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27話 「エンジェリカの夢」
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その夜、また夢を見た。
見上げた空は赤く、辺りには灰色の煙が立ち込めている。建物だったのだろうと思われる石片がところどころに散らばっている。荒れ果てた廃墟に私一人だけが立っていた。
「お前はすべてを滅ぼす」
どこからともなく静かな声でそんなことが聞こえてくる。この声には聞き覚えがある。あの黒い女だ。しかし今回は辺りを見回してみても彼女の姿は見当たらない。恐らく彼女はまた私に夢を見せるつもりなのだろう。何度目かなので大体予想はつく。
ふと足下に目をやると、二人の小さな子どもの天使が追いかけあって遊んでいた。無邪気に笑い声をあげているが、その体は本体がないかのように透けて向こう側が見えている。
それから顔をあげると、あちこちを体の透き通った天使が歩いていた。誰もが幸せそうに笑ったり話したりしている。忙しそうに荷物を運ぶ者、二人で喋りながら買い物をしている者。みんな普段通りに当たり前の日常を送っている様子が窺える。明らかに不自然な気になるところはない。ただ一つ、体が透き通っている以外には。
「アンナ。お前は選ばれた。それゆえにお前は、このエンジェリカを終わらせる天使となる」
また黒い女の声が静かに響いた。そして、その声が消えると同時に、辺りを行き来していた天使たちはいなくなった。
赤黒い世界の向こう側から誰かが歩いてくる。
「……誰?」
遠くてよく見えない。
誰かはゆっくりと重い足取りで進んでくる。その人物が十メートルぐらいの距離まで近づいてきた時、私は初めてその人物の顔を視認することができた。
「エリアス……?」
ところどころ破れた白い衣装には赤い飛沫と黒い煤がこびりついている。立派な羽も傷ついて見るにたえない状態だ。だがそれでもその青年がエリアスだと分かった。
彼はまだ直進してくる。負傷したらしい片足を引きずるようにしてゆっくりと歩く。
「エリアスなの?」
声をかけても反応はない。どうやら聞こえていないようだ。
距離が近づくにつれ、顔まではっきり目で認識できるようになる。肌は灰で黒く汚れ、額から細い一筋の赤が伝っていた。唇は少し開き荒い呼吸をしている。
「ねぇ、聞こえないの?」
もう一度声をかけてみても反応は一切なかった。
その時、不意に彼は立ち止まった。虚ろな瑠璃色の瞳が私を捉える。彼はしばしじっと私を見つめていた。すがるような瞳が私を捉えて離さない。
それから少しして彼は片手をこちらに伸ばす。まるで私に手を差し出すかのような位置に。 私は彼の手に触ろうと手を出してみる。しかし私の手は空を切るだけだった。彼もまた他の天使たちと同じ、透明だったのだ。
彼はしばらくすると伸ばし続けていた手を下ろす。そしてとても寂しそうに笑った。
「……そうか」
初めて彼が口を開く。今にも消え入りそうな微かな声だが確かにエリアスの声である。
「話せるのね! エリアス、こっちよ! 私はここに」
「……貴女はもういない」
彼のかすれた声が遮る。私の言葉は届いていないらしい。
途端に彼は膝から力なく崩れ落ちた。
「……王女、私も貴女と共に……逝けたなら良かったのに」
一体何があったというの? 私は確かにここにいるのに、エリアスには私が見えていない。
「……懐かしいな。あの時……貴女がこの場所で……」
エリアスは地面に倒れ込んだまま悲しそうな笑みを浮かべ、うわごとのように一人話す。
「……私の手を……とって、私に……未来を、希望を……護衛隊長に……なるようにと……」
そして彼は天を仰ぐ。
「王女の傍にいると……そう誓ったのに……。私は!なぜ私だけが!……私にはもう……何もないのに……」
どんな俳優より、どんな芝居よりも、彼の生々しい叫びは胸を締めつける。
「一度だけ……もう一度だけ、王女に……王女に会いたい。別れを告げる……それだけでも……それだけでいい……だから、だからどうか……」
彼はそれからもずっと同じようなことばかり繰り返す。叶うはずのない願い、届くはずのない想い。そればかりを一人で何度も繰り返す。目の前の彼は完全に精神が壊れていた。
「これは本物ではない」
背後から女の声がして振り返る。そこにはいつもの黒い女がニヤリと笑みを浮かべて立っていた。
「一体何なの? こんなもの見せて……彼は誰なのよ」
「お前のよく知った男だ」
「じゃあ本当にエリアスなの? でも、どうしてあんなことに」
私はあんなエリアスを知らない。見たことがない。だからもしこれが仮に夢だとしても、あんなエリアスは見ないはずだ。
女は真っ赤な唇を動かす。
「言っただろう、これは本物ではない。だがその男ではある」
「意味不明よ」
私には彼女の言う意味がさっぱり理解できなかった。
「そうか。では分かりやすく説明しよう」
