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69話 「悪夢の再会」
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最近三重坂では、一般人が夜間に通り魔に襲われる事件が多発している。目撃情報や撮影された写真などから判明している犯人の情報は、全身真っ黒の服装ということくらいしかない。撮られた写真は、一般人が撮影したものだからか、すべてぼけている。
そして不思議なことに、通り魔に襲われた人間は全員、外傷はない。
ただ、まるで魂を抜き取られたかのように、深い眠りに落ちてしまうのだという——。
そんな中、今日は麗奈とメイドカフェなるお店へ行ってきた。もちろんエリアスも一緒だ。
「メイドカフェって、凄く不思議なお店だったわね」
帰り、エリアスと雑談をしながら夜道を歩く。通り魔の件があるせいか、人通りはほとんどない。
「店員さんがわざわざ侍女に扮して接客するなんて変ね。侍女なら家にいくらでもいるでしょうに……」
「いえ、一般家庭に他者を雇うお金はありません。あれほどの数の使用人を雇えるのは、エンジェリカでも王宮だけです」
「そうなの?」
王宮で生まれ育った私には使用人のいない暮らしなんて想像できない。やっぱり私の感覚はおかしいのだろうか。
「私の生まれた家は貴族でしたが、使用人は数名だけでした。それでもまだ良い方だと思います。聞いた話によれば、平民の家では使用人はいないのが普通だとか」
エリアスは貴族だったのか。私としては使用人についてよりそちらの方が気になる。恐らく初耳ではないはずなのだが、聞いた覚えがない。
……もう忘れないようにしないと。
「へぇ。じゃあ、使用人がいる家は意外と少ないのね」
エリアスは幸せそうな笑みを浮かべている。長い睫が表情に華やかさを添えていた。
「はい。ですから、使用人に奉仕してもらうことに憧れる者が多いのだと推測します」
「なるほどー。それでああいう商売になっているのね」
彼は物知りなので、一緒にいると色々と教えてもらえて助かる。基本知識不足の私にはもってこいの相手だ。
「うわあぁぁっ!」
突如、男性の大きな悲鳴が聞こえた。
——近い。
「……もしかして、噂の通り魔?」
今は夜。つまり、それが現れてもおかしな話ではない。
エリアスは一瞬にして警戒した表情に変わる。
「はっきりとは分かりませんが、その可能性もありますね。慎重に帰りましょう」
彼がヒソヒソ声で言うので、私は小さな頷きで応える。
それにしても、一人だったらどんなに恐ろしい状況だっただろう。近くに通り魔がいそう、だなんて。
私は全身の神経を研ぎ澄ませながら、エリアスに引っ付くくらいの距離で歩いた。いつ何が起こるか分からない。なるべく常に警戒していなくては。
「王女、ご安心下さい。貴女は私が護りますから」
言いながらエリアスはニコッと笑みを浮かべたが、どこかぎこちない表情だった。
私はそれに小さな違和感を抱く。もっとも、そのぎこちなさの意味など私に分かるはずはないけれど。
「エリアス、か」
突如背後から声が聞こえる。振り返るとそこには、全身黒の青年が立っていた。
私は寒気を感じ身震いする。
さらさらの黒髪に瑠璃色の瞳。顔は案外整っている。夜の闇のようなローブが夜風になびく。
「……どうして」
エリアスは、目の前に現れたローブの青年を睨みながら、静かな声を発した。声色も表情も落ち着いたものだったが、近い距離にいる私には、エリアスが動揺していることが分かった。長い睫の下にある瑠璃色の瞳が微かに震えていたから。
目の前に立つローブの青年は、片側の口角を持ち上げ、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。薄い唇が少しばかり歪んだ。
「久しぶりだね、エリアス。俺は強さを手に入れた。もう誰にも負けはしないよ」
エリアスを昔から知っているような口ぶりだ。
「知り合い?」
私は控えめにエリアスに尋ねる。すると彼は微かに首を縦に動かし、それから一歩前に出る。
「……ルッツ」
その名前を、私は聞いたことがあった。
エンジェリカの地下牢で話した時にエリアスが言っていた、魔界へ行ってしまった弟。それが確かルッツという名前だった気がする。
「そこのお嬢さんがアンナ王女だね。確保させてもらうよ」
ルッツは思いの外穏やかな喋り口調だが、漂わせている魔気は尋常じゃない。それを感じたからか、エリアスの頬を一滴の汗が伝い落ちた。
私でも見ただけで強いと分かる。戦うより逃げた方が数千倍賢い判断だろう。
だが、エリアスは逃げることを選ばなかった。聖気を集めて作った長槍を持ち、戦闘体勢をとる。
「そう簡単に渡してはくれないよね。なら仕方ない。ここで戦うことにしようか」
私は後ずさる。二人の戦いを見たくないと思った。
「俺はお前を越える。あの日誓ったように、今ここでお前を倒してみせる!」
ルッツは、おどろおどろしい黒ずんだ魔気から、グロテスクな長い大剣を生み出す。鉄製の剣身には毒々しい赤がこびりつき、鈍い輝きを放っている。
「……戦うしかないか」
エリアスは真剣な顔で、独り言のように呟く。
その表情を見てすぐに察した。彼はルッツと戦いたくない。そう思っているということを。
目の前に敵がいれば躊躇いなく戦い倒す。エリアスは今までずっとそうだった。それがどんなに強そうな相手でも、怯むことなく戦っていた。だから、エリアスのこんな表情を目にしたのは初めてだ。
