199 / 209
198話「ウィクトルの事情」
しおりを挟む
その日の晩、私は、ミソカニ主催の打ち上げパーティーに参加した。
参加者は意外と多かった。というのも、フリュイやミソカニだけではなくスタッフの一部も来ていたのだ。彼らとはあまり親しくはないのだが、流れのまま、時を共に過ごすこととなってしまった。
会場は劇場からそう離れていない飲食店。洋食を食べることのできる店だ。
私はそこで温かい時間を楽しんだ。
正直なことを言うなら、最初は乗り気ではなかった。騒々しいのは好きでないから。けれども、いざ参加してしまえば意外と平気で。食べたり、たまに喋ったり、それなりに充実した時間を過ごすことができた気がする。
やがてパーティーは終わり、解散になる。
次の店へ移る者もいたようだが、私はそこへは行かず宿泊施設へ帰ることにした。
「終わったようだな」
「ウィクトル! ……どうしてここに?」
洋食屋を出ると、ウィクトルが待っていた。
行き先について私は彼に伝えていた、それは事実だ。けれど、待っていてほしいと頼んだわけではない。待っていてくれるだろう、と考えることもなかった。それゆえ、驚きは大きい。
「待っていたんだ。君と話がしたくて」
「そうだったの」
「集会ははもう済んだのか」
「えぇ」
集会て、と、内心突っ込みを入れつつ接する。
「ウタ様! お疲れ様でした。お荷物はどちらに?」
ウィクトルと言葉を交わした数秒後、道の向こうからリベルテがやって来た。
「リベルテも来てくれていたのね」
「はい! リベルテは、主と共にありますので!」
小柄な彼は今日もいつもと変わらず元気そうだ。表情も明るい。
「で、お荷物は?」
「荷物はホテルの部屋に運んでもらってるはずよ。衣装とかね」
「そうでございましたか!」
「えぇ。お気遣いありがとう。それで、二人は今夜はどこに泊まるの?」
ふと気になったことを尋ねてみる。
すると、意外なことに、ウィクトルが先に口を開いた。
「君のところに行きたい」
ウィクトルの口から出たのは想像の範囲から大きく離れた言葉。
まさに想定外。
「ど、どういうこと……? 私のホテルに一緒に……?」
真っ暗な空の下にいても、一度生まれた戸惑いはすぐに消え去りはしない。
「そういうことだ」
「え……」
「嫌なのか? それなら考えるが」
「ま、待って。違うわ」
これまでだって同じ部屋で過ごす夜はあった。だから、同室での宿泊なんて、今さら慌てるようなことではない。ただ、一人で泊まることにしていたホテルに二人も連れていって問題ないのだろうか、という疑問が消えきらない。
「に、人数が……その……」
「人数?」
「いきなり増えても大丈夫なのかしら……」
「なるほど。気にしているのはそこか」
人数が変わるのであれば、何らかの手続きが必要かもしれない。
「手続きはリベルテに任せればいい」
「リベルテに振るのですか!? 主!?」
ウィクトルはさらりと言うが、リベルテは衝撃を受けたような顔で返していた。リベルテは自分に振られる可能性は考えていなかったようだ。ウィクトルがリベルテに頼るのはこれまでもあったことだから、想定の範囲内なのだろうと思っていたのだが。
「駄目なのか」
「い、いえ! お任せ、でございます!」
ある程度話した後、私を含む三人は今夜泊まる予定だったホテルへと向かう。
見上げる空には星の一つもない。暗幕を張ったような、彩りのない空。街灯が無ければ、きっと、まともに歩くことすら難しいのだろう。この空は、それほどに、暗い世界を作り出している。
「すまんな、押しかけるような形になってしまって」
「気にしないで」
「……素っ気なくないか?」
「え。そ、そうかしら」
時折吹き抜ける風は、少し冷たく、乾いている。肌に触れるとひんやりして心地良い。が、長時間浴びていると寒くなってきそうだ。それに、表皮に近いところの血管が縮みそう。
「気のせいじゃない? 素っ気なくしてる気はないけど」
「なら良いのだが」
ホテルまでは徒歩でもそんなにかからない。ほんの少しの辛抱だ。
宿泊予定にしていたホテルに到着。
ややこしい手続きはリベルテに任せ、私たちは先に客室へ向かう。
