけにはいかない、とのことで。ただ、彼はキエル帝国内を自由に歩き回れる身分ではない。帝国で顔を露わにすることは極力避けたい、という立場。そこを上手くやるため、リベルテが彼に同行することとなった。
「はい。問題ありません」
ウィクトルと私なら、狙われる可能性が高いのはウィクトルだろう。
もっとも、シャルティエラがウィクトルを殺すことを諦めたから、もう危険ではないのかもしれないけれど。
「でもゥ……寂しくなァイ? 大抵誰かと一緒だったでショ?」
「それはそうです。けれど、今はミソカニさんがいて下さるので、問題ありません」
「あラ! それは嬉しい言葉ネ!」
ウィクトルのことはリベルテに任せ、私は公演のために帝国へ向かう。
それが効率的だ。
「はぁー。帝国、か……」
私とミソカニの会話が一旦落ち着いたちょうどそのタイミングで、フリュイはそんな言葉を漏らした。
ストレスマックスとでも言いたげな溜め息だ。
「お疲れなんですか? フリュイさん」
ハードな夜遊びでもしてきたのだろうか。
「最初この仕事を受けた時は、帝国に戻ることになるなんて思ってなかったんで」
「それはそうですよね。私もです。こんなことになるなんて、正直驚きでした」
「ウタさんも? やっぱりそうですか? ……じゃ、皆同じなんですね」
ウィクトルの方は順調に進んでいるのだろうか? 何もやらかすことなく帝国へ向かえているだろうか? 邪魔が入ったりしていないだろうか?
……ウィクトルに関しては、とにかく気になることが多い。
自動運転車に乗ること数時間、大きな箱を地面に置いたような外観の劇場に到着する。
広場のようになっている劇場の前の敷地に人はいない。ただ、ところどころに石の破片のようなものが転がって、妙な荒廃感が漂っている。以前来た時にはあった歌姫祭の垂れ幕も、今はない。
「一旦ここで降りまショ。中へ入っテ、確認をしテ」
「は、はい!」
自動運転車から降りると、懐かしい空気が肺を満たした。
何が懐かしいのか分からないが、この街の空気には物凄く懐かしさがある。言葉では上手く言い表せないけれど。でも、この空気は嫌いではない。
「フリュイくん、そこの荷物持ってってもらって構わないかしラ?」
「無茶ですよ。鞄三つもあります」
「えェー? 三つだけヨ! 持てないノ?」
「……まぁ、持てるところまでは持ちますよ」
車から降りる際、フリュイは荷物を持たされていた。
荷物がすずなりになってさすがに気の毒なので、鞄を一つ持つことでフリュイに協力した。
あぁ、懐かしい。
それが劇場のホールを見た時一番に湧いてきた言葉だ。
キエル帝国という環境にも人にも慣れないまま、導かれるようにたどり着いたこの場所。あの頃の私にとって、ここは異世界みたいだった。慣れない地という怖さはありながらも、希望を見出せるところ——それがこの場所だったのだ。
「どうしたんですか、ウタさん。そんなに舞台の方ばかり見て」
舞台袖から舞台の方を眺めていたら、フリュイに声をかけられた。
「あっ……す、すみません。変でしたよね……」
「いや、べつにいいんですけど」
「そ、そうなんですか? えーっと……」
「何だか、幕の向こうに幻でも見ているかのようで。不思議に思ったんです」
フリュイは遠い目をしながらそんなことを言った。
物ではない何かが彼には見えていたのかもしれない。
「……私、初めて舞台に立ったのが、ここのステージだったんです」
今でも鮮明に思い出せる。
薄暗い舞台袖に立ち、前の順番の人の出番を待つ、その間の緊張。舞台へ向かう途中の、目の奥まで焼けてしまいそうな強いライトの光。整然と並んだ客席の人々の顔。
「その時まで知りませんでした。舞台に立つ、なんてこと」
私は、あの時から、何か一つでも変わったのだろうか。成長できたのだろうか。経験だけなら色々してきた。でも、私はずっとあの頃のままなのではないかと、ふと心配になることもある。
