エンジェリカの王女

四季

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110話 「美しさの意味」

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 ヴァネッサやエリアスと話していると、白い服を着た一人の男性天使がやって来た。襟に親衛隊の紋章がついているのでディルク王の部下だとすぐに判断できた。ミルクティー色の髪は短く切り揃えられていて、全身から真面目な雰囲気が漂っている。

 私に何か用でもあるのだろうか。

「アンナ王女、先程は親衛隊の若い者が失礼しました。本来であれば本人に謝らせるのが筋というものなのでしょうが、少々事情がありまして、今回は自分が代わりに謝罪させていただきます。本当に申し訳ありません」

 真面目な雰囲気の男性天使は深く頭を下げる。「ごめん」の一言だけでいいのに、と内心思う。王女でありながらこんなことを言うとまたヴァネッサに注意されるかもしれないが、私は堅苦しいのが苦手だ。
 丁寧に扱われるのが嫌なのではない。必要以上に敬われるれるのがピンとこないのである。王女だって一人の天使にすぎないのよ。

「頭を上げて下さい。私は気にしてませんから」

 これは完全な嘘ではない。実際、そんなことは忘れていた。
 私が言ってから十秒ほど経過した後、親衛隊員の彼は頭を上げた。

「感謝致します。後日改めて謝らせますので」

 何かよく分からないけれど感謝されてしまったわ。不思議ね。

 ……とその時、ベッドに横たわっていたエリアスが上半身を起こして口を開く。

「今後このようなことがないよう、しっかり言い聞かせておくことだ」

 直前までとは異なり厳しい顔つきをしたエリアスの声は低かった。実はまだ根に持っているのかもしれないと思うくらいだ。親衛隊員の男性天使はエリアスに向けて軽く一礼し、「承知しております」と言った。
 エリアスは私に絡むことにはとても厳しい。この一件も例外ではない。

 そこで親衛隊員は、それでですね、と話題を切り替える。

「実はディルク王から、アンナ王女を呼び出すようにと申し付けられておりましてですね。ご同行願いたいのですが……」

 どうやらこちらが本題のようだ。

「構いませんか?」

 真面目そうな風貌に丁寧な話し方。王に仕える以上、これが親衛隊員の理想的な言動なのだろうが、肩が凝りそうだ。こういうお堅い空気はあまり好きでない。

 そこで、お堅い空気を振り払うべく、私は弾むような口調で返す。

「はい! 行きます」

 それと同時に笑顔も忘れない。私が深刻な顔をしていては、ますます堅い空気になってしまうからだ。
 私も同行します、とベッドから下りようとするエリアスをヴァネッサが制止する。動こうとしたのを止められたエリアスは、何か言いたげな顔をしつつもベッドの上へ戻った。

「エリアス、心配しないで。アンナ王女には私が同行するわ」
「構いませんが……何かあった場合はどうするつもりです?」
「まさか。カルチェレイナが消えたのだから、もう何もないわよ」

 確かにヴァネッサの言う通りだ。カルチェレイナがいなくなった今、私を狙う者はいないだろう。

「そもそもエリアス。貴方はその体でアンナ王女を護るつもりでいるの? 聖気すらまともに出ていないじゃない」

 ヴァネッサは挑発的な目つきでエリアスを見る。

「もちろん。生きている限り、王女は私がお護りするのです」

 エリアスは微塵の迷いもなく答えた。ヴァネッサを見返す瑠璃色の瞳は、真っ直ぐな嘘のない色をしている。彼が発する言葉に嘘はない。それは端から見ていた私にさえ分かる。
 エリアスはこの戦いで、大切な弟を失い、健康な体も失った。致命傷にはならなかったものの、それに近しい傷を受けている。いつになれば彼の体は元通りになるのか。それすら分からない状態だ。

 それでも、彼の瞳が濁ることはなかった。

「……王女、どうかなさいましたか?」

 唐突にエリアスが尋ねてくる。少し不安げな表情だ。

「えっ。私、変だった?」

 何かおかしかったかと一瞬焦る。それほど親しくない親衛隊員もいるところでおかしな顔をしていたら、さすがにちょっと恥ずかしい。

「いえ。ただ少し……何か考え込んでおられるような表情をなさっていましたので。どうなさったのかなと気になっただけです」
「そっか。心配かけてごめんなさい」

 私は苦笑しながら言った。おかしな顔をしていなかったことが分かり安堵する。

「いえいえ。謝らないで下さい。私は常に貴女の傍に寄り添える者でありたい。ただそれだけですから」

 エリアスはベッドに座った体勢のまま、ふふっ、と柔らかく笑みを浮かべた。
 羽のように軽やかな長い睫、一片の曇りもない宝玉のような瞳。神々しい聖気はなくとも、彼は十分美しかった。

 だが、その美しさは容姿だけのものではない。
 どんな困難にも打ち勝てる強さ。自身が選んだ道を信じ、ひたすらに歩める強さ——それらが滲み出た結果の美しさなのだと、私は思う。

「ありがとう、エリアス。私もこれからは貴方に寄り添うようにするわ」
「もったいないお言葉です」
「当然のことよ。貴方が私に寄り添ってくれるなら、私も貴方に寄り添う。お互い様というやつね」

 そんなたわいない会話を交わし、私たちは笑い合う。
 こんな風に笑いながら穏やかにすごせる時間。それがどれほど幸せなことなのか、今の私になら分かる。

「アンナ王女、お話は済みましたか? そろそろ参りましょう」
「そうね。ヴァネッサ」

 振り返ればここしばらく、本当にいろんなことがあった。その中で失ったものは多いけれど、それ以上のものを手に入れられたと思うから、私は過ぎた日々を後悔してはいない。

「それじゃあエリアス、また後で! 行ってくるわね」

 そしてこの先も、ずっと後悔しないだろう。
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