エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
92 / 131

91話 「もっと知りたいの」

しおりを挟む
 日が昇る直前に眠った私が目覚めたのは昼前だった。外は晴れているが日差しはそんなに強くなさそうだ。

 ヴァネッサは当然だが既に起きていて、いつも通り忙しそうに用事をしている。今の部屋は王宮の自室より狭いので、いつもに増して忙しそうに感じられる。
 部屋の広さが違うだけで受ける印象も変わるというのは不思議なことだ。

 ちょうどそこにコンコンと扉をノックする音が響いた。ヴァネッサが扉を開けるとエリアスが立っていた。

「おはようございます」

 顔色は治っているので私は内心ホッとした。
 昨夜はかなりショックを受けている様子だったのでどうなることかと思ったが、ひとまず落ち着いているようだ。

 彼は袋を持っていて、その中には卵や鶏肉が入っていた。それを受け取ったヴァネッサが私に尋ねてくる。

「昼食はオムライスでも構いませんか?」
「オムライス! 好きよ」

 ヴァネッサの料理ならどんなものでも美味しい。だから正直何でもいいのだがオムライスは好物なので嬉しい。
 ヴァネッサのオムライス、懐かしい味がするのよね。

 エリアスは袋をヴァネッサに渡すとこちらへ歩いてくる。

「おはようございます、王女。この部屋はいかがです?」

 整った面に柔らかな笑みが浮かんでいる。顔色は悪くないし、瞳も瑞々しい。昨夜のことを引きずっていない辺りさすがだ。
 いや、もしかしたら隠しているだけで、内心は思っているのかもしれない。

「快適よ。ちょっと狭い気はするけど」
「息苦しくはありませんか?」

 大丈夫、と答える。
 地上界の家もそれほど広くはなかったし。
 それに狭い部屋特有のこの圧迫感。私は案外嫌いじゃなかったりする。ある意味快適というか、落ち着くのよね。

「エリアスもオムライス食べていく?」

 折角なので一緒にお昼を食べたい。ただの思いつきである。
 しかし、美味しいものを共有したいというのは当たり前のこと。誰もが思うことではないだろうか。

「いえ、王女の前で食事をするなど護衛隊長として相応しくない行動です」

 エリアスはきっぱりと断ってくる。その瞳に迷いはない。
 でもこんなぐらいで諦めないわよ。

「地上界じゃ一緒に食べたじゃない。コンビニ弁当とか」
「あれは地上界だったからです。天界にいる以上、私は護衛隊長として貴女が誇れるように……」
「そういうのはもういいわ。堅苦しいのは止めてちょうだい」

 エリアスのおかしな真面目さに、ついつい笑ってしまった。私たちはそんな堅苦しい関係ではない。それなのに彼は色々と意識しすぎだわ。

「ヴァネッサ! オムライス、エリアスの分も作ってくれる?」

 私は流し台で調理しているヴァネッサにお願いする。
 心なく断られるものと予想していたが、彼女は思いの外すんなり承知してくれた。珍しいこともあるものだ。

 エリアスに椅子に座るよう促し、二人で座ってオムライスの完成を待った。

 思えば、天界でエリアスと一緒に食事をするのは、初めてかもしれない。
 晩餐会についてきてくれても彼は立っているだけだったし、普段の食事は私が自室で食べることが多かったのでヴァネッサしかいなかった。エリアスは基本的に扉の外で見張りだったから。

「ねぇ、エリアスはオムライス好き?」

 何げなく尋ねてみる。

 エリアスの食の好みを私はほぼ知らない。彼はあまり自分の私生活について話さないから。
 護衛隊長だから個人的なことは話す必要がないと思っているのだろうが、私としてはもっといろんなことを知りたい。好きなこととか、嫌いなこととか。

「はい。好きです」

 エリアスは頬を緩め、落ち着いた声で答えた。

「あのね、エリアス。私……もっと貴方のことを知りたいの」

 勇気を出して打ち明けてみる。彼のことだ、きっと理解してくれるはず。

「だから話を聞かせて。エリアスの好き嫌いのこととか……色々と話してくれない?」

 王女と護衛隊長、始まりはそれだけの関係だった。けれど今は一人の大切な相手として彼を知りたいと思う。空を掴むような関係ではなく、もっと実体のある親しさを手に入れたいの。

「私のことをですか? 関心を持っていただけるのはありがたいことですが……何を話せばよいものか分かりません」
「面白かった話とか、楽しかった思い出とか。何かない?」

 エリアスは考えるように黙り、しばらくしてから口を開く。

「申し訳ありません。実は雑談などは得意でないのです。というのも、私には友と呼べる者がいなかったので」

 確かに完璧な者ほど友が少ないものだとは言うが。
 あれ? その理論だと私は完璧じゃないのね……知っていたけれど。

「お待たせしました」

 ヴァネッサが二つのオムライスを運んできてくれる。湯気がたっていて、美味しそうな匂いが漂う。

「いただきます!」

 私とエリアスは同時に手を合わせ、早速オムライスを食べ始める。


 それから二十分くらい経過した時、扉を誰かが強くノックした。ヴァネッサが速やかに開けに向かう。
 扉の外にいたのはツヴァイ。慌てた様子だ。

「悪魔来たっすよ!」

 空気が一気に凍りつく。
 ヴァネッサもエリアスも緊張した表情になる。

「どのくらいの規模だ」

 既にオムライスを完食していたエリアスは、椅子から立ち上がりツヴァイに尋ねる。

「雑魚が千ぐらいっす。あれだけなら親衛隊がすぐ片付けるっすよ」
「雑魚だけか?」
「今のところはそうっすね」

 ——来てしまった。この時が。

 私は恐ろしくて身震いする。それに気がついたのかエリアスは言う。

「大丈夫です、王女。天界でならば我々の方が有利ですから」

 そして柔らかく微笑む。

 ……そうよ、びくびくしていては駄目よね。今はみんないる。恐れることはないわ。
 私はそう考えて自分を励ますのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。 でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。 今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。 なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。 今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。 絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。 それが、いまのレナの“最強スタイル”。 誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。 そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

処理中です...