「なるほど。それで舞台を見つめていたんですね」
「はい。そういうことです」
「始まりの地に帰ってくるって、どんな気分です?」
いきなりの問いに、すぐには答えられない。
「……あ、いや。深い意味はないんです。ただ……ふと気になって」
◆
ウタたちが劇場に到着していた、ちょうどその頃。
ウィクトルもまた、帝国入りしていた。
今や一人となった部下のリベルテを連れ、街中を歩く。
街は全体的に以前より活気がなかった。建物や看板はところどころ欠けていて、あちこちに戦いの爪痕が確かに残っている。見ているだけで体が痛くなってくるようなところもあるくらいだ。
「主、まだ歩けますか?」
「あぁ。問題ない」
「申し訳ございません……妙なルートになってしまって……」
店は半分ほどが開いていない。店だったと分かる程度の構えはあっても、閉店中のところが少なくなかった。これではもはや繁栄のキエル帝国などとは思えまい。
「いや、構わない。それより。ホテルは取ってあるのだったな?」
「はい。劇場の近くに」
「そうか。なら安心した。このまま順調に進めば……ウタくんの華やかな姿をこの目に焼き付けることができそうだ」
ここまでは順調だった。国境で止められることも回避できたし、ウィクトルがウィクトルであると気づかれることもなかった。問題は一つもなかった。
——その少年に会うまでは。
「えっ……ウィクトル、さん……?」
帝都が近づいてきた頃、一人の少年が、すれ違いざまにウィクトルの正体に気づいた。
彼は、ウィクトルのかつての部下だった。
「しっ! 黙って下さい!」
「……あ、あぁ、はい。すみません。でも……どうしてこんなところに?」
ファルシエラに来てからもあちらへ行ったことはある。ただし、それはあくまでキエル帝国の領内に入ったことがあるという話であって、帝都へ行ったことがあるわけではない。
今や帝都は荒れた地だと聞く。
かつてのような仮面を付けた平和は、もはや消え去ったのだろう。
それが帝国にとって良いことであったか否かははっきりしない。少なくとも私には分からない。だが、その答えはいつか、歴史の中で証明されることとなるのだろう。結果的に良かったのか悪かったのかは、後の時代にならねば明らかにはならぬというものである。
「ウタさん、今日は一人で良かったノ?」
私は今、ミソカニとフリュイという顔触れと共に、一台の自動運転車に乗っている。
ウィクトルは結局私の公演を観に来ることを決めた。晴れ舞台を観ないわけにはいかない、とのことで。ただ、彼はキエル帝国内を自由に歩き回れる身分ではない。帝国で顔を露わにすることは極力避けたい、という立場。そこを上手くやるため、リベルテが彼に同行することとなった。
「はい。問題ありません」
ウィクトルと私なら、狙われる可能性が高いのはウィクトルだろう。
もっとも、シャルティエラがウィクトルを殺すことを諦めたから、もう危険ではないのかもしれないけれど。
「でもゥ……寂しくなァイ? 大抵誰かと一緒だったでショ?」
「それはそうです。けれど、今はミソカニさんがいて下さるので、問題ありません」
「あラ! それは嬉しい言葉ネ!」
ウィクトルのことはリベルテに任せ、私は公演のために帝国へ向かう。
それが効率的だ。
「はぁー。帝国、か……」
私とミソカニの会話が一旦落ち着いたちょうどそのタイミングで、フリュイはそんな言葉を漏らした。
ストレスマックスとでも言いたげな溜め息だ。
「お疲れなんですか? フリュイさん」
ハードな夜遊びでもしてきたのだろうか。
「最初この仕事を受けた時は、帝国に戻ることになるなんて思ってなかったんで」
「それはそうですよね。私もです。こんなことになるなんて、正直驚きでした」
「ウタさんも? やっぱりそうですか? ……じゃ、皆同じなんですね」
ウィクトルの方は順調に進んでいるのだろうか? 何もやらかすことなく帝国へ向かえているだろうか? 邪魔が入ったりしていないだろうか?