そして彼女は私の返答を待たずに続ける。
「ここは未来のエンジェリカ。お前が滅ぼした後の世界だ」
見上げた空は赤く、辺りには灰色の煙が立ち込めている。建物だったのだろうと思われる石片がところどころに散らばっている。荒れ果てた廃墟に私一人だけが立っていた。
「お前はすべてを滅ぼす」
どこからともなく静かな声でそんなことが聞こえてくる。この声には聞き覚えがある。あの黒い女だ。しかし今回は辺りを見回してみても彼女の姿は見当たらない。恐らく彼女はまた私に夢を見せるつもりなのだろう。何度目かなので大体予想はつく。
ふと足下に目をやると、二人の小さな子どもの天使が追いかけあって遊んでいた。無邪気に笑い声をあげているが、その体は本体がないかのように透けて向こう側が見えている。
それから顔をあげると、あちこちを体の透き通った天使が歩いていた。誰もが幸せそうに笑ったり話したりしている。忙しそうに荷物を運ぶ者、二人で喋りながら買い物をしている者。みんな普段通りに当たり前の日常を送っている様子が窺える。明らかに不自然な気になるところはない。ただ一つ、体が透き通っている以外には。
「アンナ。お前は選ばれた。それゆえにお前は、このエンジェリカを終わらせる天使となる」
また黒い女の声が静かに響いた。そして、その声が消えると同時に、辺りを行き来していた天使たちはいなくなった。
赤黒い世界の向こう側から誰かが歩いてくる。
「……誰?」
遠くてよく見えない。
誰かはゆっくりと重い足取りで進んでくる。その人物が十メートルぐらいの距離まで近づいてきた時、私は初めてその人物の顔を視認することができた。
「エリアス……?」
ところどころ破れた白い衣装には赤い飛沫と黒い煤がこびりついている。立派な羽も傷ついて見るにたえない状態だ。だがそれでもその青年がエリアスだと分かった。
彼はまだ直進してくる。負傷したらしい片足を引きずるようにしてゆっくりと歩く。
「エリアスなの?」
声をかけても反応はない。どうやら聞こえていないようだ。
距離が近づくにつれ、顔まではっきり目で認識できるようになる。肌は灰で黒く汚れ、額から細い一筋の赤が伝っていた。唇は少し開き荒い呼吸をしている。
「ねぇ、聞こえないの?」
もう一度声をかけてみても反応は一切なかった。
その時、不意に彼は立ち止まった。虚ろな瑠璃色の瞳が私を捉える。彼はしばしじっと私を見つめていた。すがるような瞳が私を捉えて離さない。
それから少しして彼は片手をこちらに伸ばす。まるで私に手を差し出すかのような位置に。 私は彼の手に触ろうと手を出してみる。しかし私の手は空を切るだけだった。彼もまた他の天使たちと同じ、透明だったのだ。
彼はしばらくすると伸ばし続けていた手を下ろす。そしてとても寂しそうに笑った。
「……そうか」
初めて彼が口を開く。今にも消え入りそうな微かな声だが確かにエリアスの声である。
「話せるのね! エリアス、こっちよ! 私はここに」
「……貴女はもういない」
彼のかすれた声が遮る。私の言葉は届いていないらしい。
途端に彼は膝から力なく崩れ落ちた。
「……王女、私も貴女と共に……逝けたなら良かったのに」
一体何があったというの? 私は確かにここにいるのに、エリアスには私が見えていない。
「……懐かしいな。あの時……貴女がこの場所で……」
エリアスは地面に倒れ込んだまま悲しそうな笑みを浮かべ、うわごとのように一人話す。
「……私の手を……とって、私に……未来を、希望を……護衛隊長に……なるようにと……」
そして彼は天を仰ぐ。
「王女の傍にいると……そう誓ったのに……。私は!なぜ私だけが!……私にはもう……何もないのに……」
どんな俳優より、どんな芝居よりも、彼の生々しい叫びは胸を締めつける。
「一度だけ……もう一度だけ、王女に……王女に会いたい。別れを告げる……それだけでも……それだけでいい……だから、だからどうか……」
彼はそれからもずっと同じようなことばかり繰り返す。叶うはずのない願い、届くはずのない想い。そればかりを一人で何度も繰り返す。目の前の彼は完全に精神が壊れていた。
「これは本物ではない」
背後から女の声がして振り返る。そこにはいつもの黒い女がニヤリと笑みを浮かべて立っていた。
「一体何なの? こんなもの見せて……彼は誰なのよ」
「お前のよく知った男だ」
「じゃあ本当にエリアスなの? でも、どうしてあんなことに」
私はあんなエリアスを知らない。見たことがない。だからもしこれが仮に夢だとしても、あんなエリアスは見ないはずだ。
女は真っ赤な唇を動かす。
「言っただろう、これは本物ではない。だがその男ではある」
「意味不明よ」
私には彼女の言う意味がさっぱり理解できなかった。
「そうか。では分かりやすく説明しよう」
そして彼女は私の返答を待たずに続ける。
「ここは未来のエンジェリカ。お前が滅ぼした後の世界だ」
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