「こんな客室だったのだな。悪くない部屋だ」
扉を開け、室内へ入って明かりを点けるや否や、ウィクトルは感想を述べた。
宿泊施設に泊まることくらい経験済みだろうし、慣れているのだろうと考えていたのだが、ウィクトルは意外と見慣れないものを見るような目をしている。
「何だか嬉しそうね」
「それは……当然だ。すべて解決したのだから」
その発言は「公演が終わった」以上の意味を持っていそうなもので。
「どういう意味?」
尋ねずにはいられなかった。
私が思っている以上の何かがあるような気がして。
「君にはまだ言っていなかったな。私が遅れたのは、ビタリーを倒すためだ」
ウィクトルはいきなり真剣な顔つきで言ってきた。
「……ビタリーを? ビタリーって……あの、皇帝になったビタリー?」
リベルテはまだ来ない。手続きの最中だろうか。手続きが上手くいかず厄介なことになっている、なんてパターンでなければ良いのだが。
「そうだ。偶然昔の部下と出会ってだな、頼まれたんだ。それで、ビタリーを倒すため、力を貸した。それが予想以上に長引いてしまって、連絡もできず……申し訳なかった」
連絡を取れなかったのは、そういうことだったのか。
妙に納得してしまう。
「そんなことがあったのね。で、ビタリーは倒せたの?」
「あぁ。今頃拘束されているだろう」
イヴァンの時代も、ビタリーの世も、結局は同じこと。頂点に立つ者が変わっても、喜ぶ者と嫌がる者がいて、その狭間で火花が散る。すべての人が手を取り合い笑える世界なんて——きっとない。
「……呆気なかったわね。彼も」
でも。
拘束されているだろう、と聞いて、なぜか安堵している私がいた。
「そうだな。次は誰が国を統べるのやら」
「皇帝の座に就けそうな人はいる?」
イヴァンの後継者にはビタリーがいたけれど、ビタリーの後継者は聞いたことがない。あの年齢では子どもはいそうにないし。
「君はどうだ、ウタくん」
「え!?」
「……いや、冗談だ」
「そ、そうよね……。良かった……」
歌うことしか能のない皇帝なんて、残念としか言い様がない。
「冗談で良かったわ……ホントに……」
参加者は意外と多かった。というのも、フリュイやミソカニだけではなくスタッフの一部も来ていたのだ。彼らとはあまり親しくはないのだが、流れのまま、時を共に過ごすこととなってしまった。
会場は劇場からそう離れていない飲食店。洋食を食べることのできる店だ。
私はそこで温かい時間を楽しんだ。
正直なことを言うなら、最初は乗り気ではなかった。騒々しいのは好きでないから。けれども、いざ参加してしまえば意外と平気で。食べたり、たまに喋ったり、それなりに充実した時間を過ごすことができた気がする。
やがてパーティーは終わり、解散になる。
次の店へ移る者もいたようだが、私はそこへは行かず宿泊施設へ帰ることにした。
「終わったようだな」
「ウィクトル! ……どうしてここに?」
洋食屋を出ると、ウィクトルが待っていた。
行き先について私は彼に伝えていた、それは事実だ。けれど、待っていてほしいと頼んだわけではない。待っていてくれるだろう、と考えることもなかった。それゆえ、驚きは大きい。
「待っていたんだ。君と話がしたくて」
「そうだったの」
「集会ははもう済んだのか」
「えぇ」
集会て、と、内心突っ込みを入れつつ接する。
「ウタ様! お疲れ様でした。お荷物はどちらに?」
ウィクトルと言葉を交わした数秒後、道の向こうからリベルテがやって来た。
「リベルテも来てくれていたのね」
「はい! リベルテは、主と共にありますので!」
小柄な彼は今日もいつもと変わらず元気そうだ。表情も明るい。
「で、お荷物は?」
「荷物はホテルの部屋に運んでもらってるはずよ。衣装とかね」
「そうでございましたか!」
「えぇ。お気遣いありがとう。それで、二人は今夜はどこに泊まるの?」
ふと気になったことを尋ねてみる。
すると、意外なことに、ウィクトルが先に口を開いた。
「君のところに行きたい」
ウィクトルの口から出たのは想像の範囲から大きく離れた言葉。
まさに想定外。
「ど、どういうこと……? 私のホテルに一緒に……?」
真っ暗な空の下にいても、一度生まれた戸惑いはすぐに消え去りはしない。