「エリアス! 覚悟しろ!」
ルッツは威勢よく叫び、大剣を構えた。
——運命とは、どうしてこれほど残酷なのか。
そして不思議なことに、通り魔に襲われた人間は全員、外傷はない。
ただ、まるで魂を抜き取られたかのように、深い眠りに落ちてしまうのだという——。
そんな中、今日は麗奈とメイドカフェなるお店へ行ってきた。もちろんエリアスも一緒だ。
「メイドカフェって、凄く不思議なお店だったわね」
帰り、エリアスと雑談をしながら夜道を歩く。通り魔の件があるせいか、人通りはほとんどない。
「店員さんがわざわざ侍女に扮して接客するなんて変ね。侍女なら家にいくらでもいるでしょうに……」
「いえ、一般家庭に他者を雇うお金はありません。あれほどの数の使用人を雇えるのは、エンジェリカでも王宮だけです」
「そうなの?」
王宮で生まれ育った私には使用人のいない暮らしなんて想像できない。やっぱり私の感覚はおかしいのだろうか。
「私の生まれた家は貴族でしたが、使用人は数名だけでした。それでもまだ良い方だと思います。聞いた話によれば、平民の家では使用人はいないのが普通だとか」
エリアスは貴族だったのか。私としては使用人についてよりそちらの方が気になる。恐らく初耳ではないはずなのだが、聞いた覚えがない。
……もう忘れないようにしないと。
「へぇ。じゃあ、使用人がいる家は意外と少ないのね」
エリアスは幸せそうな笑みを浮かべている。長い睫が表情に華やかさを添えていた。
「はい。ですから、使用人に奉仕してもらうことに憧れる者が多いのだと推測します」
「なるほどー。それでああいう商売になっているのね」
彼は物知りなので、一緒にいると色々と教えてもらえて助かる。基本知識不足の私にはもってこいの相手だ。
「うわあぁぁっ!」
突如、男性の大きな悲鳴が聞こえた。
——近い。
「……もしかして、噂の通り魔?」
今は夜。つまり、それが現れてもおかしな話ではない。
エリアスは一瞬にして警戒した表情に変わる。
「はっきりとは分かりませんが、その可能性もありますね。慎重に帰りましょう」
彼がヒソヒソ声で言うので、私は小さな頷きで応える。
それにしても、一人だったらどんなに恐ろしい状況だっただろう。近くに通り魔がいそう、だなんて。
私は全身の神経を研ぎ澄ませながら、エリアスに引っ付くくらいの距離で歩いた。いつ何が起こるか分からない。なるべく常に警戒していなくては。
「王女、ご安心下さい。貴女は私が護りますから」
言いながらエリアスはニコッと笑みを浮かべたが、どこかぎこちない表情だった。
私はそれに小さな違和感を抱く。もっとも、そのぎこちなさの意味など私に分かるはずはないけれど。
「エリアス、か」
突如背後から声が聞こえる。振り返るとそこには、全身黒の青年が立っていた。
私は寒気を感じ身震いする。
さらさらの黒髪に瑠璃色の瞳。顔は案外整っている。夜の闇のようなローブが夜風になびく。
「……どうして」
エリアスは、目の前に現れたローブの青年を睨みながら、静かな声を発した。声色も表情も落ち着いたものだったが、近い距離にいる私には、エリアスが動揺していることが分かった。長い睫の下にある瑠璃色の瞳が微かに震えていたから。
目の前に立つローブの青年は、片側の口角を持ち上げ、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。薄い唇が少しばかり歪んだ。
「久しぶりだね、エリアス。俺は強さを手に入れた。もう誰にも負けはしないよ」
エリアスを昔から知っているような口ぶりだ。
「知り合い?」
私は控えめにエリアスに尋ねる。すると彼は微かに首を縦に動かし、それから一歩前に出る。
「……ルッツ」
その名前を、私は聞いたことがあった。
エンジェリカの地下牢で話した時にエリアスが言っていた、魔界へ行ってしまった弟。それが確かルッツという名前だった気がする。
「そこのお嬢さんがアンナ王女だね。確保させてもらうよ」
ルッツは思いの外穏やかな喋り口調だが、漂わせている魔気は尋常じゃない。それを感じたからか、エリアスの頬を一滴の汗が伝い落ちた。
私でも見ただけで強いと分かる。戦うより逃げた方が数千倍賢い判断だろう。
だが、エリアスは逃げることを選ばなかった。聖気を集めて作った長槍を持ち、戦闘体勢をとる。
「そう簡単に渡してはくれないよね。なら仕方ない。ここで戦うことにしようか」
私は後ずさる。二人の戦いを見たくないと思った。
「俺はお前を越える。あの日誓ったように、今ここでお前を倒してみせる!」
ルッツは、おどろおどろしい黒ずんだ魔気から、グロテスクな長い大剣を生み出す。鉄製の剣身には毒々しい赤がこびりつき、鈍い輝きを放っている。
「……戦うしかないか」
エリアスは真剣な顔で、独り言のように呟く。
その表情を見てすぐに察した。彼はルッツと戦いたくない。そう思っているということを。
目の前に敵がいれば躊躇いなく戦い倒す。エリアスは今までずっとそうだった。それがどんなに強そうな相手でも、怯むことなく戦っていた。だから、エリアスのこんな表情を目にしたのは初めてだ。
「エリアス! 覚悟しろ!」
ルッツは威勢よく叫び、大剣を構えた。
——運命とは、どうしてこれほど残酷なのか。
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