……ウィクトルに関しては、とにかく気になることが多い。
自動運転車に乗ること数時間、大きな箱を地面に置いたような外観の劇場に到着する。
広場のようになっている劇場の前の敷地に人はいない。ただ、ところどころに石の破片のようなものが転がって、妙な荒廃感が漂っている。以前来た時にはあった歌姫祭の垂れ幕も、今はない。
「一旦ここで降りまショ。中へ入っテ、確認をしテ」
「は、はい!」
自動運転車から降りると、懐かしい空気が肺を満たした。
何が懐かしいのか分からないが、この街の空気には物凄く懐かしさがある。言葉では上手く言い表せないけれど。でも、この空気は嫌いではない。
「フリュイくん、そこの荷物持ってってもらって構わないかしラ?」
「無茶ですよ。鞄三つもあります」
「えェー? 三つだけヨ! 持てないノ?」
「……まぁ、持てるところまでは持ちますよ」
車から降りる際、フリュイは荷物を持たされていた。
荷物がすずなりになってさすがに気の毒なので、鞄を一つ持つことでフリュイに協力した。
あぁ、懐かしい。
それが劇場のホールを見た時一番に湧いてきた言葉だ。
キエル帝国という環境にも人にも慣れないまま、導かれるようにたどり着いたこの場所。あの頃の私にとって、ここは異世界みたいだった。慣れない地という怖さはありながらも、希望を見出せるところ——それがこの場所だったのだ。
「どうしたんですか、ウタさん。そんなに舞台の方ばかり見て」
舞台袖から舞台の方を眺めていたら、フリュイに声をかけられた。
「あっ……す、すみません。変でしたよね……」
「いや、べつにいいんですけど」
「そ、そうなんですか? えーっと……」
「何だか、幕の向こうに幻でも見ているかのようで。不思議に思ったんです」
フリュイは遠い目をしながらそんなことを言った。
物ではない何かが彼には見えていたのかもしれない。
「……私、初めて舞台に立ったのが、ここのステージだったんです」
今でも鮮明に思い出せる。
薄暗い舞台袖に立ち、前の順番の人の出番を待つ、その間の緊張。舞台へ向かう途中の、目の奥まで焼けてしまいそうな強いライトの光。整然と並んだ客席の人々の顔。
「その時まで知りませんでした。舞台に立つ、なんてこと」
私は、あの時から、何か一つでも変わったのだろうか。成長できたのだろうか。経験だけなら色々してきた。でも、私はずっとあの頃のままなのではないかと、ふと心配になることもある。
「なるほど。それで舞台を見つめていたんですね」
「はい。そういうことです」
「始まりの地に帰ってくるって、どんな気分です?」
いきなりの問いに、すぐには答えられない。
「……あ、いや。深い意味はないんです。ただ……ふと気になって」
◆
ウタたちが劇場に到着していた、ちょうどその頃。
ウィクトルもまた、帝国入りしていた。
今や一人となった部下のリベルテを連れ、街中を歩く。
街は全体的に以前より活気がなかった。建物や看板はところどころ欠けていて、あちこちに戦いの爪痕が確かに残っている。見ているだけで体が痛くなってくるようなところもあるくらいだ。
「主、まだ歩けますか?」
「あぁ。問題ない」
「申し訳ございません……妙なルートになってしまって……」
店は半分ほどが開いていない。店だったと分かる程度の構えはあっても、閉店中のところが少なくなかった。これではもはや繁栄のキエル帝国などとは思えまい。
「いや、構わない。それより。ホテルは取ってあるのだったな?」
「はい。劇場の近くに」
「そうか。なら安心した。このまま順調に進めば……ウタくんの華やかな姿をこの目に焼き付けることができそうだ」
ここまでは順調だった。国境で止められることも回避できたし、ウィクトルがウィクトルであると気づかれることもなかった。問題は一つもなかった。
——その少年に会うまでは。
「えっ……ウィクトル、さん……?」
帝都が近づいてきた頃、一人の少年が、すれ違いざまにウィクトルの正体に気づいた。
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