「そういうことだ」
「え……」
「嫌なのか? それなら考えるが」
「ま、待って。違うわ」
これまでだって同じ部屋で過ごす夜はあった。だから、同室での宿泊なんて、今さら慌てるようなことではない。ただ、一人で泊まることにしていたホテルに二人も連れていって問題ないのだろうか、という疑問が消えきらない。
「に、人数が……その……」
「人数?」
「いきなり増えても大丈夫なのかしら……」
「なるほど。気にしているのはそこか」
人数が変わるのであれば、何らかの手続きが必要かもしれない。
「手続きはリベルテに任せればいい」
「リベルテに振るのですか!? 主!?」
ウィクトルはさらりと言うが、リベルテは衝撃を受けたような顔で返していた。リベルテは自分に振られる可能性は考えていなかったようだ。ウィクトルがリベルテに頼るのはこれまでもあったことだから、想定の範囲内なのだろうと思っていたのだが。
「駄目なのか」
「い、いえ! お任せ、でございます!」
ある程度話した後、私を含む三人は今夜泊まる予定だったホテルへと向かう。
見上げる空には星の一つもない。暗幕を張ったような、彩りのない空。街灯が無ければ、きっと、まともに歩くことすら難しいのだろう。この空は、それほどに、暗い世界を作り出している。
「すまんな、押しかけるような形になってしまって」
「気にしないで」
「……素っ気なくないか?」
「え。そ、そうかしら」
時折吹き抜ける風は、少し冷たく、乾いている。肌に触れるとひんやりして心地良い。が、長時間浴びていると寒くなってきそうだ。それに、表皮に近いところの血管が縮みそう。
「気のせいじゃない? 素っ気なくしてる気はないけど」
「なら良いのだが」
ホテルまでは徒歩でもそんなにかからない。ほんの少しの辛抱だ。
宿泊予定にしていたホテルに到着。
ややこしい手続きはリベルテに任せ、私たちは先に客室へ向かう。
「こんな客室だったのだな。悪くない部屋だ」
扉を開け、室内へ入って明かりを点けるや否や、ウィクトルは感想を述べた。
宿泊施設に泊まることくらい経験済みだろうし、慣れているのだろうと考えていたのだが、ウィクトルは意外と見慣れないものを見るような目をしている。
「何だか嬉しそうね」
「それは……当然だ。すべて解決したのだから」
その発言は「公演が終わった」以上の意味を持っていそうなもので。
「どういう意味?」
尋ねずにはいられなかった。
私が思っている以上の何かがあるような気がして。
「君にはまだ言っていなかったな。私が遅れたのは、ビタリーを倒すためだ」
ウィクトルはいきなり真剣な顔つきで言ってきた。
「……ビタリーを? ビタリーって……あの、皇帝になったビタリー?」
リベルテはまだ来ない。手続きの最中だろうか。手続きが上手くいかず厄介なことになっている、なんてパターンでなければ良いのだが。
「そうだ。偶然昔の部下と出会ってだな、頼まれたんだ。それで、ビタリーを倒すため、力を貸した。それが予想以上に長引いてしまって、連絡もできず……申し訳なかった」
連絡を取れなかったのは、そういうことだったのか。
妙に納得してしまう。
「そんなことがあったのね。で、ビタリーは倒せたの?」
「あぁ。今頃拘束されているだろう」
イヴァンの時代も、ビタリーの世も、結局は同じこと。頂点に立つ者が変わっても、喜ぶ者と嫌がる者がいて、その狭間で火花が散る。すべての人が手を取り合い笑える世界なんて——きっとない。
「……呆気なかったわね。彼も」
でも。
拘束されているだろう、と聞いて、なぜか安堵している私がいた。
「そうだな。次は誰が国を統べるのやら」
「皇帝の座に就けそうな人はいる?」
イヴァンの後継者にはビタリーがいたけれど、ビタリーの後継者は聞いたことがない。あの年齢では子どもはいそうにないし。
「君はどうだ、ウタくん」
「え!?」
「……いや、冗談だ」
「そ、そうよね……。良かった……」
歌うことしか能のない皇帝なんて、残念としか言い様がない。
「冗談で良かったわ……ホントに……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる