エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
70 / 131

69話 「悪夢の再会」

しおりを挟む
 最近三重坂では、一般人が夜間に通り魔に襲われる事件が多発している。目撃情報や撮影された写真などから判明している犯人の情報は、全身真っ黒の服装ということくらいしかない。撮られた写真は、一般人が撮影したものだからか、すべてぼけている。

 そして不思議なことに、通り魔に襲われた人間は全員、外傷はない。
 ただ、まるで魂を抜き取られたかのように、深い眠りに落ちてしまうのだという——。


 そんな中、今日は麗奈とメイドカフェなるお店へ行ってきた。もちろんエリアスも一緒だ。

「メイドカフェって、凄く不思議なお店だったわね」

 帰り、エリアスと雑談をしながら夜道を歩く。通り魔の件があるせいか、人通りはほとんどない。

「店員さんがわざわざ侍女に扮して接客するなんて変ね。侍女なら家にいくらでもいるでしょうに……」
「いえ、一般家庭に他者を雇うお金はありません。あれほどの数の使用人を雇えるのは、エンジェリカでも王宮だけです」
「そうなの?」

 王宮で生まれ育った私には使用人のいない暮らしなんて想像できない。やっぱり私の感覚はおかしいのだろうか。

「私の生まれた家は貴族でしたが、使用人は数名だけでした。それでもまだ良い方だと思います。聞いた話によれば、平民の家では使用人はいないのが普通だとか」

 エリアスは貴族だったのか。私としては使用人についてよりそちらの方が気になる。恐らく初耳ではないはずなのだが、聞いた覚えがない。

 ……もう忘れないようにしないと。

「へぇ。じゃあ、使用人がいる家は意外と少ないのね」

 エリアスは幸せそうな笑みを浮かべている。長い睫が表情に華やかさを添えていた。

「はい。ですから、使用人に奉仕してもらうことに憧れる者が多いのだと推測します」
「なるほどー。それでああいう商売になっているのね」

 彼は物知りなので、一緒にいると色々と教えてもらえて助かる。基本知識不足の私にはもってこいの相手だ。


「うわあぁぁっ!」


 突如、男性の大きな悲鳴が聞こえた。

 ——近い。

「……もしかして、噂の通り魔?」

 今は夜。つまり、それが現れてもおかしな話ではない。
 エリアスは一瞬にして警戒した表情に変わる。

「はっきりとは分かりませんが、その可能性もありますね。慎重に帰りましょう」

 彼がヒソヒソ声で言うので、私は小さな頷きで応える。

 それにしても、一人だったらどんなに恐ろしい状況だっただろう。近くに通り魔がいそう、だなんて。
 私は全身の神経を研ぎ澄ませながら、エリアスに引っ付くくらいの距離で歩いた。いつ何が起こるか分からない。なるべく常に警戒していなくては。

「王女、ご安心下さい。貴女は私が護りますから」

 言いながらエリアスはニコッと笑みを浮かべたが、どこかぎこちない表情だった。
 私はそれに小さな違和感を抱く。もっとも、そのぎこちなさの意味など私に分かるはずはないけれど。


「エリアス、か」


 突如背後から声が聞こえる。振り返るとそこには、全身黒の青年が立っていた。
 私は寒気を感じ身震いする。
 さらさらの黒髪に瑠璃色の瞳。顔は案外整っている。夜の闇のようなローブが夜風になびく。

「……どうして」

 エリアスは、目の前に現れたローブの青年を睨みながら、静かな声を発した。声色も表情も落ち着いたものだったが、近い距離にいる私には、エリアスが動揺していることが分かった。長い睫の下にある瑠璃色の瞳が微かに震えていたから。

 目の前に立つローブの青年は、片側の口角を持ち上げ、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。薄い唇が少しばかり歪んだ。

「久しぶりだね、エリアス。俺は強さを手に入れた。もう誰にも負けはしないよ」

 エリアスを昔から知っているような口ぶりだ。

「知り合い?」

 私は控えめにエリアスに尋ねる。すると彼は微かに首を縦に動かし、それから一歩前に出る。

「……ルッツ」

 その名前を、私は聞いたことがあった。
 エンジェリカの地下牢で話した時にエリアスが言っていた、魔界へ行ってしまった弟。それが確かルッツという名前だった気がする。

「そこのお嬢さんがアンナ王女だね。確保させてもらうよ」

 ルッツは思いの外穏やかな喋り口調だが、漂わせている魔気は尋常じゃない。それを感じたからか、エリアスの頬を一滴の汗が伝い落ちた。
 私でも見ただけで強いと分かる。戦うより逃げた方が数千倍賢い判断だろう。

 だが、エリアスは逃げることを選ばなかった。聖気を集めて作った長槍を持ち、戦闘体勢をとる。

「そう簡単に渡してはくれないよね。なら仕方ない。ここで戦うことにしようか」

 私は後ずさる。二人の戦いを見たくないと思った。

「俺はお前を越える。あの日誓ったように、今ここでお前を倒してみせる!」

 ルッツは、おどろおどろしい黒ずんだ魔気から、グロテスクな長い大剣を生み出す。鉄製の剣身には毒々しい赤がこびりつき、鈍い輝きを放っている。

「……戦うしかないか」

 エリアスは真剣な顔で、独り言のように呟く。

 その表情を見てすぐに察した。彼はルッツと戦いたくない。そう思っているということを。
 目の前に敵がいれば躊躇いなく戦い倒す。エリアスは今までずっとそうだった。それがどんなに強そうな相手でも、怯むことなく戦っていた。だから、エリアスのこんな表情を目にしたのは初めてだ。

「エリアス! 覚悟しろ!」

 ルッツは威勢よく叫び、大剣を構えた。


 ——運命とは、どうしてこれほど残酷なのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

処理中です...