奇跡の歌姫

四季

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194話「ウィクトルの疾走」

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 黒いマントをまとったウィクトルは、元部下の少年やリベルテと共に廊下を走る。

 後ろからは、国の現状に怒った者たちが突っ込んできている音がしていた。

 ウィクトルは、皇帝が変わっても結局人々の心が満たされることはないのだな、と改めて感じる。そして、それと同時に、こんなことに成り果ててしまった帝国の現状を切なくも思っていた。

 Aの意思が尊重されればBが不満を抱き、Bの意見が通ればAが不満を抱える。
 すべての人が満足する社会など、ありはしないのかもしれない——そんなことを考えて、溜め息をつきたい気分になって。

 そんな心情の中、ウィクトルはただ走り続ける。

 少しでも早く決着をつけるために。

 元部下の少年に先導され走ることしばらく、ウィクトルの視界に皇帝の間の入り口が入った。そこは、まだイヴァンが皇帝だった頃、何度も訪れたことのある場所だ。しばらく帝国から離れていたウィクトルからすると懐かしい場所である。

「なっ……何者だ!」

 扉の前で待機している警備の者の片方が警戒したような声で言い放った。

「退け」

 ウィクトルは静かな目をしたまま述べる。
 だが、警備の者は二人とも持ち場から離れようとはしなかった。

「退かないのだな。ではやむを得ない」

 ウィクトルは、目の前にいる警備の者たちに対して、憎しみを持っているわけではない。それゆえ、可能であらば彼らを見逃すという選択肢も考えていた。だが、警備の者たちは、ウィクトルの思い通りには動かなかった。その場から離れようとしないのだ。

「ここで倒れてもらう」

 感情を投げ捨てるように言い、ウィクトルはレイピアを抜く。
 戦いの幕は既に上がってしまっている。

「殺し合う気か!」
「突破はさせん!」

 警備の男たちは叫びつつそれぞれ武器を取り出す。向かって右側の男は両刃の剣、向かって左側の男は槍だ。とはいえ、二人は戦い慣れていないようで、顔が引きつっている。ある意味人間的と言えるのかもしれないが、脳波が乱れているような表情だ。

「リベルテ、気絶させろ」
「は、はい……!」

 ウィクトルは威圧するようにレイピアを構えたまま、リベルテに命じる。命令を受けたリベルテは、頷いて、本を取り出す。そして、蔓の術を行使。ものの数秒で警備二人を気絶させた。

「命に別状がなければ良いのですが……」
「上出来だ」

 リベルテは警備二人の命を案じていた。

「ウィクトルさん! 突入しましょう!」

 一時的に、周囲に敵がいなくなる。
 そのタイミングで、元部下の少年がそんなことを言った。

「あぁ。だが、扉は開いているのか」
「開けてみます!」

 皇帝の間と外界の境となっている扉は、非常に大きく豪華だ。そして、重いこともまた、一つの特徴である。けれども、元部下の少年が押すと、扉はゆっくりと開いた。鍵はかかっていなかったようである。

「やぁ、来たね。待ちくたびれたよ」

 その扉の向こう側に、ビタリーはいた。
 皇帝の間に入ったウィクトルたちを、驚きもせず、落ち着いた様子で迎える。

「……ビタリー」

 ウィクトルは目を細め顔をしかめる。

「臆病な君とはもう会わないかと思ったんだけどね」
「私もそのつもりでいた」
「そうかい! ……ま、そうか。痛い目に遭わされてなお会いたい、なんてことは、普通はないものか」

 ビタリーとウィクトルは静かな表情で向き合いながら言葉を交わす。

 数秒の沈黙。
 その後に、ビタリーはゆっくりと口を開く。

「彼女、今日公演があるらしいね。噂は聞いたよ」

 ウィクトルはハッとしてビタリーへ視線を向ける。
 その様子を目にしたビタリーは、口の端を怪しげに歪めた。

「皮肉なものだね。彼女の晴れ舞台の日が、君にとっては最期の日になるのだから」

 言って、ビタリーはパチンと指を鳴らす。
 直後、上からメイド服風ワンピースを着たカマカニが落ちてきた。

「仕留めていいんすよね!? 旦那ぁ!?」
「やれ」
「自分、頑張るすよぅ!!」

 ビタリーに確認するや否や、カマカニは大きく一歩踏み込む。その両手には、バナナを大きくしたような形状の刃が個性的な刃物が握られている。カマカニが目標として定めていたのはウィクトル。だが、刃物がウィクトルに命中する直前に、カマカニは横向きに飛んでいった。リベルテが飛びつくような形で体当たりしていたのだ。

「へぶぅッ!?」

 リベルテの体はカマカニの体と比べるとかなり小さい。身長的にも体重的にも、だ。ただ、それでもリベルテはカマカニを横に倒すことに成功した。それは恐らく、助走の勢いを込めていたからできたことなのだろう。

「主!」
「助かる」

 カマカニという名の邪魔者がいなくなった瞬間、ウィクトルは一気に駆け出した。
 迫られてもなおビタリーは笑みを浮かべる。腰のホルスターから慣れた手つきで拳銃を取り出すと、その銃口をウィクトルへ向ける。

 ウィクトルは止まらない。銃口を目で捉えつつも、足を止めず直進する。

 刹那、弾丸が放たれた。
 ビタリーが引き金を引いたのだ。

 直進していたウィクトルは、体を半歩分ほど左にずらし弾丸を回避。そのままビタリーに接近し、刺し貫くほどの気合いで突きを繰り出す。

 今度はビタリーが身を捻って避ける——刹那、ウィクトルの左肩に後ろから飛んできた刃物が刺さった。

「……な」

 ウィクトルの意識が一瞬ビタリーから離れる。その隙を見逃さず、ビタリーはウィクトルに掴みかかった。拳銃は既にホルスターの中に戻っている。一方で、ウィクトルのレイピアは少し離れた床に落ちていた。

 ビタリーとウィクトルは二人道同時に転ぶような形になり、戦いは接近戦へ。

「主!」
「旦那ぁ!」

 リベルテとカマカニはほぼ同時に己の主人を呼ぶ。しかし、その対象の二人には、返事をする余裕はない。何せ、直接掴み合っているのだから。

「僕はよく弱そうと言われるが、実際にはそれほどか弱くはなくてね」

 ビタリーはウィクトルを地面に押さえ付け、服の中からナイフを取り出す。

「神ほど強くはない。でも、人が相手なら、それなりに戦えるんだ」
「……それは何の話か」
「君を今ここで殺すことだってできる、って話さ」
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